第2話
「幸谷はどうして、交信、するの?」
「えっ」
僕が追いついたと同時に、悠はそんな事を尋ねてきた。
交信って、今考えると本当に音楽の事を言っているのか大分疑わしいけれど、僕は諦めて音楽の言い換えだと決めつけて答える事にした。
「えっと、多分誰かと話したいから、かな」
その時までどうして音楽をするのか、なんて一度も考えた事はなかったけど、言葉は思ったよりもすんなりと出てきて自分でも驚いていた。
話す、という表現を使ったのは多分、悠が交信という言葉を使っているのも原因だと思う。
でも、言葉で悠の事を知れなさそうだと思っていたけど、セッションが出来れば、少しは悠について分かる気がしたし、あながち話すと言うのは間違ってない気がした。
「私とちょっと、違うね」
そう言われて、僕は苦笑いをするしかなかった。
違うのかぁ。
あ、そもそも交信と言う言葉は本当にそのまんまの意味で、テレパシーとかそんな感じの事を言っていたりするのだろうか?
……こういうのなんていうんだっけ。
そんな事を考える僕をよそに、悠は展望デッキへと出た。僕も追い掛けて展望デッキへと出る。
悠は手すりの元まで向かっていて、最初に見たのと同じ場所に立ってから彼女は振り返った。
「でも近いよ」
その声は今までと比べて少し嬉しそうだった。
それに、夜闇に包まれて目に映るものの少ない今だからだろうか、彼女の薄い桃色を帯びた口元が柔らかい笑みを作ったのが見えた。
「私は、呼んでいたの」
「……呼ぶ?」
「うん。宇宙人を」
階段近くにアンプを置いた僕の内に、しまった筈の疑問が手を振ってきた。その疑問は銀色の頭だけがデカい人型みたいなやつ。
今結構真面目な雰囲気だし、お前は後で解消するからあっちいっとけ。
「助けてって。私を連れて行って、って宇宙人に交信、してるの」
至極真面目な顔を続けて、彼女は言った。
「ここなら宇宙、綺麗に見えるし、SOS、届くかなって」
僕はもしかして今とんでもない状況に出くわしている可能性がある。宇宙人もそうなんだけど、なんとSOSまで出していた。
何処までこれを飲み込めばいいのだろう。本当に彼女が宇宙人だなんて思っていないから、正直そこは捨て置いたって良いと思っていた。
だけど、SOSとなると話は別だ。
「私を、同類の居る星に、連れて行ってって」
そこまで言うと、悠は目を伏せて黙ってしまった。
今、宇宙人の事をはっきり同類って言った。
いや、聞かなかった事にしよう。そう思いながら悠の元まで歩くと、僕は適当に別の疑問を投げた。
「それで、あのレルララリルラみたいな事を?」
「レララ、レラル、レラリ、レラロの事? うん、そうだよ」
「宇宙語的なやつなんだ……」
「うん。幸谷の星は、これ、使わないんだね」
宇宙人じゃないからね、とは流石に返せなかった。
いや、嘘を吐きたいとかじゃないのだけど、どんな反応が返ってくるのか分からなくて怖い。
「じゃあその言葉の意味とかってあるの?」
「多分。でも、分からない。レララ、レラル、レラリ、レラロは、私が受信、しただけだから」
「受信出来た事あるの!?」
ここまで宇宙人要素を見せなかったけど、まさか本当に?
「うん。ある日突然、頭に浮かんだ」
あー、えっと、ですね。
突然意味不明な単語が頭を過ぎる事なんて言うのは一度くらいは誰でもある事ではないでしょうか。
僕は黙り込む。それにレララなんとかと言う度に、リズムをつけてくる。僕がさっき、心惹かれた歌声と全く同じに。
なんか、言い方に拘りがあるだけじゃないかこれ。
……本格的に、僕は間違えたなと察していた。
「ええっとさ」
ここまでの会話で何となく察しては居たけど、悠は本当の宇宙人ではないのは間違いないだろう。けどそうだとして、僕は悠についてまだ分からない事が沢山あって、聞かなきゃいけない事も沢山あるのも間違いなかった。
だからとりあえず、一つ一つそれらを整理をして疑問を解消していく事にする。
「悠は、宇宙人……にどうして助けてほしいの?」
宇宙人ってなんで名乗っているのか、と言う疑問をギリギリの所で飲み込んだ。
危ない、僕は彼女と同類だと思われているんだった。
「それは……」
僕を振り返った悠は、初めて言葉を躊躇っていた。
手すりの方に体を向けて、視線を僕から空へと向けてしまう。しまった、これも聞くべきじゃなかった話題な気がする。
「無理に言わなくても」
「無駄だから」
僕の言葉と重なるように言った彼女は、顔こそまだ空を見上げているけど瞳が僕へと向いていた。
「何をしていても、理解出来ない。楽しくもない。幸谷も、そうでしょ?」
同意を求められてしまった。
僕はこれを肯定しても良かった。けれど少し重めの話でもあるから思った事をそのまま言うのも違うし、少し考えてから同じように空を見上げた。
悠の意見はあまりにも極端ではあるけど、確かに僕も今は何をしてもあまり楽しくないなって思っている。
作曲は進まないし、バンドも楽しく出来ていない。僕だって勉強は嫌いだし、好きな音楽は学校でも、家でも出来る場所がなくて、こんな場所に来ているぐらいだ。
だから僕の心は星がない夜みたいに暗く静かだ。
「でも僕はそう思わない」
背負ったままのベースを撫でる。
例え星はなくとも、僕の夜に月は確かに出ていた。
「だって、音楽が……交信が楽しいから」
「楽しい?」
首を傾げた悠に僕は微笑みと頷きで返す。
悠も同じな筈だ。ただ、雲に隠れて気付いてないだけ。
僕はアンプを足元まで運ぶ。カバーを外されたベースが目を覚ましたみたいに月明かりを反射する。弦を撫でれば息をするみたいに音を響かせる。
チューニングは手早くすませよう。もうお前も我慢の限界だろう。
「それは?」
「ベース……いや、僕の声だよ」
興味深そうな表情で悠が見てくるから僕はチューニングをしながら頷く。
正直無意識的に出たのだけど、僕は音を声と言い換えた。
悠はまるで初めて見たかのように色んな角度から興味深そうに僕のベースを眺める。……ようにじゃなくて、もしかして本当に初めてみるのだろうか。
「……良い声、だね」
「でしょ?」
チューニングを最中、僕はまるで自分が褒められたみたいに答えた。
僕の持っている唯一の楽器。それがこのベースだった。
中古屋に置いてあった自分が親にねだれるギリギリのライン。
鳴らしやすい訳でもないし、レンジが狭いから上等な音も出ない。でも、僕にとって良い音を出す相棒なのだ。
だから、嬉しかった。
「悠が気に入るかわかんないけど」
僕は自分でも呆れる様な保険をかけてしまってから、スマホを操作してトラックの一つを再生する。
それは元々、僕がここで弾こうと思っていた僕の曲だ。バンドメンバーには難しいとか、あんまり好みじゃないとか言われた奴だ。
だから彼女に聞かせるか少し迷ったけど、もう再生ボタンを押してしまった。
やるしかない。
それに、今ならこれをもっと良くできる。今まで一つも思い浮かばなかったアレンジ案が沢山湧いていた。
どうしてかは考えるまでもない。
そもそもの事の始まり、悠の交信を、音楽を聞いたからだ。
あんな美しい声を聞いて、欲望を掻き立てられない方がどうかしているんだ。
今は聞くだけでも良い。
だけど、あわよくばその声で歌ってほしい。音を合わせてほしい。
その方が楽しい筈だ。
つまらないなら楽しい事をしよう。
そもそも悠にはたくさん聞きたい事があるんだ。だって正直言えば僕と悠の会話はズレてた。上手く噛み合ってない。
だから僕と交信をしよう。
まずは僕が、音楽は楽しいって事を教えるから。
そうやって無我夢中で鳴らしていたら、一瞬にして一曲目が終わった。ベースの弦を見つめ続けながら引いていたから、悠の反応は見れていなかった。
僕は顔をあげる事を一瞬躊躇う。ここまで勢いでやったけど、僕はもしかしてミスをしただろうか。結局僕の曲はあんまりよくなくて――
「ねぇ」
僕は顔をあげた。
あ、あげちゃった。
……悠の表情は、笑っている訳でも、つまらなそうにしている訳でもなかった。ただ僕の事を真顔で見つめていて、何を言われるんだと僕は唾を飲み込んだ。
「私も、話していい?」
話す……あ、そういえば僕が言った事だっけか。演奏を、僕は話すと言い換えた。だとしたら……彼女は今、歌って良いと聞いたのだ。
願っても無い事だ。それを待ってた。
何か言葉を言うと、心の内で湧きあがる喜びが漏れ出てしまいそうだったので、僕はただ頷いて、それから再び再生ボタンを押した。
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