064.お酒美味しい

「こんにちはー」

「ユーリさん、いらっしゃい」


今日は俺が普段飲む酒をよく買っている酒屋に来ていた。

地下室に置いてあるような酒を買うことはほとんどないけれど、部屋に常備しているような酒はよくここで買っている。


「なにか良い酒入った? 安くて美味しいの」

「あんまりですねー、一応こういうのはありますけど」


棚にコトリと置かれたのはひとつの酒瓶。


「ウイスキーかあ、あんまり得意じゃないんだよね」


味はともかく、度数が高すぎてちょっとキツかったりする。


「ちなみにこれでおいくら?」

「これ一本で一万くらいですかね」

「高いなあ」

「強さで考えるとそうでもないですよ」

「それは酒狂いの考えなのよ」


確かに酒精の強さで考えるとワイン数本と同じくらいではあるけれど。


「まあそうですね。でもユーリさんなら高いってほどじゃないでしょ?」

「欲しい物なら高くないけどそこまで欲しいわけでもない物には高いかな」


問題なく買えはするけど、じゃあ気軽に買って帰るかってなるほどじゃない微妙な塩梅だ。


「もっと高いのは好きなんだけどね」


一本一万ルミナは決して安くない金額ではあるんだけど、それでももっとハイグレードの品物と比べたらやっぱり味は落ちる。

それならもういっそその十倍以上するハイグレードを買ってゆっくり楽しみたいくらいの気持ちがあった。

それに高い方が気持ちよく酔えることが多い気がする、原理はわからないけど。


「じゃあお高いのいっときます?」

「いやあ、それもやめとこうかな」

「なんなんですかー、冷やかしッスか」


「むしろなんか儲かる酒ないかなと思って来たんだよ。今日買ったら三日後百倍になったりする酒とかない?」

「もしあったとしてもそんなの知ってたら売りませんよ」

「一応お得意様なのにひどいっ」


「それでも百倍はちょっと。なんですか? お酒で儲けたいんですか?」

「というかなんでもいいから儲けたい」

「いってユーリさんはもう稼いでるじゃないですか」

「そうなんだけどね、ちょっと入用でね。俺の商売って能動的に儲かるようなもんは少ないから」


「あー、そうですねえ。といっても酒は普通に売るしかないですけど」

「そこをなんとか!」

「じゃあ特定の酒を買い占めてから王都で流行させたらいいんじゃないですか?」

「それは怒られそうだからヤダ」


資金があれば買い占めはできるし呪言があれば流行を作り出すことも不可能ではないだろうけど普通に各方面から怒られそうで怖い。


「じゃあ自分で酒作って売ったらいいんじゃないですか? たぶんそれが一番儲かりますよ。もしくは樽を仕入れて寝かしておくとか」

「それだ!」

「え? どれです?」


店主は不思議そうな顔をするけれど俺は天啓を得ていた。




それから数日後、再び同じ酒屋を訪れる俺。

そこには前回話した店主のノーランさんと、もう一人女性が待っていた。


「ユーリさん、こちら今日手伝ってくれるナノさんです」


眼鏡美人だと……。

俺のテンションが上がった。

もうやる気しかない。


「ナノさん、こちらが今日の発案者のユーリさんです」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


互いにがっちり握手をする。


「お酒、楽しみにしていますよ」


酒好きに多くの言葉は必要なかった。




「ということで、ここまでがウイスキーの製造過程となります」

「なるほどー」


まず始まったのはナノさんによる勉強会。

彼女は酒の製造に関わる仕事をしていて、本職の知識を惜しみ無く披露してくれる。

説明のたびに眼鏡クイッとするナノさんは素敵だ。


俺とノーランさんは椅子に座りながらその説明を勉強している。


「今回特に重要になるのは、この熟成の過程ですね。樽に入れたまま適正な環境で数年管理すると、まろやかでバランスが良い味わいになります」

「なるほどー」


感心しながら頷く俺とノーランさん。

そもそもこういった工程自体が普通では教えてもらうことができない技術なので興味は尽きない。


「さてここで問題になるのは、熟成が長ければいいというわけではないことですね。樽の素材にもよりますが、熟成させる環境や製造過程でも異なる味になり適切な期間より熟成させるとむしろ味は劣化してしまいます」


「なるほどー」

「とはいえこれらはまだ先の話ですね。まずはユーリさんの提案が実際にできるかを確認するべきでしょう。よろしいですか?」

「もちろんです」

「ではこちらの樽を」


ノーランさんの店の地下、そこには運び込まれた大きな樽が置かれている。


「これだけでボトルにして数百杯分が詰まっています。金額にして80万ルミナ、既にユーリさんに購入していただいたあとの物になりますが、全て使うのは問題があるので分けて利用しましょう。本当は樽で熟成させたあとにも工程があるのですが、今回はこのまま熟成させれば飲むのに問題ないようにしてあります」


「はーい」

「では、大樽のウイスキーを小樽に移しまして。ユーリさん、どうぞ」


促されて、今日の本番。

お金儲けの時間だ。

俺は目的を果たすために呪言を唱える。


「 【熟成】 」


指をパチンと鳴らし魔力を込める。

このために今日はナノさんにウイスキーの作り方を教えてもらったのだ。

呪言は言葉の意味とその言葉がもたらす変化をよく理解することで効果を上げることができる。


とはいえ、今まで生きてきた中でかなりいろんな使いたかをしたけれど流石に酒を熟成させようと試みるのは初めてだった。

当然上手くいくかもわからないのでこれは新しい試みだ。


「では、飲んでみましょう」


言ったナノさんが、小樽の中から一口分だけ掬って小さなグラスに注ぐ。

ノーランさんも同様にして二人でそれを試飲した。

ちなみに俺は、酒に弱いので飲むのはパス。


完成品は飲んでみたいけど今は絶対に時期尚早だろう。

あとぶっちゃけ、繊細な味の変化を二人ほど正確に感じ分けられる自信もないし。


「どうですか?」

「そうですね……、少なくとも明らかな変化は感じられませんでした。ノーランさんはどうですか?」

「私もです」


「なら可能性は二つ。全く効果がないか、効果はあるけどまだ変化が小さいかですね」

「じゃあもっと効果を上げてみます」


ということで俺は再び唱える。


「 【熟成】、【熟成】、【熟成】、【熟成】、【熟成】、【熟成】、【熟成】、【熟成】、【熟成】、【熟成】 」


早口言葉みたいになった。

もしくは呪いの言葉。

多分傍から見たらヤバい人に見えそうでちょっとアレかもしれない。

いやそもそも呪いの言葉と書いて呪言なんですけどね。


これで効果がなかったらもう帰って寝るけど、結果やいかに。

確認するために再び二人がグラスに移したそれを口に含み、表情が変わった。


「……!?」

「これ、味が変わってますよ!」

「マジか」


俺の貰って一口飲んでみる。

うーん、たしかに変わってる、ような気がする?

まあでも二人が変わってるっていうならちゃんと変わってるんだろう。


ならもっと熟成を重ねれば俺にも確かにわかるようになるはず。

なんてことを考えていると、ナノさんにガッチリと手を握られる。


「ユーリさん」

「はいなんでしょう」

「私はユーリさんにウィスキーの可能性を見ました」

「いやそれは大袈裟じゃ……」


「そんなことはありません! ユーリさんがいればウイスキーの熟成過程が無限に試せるんですよ! これは重大な発見です! 歴史が変わりますよ! さあもっと実験しましょう! まずは樽の材質を変えて変化み見ましょうか! あと一単語での経年の定量化もしたいですね! とにかく実験をしましょう! さあさあ!!!」

「圧が凄い。というか俺の魔力も無限じゃないんですけど。とりあえず手を離してほしいかなあ」


眼鏡美女に手を握られてこんなに嬉しくないのも珍しい。




「ただいま帰りましたー!」


俺が執務室のドアをバーン!と開くと、中にはリリアーナさんがいた。


「おかえりなさい、クラマス。酔ってますか?」

「酔ってないですよ! リリアーナさんは今日も綺麗ですね」

「ありがとうございます。やっぱり酔ってますね? 顔が赤いですよ」


「だから酔ってないですって。リリアーナさんの眼鏡の奥の翠の瞳は本当に美しいですね。そんなリリアーナさんを毎日見られて俺は幸せですよ」

「そういう言葉はせめて酔ってない時に言ってほしいんですが、この状況だと台無しですよ」

「なのでそんなリリアーナさんに贈り物を持ってきました!」


「会話が通じない……。それでなんですか、それは?」

「お酒です」

「やっぱり酔ってるんじゃないですか!」

「酔ってないです!」


ちょっと気持ちよくて頭がぽわぽわするけど酔ってはないです。


「この酔っ払い無敵ですかね?」

「ささっ、飲んでみてください」

「まだ仕事中なので無理ですよ」

「そんな……、俺の努力の結晶が……」


でもよく見たらまだ窓の外は明るかったので確かにまだ仕事中だった。


「じゃあリリアーナさんの仕事が終わるまで待ってますね」

「はいはい」

「なにか手伝いますか!」

「いらないのであっちいっててください」

「はあい」


断られてしまったので執務室のソファーに腰掛ける。

深く沈むソファー心地よくて、気付けばウトウトとしていた。


「ユーリさん」

「リリアーナさん」


声をかけられてそちらを向くと、いつの間にかリリアーナさんが隣に座っている。

あと窓の外が暗くなっていた。

あと机の上にウイスキーとグラスが置いてある。


「このお酒、どうしたんですか?」

「俺が造りました」

「ユーリさんが? 大丈夫ですか? 酒造には許可がいるんですよ?」

「大丈夫です」

「ならいいですけど」


俺が自信満々に言うと、リリアーナさんは納得してくれる。


「というわけで一杯どうぞ」

「わかりました」


勧めるとリリアーナさんがウイスキーを瓶からグラスに注いで、そのまま口をつける。


「美味しい」

「ならよかった」


その感心したような表情を見れてもう俺は満足だ。


「出来上がった時にまず、リリアーナさんに飲んでほしいなって思ったので」

「そうでしたか」


結構大変だったし最初はお金欲しさだったけど、そういうこともある。


「ありがとうございます、ユーリさん」

「はい」


やりたくて勝手にやっただけだからお礼を言われるほどのことでもないけど。

それよりも、渡して満足したらちょっと眠くなってきた。


「ここで寝てもいいですよ」

「本当ですか? じゃあお言葉に甘えて」


そのままソファーの上に横になると頭の下には丁度いい高さの枕があった。


「おやすみなさい、ユーリさん」

「おやすみなさい、リリアーナさん」


目を閉じて上から聞こえる声に応える。

枕は柔らかくて、そのまますぐに眠気に誘われる。


「私は美味しいお酒をくれたことよりも、ユーリさんが私に持ってきてくれたことの方が嬉しかったですよ」


だから続くリリアーナさんの言葉は起きたあとには覚えていなかった。




今回の利益:呪言で熟成した大樽の残りの売上1000万。

残り借金:9億9080万。

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