069.お持ち帰り


「お願いがあるんですけど、聞いてくれますか?」

「もちろん」


俺が快諾をすると、ソフィーは姿勢を低くして、顔を寄せる。


そしてそのまま、俺の腹に頭を載せた。


最初はよいしょと耳をつけるような形で、そのまま半分の半分回転させて夜空を見上げる。

隣に並んで寝るのではなく、俺と垂直に重なるようにソフィーも横になった。


「重くないですか?」

「それは大丈夫」


本音を言えば俺の腹筋に係る圧力は軽くはないが、そこは正直には答えない。

そもそもなんで俺の腹に頭を載せたのか分からないけれど、俺はかわいい子に枕になれと言われれば枕になる男である。


まあ腹筋に力を入れれば頭の重さくらい跳ね返せるんだけどさ。

その場合硬い枕で寝心地は最悪になるだろうからそれもなしの方向で。


「ソフィーは寝づらくない?」

「はい、大丈夫です」


俺みたいに足側じゃなくて、肩の片側が下がってると寝づらいかと思ったけどそこは平気みたいだ。


そうしているあいだにも、夜空にはぽーんぽーんと花火が上がっている。

今度は七色に彩りが広がっていく花火で、その美しさに感心するとともにあれを作る労力と消費される魔石の量を想像してちょっと乾いた笑いが出そうになった。

まあでも、職人さん的にはこの時のために作ってるんだし成功すればそれが一番か。


「ふぁっ……」


そんな光景を眺めながら、俺がお腹の上に乗っているソフィーの頭を撫でると、くすぐったそうな声が聞こえる。

丁度撫でやすいところに頭があるのが悪いよなぁ。

気分はペットを撫でている時の感覚なんだけど、そのまま全身をわしゃわしゃするときみたいに胸の方へ手を動かさないように気をつけないと。


「んっ……、んんーっ……」


ソフィーの耳のあたりを撫でるとやっぱりくすぐったそうな声が聞こえてきてかわいい。


「もうっ、くすぐったいですユーリさんっ」

「ごめんごめん」


ふざけ過ぎたら撫でていた手がソフィーに捕まって両手でぎゅっと握られてしまった。

一応もう片方の手も空いているけど、また怒られたくないので大人しく夜空を眺める。


それからしばらくのあいだは言葉が途切れて、ふたりで花火を見つめ続ける。

こういう雰囲気も悪くはないかな。


何度目かの花火が上がり、彼岸花のような真っ赤な輝きが夜空に広がると、ソフィーが思い出したように声を上げる。


「そういえば、どうして今日は花火が上がってるんですか?」

「あー、それは前にあった王都の危機から救われた記念日だからだよ。その時救った人間の功績を忘れないようにって盛大に花火を上げてるんだって」

「そうなんですね。凄いなぁ……」


まあその人間っていうのがユリウスたちなんだけど。

その時はこの前のドラゴン襲来みたいな対処可能な危険じゃなくて、一歩間違えたら王都が崩壊していたとかそういうレベルの話だったので記念日になるのも納得といった感じではあった。


「凄いですねえ……」

「そうだねえ……」

「花火って一年だと今日だけなんですか?」

「いや、新年のお祝いにも上がるよ。あとは王族が結婚する時とか」


「じゃあ年が明けたらまたこうやって見られるんですね。あっ、でもお正月は寒いですよね」

「その時は寮の中から見ればいいよ」

「えー、でも外で見たいです」

「じゃあ寒いの我慢する?」

「うー、それは嫌です……」


まあまだ数ヶ月も先のことなんだし、その時考えればいい。


「綺麗ですね」

「そうだね」


それからまた、花火の音だけが響く時間が流れる。


「ユーリさん」

「どうしたの、ソフィー」


まだ花火が上がるなか、ソフィーが視線をこちらに向けたので俺もそれに応える。


「来年もまた一緒に花火見ましょうね」

「うん」


こんな稼業をしていると明日がちゃんとあるか分からなくなったりするけれど、それでも俺はソフィーと約束をした。




「ソフィー?」


花火が終わってそろそろ下に戻ろうかと声をかけると、なぜか返事が聞こえてこない。

どうしたんだろうと思って首を上げて腹の上を見ると、ソフィーは目をつぶって気持ちよさそうに寝息を立てていた。

その顔はすごく気持ちよさそうで起こすのをちょっと躊躇われる。


でもこのままゆっくりしてると、そのまま俺も寝ちゃいそうなんだよなあ。

流石にそれはまずい。

ソフィーがなにかの拍子でここから転がって、屋根から落っこちちゃうかもしれないし。


普通にジャンプしたならこれくらいの高さは平気だろうけど、流石に寝起きの不意打ちで無事かどうかは保証できない。

でも、起こすのもかわいそうだしな。

しょうがない。

俺は結局ソフィーを起こさないように気をつけながら体を起こして、そのまま彼女を抱き上げる。


その時にソフィーの髪から石鹸の良い香りがしてドキッとしたのは秘密だ。

まあそんなことはいいんだけど。


「 【浮遊】 」


ここに上ったときと同じように唱えて浮かび、そのまま地面に着地する。

あとで敷物を回収しに戻らないとね。

いまの時間ならまだみんなが寝静まるには早いから、寮の入り口に行けば誰かソフィーを部屋まで運んでくれる女性メンバーも見つかるだろう。


「誰かいるかなー、いた」

「クラマス、おかえりー。ソフィーどうしたの? あっ、もしかしてお持ち帰り? ヒューヒュー、クラマスのえっちー」

「なに馬鹿なこと言ってんの。外で寝ちゃったみたいだから部屋まで連れてって寝かせてあげて」


「クラマスが運んであげればいいじゃん」

「いや、女子寮には入れないでしょ」

「別にいいんじゃん? なにもしなければ」


「ソフィーになにもしなくても、廊下歩いてるの他のメンバーに見られたら絶対面倒なことになるでしょ」

「たしかに、それはそうかも」

「ということでよろしく」


彼女にそのままソフィーを渡そうとすると、服がぎゅっと引っ張られる。


「おおう?」


ソフィーの身体がだらーんってならないように腕を首に回してもらってたんだけど、いつの間にか首の裏の襟がぎゅっと掴まれていた。


「これ外せそう?」

「んー、服破いてもいい?」

「いいわけないでしょ」

「なら無理っぽい」

「そっかぁ」


「これはもうクラマスが運ぶしかないでしょ」

「ソフィーを起こすっていう選択肢は?」

「かわいそうじゃん、幸せそうに寝てるのに」


まあそれはそうなんだけど……。


「もしくはクラマスが自分の部屋にお持ち帰りするか」

「それはない」

「一晩中ソフィーを抱いて立ってるか」

「そっちの方がないわっ」


「なら部屋まで連れてくしかないでしょ」

「んー、じゃあコルセアもついてきて」

「クラマスがお持ち帰りしないように?」

「もうそれでいいよ……」


俺は諦めて彼女と一緒に女子寮の廊下を進む。


「ソフィー最近お仕事頑張ってるからお疲れなのかもね」

「そうだね」


ソフィーは最近毎日のように依頼を受けて頑張っているので、疲れが溜まっているのかもしれない。

冒険者は自由業だから大抵は毎日働くようなものでもないし、お金に困らないなら尚更なんだけど。

まあやる気があるなら止める理由はないし、無理はしない程度にがんばってほしいかな。


「ソフィー、部屋の鍵ある?」

「うぅん……」

「だめそう。コルセア、鍵探してくれる?」

「はいはーい」


調子よく返事したコルセアは、ソフィーの服を探って中から鍵を取り出した。

それを使うとガチャッと扉が開く。


「これ中に入ってもいいと思う?」

「ソフィーなら怒らないんじゃない?」

「それじゃあ、おじゃましまーす」

「はーい」


コルセアの返事はいらないんだけど。

ともあれ中に入ると、間取りは男性寮と同じ。

ただし、内装の差で彼女の部屋には華やかさがあった。

普段こういう機会は無いからちょっとドキドキするね。


「ソフィー部屋についたよ」

「んー……、ユーリさん?」


ベッドに寝かせて声を掛けると、ソフィーがまだ半分眠ってる表情で薄っすらまぶたを開ける。


「帰っちゃうんですか……?」

「また明日ね」

「ん……、はい……、すぅ……」


運ぶのを完了して挨拶を済ませるとソフィーは目を閉じたまま感謝を示すように、ぎゅっと抱きついてきた。

自然に互いの頬が触れる。

柔らかくてあたたかい頬の感触とともに、耳に彼女の吐息がかかってくすぐったい。


それからソフィーの身体から力が抜けて首に回された腕もほどけたので、そのままベッドに寝かせて布団をかけてあげる。

ふぅ……。

部屋を出るとコルセアに声をかけられた。


「どきどきした?」

「そんなの、言うまでもないでしょ」


好きになっちゃうかと思った。

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