065.賭けにもならないリベンジマッチ
「クラマスー」
「どしたのー」
朝の仕事を始めてから少しして、執務室にクランメンバーが顔を見せる。
「クラマスにお客さんですー」
「んー、なんて客?」
「この前クラマスがボコった女の子ですよ」
「いやいや、俺は女の子にボコったりしないから。人違いでしょ」
「いやいやいやいや、この前クランに入れろって言ってきた子をクラマスが完全に凹まして帰らせたじゃないですか。あのターニャとかいう子ですよ」
「あー、完全に把握した」
特に用事がないから忘れてたけど確かにいたわ。
「っていうか別にボコってないだろ。正々堂々正面から戦ったし怪我もさせてないんだから」
「心は完全に砕いてましたけどね……。それで、どうします?」
「今仕事中だからあとにしろって言っといて」
「いいんですか、待たせちゃって?」
「いいのいいの、どうせ1ルミナにもならないんだし。っていうか会いに来るなら先に時間くらい伝えろって言っといて。社会の常識だぞって言っといて」
まあ俺はそんな常識守ったことないけど。
でもターニャを優先する合理的な理由が俺の中には一つもないからこれは後回しでいい。
「わかりましたー」
調子よく返事をして出ていくクランメンバーを見送って、俺は自分の仕事に戻る。
「いいんですか、クラマス?」
なんてリリアーナさんに聞かれたので笑って答える。
「全然問題ありませんよ、今はこの書類仕事を済ませる方が大切ですから」
この仕事が遅れると必然的にリリアーナさんにも影響が出るので、優先順位は最初から決まっているのだ。
「あんた! 遅いわよ!!!」
訓練場に入るなり大きな声で叫ばれて俺はちょっと帰りたくなった。
まあこのクランハウスが俺の家なんだけどさ。
どうやら彼女は準備を済ませているようで、既に臨戦態勢に入っている。
「あたしが勝ったら約束通り、クランに入れてもらうから!」
「はいはい」
そんな俺達の周りにはメンバーがちらほら。
もう実力差は明確になった上に試合がどうなるかは俺の気分次第ということで賭けをするメンバーはおらず見学者も前回よりずっと少ない。
まあそもそも、みんな普通に外に仕事しに行ってるしね。
なので前置きはなく、俺は前回から変わってターニャと同じ両手剣を構える。
訓練用に統一された形の物なので、互いに武器の形状や間合いは全く一緒だ。
「性格わるぅ……」
なんて呟きが周りから聞こえた気がするけどきっと気の所為。
武器と同じように構えもターニャと鏡写しに、両手で握ってそのまま腰の高さで前へ。
個人的には両手剣の強みを活かすなら上に上げるか後ろに流す方が好きだけど、まあ今はいいか。
この構えの意図は、目の前の彼女にも伝わってるだろうし。
「いつでもどうぞ」
「……っ、はぁ!」
ターニャは気合を入れて、そのまま打ち込んできた攻撃を俺が受ける。
受けて止める、受けて流す。
呼吸を乱すこと無く、平静に対応していく。
そしてそのまま相手を打つ。
これで一本、まあ寸止めだけど。
「まだ続ける?」
「もちろん……!」
今回も前回と同じように力ではなく、技術で受けて技術で打っていく。
前回とは違い互いに同じ得物だからこそ、互いの技術の差は前回よりも際立って見えることだろう。
当然、それを突きつけられるのは辛い。
まさに手本を見せるという形で自分の不出来を分からされるから。
実際ターニャは前回よりもずっと彼我の差を強く感じているだろう。
ランク6とはこういうもので、自分はまだそこに並ぶ資格はないと。
そもそも前回勝負した後、ツィーたちに連れられて依頼に向かい本当に大きな怪我をしたらしいけど、それでもまたこうして向かってきている気合は認めてもいい。
実際に同行していた治癒師に治してもらったとはいえ、相応の痛みと恐怖を味わっただろうから。
それにツィーたちとの実力差も実感しただろうし。
だからって優しくしたりはしないけどね。
そもそも彼女が始めたことだし。
優しくしたとしても、俺にとっても彼女にとっても得にはならないだろうし。
両手剣は本職ではないが、それでもランク4の冒険者を相手にするくらいは問題ない。
まあそもそも、俺は器用貧乏で本職といえるほどのものもないけれど。
昔パーティーを組んでいた時に使っていた短剣だって、基本的には他のメンバーの穴埋めをするのに一番適した形だっただけで。
なのでユリウスの模倣は当然鋭さも力強さも及ぶべくはないけれど、それでもターニャ相手であれば十分に手本になる。
ターニャの振った剣を受ければそれが受けの手本に、返しに俺が打ち込めばそれが攻めの型に。
交互に打ち合う様はさながら答え合わせのよう。
そして前回の経験とも相まって、彼女の動きは段々と鋭さを増していく。
前回は一瞬で決まっていた勝負が、今回は何度か打ち合うまでになっている。
その打ち合う回数自体も次第に数が増していた。
前回と今回の得物の差を加味しても、動きは明確によくなっている。
最初は軽く受けられてた動きが、今は正しく受けるように意識する必要がある。
最初は簡単に崩せていた受けも、今では工夫を凝らす必要がでてきていた。
「はぁ……はぁ……」
ただ当然それだけ打ち合っていれば彼女の疲労は溜まっていく。
それを加味しても今の動きは急速によくなっていた。
「まだよ……!」
そして、何十回かの仕切り直しのあとに変化が訪れる。
「やあっ!!!」
大きく踏み込んだ彼女の一撃が、俺の構えた両手剣を大きく弾く。
今まで生まれることがなかった明確な隙。
そこに一撃を入れるために彼女は鋭く剣を振った。
剣で受けるのは明確に間に合わない。
だから俺は、それを手放す。
そして自らターニャとの距離を一歩詰めた。
「えっ……!?」
彼女の手と肘に触れ、その力の方向に変化を加える。
すると彼女の体がくるりと宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられた。
そして俺の手にはつい一瞬前まで彼女が握っていた両手剣。
その切っ先は、彼女の首筋に当てられている。
「油断大敵。隙に見えたものが本当に隙とは限らない」
「今の、わざと……」
これくらいの技なら人間だけでなく魔物でも使ってくる可能性があるもの。
当然、その応手を間違えれば待っているのは死だ。
「もう一回……!」
まだ起き上がろうとする彼女に、俺は終わりを告げる。
「今日はもうおしまい。これ以上やっても結局俺に勝つ目はないでしょ」
動きがよくなったとしてもそれでもまだ届かない。
それが彼女にも身をもってわかっただろう。
無手で制圧されるとはつまりそれだけの差があるということだから。
「でも……」
まだ続ければもっと上達できる。
その理屈はわかる。
でもそれに付き合う理由は俺にはなかった。
「君にその理由を提示できる? できないならおしまい」
採用試験を続けるに足る実力を示せるか、俺を一日雇える金を出せるか、他になんでもいい、理由が示せれば続けてもいい。
だけど結局彼女は、それを持ち合わせていないようだった。
「んじゃ、またやりたいなら次は30日後ね」
前回は半月だったが、今度は一ヶ月後だ。
このまま同じペースで挑戦されてもめんどくさかったので。
そんな俺を睨みつける彼女の視線は無視して、俺は使っていた両手剣を棚に片付ける。
ターニャの使っていた物も一緒に二本合わせて元の場所に戻すと、今日も見学していたツィーに声をかけられる。
「クラマス、あれ本気で崩されてたでしょ」
「バレた?」
剣を弾かれたあの時、あれはわざとやったものではなく本当に崩されたものだった。
本人にはわざとやったかのように言っておいたけど真っ赤な嘘である。
前回からはそんなことになるとは予想もできなかったので、想像以上にターニャの剣の腕が上達していたようだ。
「まあどっちにしても、結果は変わらないけどね」
崩されたあとからでも、素手で対応できたから。
まだ多少崩されても他の手札で十分に勝ち切れる。
今はまだ。
「嘘つきー」
そんな俺の嘘を揶揄するようにツィーが軽い口調でいう。
とはいえ、
「見上げる先は高い方がいいでしょ」
上達する気概があるなら、達成感よりも悔しさがあった方がいい。
あと少しで手が届きそうだったと実感を得るよりも、よりもまだはるか先にある場所を目指した方がきっと早く上達できる。
それに実際のランク6が片手間の俺程度の強さだと誤解されても困るし。
勝負を打ち切ったのも、まだ足りないという気持ちを強く持たせるため。
まだ強くなれる、強くなりたい。
その思いが、きっと上達に繋がる。
「途中で折れちゃうかもよ?」
「まあそれはそれで」
別に俺は困らない。
所詮身内でもない他人だからね。
「酷い!」
「いや、対応としては相当優しいでしょ」
少なくとも本人の上達には貢献しているんだから。
今日わざわざ時間を作ったのとまた次回の約束をしたのも含めて、破格の対応だと思うよ。
「でももしかしたら、本当にうちのクランに入れるかもね」
「あれ、クラマス気が変わった?」
「積極的に入れる気はないよ。でも俺に勝てたら入れてあげるって約束しちゃったから」
今日の勝負を終えた今のターニャはもうランク5になっても通用するくらいの腕前はあるだろう。
それでも一発勝負なら負ける気はしないけど、何十回もやれば一度くらいは負けることもあるかもしれない。
まあそんなことは、本人には伝える気はないんだけど。
「クラマスって女にモテなそう」
「なんで急に貶された?」
本当に脈絡がなくてびっくりしたんだけど?
まあ実際モテないんだが。
「もっと優しくしたら、あの子もクラマスのこと好きになるかもよ?」
「いやあ、それはないでしょ」
今のあの様子を見て、デレる姿が全く想像できないし。
うーん、やっぱり無いかな。
顔はかわいいと思うけどさ。
「それはどうかなー?」
「なんだよ、なにか言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「別にー」
なんて言いながらツィーその場をあとにする。
「いや、なんなんだよ?」
そんなツィーの様子の意図を読み取れないまま、俺も訓練場からクランハウスに戻った。
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