063.迷い猫

今日は午後から予定がなかったので街をぶらついてナンパ……、ではなくなにか儲かる話がないかと探していた。

10億だからなー、最低でも数百万単位の儲け話がほしいよね。

その過程で美人な女性とお知り合いになれたらなお良しなんだけど。


「あの……、すみません」

「はい、なんでしょう?」


声をかけられてそちらを見ると、綺麗な女性が立っていた。

歳は20代半ばくらいだろうか、金色の髪は長く、洋服は仕立てが良い。

総評して素材はとても良いのだが、今は不安そうな表情をしていて少し気が弱そうに見えた。


少なくともナンパじゃないだろう。

つまり、儲け話の予感だ。


「あの……、このあたりで猫を見かけませんでしたか?」

「あー、残念ながら見ていませんね」


そもそもこの辺はちょっと良い感じの住宅が並んでる区画なので、猫が潜んでいそうな裏路地は見当たらない。

どっかの家の敷地内にいるならそれはそれで外からは見つけづらいだろうし。


「もしかして、迷い猫ですか?」

「はい、庭から飛び出してしまって、そのまま見当たらないんです」


「なるほど。見てはいませんけど、おそらく見つけられると思いますよ」

「本当ですか!?」

「ええ、ただし条件があります。探すのに少々費用がかかりますがよろしいですか?」


俺が指を一本立てながらそんな事を言うと、彼女が息を呑んだのがわかった。




「あの……、これで良いんですか?」

「ええ。問題ありませんよ」


それから少しして、彼女に用意してもらったのは猫の餌。

ただし一匹分ではなく大量にだ。

わりと良さそうな肉なので猫も大喜びだろう。


「それじゃあ行きましょうか」

「はい、あっ、いえ、どこへですか?」

「猫を探しにですよ」


ということで、彼女を連れて路地を歩きだす。


「猫ー、猫ー、猫はおらんかねー。いたら返事をしておくれー。猫ー、猫ー」

「あの……、これ大丈夫ですかっ?」


まあうん、傍から見るとふざけてるとしか思えないかもしれないけど俺はこれでも真剣である。

ちゃんと効果があるってこの場で先に証明するのはめんどくさいから省いたけど、まあ元から頼まれごとをされた側だしそこは信じてもらおう。


「大丈夫、信じて」


なんて彼女を説得して?そのまま再び歩き出す。


「猫ー、猫ー」

「にゃー?」

「おっ、いた」


俺の呪言に誘われて、近くにいた猫が顔を見せたようだ。

現れたのは毛の短い黒猫。


「この子ですか?」

「いえ、違います……」


残念そうな顔をする彼女。

まあそう上手くはいかないか。

でも問題はない。


「とりあえず、餌あげる」

「にゃー」


ちょっと良い餌を出して目の前に見せると、野良猫はそれにパクっと食いついてもぐもぐし始めた。


「そういえば、探している猫ってどんな猫でしたっけ?」

「はい、毛が長くて白い猫です。性格は大人しくて年齢は3歳です」

「なるほど、わかりました」


そんな言葉通りにイメージすると、大分血統の良さそうな猫が思い浮かぶ。

多分間違ってはいないだろう。


「毛が長くて大人しい三歳の白猫。どこにいるか心当たりある?」

「にゃー?」

「知らないかー」


俺が聞くと猫はお肉を食べながら心当たりがなさそうな声で鳴いたので、今回は外れだったらしい。


「じゃあ近くの猫に探すのを手伝ってもらいたいんだけど、お願いできるかな? 報酬はさっきのお肉で」

「にゃー」

「オッケーなら三回回ってにゃーって鳴いて」


俺が言うと、猫は俺の言葉の通りにくるりくるりと宙返りをしてくれる。


「わっ、すごい」

「にゃー」


うん、俺が言いたかったのは横回転だったんだけど、まあいいか。

これで彼女も信じてくれただろうし。


「それじゃあ行ってらっしゃい」


俺が見送るとぴょんと垣根を越えて猫が視界から消えた。

そんな残されて暇な俺に彼女が話しかけてくる。


「本当に言葉が伝わっていたんですね」

「驚きました? ちょっとした特技なんですよ」

「はい。疑ってしまってすみませんでした」

「気にしてないですよ。それより無事に猫が見つかるように頑張りましょう」

「はい」


頷くと彼女のちょっと表情が明るくなった気がする。

うん、元気が出たならいいことだ。

ということでそれから待つこと少し、猫が帰ってきた。


「にゃー」

「にゃーにゃー」

「にゃーにゃーにゃー」

「にゃーにゃーにゃーにゃー」

「にゃーにゃーにゃーにゃーみゃー」

「って、多い多い」


順番に姿を現した猫は、最終的に20匹を超えていた。

あんまりこの辺に猫の姿が見えないから油断してたけど、ちょっと集めてきすぎである。

餌足りたかな。


まあ人探しなら人では多ければ多いほどいいのは事実でもあるけれど。


「ちなみに、この中にはいませんよね?」

「はい」


まあ見た限り毛の長い白猫はいないと思ったけどやっぱりそうか。


「じゃあ、毛が長くて大人しい三歳の白猫。心当たりがある子いる?」

「にゃー」

「おっ」


集まった猫たちに問いかけると、その中から一匹の三毛猫が前に出てきた。


「知ってる?」

「にゃー」

「じゃあお肉一枚あげる。見つかったかもう一枚あげるね」

「にゃー」


そのあげたお肉を食べ終わると、三毛猫が歩き出す。


「ついていきましょうか」

「はい」


歩く背中を二人でついていくと、他の猫までぞろそろとついてくる。

うん、まあ無事に解決したら他の猫にもお肉は上げようかな。

そもそも俺の肉じゃないけど。


トコトコと歩く猫を追う俺たち。

そのまま道を歩いていると、猫が跳んで屋根の上に登った。


「ありゃ」


あれは地面を歩いたままだと追いつけない。

といっても猫に人間の道歩いてくれと言ってもしょうがないか。

猫って自由なイメージがあるし。


まあ先に言っておけば聞いてくれたかもしれないけど、どちらにしろ時すでに遅しである。

これはしょうがないかな。


「失礼しますね」

「えっ? きゃっ!?」


言うが早いか戸惑う女性を抱き上げて、そのまま猫を追って屋根に飛び移る。


「危ないので、しっかりと掴まっていてくださいね」

「はい……」


そのまま軽快な足取りで屋根を渡っていく猫を前に、俺もぴょんぴょんと跳ねると彼女が振り落とされないようにぎゅっと掴まってきた。

女性に抱きつかれるって良いなあなんて思いつつ、これが恋人ではない現実に少し悲しくなる。

役得ではあるんだけど……。


なんて思っていると路地の行き止まりが足元に見えて、先導していた三毛猫がそこへとんと降りた。

どうやら、ここが目的地みたいだ。

続いて俺も地面に降りると、確かに道の奥には毛の長い白猫が見える。


「ルビー!」


抱き上げていた女性を地面に下ろすと、そのまま猫の名前を呼んで駆け寄る。

そのまま感動の対面になるかと思いきや、白猫はくるりと身を翻して路地の塀を越え逃げようとした。

それは困る。


「 【お座り】 」

「にゃっ!?」


丁度ジャンプをしようとしていたルビーは、俺の呪言でピタリと止まってそのまま座る。

そして駆け寄った彼女がルビーを抱き上げた。


「ルビー? どうして逃げようとするの……?」

「にゃー……」


にゃーじゃ分からないんだわ。

なんて思っていると、ここまで案内してくれた三毛猫が俺を見上げてにゃーと鳴く。

すると路地の奥からもう一匹の猫が姿を現して、にゃーと鳴いた。


いやごめん、やっぱりにゃーじゃわからんわ。

俺の後ろにもついてきた猫が沢山いるけど、おそらく奥から現れた猫はルビーと一緒にいたと思われる。

そしてそんな新猫は、ルビーを抱いている女性の足元まで行くと、上を見上げてにゃーと鳴いた。


「もしかして、二匹は好き合ってるの?」

「にゃー」


俺の質問に三毛猫がくるんと宙返りをする。

どうやら飼い主の知らないところで熱愛が生まれて駆け落ちにまで発展していたらしい。

まじかよ、俺は彼女もいないのに猫にはいるのかよ。

くそっ、悔しすぎて逆になにも言えねえぜ。


「どうします?」

「そうてすね……」


彼女は困ったような顔をする。

たしかに選択肢は二つあるけど、どっちもめんどくさい感があるな。


「ちなみに、二人とも一緒にいたいの?」


と聞くと、にゃーと返事が同時に二つ。

それを聞いて三毛猫ちゃんがまたくるりと回った。

なんか微妙に通訳が成り立ってるなあ……。


「……、わかりました。ひとまず二人とも連れて帰ろうかと思います」

「そうですか、わかりました。一緒に連れてってくれるって」


飼い主の回答を伝えると、二匹が嬉しそうに彼女を見てにゃーと鳴き、新猫も白猫と同じようにその胸に飛び込んだ。


「わっ……」


二匹分の猫の重さに彼女が驚くが、当の猫たちは幸せそうに互いを舐め合っている。

なんかイラッとしてきた。

いや、流石に猫に嫉妬するのは惨めすぎるからやめよう。

なんて思っていると、いつの間にか残りの猫たちが彼女を囲んでにゃーと鳴き始める。


「えっ、ええっ!?」


一人の女性を囲んで一斉に鳴くその様子はもはや猫のサバトのようだ。

困惑する彼女はちょっとかわいいけど。

それはともあれ、俺は聞く。


「もしかして、みんな飼ってほしいの?」


くるん。

綺麗な宙返りだった。

全員だった。




それから迷い猫探しは完了したので、手伝ってくれた猫たちには約束のお肉をあげてから彼女の家まで送ることにする。


「今日はありがとうございました」

「いえいえ、これくらい大したことじゃないですよ」


結構立派な門構えの彼女の家の前に到着して、今日のお手伝いのお礼を言われる。

まあ本当に大したことじゃないので問題ない。


「じゃあなー、もう逃げ出しちゃダメだぞ」


彼女に抱かれている白猫を撫でようとすると、その手がカウンターされた。


「シャッ!」

「いてぇ!?」

「す、すみませんっ」


どうやら強制的にお座りさせたことを恨まれていた様子だ。

結局丸く収まったんだからいいじゃんなんて理屈は猫には通用しない模様。

やっぱり猫とは相性が悪い感があるなあ、俺。


「これからどうしますか?」


聞いたのは足元に大量にいる猫たちのことである。

彼女の家の大きさを見るに財力的には飼うのに問題はないかもしれないけれど、それでも気軽に全部引き受けるとはいえないだろう。

金以外の部分の手間もあるしね。


「ひとまず飼い主を探してあげようかと思います」

「そうですか。私にはお手伝いできませんが頑張ってください」


流石にこれ以上俺にできることはない。

というかやる気がない。

なので俺は華麗に去るぜ。

と思ったら、彼女に呼び止められた。


「あのっ、お礼を」

「ああ、気にしなくていいですよ。わざわざ礼をされるほどのことはしていませんので」


本当に大したことはしていないので問題ない。

あとそもそも猫探しの報酬なんて大した金額にならないだろうしっていう打算もあるけど。

冒険者でも低ランクの仕事なので、謝礼はお察しだ。


「ですが……」


それでもお礼をしようとする彼女に、俺は格好をつけて答える。


「では代わりに、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「はい。オヴェリアといいます」

「私はユーリといいます。冒険者としてクラン≪星の導き≫のクランマスターをしていますので、なにかお困りのことがありましたらまたお声掛けください」


そんな俺の自己紹介に、彼女は驚きの表情を浮かべた。


「貴族絡みのことでなければ、大抵のことは解決できると思いますよ。ただし、相応の、決して安くない代金はいただきますが」


そう伝えて俺はその場をあとにする。

営業完了、これでミッションコンプリートだ。

これで少なくとも彼女と次に合う時は、猫探しのお礼よりもずっと金になるだろう。


本当は彼女とデートの約束でもしようかと思ったけど、今日はナンパではなく金稼ぎをしにきたので初志を貫徹させてもらった。

ふう、完璧な金儲けプランだぜ。


「あのっ、ありがとうございましたっ」


後ろから、感謝を伝える声が聞こえる。

結局人助けのただ働きじゃねーかとか言ってはいけない。

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