何か仕事終わったし、人間界行ってくるわな!

「しばらく分の破壊は済んだし、また何日か人間界で過ごすで」


 そう言ったアクシャがその場で適当に黒い渦を生み出した。


 これを通れば人間界に行けるのだが、こんなゲートはその辺の魔族には作れない。上級魔法をどうでも良さげに扱うのは、流石魔王子といったところ。


 アクシャがそのゲートを潜ろうとしたところで、女の声が掛かった。


「また人間界に行かれるのですか!? 兄上、もうしばらく魔界に居られては……」


 慌てて止めようとする背の高い女性の名はアクト・エンセイ・マシュラ。アクシャの双子の妹である。


 髪はアクシャと対照的な青い勿忘草の色に、瞳は強いマゼンタ。髪の分け目もアクシャと逆だが、魔族の象徴の一つであるツノは兄の物よりもずっと青く、禍々しい形をしている。


 顔はアクシャと瓜二つで、アンニュイな表情でもすればどんな男でも落とせる魔性の女となるだろう。


 魔族の姫という事になるが、その出立ちは姫というよりは戦闘民族のように勇ましい。彼女はアクシャとは違い、戦闘特化型の魔族だ。


 氷の魔法で両の拳や足を硬く凍らせ、敵もその辺も殴りまくる破壊スタイルの彼女は“氷魔姫”と恐れられている。


 彼女が落とすのは男ではなく、敵の城と戦意だ。


 そんなアクトが駆け寄ると、アクシャがそれを視線だけで制止した。戦闘特化型であろうと強いのは兄の方のようだ。


 ……アクトの方がアクシャよりも20cm程身長が高いため、視線が自然と若干上に寄る。双子なのに大きな違いだ。


「アカンのか?」


 ただ一言。妹はそれだけで十分震え上がった。


「とんでもございません!! たっ、ただ、もう少し……兄上と魔界の破壊をしたかったというか……なんというか……」


 言葉の後半はモゴモゴと言い淀んでしまったが、彼女の兄は非情である。何せ悪者アクシャはその名の通りだからだ。


「モゴモゴ言われても分からんわ。つまりハッキリ言わへんって事は別にどうでもええねんな? ほなな」


 そう言ってゲートを潜ったアクシャの後を、慌てたエリクスが追う。ゲートはその途端に閉じて消えてしまった。


 後にはただ1人、アクトが薄暗い城に残されただけ。


「きっ、今日も構って貰えなかった……!! これも全て私が兄上の認める強さを有していないためだ、もっと……もっと強くならねば!!!!」


 ゴァッッッッ!!!!!!


 目を見開き、その場を凄い勢いで飛び去るアクト。


 赴く先は戦場か、はたまた過酷な魔界の自然か。悪人アクトの道は険しいようだ。







「いやぁーーーー、お陰様で明日のNizirUのライブに間に合ったっすよぉ〜〜!!」


 エリクスが猫のような目を細めてホクホクしている。ライブの抽選には無事当選し、ライブ開始までの人間界入りも間に合ったようだ。


「僕にはその煮汁だか何だかの良さは分からんけど、間に合わせたったんやから働けよ、マジで」


 理解出来ないといった表情でエリクスを見るアクシャの頭部からはツノが消えている。


 流石に人間界でツノは出しておけず、エリクスも同様にツノを引っ込めていた。


 そう、実際には消しているのではなく、引っ込めているのだ。


 アクシャ達魔族には必ずツノがあり、そこからエネルギーを吸収している。


 魔族状態から翼や尾を無くすことは可能だが、エネルギーを吸収しているツノだけは完全に無くすことは出来ない。実は髪を掻き分けてよく見ると小さなツノの先端が見つかるのだ。


 吸収しているエネルギーは人間界から生まれる負の感情であり、それを体内に蓄えて魔族としての力にしている。

 上級魔族になればなるほどエネルギーの吸収効率は高いが、どれだけのエネルギーを保有していられるかは個体差がある。


 魔王子であるアクシャは勿論、エネルギー切れなどで困った事は無いようだ。


「もっちろんっすよ! 試したい魔法もあるっすからね、破壊しまくるっす!!」


 働けと言ったアクシャに答えるエリクスも、見た目は少年のようだが上級魔族の1人だ。何なら元魔王子でもあり、魔法が得意である事も手伝ってアクシャにとっては良い下僕である。


「……まあ、そんなんで人間もお前も楽しいなら何でもええわ。ライブ?行くのはええけど、他の人間には優しいにしたれよ」


「任せるっすよ、王子の邪魔はしないっす!!」


 そう返事をしたエリクスは、本当の少年のようにソファへダイブした。


「ソファ傷むわぁ……」


 アクシャの眉間に皺が寄る。

 今日何度目かの溜め息を吐きながら、冷蔵庫の中の缶酎ハイを取り出し、カシュッと小気味良い音を立てた。



 

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