067.ルナとお買い物

寮の食堂で昼食を済ませてそろそろ出かけるかと思っていると、廊下の向こうからルナが現れた。


「おはルナー」

「なんですか兄さん、その挨拶は」

「朝の挨拶」

「もう昼ですが」

「ルナは細かいなあ」


別に昼過ぎだっておはようって言っていい、自由とはそういうものである。


「んで、ルナはこれから用事か?」

「特になにもありませんけど、なんですか?」

「買い物行くけど一緒に行く?」


「行く場所によります」

「魔装屋さん」

「なるほど、一緒に行きましょう」


そういうことになった。




「こんにちはー」

「いらっしゃいませー」

「お邪魔します」

「ああ、ユーリさん。それにルナさんも、こんにちは」


やってきたのは魔装屋さん。

ちなみに魔装屋さんとは文字通り魔装を売っている店だけど、シンプルに発掘された魔装を取り扱う店と、人工的に魔装を造る店の二種類がある。

この店は後者。


「今忙しいですか?」

「大丈夫ですよー、こんな店なのであまりお客さんは来ませんから」


目の前の眼鏡をかけた男性はワーレンさん。

武器に魔術的な付呪を施して、魔装を造るのが彼のお仕事。

その腕は確かなんだけど、店の利用者がそんなに多くないのは単純に仕事の金額が高いから。


これは彼がボッタクリな訳ではなく、シンプルに魔装を造るのが技術的にも作業的にも大変だから。

あと付呪に使用する素材も高いし。

その上で総合的な性能はダンジョンや遺跡などで発掘される魔装の方が優秀である。

まあそっちはそっちで高いんだけどさ。


なので基本的に仕事をお願いする時は、こういうのが欲しいっていう具体案が既にあってそれをお願いすることが多いかな。

一応うちのクランメンバーも、お世話になってたりするし。


「というわけで、こんな感じでお願いしたいんですけど」

「はい、大丈夫ですよ」

「素材はこれで、あと武器はこれで」

「これゴードンさんの槍じゃないですか。ちょっと緊張するなあ」


ゴードンというのはうちクランメンバーの装備の修理を頼んでいる鍛冶屋さん。

腕は確かなので武器に携わる人の間では地味に知られているらしい。

まあその槍は習作だからって安く貰ってきたやつだけどね。


「でもこの付呪だと、魔物にはあまり役にたたないんじゃないですか?」

「ええ、でもそれは護身用なので大丈夫です。しばらく王都の外に出る予定もありませんし」


「護身用っていうには槍は殺意が高い気がしますけど、まあわかりました。ここまで用意してあるなら数日でできると思いますよ」

「ならそれでお願いします」


ということで注文を終えて、店内の見本を眺めているルナの隣に並ぶ。


「なにか欲しいのとかあったか?」

「そうですね、欲しいのはありませんけど気になるのはいくつか」


そういってルナは棚に手を伸ばしてかかっている短剣を目に取る。


「これはなんですか、兄さん」

「これは炎が出る魔装だな」

「なるほど」

「まあこのくらいの炎じゃ魔物相手には実用的じゃないけどな」

「えぇ……」


ルナからそれを受け取って魔力を通すと、火の魔石を通じて短剣の刀身から炎が上がる。


「これくらいだと魔物を斬りつけたくらいじゃ炎のダメージはほとんど入らないだろ。魔物に突き刺せば流石に焼けるだろうけど、刺した時点でダメージとしては十分だろうし」


まあ役に立つ場面がないとはいわないけど、そう多くはなさそうではある。


「ならこれはどうですか?」


渡されたのは布に包まれた短剣。


「これは見えない武器だな」


布を解くとそこには何もないように見える。

とはいえ実際に手で確認すると、確かにそこにあるのが分かるんだけど。


「これは便利そうですね」

「とはいえ魔物相手にはそこまでじゃないかな」


魔物は視界に頼らない生き物も多いし、魔装に流れる魔力の流れで察知されるようなこともある。

斬って血がついたらネタがバレるし、見えない物への反応自体が人間よりずっと鋭い。

透明だからというアドバンテージで即死させられる場合もありはするだろうけど。


「あとシンプルに、落とすと困る」

「あぁ……」


透明だから落としたら見つけるのが大変なのは間違いない。

俺がその透明な短剣をジャグリングをするように両手で順に転がすと、ルナの瞳が猫のようにピコピコと動いた。


「どーっちだ?」

「こっちでしょう?」


掲げた両手のうち、ルナは俺の右手側にタッチする。


「残念」

「……」


そっちの手をパッと開くとそこにはなにもなく、見えない短剣が床に落ちることもなかった。


「もう一回やってください」

「別にそこまでムキにならなくても」

「もう一回、やってください」

「はいはい」


左に握った短剣を再びくるりと回し、そのままぽんぽんと両手で転がす。

商品で遊ぶなって怒られそう。

まあワーレンさんは怒らないだろうけど。


「どっちだ」

「こっち」


今度はルナが直接触ってきたが、その左手には何も握られていない。


「おかしいです。不正はしていませんよね、兄さん」

「してないから安心しろ」


俺が右手を差し出すと、ルナが確かにそこに見えない短剣が握られているのを確認して腑に落ちないような表情をする。

昔コインで似たような遊びをしていた経験値が思いの外活用されてしまったようだ。


「もう一回やってください」

「はいはい」


ということでそれから三回繰り返して、やっとルナは握っている手を当てることができた。

単純な確率でいえば二分の一なんだけど、なまじ見えるせいで俺の誘導するような動きに引っかかってしまうみたいだ。

ともあれ、ルナも正解を当てたことでやっと納得した模様。


「それじゃあ帰るか」

「そうですね」


ワーレンさんに挨拶しようかと思ったけど、もう店の裏に戻って作業を始めているようなので邪魔はしないことにした。


「帰り、どっか寄ってくか?」

「そうですね、この前のあれを食べに行きましょう」

「あれ?」


疑問に思う俺を連れてルナが訪れたのはカエル串の屋台。


「串焼き二本お願いします」

「あいよ! 綺麗なお嬢さんだねぇ。カップルかい?」

「兄妹です」

「妹じゃないけどね」

「なにか言いましたか、兄さん」

「なんでもないぞ、ルナ」


どう見ても似ていない俺とルナに、店員のおばちゃんが困惑してるけど俺は悪くない。

髪色もだけど、やっぱりルナの顔が良すぎるのが悪いよなあ。

俺みたいにもっと普通の顔だったら兄妹といっても違和感は少なかっただろうに。


「まあいいや! あいよ、串焼き二本ね!」

「どうぞ、兄さん」


受け取った二本のうちの一本をルナがこちらに差し出す。


「くれるのか?」

「私が一人で食べてたら見栄えが悪いじゃないですか」

「まあそれもそうか」


納得してそれを受け取ってルナと同じように口に運ぶ。


「やっぱり美味いな」

「そうですね」

「もしかして、気に入ったのか?」

「別にそこまでではないですが、嫌いではないですよ」

「さようか」


ならわざわざ買いにこないだろと思うけれど。

しかし、見た目は上品なルナにカエル串は似合わんな。

まあ本物の王女様ほどじゃないけど。


「なんですか」

「なんでもないぞ。これ酒にも合いそうだなと考えてた」


嘘だけど。


「なるほど。すみません、追加で四本ください」

「あいよ!」

「って買って帰るのかい」

「兄さんが言ったんじゃないですか」

「まあそうだけどさ」


「合わせる酒は兄さんが用意してくださいね」

「金額の釣り合いが取れてなくないか?」

「そんなことありませんよ。ほら、兄さん帰りますよ」

「はいはい」


まあルナは普段真面目に働いてる方だし、たまにはこういうのもいいか。

俺? 俺はいつもこんな感じだから……。


「それじゃあお酒を飲む前に運動しましょうか」

「いや、それはいいだろ」

「だめですよ、運動しないと健康に悪いですからね」


「俺は肉と酒だけでいいから、って手を握るなよ、放せって、ぐぉっ、手が外せねえ……」

「一緒に訓練場に行きましょうね、兄さん」


なんて笑顔で言うルナは俺の意思は無視して連行していくのだった。

またこの流れかよォ!

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