066.カフェでデート
「あっ」
近くで声がして、視線を上げる。
「なんだ、お前か」
俺が冒険者ギルド近くのカフェテラスで作業をしていると、そこには見知った顔があった。
その相手は、俺がこの前ボコった相手。
彼女は見るからに不満そうな顔をしている。
「あたしはお前なんて名前じゃないんだけど」
「じゃあターニャ」
「なんで呼び捨てなのよ」
「敬称をつけるほどの敬意はないし、愛称をつけるほどしたしくもないからかな」
「……」
「とりあえず、座れば?」
「なんであたしが一緒しないといけないのよ」
「周りが見てるぞ」
ここは冒険者ギルドの近くだけあって周囲の客にも近くの通行人にも冒険者が多い。
冒険者同士の喧嘩なんていうのは珍しいものでもないけれど、こういうカフェではあまり歓迎されないのも事実だ。
やるなら酒場じゃないとね。
また昼時だから日も高いし。
「そもそも本当にうちに入りたいなら俺といがみ合ってもいいことないぞ? これでも一応、クランマスターだからな」
「……」
そんな俺の物言いに結局ターニャはそのまま席に座った。
「好きなもん頼んでいいぞ」
「別にあたしは……」
彼女がいいかけた時に、ぐーっとどこからか腹の音が響く。
同時に、ターニャは顔を恥ずかしそうに顔を赤くする。
「ふっ」
「なに笑ってるのよ!」
「虚勢をはってても身体は素直だなと思って。文句言っても結局腹は鳴るんだなと思って」
「喧嘩売ってるのね? 今すぐ買うわよ?」
「別に俺はいいけど、ここでボコボコにされたら本当に評判が酷いことになるぞ? つい先日俺にボコられたばっかりなのに勝ち目はあるのか?」
「……っ」
きっと実際に手合わせをする前ならそんな俺の警告を無視して向かってきただろうけど、流石に三桁の敗北で彼我の差は身に沁みたらしい。
「すいませーん。パンケーキ一つ」
近くを歩いていた店員さんを呼び止めて注文をすると、ターニャもメニューを見ながら自分の分を頼んだ。
「お待たせ致しましたー!」
程なく届いたメニューは俺のパンケーキとターニャはサンドイッチと紅茶。
ちなみに俺は朝食は済ませているのでこれは食後のデザートである。
お出しされたパンケーキは焼きたてホカホカで、バターとハチミツが贅沢に添えられている。
見た目は素朴だけど、絶対に美味しいやつだ。
思わず俺も作業の手を止めナイフとフォークを握りしめてそれを口に運ぶ。
あまーい。
やっぱりパンケーキは最高だぜ。
そんな俺の様子を怪訝な顔で見ながらも、ターニャも自分の食事を進める。
「それで、あんたはこんなとこでなにしてるのよ」
少しして食事を終えたターニャが聞いてくるので、パンケーキを食べるのを休憩して作業に戻っていた俺は顔を上げずに応える。
「小説書いてる」
「小説? なんでそんなことしてるのよ」
「趣味だが?」
「馬鹿なの?」
馬鹿ではないが?
暇ではあるが。
「クランマスターならクランマスターの仕事しなさいよ」
「別に趣味くらいあってもいいだろ。あとこれは伯爵様に献上するものだから汚すなよ」
「え゛っ?」
紙束の一枚を手にとって眺めようとしていたターニャがさっと手を引く。
嘘はいってないよ、嘘は。
「っていうかターニャは文字読めんの?」
「文字くらい読めるわよ、バカにしないでくれる?」
「ふうん」
平民の中では文字を読めない人間も少なくはない。
王都はまあその中でもマシな方だけど、田舎の小さな集落じゃそこの代表者が読めるだけ、なんていうこともある。
冒険者は文字を読めることを要求されることは少なくないので、ランクが上がるほど識字率も上がっていくけれどターニャのランク4くらいだとまちまちだ。
「じゃあこれ読んでみ?」
「だから読めるって言ってるでしょ……、ってなんでこのキャラ腹鳴らして恥ずかしそうにしてるのよ!」
「破くなよ? 伯爵様に怒られるぞ?」
「あたしが今あんたに怒ってるのよっ!」
「やっぱり外で執筆すると良い刺激になるわ〜」
「〜〜〜!」
「まあそんなに怒るなよ、ケーキ奢ってやるから」
「頼んでないわよ!」
「そう? まあ別に食わなくてもいいけど。すいませーん、ショートケーキ二つ」
「はーい」
と店員さんに注文をお願いしてから、ターニャに視線を向ける。
「んで?」
「なによ」
「なんでターニャはうちに入りたいわけ?」
「あんたには関係ないでしょ」
「いやいや、関係しかないだろ」
うちのクランに入りたいっていうなら、俺はこれでも一応クランマスターなんだから。
「もし俺を納得させられたら入れてやってもいいぞ?」
「入れるのはあんたに勝ったらって言ってたじゃない」
「まあ言ったけど、別に強いことが加入の条件でもないしな。今だってランク3のメンバーもいるし」
なんて俺の答えにターニャは不満そうな表情を見せた。
「じゃあどうして……」
「だからって誰でも入れてるわけじゃないからな」
まあ半分くらい俺の趣味とノリで採用してるようなもんだけど。
一番重要なのは本人の性格かな。
あと女の子なら顔。
その次に実力とかそんな感じである。
元々俺がモテたくて作ったクランだからね。
まあモテないんですけど。
ってうっせえわ。
「別に、あたしには≪星の導き≫が一番ふさわしいと思っただけよ」
「あの実力で?」
「ぐっ……、この前はあんたに負けたけど次は負けないから!」
「そりゃ楽しみだ」
そんな俺の煽りに、ターニャはビキビキした顔を見せる。
「お待たせしましたー。ショートケーキ二つです」
そんな様子も気にせずに注文を届ける店員さん。
プロの仕事である。
「あっ、それ二つとも俺のです」
テーブルについている二人の前に一つずつ置こうとしていた店員さんに声をかけて二つとも俺の前に置いてもらう。
やっぱり執筆してると甘い物が欲しくなるよね。
「ごゆっくりどうぞー」
店員さんが去っていくと、ターニャがなにやら不満そうな顔をしている。
「ケーキ食いたいなら自分で頼めよ」
「別に食べたいなんて言ってないでしょ」
「そういったターニャだが、同時に腹を鳴らすのであった」
「鳴らしてないでわよ!」
「あはは、もう一回鳴らしてるんだから一回も二回も変わらんだろ。ほら、好きなもん頼め」
「……」
俺がメニューを再び差し出すと、結局ターニャも店員さんを呼んだ。
それからまた少し待って届けられたのはチョコケーキ。
「チョコケーキ美味いか?」
「……、美味しい」
「ショートケーキも一口食うか?」
俺がまだ口をつけていない方のショートケーキの皿を差し出すと、結局ターニャはそれにフォークを刺した。
「って、取りすぎだろ」
「知らないわよ、一口って言ったでしょ」
一口といいつつショートケーキを前半分くらい大胆に切り取ったターニャは、結局それを二口三口と食べていく。
どう見ても一口じゃないんだよなぁ。
とはいえこうやって見ていると、無理矢理クランに入れろと言ってきた態度とはあまり重ならない。
まだ口調はちょっとキツいけど、まあそのへんもバーバラと同じ程度だし。
最初からこれくらいの態度だったらナンパしてたかもしれない。
なんて考えながらも、ちょいちょい周りから視線を感じていた理由にそろそろいいかなと見切りつける。
そんな俺の意図を察したのか、ターニャもこちらを見た。
「あんた、最初からあたしに会うためにここで待ってたの?」
「んなわけないだろ。そこまで暇じゃないし、そこまでする理由もないわ」
実はさっき彼女を誘ったのは、彼女がうちのクランに喧嘩を売ったと噂になっているという話を聞いたから。
まあそれ自体は事実なんだけど、彼女が他の冒険者とパーティー組んで仕事するのに支障が出てると聞いたからね。
流石にそこまでの話になるのはこっちとしても本意ではなかったわけで、今日こうして人前でお茶に誘ったという成り行きだ。
これくらい人に見られれば、噂も収まるだろう。
まあ、わざわざ会いに行くほどじゃなかったから今日は本当に、冒険者ギルドの近くで作業をしていたら顔を合わせただけだけど。
「……、礼は言わないから」
「別に望んでないからいらないぞ」
「あっそ」
短く言うとそのままケーキを食べ終えたターニャは席を立つ。
そして去っていく前に微かに声が聞こえた。
「……ごちそうさま」
彼女が街の人混みに消えてから応える。
「どういたしまして」
短く届かない返事をして、そのまま俺は作業に戻った。
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