第2話 迷子

つい20分前に到着した、郊外にある室内フットサル場。

初めて訪れたこの会場はとても広い。


ちらっと案内板を見ただけでも、ボルタリング施設や、トランポリンができるところや、ゲームセンター、ボウリングなど、いろいろな施設がある。


荷物を下ろした健が

「美琴は迷子になりそう」

とにやりと笑ったから

「なりません!」

反論した。


迷子にならないとは言ったけれど、念のため健に渡された「ご自由にお取りください」の管内地図をもらっておく。念のためよ、念のため。



・・・・・そして今。おもいっきり迷子になりました。 


トイレに行っただけなのに、、、室内をでていて、目の前に駐車場があるのだ?

ここ、どこ!?!?

やばい!本格的に迷ってしまった!


健に助けを求めて、スマホを鳴らそうかとも思ったが、今いる場所がよくわからないから、呼ぶに呼べない。

手に持った地図を広げ、現在地を探すも駐車場は4つもある。今いる駐車場がどの駐車場なのか、さっぱりわからない。


「ここ、どこよぉぉぉ」

と小声で叫びながらキョロキョロしていると、後ろから声をかけられた。


「どうかされましたか?」

!?

振り返るとジャージ姿の男性が、スポーツバッグを肩にひっかけて立っていた。


どうしよう!

この場所を聞いてみようか?でもちょっと恥ずかしい。

一瞬悩んだが、このままでは会場に戻れない。


恥を忍んで、施設地図を広げた。


「すみません。迷ってしまって。

あの、今いる場所って、どこかわかりますか?」

地図をさしだした。

「ああ。迷子なんだね」

はっきりと『迷子』と言われて幼い子供のみたいで居た堪れない。

「ちょっと待ってね。えっとねえ・・・」

背の高い男性はバッグを長い足の間におろし、美琴の差し出す地図に顔を近づけた。

少し背中を丸める彼。

視界の情報から、私より頭一つ分以上の高い身長。

しっかりした背筋がTシャツ越しにわかる。

この人もスポーツする人なんだなと思った。


「今いるところはここだね」

地図を指さしながら言う。

「ここ……」

ってことはフットサル場は‥‥顔を上げてあたりを見渡し、どちらに行けばいいのか見渡す‥‥どっちに行けばいいんだろう……。再び地図に視線を落とす。

「分かる?」

と背中を丸めたまま、頭と目だけを私に向けた。

目が合い、あまりにまっすぐでキラキラ光る黒い瞳にドキッとしてしまった。


「どこに行きたいの?」

「え。あ。と、えっと。フットサル場に・・・行きたいんですけど……どっちだか、わかりますか?」

「フットサル?」

「はい。フットサル」

にこりと笑った彼は、

「それならちょうどいい。俺も行くから一緒に行こう」

「え?」


バッグを持ち直した彼は、

「俺も初めて来たけど。多分、こっちだよ」

2,3歩歩いて振り返った。

私は慌てて彼に追いついて、横に並んで歩き始めた。


「初めてなのに、どうしてこっちって分かるんですか?」

「ああ。今、地図見せてもらったから」


「え?あれだけで?」

「うん。俺、地図見るの・・・得意?」


「なぜ語尾が疑問形?」

「地図見るのに苦手とかっていうのはよく言うけど、得意ってあんまり言わないじゃない?だから」


「確かに。ちなみに私は苦手です」

「うん。わかる」


そう言って笑いあった。

並んで歩くこの人から爽やかで少しだけ爽やかなシトラスの香りがした。


「君も出るの?」

「え?」

「今日のフットサル、でるんでしょ?」

彼が私の服装に目を向ける。

まあ、ジャージ着てフットサル場探してたらわかるよね。

「はい。今日は男女混合のゲームですから、私も少し出ると思います」

「それなら、戦っちゃうかもしれないね」


「そうですね。ポジションどこなんですか?」

「俺、普段はサッカーしてるから、いまいちわからなくて。

フットサルは知り合いに誘われて、今日が初めてなんだ。

多分サイド・・・?アラ?」

と小首を傾げた。


いろんな話をしながら、私はこの人を知っている気がした。

低くて時々鼻にかかる甘い声。

特に『ら』の発音に少し癖のある、落ち着いた話し方。

どこかで聞いたことがある・・・気がする。

どこで聞いたんだろう?


そんなことを考えながら歩いていると会場に着いた。

「連れてきていただいて、ありがとうございました」

と深々とお辞儀をし、お礼を言った。

「それじゃ。また、ゲームで」

とほほ笑まれ、

「はい。お互い頑張りましょうね」

というと同時に、横から腕を引っ張られた。


「美琴!」


引っ張ったのは健だった。


「帰ってこないから心配した!」

温厚な健がイラっとした表情を見せていて焦る。

「ごめんなさい。ちょっとわからなくなっちゃって」

「携帯は?」


「連絡しようにも、今どこにいるのかすら分からなくて、連絡しようがなかったの・・・たまたまこちらの方に聞いたら、連れてきてくださったの。

フットサルに来られたんだって」

健は私の横に立ったままの、案内してくれた彼にイラっとした目を向けた。

顔を見ると同時に、

「え!?」

っと健は驚き、男性は

「えっとー。こんにちは」

と複雑な微笑みで挨拶をした。

「磯ヶ谷さん!

え?美琴が連れてきてもらったのって磯ヶ谷さん?」

健は磯ヶ谷と呼ばれた男性と私を目を大きくして交互に見た。


「磯ヶ谷さん?」

と男性に問いかける。

その人は、

「はい。磯ヶ谷です」

と返事をする。


「もしかして対戦相手ではなくチームメイトみたいですね」

「そうみたいですね」

と笑いあった。





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