071.そして警察へ
「それより、さっきあの男が言っていた金を騙し取ったっていうのは【本当?】 」
「はい。…………えっ!?」
嘘を付くはずがなぜか本当のことを言ってしまった彼女が驚いた表情を浮かべる。
「それじゃあ彼に、騙したお金を返して」
「なんでアタシがっ」
俺が促すと、大人しい人を演じていた女が本性を見せる。
うん、こうなったら仕方ない。
「白さん」
「はっ」
「彼女が素直になれるためにはどうしたらいいと思う?」
「はっ、あの男と同じようにするのがよいかと」
「そうだね、どうやらどっちにも非があったみたいだしここは喧嘩両成敗といこうか」
「はっ、お任せくださいっ!」
「ひっ!」
女が短く悲鳴をあげる。
大の男でも悶絶した様子を見ていたのだ。
自分が同じようにされたらどうなるか。
下手すれば内臓が破裂して即死してもおかしくない、と考えているかもしれない。
実際にエリザが本気でやったら腹に穴が開く。
それはか弱い女性じゃなくて、下の男も同じだけど。
やらないけどね、エリザは。
まあそもそも、本当に無抵抗の女性に暴力を振るうと心苦しいから脅しまでだけど。
それでも折れなきゃ呪言で解決するつもりだったが、幸い彼女は素直に懐から金を取り出した。
その拍子にチラリと見える大きく開いた胸元がセクシーだ。
夜を歩いている女性らしく、とても色気のある服装としていて魅力的。
だけど筋肉の人も、これに騙されてお金を取られたんだろうなと思うと冷静になれる。
そしてその金を受け取って、まだ地に伏している男の前に置く。
「これで問題ない?」
こくり。
いまだ悶絶している男が、わずかに顔を上げてから頷いた。
うん、ならこれで解決かな。
これに懲りてもう急に殴りかかってきたりしないようにしてほしいね。
「 【ヒール】 」
一応男に治癒を施してから言う。
「それじゃあもう、ここの路地で悪いことをしちゃだめだよ。【いい?】 」
俺が念押すと二人とも頷いて、路地の別方向に逃げるように去っていった。
これにて一件落着。
「なんだか、私だけ酷いことしたみたいになってません?」
「ごめんね。でも流石に俺が女性を蹴るわけにはいかないでしょ」
「まあそうですけど」
男を成敗するまではいいとして、女も成敗することになったら傍目には俺が悪者になってしまう。
そんなことになったら俺がモテの道からまた遠ざかっちゃうよ。
「今度なにか奢ってくださいね」
「わかってる。今度三日月亭の非売品のケーキ貰ってくるよ」
「えっ、本当ですか? もしかして、もっと悪人蹴ったらもっと貰ってきてくれます???」
「そういうシステムではないかなぁ……」
「そうですか……」
「まあでもちゃんとお礼はするよ」
「そうですよね! じゃあケーキが沢山欲しいわけじゃないですけど、早く次の悪人を蹴りにいきましょう! さあさあ!」
うーん、ちょっと報酬を間違えたかもしれない。
それから通りを歩き、何件もスリを捕まえていく。
スリ多すぎだろって思うかもしれないけれど、そもそもの通行量も多めなことを考えるとこんなものである。
別にこれで王都の治安が他所と比べて悪いとかそういうことでもないからね。
むしろちゃんと衛兵が機能している時点で上澄み寄りだ。
まあだからこそ、街の清掃活動にも手伝おうかなって気になるんだけど。
多少綺麗にしても無意味なくらい汚れきってたら、わざわざこんなことはやらない。
なんてことを考えながら、またスリを捕まえてその顔を見て気付いた。
「君、二回目じゃん」
「はあ? てめぇなんて知らねえよ!」
しらばっくれるスリ。
「うそだぁ。前にももうやっちゃだめって、【言ったよね?】」
「あっ……、ああっ」
俺の質問に男は頷く。
ほらやっぱり。
「どうするんですか、ク……黒さん」
「そうだなあ」
正直いちいち捕まえた人間を全部衛兵に突き出してたら時間がいくらあっても足りないので警告だけしてさようならしてるけど、二回目ともなればそうもいかない。
一回やって捕まえた人間が二回目をやるとは限らないけど、反省せずに二回も捕まる人間はまた三回目をやるだろうから。
「ゆ、許してくれ……! 事情があったんだ!」
「わざわざこの路地でやらなきゃいけない事情なんてないでしょ。もしあったとしても関係ないけど」
情状酌量の余地があるかどうかを決めるのは俺の仕事じゃないし。
「白さん、ちょっと行ってきますね」
「はい、黒さん」
わざわざ二人で行く必要もないので、エリザとは一旦別れて俺は男を衛兵の詰所まで連れて行く。
「こんばんはー」
そして詰所に到着し、そのまま中に入って挨拶をすると周りの視線が一気に集まった。
「誰だ貴様は!?」
「怪しいものではありません。ただの通りすがりの狐面です」
「怪しさしかないわぁ!」
うん、そうだね。
でもここで素顔を晒したくはないかなぁ。
ちょっと恥ずかしいし。
「大丈夫です。俺は通りすがりの犯罪者捕まえ隊ですから」
「隊って一人じゃねーか!」
いや、さっきまで二人いたんだって。
やっぱり仮面は外さないとダメかもしれない。
衛兵の人たちに警戒されてるし、なんならいつでも得物を抜けるように身構えてる人もいるし。
なんて思っていると、奥から声が響いた。
「何の騒ぎですか」
「あ、セーラさん」
部屋の奥、上の階に続く階段から下りてきたのは知っている女性。
ちなみに彼女も衛兵である。
ちょっと偉い方の人なので、一般的に想像する衛兵のお仕事とはまた別のことをしている人だけど。
ここの詰所の管轄にはうちのクランハウスの場所も含まれているので、その関係でちょこっと知り合いなのだ。
そんな彼女の視線がこちらへ向く。
「貴方は……」
言いかけた言葉を切って、考えるセーラさん。
俺が仮面をつけている意味を察してくれたらしい。
「その男は?」
「スリの再犯者です」
「なるほど。わかりました、その男はこちらで取り調べをしましょう」
彼女が指示をすると、部下の人たちが連れてきたスリの身柄を受け取ってくれる。
ありがてえ……。
そして騒動を収めてまた上の階へと戻る前に彼女が付け加える。
「貴方たち、次に彼が来たら丁重に対応しなさい」
「はっ!」
「あっ、白い仮面も来るかもしれないからよろしく」
「だそうです」
短く告げたセーラさんがちょっと呆れてる気がするけどきっと気の所為。
そして近くの椅子に座らされた男の後ろに立って、最後のお仕事をする。
「それじゃあ、【今までやった犯罪をここで全部話せ】 」
俺の言葉に、そのスリが驚き、焦るのがわかった。
抵抗しようとしても無駄である。
「がっ。こ、この前は、家に押し込んだら男がいて、見つかった拍子に殴って怪我を……」
わーお、いきなり強盗傷害じゃん。
スリから五段飛ばしくらいに犯罪のランクがジャンプアップしたよ。
それを聞いて、衛兵の人も真顔になって聴取を取り始める。
「それじゃあ俺はこれで。もしこの男に聞くべきことが生まれたらまた呼んでください」
これ以上はここにいてもやることがないし、時間がもったいないので俺はその場をあとにした。
「おかえりなさい、黒さん」
「ただいま、白さん。今はお面つけてないけどね」
「そうでした」
衛兵詰所から来た道を戻ると、さほど苦労することもなくエリザと合流できた。
俺と別れたあとも彼女はスリを捕まえるのを続けていたようで、すっかり役に入りきっていた模様。
また今度やるときには誘おう。
「それじゃあ今日は帰ろうか」
「はい、クラマス」
明日も仕事があるし夜更かしにならないうちに今日はおしまい、ということでエリザと並んで帰路につく。
「ところで、クラマスはなんでこんなこと始めたんですか?」
「この前リリアーナさんが帰り道でスリに遭ってたからね。あの通りから犯罪を撲滅することに決めたの」
具体的に言うと、クランハウスからリリアーナさんの実家までの道ね。
「クラマス、リリアーナさんのこと好きすぎじゃないですか?」
「それは否定はできない」
好きか嫌いかと言われれば大好きである。
「まあいつもお世話になってるしね」
「それはそうですね」
俺も含めてクランメンバーが毎月ちゃんと正しいお給料が貰えるのも彼女のおかげである。
もしリリアーナさんがいなかったらと思うと想像するだけでゲンナリするよ。
「でもそれだけですか?」
「いや、普通に好きだけど」
一度告白してフラれたくらいには好きでもある。
まあフラれてるから脈はないんですけどねぇ!
なのでお外でモテ活してるんだけど。
とはいえ脈がなかろうと、リリアーナさんは俺の大切な人だ。
「あら」
エリザと二人で寮に入ると、奇遇なことに風呂上がりのリリアーナさんがいた。
普段は上げている髪を今は下ろしていて、頬が薄く桃色に染まっている。
眼福だ。
「二人ともお帰りですか?」
「はい、二人で飲みに行ってました」
「そうだったんですね。ユーリさんとエリザさんが二人で出かけてるのは珍しいですね」
「クラマスが人付き合い悪いからですねー」
「だから俺は人付き合い悪くないって。みんなと仲良しだよ?」
まあ仲良しだと思ってるのは俺だけかもしれないけど。
「ユーリさんはお酒弱いんですから、ほどほどにしてくださいね」
「いや、弱くないですよ」
「弱いですよ。ねえエリザさん」
「ですよね、リリアーナさん」
味方がいない!?
「それじゃあ私はお風呂入ってきますね。クラマス、リリアーナさん、おやすみなさい」
「おやすみー」
「おやすみなさい、エリザさん」
お風呂に入るために女性寮に消えていくエリザを見送る。
やっぱり女性陣って男共よりもお風呂好きが多いなあ。
いいことだ。
お風呂上がりの女性は見ると幸せな気分になるので。
まあ外で軽く運動してきたし、俺も入りたくはあるけど。
「ユーリさんもお風呂入りますか」
「はい、ゆっくりしてこようかと思います」
ということでおやすみなさいの挨拶をして俺も男性寮に戻ろうとしたところでまた声をかけられる。
「ああそうだ」
忘れていたことを今思い出したといった様子で、リリアーナさんが言う。
「おかえりなさい、ユーリさん」
「はい、ただいまです、リリアーナさん」
帰りの挨拶をしてくれる彼女の笑顔を見て、俺は犯罪撲滅バスターズを続けようと思った。
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