いずれ英雄の魔剣物語

うちゅまる

第1話 夢のカタチ


少年には夢があった。

それはとても綺麗で純粋で、無垢な夢である。

子供なら誰でも描きそうな壮大で叶わないものであり、大人が聞けば馬鹿にしながらも頑張れよと声を上げるだろう。

人と人が殺し合う戦争、世界を手に入れようとする魔王、そして神──全ての諸悪の根源をこの世から消し去ると、夢見ていた。

正しくも世界平和を少年は夢見ていたのだ。

賢い者なら、くだらないと口を開く。

心を掴まれた者なら、共に拳を手に取る。

世界の皆から英雄と呼ばれ、愛され、そして自分も世界を愛すると。

そう夢見ていた少年の目先には、巨大な炎が広がっていた。


「どう・・・・・・して、なの・・・・・・」


今まで住んでいた村が燃えている。

轟々と音を立てながら、風に揺られて巨大な炎は周りの森林にもその手を伸ばしていた。

バキッ、ドカッと家屋が崩れる音がする。

人の焼けた匂いが鼻につく。

少年は膝から崩れ落ち、現状にただ唖然とするしかなかった。


「ヨハネっ!!」


炎の中から大人の声が響いた。

それは良く聞きなれた声であり、自分を大切に大切に育ててくれた父親の声。

それに応えるように立ち上がり、炎の中に見える父親であろう影を頼りに歩き出す。


「こっちへ来るなっ!お前はっ、逃げろっ!!」

「父さんっ!今助けるからっ!!」

「やめなさい!ヨハネは逃げ──がっ!!」


父親の言いかけた声が苦しいものに変わった時、ヨハネと呼ばれた少年は目を開いた。

父親の影が、何者かに刺されて浮いていたのだ。

それはまるで地獄の番人を彷彿とさせる何かに、背中を貫かれている。


「父・・・・・・さん?」


一瞬だけ炎が揺らぎ、父の姿が見えた。

片手剣で背中を貫かれ、宙に浮き、貫かれた部分から大量に出血をしていた。

それが伝い、地面に血溜まりを作っていく。

いつも自分に優しく声をかけてくれる口からは、見るからに絶望してしまいそうな程、吐血していた。

そして愛している父親を刺した存在もハッキリと双眸で捉え、離せずにいた。

全身を黒と銀の騎士甲冑で固めた長身。

肩から延びる紅いマントが揺らめいていて、そこにいるだけで圧倒されてしまう。

男か女か分からないし、考えている余裕もないに等しい。


「に、げ・・・・・・ろっ!ごほっ・・・・・・」

「あっ、あぁ・・・・・・あああぁぁぁぁぁ!!!」


ただ、ただその場で叫ぶ事しか出来なかった。

ちょっとした子供の思いついで、夜中に村から出て探検をして帰ったら・・・・・・これだ。

どうしようもないと、叫ぶしか出来ない自分に誰かが触れた。

ゆっくりと振り向くと、それは自分をこの世界に導いてくれた母親であった。


「ヨハネっ!大丈夫っ?!しっかりとしなさいっ!!──あ、あなたっ!!」


母親は少年を心配すると共に、目先にいる愛している人が刺されているのを目の当たりにした。

その横にいる騎士甲冑の存在は勢い良く剣を払い、父親を投げ捨てるように地面へ叩きつけた。

ピクリとも動かなくなった父親はきっと、死んでしまったのだろう。

騎士甲冑の存在はガチャリ、ガチャリとゆっくり足取りをこちらへ向ける。


「許さない・・・・・・見たところ、どこの国の甲冑か知らないけど。普段の私なら殺しているわ。でも今はこの子を守らなきゃいけないの。ごめんなさいナハト。いつか必ず無念は晴らすわ」


魔術都市で騎士団長をしている母親は父親の名前を口にして、少年を抱きしめて走り出した。

母親の背中から見える景色はどんどん遠のいていく。

燃えゆく村も、父親も、そして父親を殺した存在も、現実から遠ざかっていく。

少年は深く瞼を閉じた。

久しぶりの母親の温もりと匂いに安堵して、ぎゅっと握る手に力を込める。


「大丈夫よ。私が貴方を守るわヨハネ。世界で一番愛しているわ」


意識が消える直前に聞いた母親の愛の囁きは、今でも忘れない。

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