第2話魔剣と出会いのお味噌汁

まだ薄暗く、日が昇らない朝の時間。

八畳の部屋に設けられた寝具に横になり、寝ていた俺はパチリと目を覚ました。

のそっと身体を起こし、退屈さを殺しながらベッドから出て洗面所へ向かう。

その足取りもやはり寝起きのせいか、重く感じられるのはいつもの事であった。

バシャバシャと蛇口から出る水を手で掬い、顔を洗えば気持ち良さで目が覚める。

顔を上げると毎朝のように見ている自分が鏡に映った。


「最悪の夢をありがとう自分。おはようさん」


一人暮らしをしている俺は、自分に挨拶をして顔をタオルで拭きリビングへ向かった。

早朝四時半──俺はいつもこの時間に起きる。

アラームなど使わなくとも身体が時間を覚えているのだ。

部屋の電気をつけ、冷蔵庫にある飲み物を飲み、ジャージに着替えて外へ出た。

朝のランニングは日課であり、気持ちを引き締める為にも行っている。


「行ってきます」


短く声を出してある程度のペースで走り出す。

まだ辺りは暗いが、それでも近代化が進むこの地では色々と明かりが点っていた。

魔術都市国家アルカディアス──アルカディアス王家が二百年前に別世界から召喚した勇者の知恵によって、近代化が急速に進み巨大な国家へと繁栄した。

その功績から勇者は王族と結婚し今も尚、王家には勇者の血が流れている。

そして何故この巨大な国家の一部で俺が一人暮らしをしているのか。

子供であれば家族と一緒に過ごしたいと願うのは必然である。

それは俺も同じで、母親と暮らしたいと思っていた。唯一の家族だから。

母親の名前はチヨ・クラウソラス──この魔術都市国家が有する騎士団の団長である。


(母さんは本当に忙しい人だよな。でもそのお陰で俺も生きていける。いつか恩返ししないと)


騎士団における彼女の実力は素晴らしいものであり、洞察力や判断力、戦闘能力を含む全てにおいて何万人といる騎士の中でトップクラス。

オマケに仲が良い錬金術師に若返りの秘薬を貰っている為、外見年齢が俺と変わらない。

パッと見て十代だなと思ってしまうが、中身は子持ちの未亡人。

そんな二人が別々に暮らしているのは、母であるチヨが子である俺を立派にしたいからという理由であった。

──可愛い子には旅させよ。

同じく自分もその教育を施され、強くなれたと言っていた。

全ての人がそうであるかはハッキリと言えないが、俺に期待している所もあるのだろう。

ふと横を見れば桜が満開に咲いている公園が見えた。

いつものランニングコースだが、この桜を見れば圧倒されてしまう。

薄暗い公園に設けられたライトで綺麗に照らされている。


(あぁ、明後日が入学式だっけ。アルノワール魔術士官学園の特待生とか、めんどくさい)


俺は走るペースを落として、桜の木へと歩き出した。

元々この世界には桜という木は存在しなかったという。

勇者が特別な力で、元いた世界から持ってきて植えたと、あらゆる文献に記されており結構にここは有名なスポットである。

昼間には家族連れや恋人同士なのが人混みになって来るが、今の時間は誰もいない。


「おや?随分と可愛らしい坊やじゃのぅ。こんな早くに訪れるとは、お主──暇人か?」

「貴方こそ、何でそんな所にいるんだ?」


俺は先の声がした方を見て、当たり前のような質問をした。

桜の木の上、太い木に背中を預けコクコクと酒を呑んでいる人物がいたのだ。

少し垂れ目で落ち着いている印象を感じさせる女性で、焦げた金髪がサラサラと風に揺られている。

俺は息を飲み込んだ──余りにも桜が似合いすぎていて、魅了されてしまう程に美しい。

ちょこんと頭の上にある二つの突起と、ふわふわの尻尾は狐族の証である。

しかし普通は尻尾は一つの筈だが、彼女には多くの尻尾が腰から生えていた。

その数、九本──九尾を連想させる。


「質問を質問で返すとは・・・・・・くひひっ、面白いやつじゃのぅ。答えると長くなるのじゃが、聞くか?」

「あぁ、時間は結構あるし。後、俺は暇人じゃないぞ」

「くひひ、冗談じゃよ。んっしょっと、そこのベンチに座るとするかのぅ。ほれ、はよ来い」


狐族の女性は桜の木から降りて、少し離れたベンチへ向かった。

それに習うように俺は歩き出す。

彼女が座り、またも酒をコクコクと気持ち良さそうに呑み出す。

その姿は艶かしいものに近く、心が浮つくのを俺は感じた。

ドキドキと鼓動を鳴らしながら、恐る恐る隣に座るとふわりとした尻尾が腰や腕に当たる。


「あれからどれだけの月日が経っても、この桜は変わらぬのぅ。勇者に連れられ、一つの契約を結んだは良いが、その相手が死んだとなれば妾は用済みのようなもんじゃ」

「貴女も別世界から来たのか。通りで珍しい装いだなと」

「くひひっ、巫女服にコートを合わせた変わった服装じゃろ?彼奴が似合うと言うから、着ているだけじゃ」

「良く似合ってると、俺も思う」


この世界にも巫女はいるが、彼女のように赤と白基調の服ではない。

その上から白と黒が合わさり、所々に金色の刺繍が施されたコートを羽織っていた。

ニーハイソックスに底が厚いブーツも良く似合っているし、彼女の良さを引き立たせている。

似合っているとエミルが言うと、ニコリと笑顔を見せた。

八重歯が可愛らしく、チャームポイントでもあるのだろう。

尚更、俺は心惹かれてしまう。


「ずっとここにいるのか?」

「うむ、そうじゃな。じゃって契約者がおらぬし、妾は一応に魔剣と言う扱いらしいからのぅ。剣なんじゃよ妾は。驚いたか?」

「いや、数ある文献を読んできたから分かる。魔剣が人の形をしているってのは一例があるから、驚かないよ。確か、余程に魔力を持ってないと使えないんだっけ」


剣が人の形をとるのは、この世界でも珍しい事ではあった。

かつての英雄達の中には、それを振るっていたと文献に記されており、本を読むのが好きな俺はその事も知っている。

そして、その存在と相見える事が出来るのは、選ばれた人間のみだと言う事も。

自分が選ばれた人間と認識している俺は、全く驚いてはいなかった。


「妾が見えている時点で驚いてはいないか。うむうむ、なら妾と契約をするのじゃ!お主も強くなれるし、妾もまた色んな景色が見れる。ウィンウィンと言うやつじゃなっ」


彼女は喜ぶように、やっと見つけたと言わんばかりに声を上げた。

きっとこれは運命なんだろうか。


「じゃが契約にも注意点があるのじゃ。たった一つ、妾以外の女には興味がなくなる故、恋は出来んくなるのぅ」

「はぁ・・・・・・意味が分からないな。なんだよその注意点は。代償ってやつ?」

「うむ、ちなみに妾は勇者と契約はしておらん。契約内容を考えたのは勇者じゃが、別の人間と契約したんじゃよ」


成程と心の中で納得した。

勇者ってのは迷惑極まりない奴だなと思ってしまう俺である。

連れてこられた挙句、溜め息が出るような契約作りやがってと文句を言っているだろうな・・・・・・俺だったらの話だけど。


「どうやったら契約ってのを出来る?」

「えっ?本当に良いのか?!」

「ずっと一人で寂しいんだろ?いいよ。その代わり俺に力をくれ」

「わぁ!くっひひっ!お主大好きじゃぁ!ささっ、服を脱ぐといい。そして反対を向いておくれ」


服を脱げと言われて困惑したが、反対側向けと言われて別に襲われる訳ではないと確信した。

言われた通りにジャージを脱いで、その下に着ていたシャツも脱ぐ。

すると普段鍛えている身体が露になった。

腹筋は割れていて、胸筋も膨らんでいる。

首から肩にかけての筋肉も上等なものに仕上がっていた。


「お、おぅ・・・・・・なんと良い身体つきじゃ。か、かっこよいのぅ」

「変な事を考えてないで、契約を」

「す、すまぬのぅ。妾も女じゃから反応してしまうんじゃよ。もぅ、察しておくれぇ」


暫く待っていると、柔らかな感触が硬い背中の筋肉に触れるのを感じる。

俺の冷たい体温が徐々に暖かなものに変わっていくも感じた。

きっと魔力を注いでいるのかもしれない。

魔力とは、生命の一部だ。それを俺に注ぐというのは命を共にするという事。

温もりに身を任せ、瞼を閉じると風を感じた。

緩りと春の陽気に当てられるような風で、瞼を開ければ見た事もない建物が目の前にあった。


『スズラン──それが妾の名じゃ。必要な時に呼ぶが良いのじゃ。ヨハネ・クラウソラス』

「──っ?!なっ、え?あれ、何処にもいない」


一瞬にして元いた公園に戻され、ふと気づくと狐族の女性はいなくなっていた。

名前をスズランと言っていたなと振り返り、太ももに重みを感じる。

そこには一振の片手長剣と片手剣銃があった。

これが・・・・・・魔剣なんだ。

魔剣を大事に抱え、立ち上がりもう家に帰ろうと歩き出した。

でも結局これじゃ俺一人なのは変わらないじゃないか。


「おーいスズラン。姿を見せてくれよ。別に消えなくたって、傍に居てくれないか?俺だって一人暮らしだから寂しいっつの」


しーん、と帰ってくる言葉はないし、スズランが現れる事もない。

まぁ、こういうもんなのかと勝手に納得して俺は家に帰った。


────────────


ガチャリと重い扉を開けて家に帰る。

家とは言え賃貸の高級マンションなのだが、やはり夢としては持ち家が欲しい所だ。

しかしこの高級マンションも捨てたもんじゃない。高級の名は伊達じゃないんだと。

全室防音部屋で、料理を作ってくれるルームサービスや掃除をしてくれるサービスなんかも充実している。

ある意味ホテルみたいな感じである。

掃除はサービスでして貰っているが、料理は自分でするようにしていた。楽しみだもん。

ランニングシューズを脱いで、リビングへと向かおうとすると、料理のいい匂いがした。

そこでおかしいと俺は思ってしまう。

料理は自分でやるようにしてるし、まさか泥棒に入られた?

いやいやなんで泥棒が入って料理してんだよとツッコミをいれてしまう。

ゆっくりと、恐る恐るリビングの扉を開けると・・・・・・見た事ある人物がそこにいた。


「うにゅ?おおっ、帰ってきたのじゃな!くひひっ、おかえりなのじゃ!ヨハネっ」


そこには、ちょっと前に契約を交わした存在が──スズランが可愛らしいエプロンをつけて料理をしていた。


「寂しかったろう?これからは妾が隣で支えてやるのでなっ。さぁ、朝飯にするのじゃ」


そう言ってパタパタと食事の準備を進めるスズランは楽しそうだった。

お互いに一人だったから、浮ついた心を持ってもしょうがないと。

俺は一度、自室に戻って魔剣を置いてからリビングへ戻り手伝いをした。


「これは・・・・・・何?」

「うむ?味噌汁じゃが、飲んだことないのじゃ?」


料理を一通り終えたタイミングだったのか、手を洗おうとした時に鍋を見ると、見た事ない料理があったのだ。


「ミソシル?聞いた事ないな。故郷の料理?スープみたいな感じかな」

「うむ、そうじゃな。スープみたいなもんじゃ」


本当かどうか怪しいし、色が・・・・・・茶色なんですけど?

ちょっと怖いが、匂いは悪くない。寧ろ涎が出てくる程良い匂いしてる。

味噌汁と呼ばれたスープは具材が入っていて、豚肉と野菜が入っていた。


「味噌汁の中でも王道──豚汁じゃ。寒い日に飲むと格別なんじゃよぉ。ほれほれ席に着いて、妾が盛るのじゃ」


甲斐甲斐しくお世話しようとするスズランに流され、席に着く。

味噌汁を茶碗に注ぐ姿が、なんか愛らしく思えるのは俺がおかしいのだろうか。


「よしっ、それじゃいただきますじゃ」

「う、うん。いただきます」


味噌汁とその他、野菜炒めや卵焼き、焼き魚等の朝から豪華な食卓に圧倒される。

しかしこんなにも冷蔵庫に食材あったのかと不思議に思うんだか。

それに魚に関しては買ってすらいないぞスズランさん。どっから持ってきたこれ?

とりあえず味噌汁──豚汁を一口・・・・・・え、美味すぎ。

はい?いやいや、なにこれ・・・・・・うっっま!


「おっ、気に入ってくれたようじゃな!愛い奴じゃのぅヨハネは。くひひっ」


俺はきっと、この日の味噌汁を忘れない。

正しく──出会いの味噌汁であった。








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