068.夜の花
「はむはむ」
幸せそうに夕食を食べているソフィーを向かいの席から眺める。
ここは食堂、周りには飲みに行ってないクランメンバーの姿がちらほら見えた。
今日もソフィーはお仕事を頑張ってきたようで、労働のあとの食事はとても美味しそうだ。
まあソフィーはいつでも美味しそうに食べるけど。
「ソフィー、美味しい?」
「はい! 美味しいです!」
「ならよかった」
ここまで喜んでもらえたなら、クランハウスを建てるときに食堂に力を入れた甲斐もあったというものである。
まあ俺はなにもしてないけど。
ちなみにここの食事を含めたクランの設備費用は当然クランメンバーの稼ぎから割合的に引かれているので、ランク3のソフィーには稼ぎ以上のサービスが提供されていることになったりする。
だからといって他のメンバーから不満が出たりもしないけど。
なんと言っても、一番の割合で払ってるランク10の四人がなにも言わないからね。
それより納めてる金額が少ない他のメンバーも特に文句は言わない。
まあそれを言ったらランク3のソフィーよりも普段大してなにもしてないのに大金貰ってる俺の方が文句言われそうだけど、みんな優しいから温かい目で見てくれてるよ。
嬉しいね。
「どうしたんですか? ユーリさん」
「ううん、なんでもないよ、ソフィー」
どうやらみんなの優しさに甘えてる気持ちが顔に出ていたようだ。
「ソフィーはこのあとの予定は?」
「ひとまずお風呂です」
「そっかー、俺はどうしよっかなー」
「どこか行くんですか?」
「んー、それもなくはない」
外はもうすぐ日が暮れるけど、まだ遊びに行こうと思えば行ける時間ではある。
「でもやっぱり今日はいいかなあ」
出かけるのもめんどくさい時もあるよね。
「じゃあお風呂入ったらまた来ますね!」
なんて嬉しそうに言われると好きになっちゃいそう。
それから手と尻尾を振るソフィーを見送って、俺は小説の原稿と酒を取り出した。
「ユーリさーん」
「おかえり、ソフィー」
風呂上がりに帰ってきたソフィーがなぜかこちらに両手を差し出すので、俺もその手に手のひらを合わせる。
なんで?
よくわからないけど、多分ソフィー的な喜びな表現なんだと思う。
風呂上がりのソフィーは身体がぽかぽかしていて、重ねた手のひらからその熱が伝わってくる。
あと髪は薄っすら濡れていていつもより少し色気を感じる、かもしれない。
「お風呂気持ちよかった?」
「はい! ユーリさんも入りますか?」
「えっ、一緒に?」って言ったらセクハラなので言いそうになったけど我慢した、俺偉い。
「うん、俺もあとで入るよ」
なんて話をしているとソフィーの頭の耳がピクッと動いて、そのまま食堂の入り口へ向いた。
「どしたの、ソフィー?」
「いま外で、なにか爆発したような音がしたような気がして」
「あー」
不穏なことを言い出したソフィーだが、俺はそれに心当たりがあった。
「それなら大丈夫。ちょっとこっち来て」
「はい、はい?」
不思議そうなソフィーを連れて食堂を出て、顔を寄せたのは廊下の窓。
「あっち見てみて」
「なんですか……?」
俺の指示するままに窓の外に広がる夜空を彼女が見上げると、そこにぱっと大輪の花が咲いた。
一瞬遅れて、どぉんと腹に響く音。
「わぁ……」
そこに浮かんで消えていくのは、王都で打ち上げている大玉の花火だ。
「ソフィーは花火見るの初めて?」
「はい」
確かに花火を打ち上げるようなところは国内でも大きな都市くらいだから、田舎から出てきたソフィーは見たことなくてもおかしくないか。
年に何度か上がるものだから、王都に何年も住んでる身からすると慣れたものだけど。
「あれって魔術なんですか?」
「どちらかといえば使い捨ての魔道具かな」
空に輝く色とりどりの光は魔石を使って生み出される輝きなので、そういう点では魔道具に近いはず。
「綺麗ですね……」
「ソフィーの方が綺麗だよ」なんてことは思っていても言わない。
「そうだね。そうだ、どうせだからもっとよく見えるところに行こうか」
「はい!」
元気に頷いたソフィーを連れて、俺は寮から出てクランハウスに入る。
そのまま階段を何度も登って最上階の、俺がいつも仕事をしている執務室の前に着いた。
「ソフィー、窓開けてくれる?」
「はい」
鍵を開けて中に入り、ソフィーに窓を開けるように頼んでから俺は部屋の鍵を今度は閉める。
「これでいいですか?」
「うん、それじゃあ、【浮遊】 」
「わっ……!」
窓の近くて身体が浮かぶ俺とソフィー。
そのままソフィーと手を繋いで、俺は窓の外に出た。
「わわっ……!」
戸惑彼女にちょっとだけ笑いながら、俺は外から窓を閉じたあと、そのまま高度を上げる。
そのあいだにも空には花火が上がっているのでこのまま見るのも悪くないけど、もうちょっとゆっくりしたい気分でもあるのでそのままクランハウスの天井に降りた。
「ソフィー、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあちょっと待ってね」
そこは少し斜めに傾いているけれど、冒険者の体幹があれば問題はない。
まあ床というか天井は雨ざらしで汚れているのでそっちのほうが問題だけど。
なので、
「 【清浄】 」
と唱えると、近く一面の汚れが取れて綺麗になった。
そのまま外の仕事で休憩するときに敷く絨毯を荷袋から取り出して、傾いている天井に敷いた。
執務室にお出かけ用品一式揃えた荷袋を用意しておいてよかったよ。
「それじゃあ、ソフィーもどうぞ」
「はい、おじゃましまーす」
「いらっしゃいませ」
俺が腰を下ろして、その隣にソフィーも腰を下ろす。
そして頭上には、遮る物のない花火が輝いている。
きっかけは思い付きだけど、ここに来てよかったかな。
再びどんっと腹の底に響く音を伴って輝く花火は、今度は黄色一色でタンポポの花のように空に咲く。
綺麗だ。
「綺麗……」
ソフィーも喜んでくれたみたいだし。
しかしまあ、今更になって冷静に考えると今の状況はとてもロマンチックな感じなんじゃないかと思ったり。
まあいいか。
「横になったほうが見やすいかな」
なんて思い付きで、俺は絨毯の上に横になる。
天井の上で寝転ぶなんてあまり普通に生きていて経験することじゃないけれど、傾いているのが丁度良く花火の方に視線を向けてくれて悪くない。
「ユーリさん」
「どうしたの、ソフィー?」
寝転んだまま首を動かして視線を向けると、さっきまで夜空に夢中だったソフィーは気付けば座ったままこちらを見下ろしていてる。
その背後には、いまも咲くように輝く花火。
逆光になってちょっとだけ見づらい彼女の顔は少しだけ真剣な色が見えたような気がした。
「お願いがあるんですけど、聞いてくれますか?」
「もちろん」
俺の安請け合いに、ソフィーは嬉しそうに微笑む。
「ありがとうございます」
そのまま俺と同じように姿勢を低くする。
そして……、ソフィーの顔が俺に触れた。
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