070.街の清掃活動
「クラマス、お疲れ様です」
「おつかれー」
夕食を済ませて寮の入り口で、顔を合わせたクランメンバーと挨拶をする。
俺と同い年の女性メンバーだ。
「どっか出かけるんですか?」
「うん、ちょっと夜のお散歩。エリザも行く?」
「あ、じゃあ行きます」
「えっ、行くの?」
「え、ダメなんですか?」
「いや、駄目じゃないけど、俺ならこの話の流れなら絶対いかないからつい」
「クラマスは地味に人付き合い悪いですもんね」
「そんなことないよ、俺ほど人付き合いがいいヤツは王都中を探しても他にいないよ」
「じゃあ私がご飯誘ったら一緒に行ってくれます?」
「お酒飲んだあとに口説いてもいい? いいなら一緒に行ってもいいけど」
「それは人付き合いとはまた別の話じゃないですか」
「まあそれはうん」
まずモテありきなのは否定できない。
だってモテたいんだもん。
「まあそんなことはどうでもいいんですけど」
「そっちから言ってきたのに……」
俺がモテるための話はもうちょっと深掘りしてもよかったと思うよ。
なんならどうしたら俺がモテるのか一緒に考えてくれてもいいよ?
えっ、興味ない?
そっか……。
「クラマス、どうせただの散歩じゃないんでしょう?」
「…………」
まあそれはそうなんだけどさ。
ということでクランハウスから出て前の道を歩いていく。
いつも通り日没後の夜の道には昼とは別種の雑多な気配に包まれていて昼とは別の世界のようだ。
「さて、どうしようかな」
「え、ノープランなんですか?」
「いや、最終目標はあるよ。ただその前になんかしようかなと思ってるだけで」
「なんかって?」
「うーん。あれだ」
歩いてて目についたのは露天商。
もう日が落ちてるのにやってるなんて珍しいと思ったけど、売っているものもまた珍しい。
「お面ですか? 結構上手いですね」
そう、並んでいるのは様々な種類のお面。
よくあるオーガの面から動物のお面、あとは変な顔の人?のお面とか。
「うん、これが今必要なものだよ」
「そうなんですか? まあいいと思いますけど」
「おっちゃん、これとこれちょうだい」
「アイヨ、二個で一万ルミナヨ」
「はい」
自分も自作と思われる仮面を被っている店のおっちゃんに代金を支払って、目的の二つを受け取る。
「それで、これどうするですか?」
「もちろん、つけるんだよ。俺とエリザで」
「え、私も?」
「もちろん」
かくかくしがじか。
ということで、説明をしつつエリザにお面の片方を渡して再び歩き出す。
まだお面はつけずに、おこなうのは人間観察。
この時間に一番目につくのはやっぱり酔っ払いで、他にはお天道様の下を歩くのが似合わないような人間もちらほら。
まあ良い子は寝てる時間だしね。
当然そこかしこで喧嘩になっていたり、ナンパが見えたりなんてもするけれど、このへんは節度を弁えていれば別に気にするほどでも無い。
問題は、あっち。
今日も今日とて通行人にぶつかりに行く男が一人。
一応さり気なくふらついているように装っているけどバレバレである。
まあ一応冒険者なんでね。
注意力や観察力は人よりあるということで。
俺とエリザはその男に気取られないように左右に分かれて囲む。
「おっと」
そして通行人にぶつかった男の腕を掴んだ。
「はい、だめー」
「ああ? なんだてめえ!?」
そんな俺に叫ぶ男。
集まる周囲の視線。
その中で俺たちは高らかに宣言する。
「黒狐!」
「白狐!」
自己紹介をする俺たちは、腕を掴む瞬間にさっき買った狐の面を被っていた。
「二人揃って!」
「犯罪絶対に許さないブラザーズ!」
「片方女じゃねえかっ!」
うーん、打てば響くようなツッコミ。
スリじゃなければ仲良くなれたかもしれない。
とはいえ、いまとなっては意味のない仮定である。
ちなみに俺が黒狐面で、エリザが白狐面ね。
「えいっ」
「いだだだっ!」
俺が掴んだ腕を強く握ると、男は財布をぽとりと落とす。
それをエリザが空中でキャッチして、元の持ち主の男性に返した。
「はい。お金どうぞ」
「あっ、ありがとうございます!」
あっちはエリザに任せるとして、俺はこっちとお話だ。
「スリの現行犯だけど、なにか言い分は?」
「なっ……、ないっ! だから許してくれっ!」
冒険者ランク6パワーで腕を握られた男はすぐさま音を上げる。
「もう二度と、この通りで犯罪はしないって誓える?」
「誓うっ、誓いますっ!」
「わかった。それじゃあ、【約束は破っちゃだめだよ】」
「はいぃっ!」
返事を聞いて折れない程度に握り込んでいた腕を離すと、スリは転びそうになりながら慌てて駆け出して裏路地に消えていった。
ちなみに呪言は流石にずっと効果があるわけではないので実際に効力があるのは数日中くらいだけど、それより先にもまたあの男が同じことをしないように祈ろう。
「黒狐さん、撤退しましょう」
「そうだね、とうっ!」
そして俺とエリザもジャンプして近くの家の屋根に降り立ち、その場を後にする。
一連の流れに視線を向けていた周囲の人物は、唖然とするようにそれを見送っていた。
「ふー」
屋根を渡り人のいない路地裏に降り立ってから、二人で仮面を外して懐にしまう。
「これ結構楽しいですね、クラマス」
「ね、俺もちょっとテンション上がったわ」
端から見たらいい大人がなにをやっているんだって感じだが、どうせ身バレしないしと思えばわりと楽しいものである。
こういうのは恥ずかしがると逆にダメだから、思い切って開き直るのが大切だ。
「でも白の方がかっこよくない?」
それぞれのキャラ付けのために同色二つという選択肢はなく、自然と俺は黒の方を使うことになったけど実はエリザの白い方がちょっと羨ましかった。
「そうですか? 私は黒も好きですよ」
うーん、まあでも交換してもらうほどじゃないか。
「今度職人さんにちゃんとしたの作ってもらおうかな」
「それなら私の分もお願いしますね」
すぐそこの露天で買った仮面は案外ちゃんとしているけれど、やっぱり作りの安い感じは否めないので見栄えはまあまあといったところ。
せっかくだし、またやる機会があるならちゃんとしたのを用意するのも悪くないかもしれない。
「それでどうします?」
まだ続けるのか?という質問に俺は頷く。
「もちろん、夜はまだまだこれからだよ」
「そうこなくっちゃ」
ということで、俺たちの街の清掃活動が始まった。
「誰かっ! 助けてっ!」
人のいない路地裏に叫び声が響く。
その声はしかし、喧騒に包まれた表通りの人々の耳には届いていなかった。
そこには叫んだ女と、その女の腕を掴む男が二人きり。
絶体絶命。
そんなとき、彼女たちの頭上から声が響く。
「待てい!」
そう、俺である。
最初から狐面をつけて、俺とエリザは登場して屋根の上から裏路地に降り立つ。
男は筋肉多めの結構な体格で、片手で女性の腕を掴みもう片方の手は今にもその女性を叩こうと振り上げていた。
「暴力は良くない」
「俺はこの女に金をとられたんだ! 関係ねぇ奴は黙ってろ!」
それが本当なら詳しく事情を聞く必要があるけれど、それはそれとしてまずは暴力を止めるのが先だ。
「ならばその理由を私が聞こう」
「黙ってろって言ってんだよ!」
「きゃっ!」
怒る男は女性を突き飛ばしてこちらに振り返る。
しょうがない。
「白さん、やっておしまいなさい」
「わかりました、黒さん」
俺の前に出る白さん、もとい白い狐面をつけたエリザ。
ちょっとキャラ付けが迷走してる気もするけれど、まあやってればそのうちこなれるだろう。
ちなみに偉そうにしている俺よりも、冒険者ランク8のエリザの方が普通に強い。
素手なら10回やって10回俺が負ける、そんなレベル。
そしてそんなエリザに勝てるような相手は王都にはそう多くはないし、冒険者に限定すれば大抵の顔は知っているくらい。
それくらい珍しいのだ、ランク8超えっていうのは。
まあもっとも、それ以前に構えで相手の実力は透けて見えるんだけど。
「舐めんじゃねえ!」
殴りかかってきた男がその拳を振り下ろす前に、半身になったエリザの横蹴りが目にも止まらぬ速さ鳩尾に刺さる。
うわぁ……。
内臓が破裂しない程度に手加減はされているけれど、それでも悶絶して一発で起き上がる気力が失せる一撃である。
他人事ながら内蔵がきゅっとなったわ……。
当然と男はその場でうずくまり、立ち上がるどころか言葉を発することも出来ない。
そんな男を、エリザが見下ろす。
「一方的に殴られる痛みがわかった? 反省した?」
「わ……か……っ」
「返事が聞こえないけど、もう一発食らわないと分からないかな?」
「わ……、わ……かっ……た……っ」
「そう、わかってくれてよかった」
エリザはニッコリと笑う。
逆に怖いよ……。
まああっちが自分から殴りかかってきたから自業自得だけど。
「さてそれじゃあ」
男の方は説得が終わったので、ひとまずその場は収まって俺は女性の方へと視線を向ける。
「助けてくれて、ありがとうございます」
俺の怪しいお面は気にせずに頭を下げる女性。
「いえいえ、礼はいいんですよ」
襲われている女性を見つけたら助けに入るのは当然のことである。
まあ、それはそれとして、
「それより、さっきあの男が言っていた金を騙し取ったっていうのは【本当?】 」
「はい。…………えっ!?」
嘘を付くはずがなぜか本当のことを言ってしまった彼女が驚いた表情を浮かべる。
ふー、全然丸く収まってなかったわ。
今日のお仕事は長くなりそうだ。
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