道しるべ

どちらかと言えば祖母よりも、祖父の方が優しくて何事に対しても口うるさくなく静かに一緒にいてくれる、そんな性格の人だった。

そのせいもあり、良く私は祖父の後を追いかける事が多くなっていた。

そんな祖父から教えてもらう話は面白く、だがしかし、とても眉唾物の話が多かった。

家の近くのあの小川に落ちている大岩は、大昔に大蛇が落とした岩である。

大雨が降った際に山頂から崩れ落ちてきたあの岩が水の流れを全て堰き止めてしまい、次第に村の人々の間で争いが起きていた。

それを憂いて大蛇が岩を更に下へと落としたお陰で、堰き止められた水が流れるようになった。

裏手の山には時折声が聞こえてくるが、あれは天狗の仕業である。

だが決して悪い者ではなく、危ないものから村人を護ってくれている。

其の感謝の意味を込めて滝の裏側には祠を立てているだとか、そんな話を聞く度にワクワク感と知らない存在という少しの怖さが相まって不思議な感覚にさせられた。

そんな話の一つの中でまだ信憑性があったものがある。

家の周りには先祖代々のお墓と一緒に、名も亡き旅人の墓石の代わりとして石が置かれているのだと。


「これは昔、この村に住んでいた旅人が村でそのま亡くなったから、墓石の代わりに立てたものだで」


当たり前の様に線香をあげていく祖母の姿を時折見ていたが、なんだかその日は私も付いていこうと考え浮かんだ。

祖父から丁度、旅人の話を昨日聞いたからだったのかもしれない。

祖母と共に家からゆっくりと畑に向かいながら、1つ1つの墓石へ線香をあげていった。

静かに浮かび上がる線香の煙と、独特の香りがまるで道標のように歩いた道から浮かび上がっていく。

気付くと隣にあの黒猫がまるで私たちといることが当たり前であるかのように、長い3つの尻尾をゆらゆらと揺らしながら、てくてくと付いて歩いていた。


「さあ、これで最後だに」


そう言って最後のお墓にも線香をあげ再びゆっくりとまた来た道を登っていく途中、なんとなく私は先程まで下っていた道を振り返ると、線香をあげたお墓の横に男性が1人腰かけているのに気が付いた。

その恰好を見てなんだか時代劇みたいだな、そんなことを思いながら、ふと「なるほど、この人か」と祖母の横顔を覗き見た。

私と目が合った祖母はそれでも優しそうに目尻を下げるだけで、彼には全く気付いていない様子で止まることなくゆっくりと坂を登って行く。


「ねえ、おばあちゃん。その旅人ってお家になんで帰らなかっただ」


ふと疑問に思い、尋ねてみた。


「それは誰にも分からんに。帰り方が分らなかったのかもしれんし、帰りたくなかったのかもしれんし、帰り道が分っていても帰れないことだってあるら」


なるほど、そういうものか。

何れにせよまだ此処にいるのなら、きっと彼にとって帰る場所になれたのだろう。

旅人の表情は決して恐ろしいものではなく、唯々そこに映る景色を眺め穏やかな時の流れを感じているような、そんな表情ですらあった。


黒猫が祖母へするりと体を擦り付けた後、私にも同じように体を擦り付けると、さあ、今日はここでおしまいだとでも言うように、私たちから離れて旅人の方へと歩いて行った。

私は旅人にそっと頭を下げ、もう振り返らずに祖母と同じようにゆっくりと旅人との距離を離して行くと、爽やかな風がそれに応えるかのように一撫で、頬を掠めていった。

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