船路
次第に私の日課が決まっていった。
朝食を食べ、宿題を行いゲームをする。暫くすると外からボールの跳ねる音が聞こえてくるため、そのまま心のままに外に飛び出し、そうして赤い着物の少女と昼食まで遊ぶ。
午後からはそのまま再びゲームをすることもあれば、近所を散歩することも増えていった。
その日も同じように午前中を過ごすと、気まぐれに平屋の横を流れる川へとその足を向けた。
サラサラと水の流れる音と、轟々と滝から落ちる水音へと次第に近付いていく。
本当に小さな川だった。山と山の間に流れるとても澄んだ川だった。
深さもほぼ無い箇所が多く、深くても膝下くらいしかないため、祖父母もそこまで気にせずに私を1人にさせたのだろう。
水の音を聞くのは好きだ。嵩山で過ごした場所は至る所に水の流れる音が聞こえていた。
学校帰りに川遊びに夢中になり、帰りが遅くなって母に怒られたことがあったなとふと思い出した。
しゃがみ込み、川の中を覗き込むと小さな沢蟹が何匹か隠れていくのが見え、小さな小指の先ほどの蛙や小魚までいるではないか。
彼らはきっともっと山の奥深くからここまで流れ着いたのだろう。
そっと水面に手を沈めていくと夏の日差しを癒すような、きんとした冷たさを感じた。
暫く手元の水を両手で掬っては返し、そしてパシャリと水音を楽しんでいると、ふと視界の片隅にゆらゆら揺れる物が入ってきた。
なんだろうと目線を上げ、轟々と鳴り響く滝の方に目線を動かして行くと、滝から少し離れた場所で何かがゆらゆらと揺れている。
あれは、確か祖父がホオノキの葉だと言っていたっけ。
どうやらそのホオノキの葉が岩と岩の間に挟まってしまったようだ。
よく見ようと少しだけ体を前屈みにすれば、くるん、と曲がっているのかと思っていたその葉が実は、草船になっているではないか。
その事実に興味を惹かれ、履いていた靴と靴下を急いで脱ぐと、そのままバシャバシャと波立たせながらホオノキの草船へと近付いていった。
そして手を伸ばそうとした際、その草船に私の親指ほどの人形が何個も乗せられていることに気が付いた。
雛人形を川へ流す、そんな話をテレビで見たことがあったなとふと思い出し、きっとそれの類だろうとそっとどれも零れ落ちないように細心の注意を払いながら、1度葉を両手で持ち上げ岩から取り外すと、もう一度川の流れに身を任せられるように優しく川へと戻してやった。
草船は再びその流れにゆらゆらと揺られていき、優しい水の流れによって次第に遠く、遠くへと再び航路を進みだし、その姿は小さくなっていく。
さあ、もうすぐ見えなくなるぞと思った時に、座っていた人形たちがこちらを振り返り、大きく手を振ってくれたように見え、何だか微笑ましくなり私もそれに答えるようにそっと手を振り返した。
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