072.お茶会

今日は久しぶりに王城に来ている。


まあ普段からそんなに王城に来るような身分じゃないけど。

むしろめんどくさいからなるべく来たくないたちである。

とはいえ前回のドラゴン退治から今日までに一回死にかけたのでなんか懐かしいような感覚ではあった。


そして当然今日も一人ではなく目の前には女性の騎士様が案内してくれている。

俺より明らかに強い人なので悪いことはできないぞ。

する気もないけどさ。


この人の名前なんだったかな。

前に一回聞いた気がするけど忘れちゃった。


たしかロなんとかさん。

アストラエア様の護衛で見た騎士の人である。

まあつまり今日の用事はそういうことなんだけど。


「ごきげんよう、ユーリ様。久しぶりですね」


久しぶりに顔を合わせたアストラエア様はいつものように美しい。

場所は王城に設置された庭園で、彼女が待つガゼボ(屋根付きの休憩スペース)にはお茶の用意がされていた。


「お久しぶりです、アストラエア様。ご無沙汰してしまって申し訳ありません」

「それはお気になさらずに。それよりお元気なようで安心しました」

「なんとか無事にいられました」


本当はこのお茶会はもっとずっと前に誘われていたんだけど、俺が10日もスヤスヤしていたので、それから予定が延び延びでこんなタイミングになっていた。

目を覚ましてから安静していて数日よりあとはほとんどずっと暇だったので、そのへんはアストラエア様側の都合がつかなかったんだけど。


流石王女様は俺なんかとは違って忙しいご様子。

まあ俺より暇なやつなんて王都でもそう多くはないだろうけど。


「どうぞ、アストラエア様」

「ありがとう、ロザリア」


護衛の女騎士様がアストラエア様に紅茶を注ぐ。

そうそう、ロザリア。

そんな名前だったわ。


「どうぞ」

「ありがとうございます、ロザリアさん」


俺も彼女にお礼を言ってみるが表情はピクリとも動かずお仕事モードで、心なしか若干の拒絶を感じる。

そんな彼女は給仕を済ませガゼボの外へと退出していく。


まあ好かれる理由はないんだけど、女性に嫌われるとちょっと悲しいね。

そんな悲しい気持ちでも、淹れてくれたお茶は美味しいんだけど。


「とても美味しいです」

「気に入ってもらえたならよかったです」


アストラエア様が微笑む。

その笑顔はお茶の味なんて忘れさせて異性を虜にしてしまうほど魅力的だ。

俺もそもそものお互いが全く釣り合わないという身分の差がなかったら魅了されていたかもしれない。


日頃からモテることについて考えている俺でも流石に身の程をわきまえる程度の分別はあった。

人としては好意を持ってはいるんだけどね。


それはともあれ、本題に入ろう。


「本日は自分の話をお聞きしたいとのことでしたが、具体的にどういった話でしょうか」


今日呼ばれたのはそんな理由なんだけど、正直わざわざお姫様に呼ばれて面白いお話ができるほど俺の話術は巧みではない。

というかそんなに話が上手かったとっくに彼女ができてるだろう。

自分で言ってて悲しくなってきたわ……。


「本日はユーリ様に王都の外の話をお聞かせいただきたいのです」

「なるほど」


そういうことならわからなくもない。

最近は王都に引きこもってぐうたらしているけれど、若い頃は冒険者として色んなところまで行って仕事をしていた頃もあるので多少は彼女の役に立つこともできるだろう。


「ではまず何の話からいたしましょうか」

「そうですね、西の穀倉地帯の話などお願いできますか?」

「ええ、そこなら行ったことがあるので大丈夫ですよ。私の行った所には大きな麦畑がありまして、収穫の前には金色の絨毯のように見えて壮観ですよ」


「そうなんですね」

「同時に作物の病気や害獣被害は大変のようですね。私も害獣対策に雇われたことがありますが、大きい魔獣と同じくらい麦に姿が隠れるほどの小さな獣も厄介でしたね。探すのが大変なので」


まあ呪言を使えば普通に警戒するよりもずっと楽なんだけど。

そんな話を体験談を交えてアストラエア様に語っていく。


「南の砂漠地帯は凄かったですね。アストラエア様は砂漠へ訪れたことはありますか?」

「いえ、全てが砂でできている土地なのですよね?」

「そうですね。植物はほとんどなく水も希少な土地なので人が暮らすにはかなり過酷な土地ですね」


「そのような土地に住んでいる人たちもいるのですね」

「その土地固有の植物や魔獣なのがいて食材や素材として需要があるという部分もありますが、先祖代々住んでいるという人が多いですね」


特に魔獣は凶暴なものも多く、狩りに行く人間が少ないという供給の少なさも含めてそこそこ金になる。


「とはいえ、あまり自分で定住したいと思う土地ではなかったですね」


やっぱり王都の快適な暮らしは代えがたいものがある。

ああいう土地を好む人がいるのもわからなくはないけど。


独特の雰囲気があるから旅で訪れるのは悪くなかったし、それに王都とは違う雰囲気のエロ……魅力的な女性が多かったし。

まあそんな話は、アストラエア様にする話じゃないけれど。

ロザリアさんに斬られちゃう。


「ここから北にずっと行って国境を越えた先には豪雪地帯がありますが、そこの冬は本当に凄かったですね。一晩で人の身長以上の雪が積もったりする場所もありました」

「そんなに遠くまで赴いたこともあるのですね」

「そうですね。普通は冬は魔獣の活動も大人しくなるのですが、その土地では寒さに強く冬に活性化する魔物もいまして仕事には困りませんでした」


そういう魔獣は質の良い防寒具になったりするので、高く売れたりするのだ。

まあ王都では冬にもそこまで雪が降るわけじゃないからあんまりそういうのの需要はないけれど。


「とはいえあの土地もかなり暮らすには大変でしょうね」


冬を越すための食料も、防寒具に燃やすための薪も必要で備えるのは大変、というか備えられない人間も沢山いるだろう。


「他国のこととはいえ、苦労がしのばれますね」

「良いところもあるのですけどね。料理と、あとお酒もとても美味でしたよ」


あと女性が綺麗だった。

まあ色素薄めの銀髪美人はルナがいるからちょっとそっちの印象が強すぎて霞むけど。

そんな話もやっぱりアストラエア様には言わず、他の土地の話もしていく。


それを彼女は興味深そうに聞いていた。




「私の訪れたことのある土地で印象的な場所はこれくらいでしょうか。お役に立ちますでしょうか」

「はい、大変勉強になりました」

「ならよかったです」


気付けば一鐘分くらい喋っていたようで、ちょっと話しすぎたかもしれない。

まあそのために招かれたんだからちゃんと望まれた役割に応えたということにしておこう。


「こうしてお聞きすると、本当に世界は広いのですね。私は生まれてからほとんど王都の近くから離れることなく暮らしていましたのでしりませんでした。もちろん知識としては知っていたことも、実際に話を聞くと全く別の場所のようです」

「実際に見ると更にその土地ごとの違いが感じられますよ」


「そうなのでしょうね。最近私も様々な人から多くのことを学びました。地学、農学、商業に政治も。その中で自分がいかに無知で、外には知らない世界が広がっていることを知りました」

「自身が足らないことを知るのもまた大切かと」

「そうですね。ですが私は無知のままではいたくありません」


そう宣言するアストラエア様の目には強い意志が感じられた。

『いつの日か、全ての人が明日の心配をせずに暮らせるようになるといいですね』

鐘塔の上で王都を見渡して俺が伝えて彼女が頷いたその言葉を彼女はまだ覚えていてくれるんだろう。


「もし私にできることでしたら、お手伝いいたしますよ」

「本当ですか?」

「はい」

「では私が他所の土地を訪れることがあれば、ご一緒してくれますか?」

「もちろん」


微笑むアストラエア様に俺は頷く。

彼女の旅に同行するとなれば気楽なものにはならないだろう。

むしろ俺としてはなるべく避けたいような面倒事に溢れたものになるのは想像できる。


でも彼女に願いを伝えた人間として俺にできることがあれば手伝う気があった。

それにアストラエア様との旅という話に、心惹かれる部分がないと言われれば嘘になる。


まあお金は貰うんだけど。

一応お仕事という体で呼ばれてるのでね。




「ユーリ殿」

「なんでしょう、ロザリア様」


アストラエア様とのお話が終わり、また騎士様の案内で王城の廊下を歩いていると珍しく彼女に話しかけられた。


「少々お時間よろしいでしょうか?」

「かまいませんよ、まだ時間には余裕がありますので」

「そうですか。では」


ちょうどよいタイミングで、大きな扉のある部屋の前に到着する。

その扉を見て俺は、直感的に時間があるなんて答えたことを後悔していた。




今回の利益:アストラエア様からのご招待300万。

残り借金:9億8780万。

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