062.大人の遊び
「ソフィーいるー?」
日も落ちて夕食時、寮の食堂に顔を見せると、目的の人物がいた。
「ユーリさんどうしたんですか?」
最近特にお仕事を頑張っているソフィーは見つかるかちょっと不安だったけど、タイミングよく発見できてよかった。
「あ、いたいた。もうご飯食べた?」
「はい! 美味しかったです!」
「ならよかった。それじゃあこれからちょっと遊びに行かない?」
「どこに行くんですか?」
「大人の遊び場」
「大人の……。それって、あたしが行っても大丈夫な場所ですか……?」
「大丈夫だよ。ルナともたまに行くし」
「ルナちゃんと、ユーリさんが……!」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか兄さん」
「ルナちゃん!?」
俺が勘違いするソフィーで遊んでいると、いつの間にかいたルナに突っ込まれてしまった。
「ソフィーも、兄さんに騙されちゃだめですよ」
「俺は本当のことしか言ってないだろ」
「でも騙す気ですよね?」
「……、ノーコメントで」
「つまり、どういうことなんですか?」
なんて不思議そうなソフィーにルナが答える。
「安心していいですよ、ソフィー。私も行きますから」
「うん、うん……?」
結局困惑しかないソフィーであった。
というわけで到着したのは豪華な屋敷の前。
もう夜なのに煌々と篝火が焚かれていて、入口は貴族の屋敷かと思うほど明るくなっている。
同時に門の前には警備の人間が立っていて、屋敷を囲む塀には高くそびえている。
完全に怪しい建物である。
「ようこそいらっしゃいました」
そして扉の前に備えていた案内人が、門を開けて中に入れてくれる。
「ユーリさん」
「どうしたの、ソフィー」
そのまま門をくぐろうとする俺とルナに、ソフィーが後ろから聞いてくる。
「結局ここってなんのお店なんですか?」
「ここはね……」
答えるよりも実際に見た方が早いので、そのまま扉を開けてもらう。
中には豪華なテーブルが並び、カードやルーレットなどの賭け事に興じている。
まさに大人の遊び場だ。
一人大人じゃない人間がいるって?
ルナはそこらの大人より自分で稼いでるから、ね?
実際入り口でも止められないしね。
ちなみにここはちゃんと許可を取って運営している合法的なカジノである。
また別の場所だとサイコロと絵札がメインのカジノがあったり、非合法でヤバいレートの場所があったりとバリエーションがあるんだけど今日はオーソドックスなところ。
個人的には殴り合ってる闘士にどっちが勝つか賭ける闘技場なんかも好きなんだけど、あれは女の子を連れてくる場所じゃないから今日はなしで。
「ユーリさん」
「どうしたの、ソフィー?」
「あたし、お金あんまり持ってきてないです」
「大丈夫、今日は俺の奢りだから」
「いいんですか?」
「俺が誘ったんだから気にしなくていいよ」
なにも教えずに連れてきたんだから、それくらいの甲斐性は見せないとね。
「私にも奢ってくれてもいいんですよ、兄さん」
「ルナはもう何度もここに来てるだろ。自分の金で遊びなさい」
「兄さんはケチですね。そんなことじゃ女性にモテませんよ」
「余計なお世話だよっ」
そもそもルナは自分でついてきたんだから奢る理由はないだろう。
「ちなみに俺は今日、10億勝ちにきたから」
「無理ですね」
「流石に難しいんじゃないですか……?」
「みんなが信じてくれなくて俺は悲しいよ」
まあ俺も信じてもらえるとは思ってないけど。
「では私は一人で勝負しています」
宣言して先に遊戯に向かうルナを見送る。
「いいんですか?」
「いつものことだからルナは一人でも大丈夫。それにどうせ俺が奢っても奢らなくても、結果は大差ないから」
「なるほど……?」
なんて不思議そうにしてるソフィーはそのままにして、一旦チップへの交換を済ませる。
「これが200万ルミナと交換したチップね。これが1万でこっちが10万。一応この上下にも100万とかいくつかチップの種類があるけどとりあえずこれで」
「これがそのまま、またお金になるんですよね?」
「そうだね。というわけで、半分ソフィーにあげる」
「こんなにいいんですか!?」
「もちろん。どっちが増やせるか勝負ね」
「はいっ、わかりました!」
ということで勝負が始まった。
まあソフィーはルールも知らない初心者だから結局一緒に遊ぶんだけどこれはこれで。
「ユーリさんはここのゲームに詳しいんですか?」
「そこまで遊んでるわけじゃないけどね。ちなみにここの遊戯は全部、北の国から流れてきたらしいよ」
「そうなんですねー」
まあ一応、ルールは一通り把握しているから人に教えるのにも問題はない。
「じゃあまずどれで遊ぶ?」
「あれがいいです!」
ソフィーが選んだのはポーカーのテーブル。
「ルナと同じテーブルはやめようか」
「どうしてですか?」
「ポーカーは同じテーブルの人と競うゲームだからね」
身内と競っても特に良いことはない。
「ソフィー、座っていいよ」
ということで5人座ってるテーブルに促してソフィーは席につく。
初心者なのでアドバイス役ということで、俺は周りに了承を取ってその後ろに立った。
そして実際にプレイしながら役の説明と賭け方を教えていく。
「だいたいこんなもんかな。大丈夫そう?」
「多分……」
「まあ負けても困らなんだし、気楽に遊ぶといいよ」
「はいっ」
元気よく頷いたソフィーが自分で賭け始める。
「レイズ、10万です!」
「フォールド」
「フォールド」
「フォールド」
「えっ、ええっ!?」
「あはは、そんなに自信満々にレイズしたらみんな降りるよ」
「そんなー」
というこあソフィーはそれでなくても、耳がピコピコするし尻尾もぶんぶんしてるからこういうのには向いてないかもしれない。
これはこれでかわいくはあるんだけど。
ある意味あっちで無表情のままチップを重ねているルナとは対極的である。
「ユーリさーん」
「どうしたの、ソフィー」
「全然勝てないです~」
「そうだなー」
まあこのまま負け続けるのも良い経験になるかなと思わなくもないけど、なんて思いながらもソフィーの耳に顔を寄せる。
「ソフィー、賭ける時ってなに考えてる?」
俺が耳打ちをすると、ソフィーはちょっとくすぐったそうにしつつ小声で答えた。
「それは……、自分の手札で勝てるかですか?」
「半分正解。もう半分は相手の手札に勝てるかってこと」
「つまり……」
「そう、自分の気配を殺して相手を観察するの。そういうのは得意でしょ?」
ちょうどそういうのは、獣や魔物を狩る時に弓使いが得意とする技術だ。
「はい」
ソフィーが短く返事をするとそのまま集中する。
うん、ちょっとアドバイスしすぎたかもしれない。
それからポーカーでかなりチップを増やしたソフィーとブラックジャックで少しチップを減らして、そのままルーレットのテーブルに座る。
「こんばんは、お姉さん」
「いらっしゃいませ」
ディーラーのお姉さんが結構な美人でちょっとテンションが上がる。
カジノって店員側に美人が多いから目に優しいんだよね。
「ユーリさん、ここはどういうゲームなんですか?」
「これは投げたボールがどこに入るかを当てるゲームかな」
マスには0から36までの数字と赤か黒の色が塗ってあって、例外的に0だけは赤でも黒でもないって仕組み。
「ちなみにこのゲームには必勝法があるんだ」
「そうなんですか!?」
「うん、まず好きな色に賭けるでしょ」
まず赤に1万のチップを賭ける。
「ノーモアベット」
ということで回っていたボールは残念ながら黒に入る。
「ハズレちゃいましたね」
「そうしたら次はその倍の2万を賭ける」
今度は赤に2万。
残念ながらこれもハズレ。
その次の4万もハズレたけれど、次の8万は見事に当たって8万が返ってきた。
「これで差し引き1万の勝ち」
「おおー」
パチパチと拍手してくれるソフィー。
「まあこれは勝つまで賭け続ける金が必要なんだけどね」
「そうなんですね」
8万くらまではいいけど、16万32万64万128万って倍々に上がっていくとどんどん大変な金額になっていく。
1/2を8回連続で外すのも普通にあるしね。
「ということで普通に賭けようか」
「はい」
ソフィーが普通に数字の場所に1万チップを置いたので、俺はディーラーのお姉さんに聞く。
「美しいお姉さん。次は赤と黒どっちがオススメですか?」
「そうですね。赤がオススメでしょうか」
「なるほど。じゃあ赤に50万」
「…………、ノーモアベット」
ディーラーのお姉さんがベットを打ち切ると、しばらく回っていたボールがコロンと赤に落ちる。
「どうぞ、2倍返しです」
「ありがとうございます」
100万になって返ってきたチップを受け取る。
「次はどっちがオススメですか?」
「そうですね。また赤でしょうか」
「じゃあ赤に100万で」
なんて俺とお姉さんのやり取りを聞いて、他のプレイヤーも赤と黒に分かれて賭けていく。
「ノーモアベット」
またベットが打ち切られると、再びボールは赤に落ちた。
「どうぞ、2倍返しです」
「ユーリさん、すごいです!」
ドヤァ。
「次はどっちがオススメですか?」
「そうですね、今度は黒が良いかもしれません」
「じゃあ、……やっぱり赤で」
「よろしいですか?」
「ええ、やっぱり華麗な女性には赤が似合いますから。赤に250万でおねがいします」
「ノーモアベット」
締め切られてボールが落ち、ルーレットが止まる。
そこは、赤色が塗られていた。
「どうぞ、2倍返しです」
「ユーリさん! ユーリさん!」
大金をゲットした俺よりも、ソフィーの方が盛り上がってる。
500万かあ。
わりと大金だ。
10億までダブルアップするにはまだ8回くらい必要だけど。
「お姉さん、次のラッキーナンバーはいくつでしょう? もしくはお姉さんの年齢でもいいですけど」
「そうですね、26でしょうか」
「ラッキーナンバーですか? それとも年齢?」
「さぁ、どうでしょう?」
「じゃあ26に。オールインで」
500万の36倍は当たったら大事なので、周囲がおおっと盛り上がる。
「もしこれで当たったら、俺にだけ本当の年齢を教えて下さいね」
なんていうと、ディーラーのお姉さんがニッコリと微笑む。
そして視線が集まる中、ボールの速度が落ちてきてコトリと穴に落ちた。
「負けちゃいましたね」
「そうだねえ」
遊び終えて休憩スペースで休んでいた俺とソフィーが呟く。
結局俺が26に賭けたボールは、28のマスにコトリと落ちた。
うーん、28かぁ。ありだな。
なんて俺の話はともかく、ソフィーは結局ちょこちょこ勝って、元手100万が150万くらいになっていた。
俺はチップ0でフィニッシュなので完敗である。
「500万、もったいなかったですね」
「まあ後悔はしてないけどね」
「そうなんですか? あたしならしばらく立ち直れないです」
「負けても困らない金額で遊ぶのがコツだよ。勝ったら嬉しい、負けたら悔しい、そこまではいい。でも負けてムキになるような金額を賭けたらその時点で負けてるからね」
「なるほど」
まあつまり、賭け事に熱くなりすぎるなっていう話がしたかった訳で。
そのために今日はソフィーを誘ってカジノに来たのだ。
「ということで勝負はソフィーの勝ちね」
「そういえば勝負なんてしてました」
「とりあえず褒めてあげる。偉いぞーソフィー」
「あわわ……」
褒めながら頭を撫でると、ソフィーは恥ずかしそうな顔をする。
相変わらず、ソフィーの髪はふさふさで撫でてて気持ちがいい。
「なにやってるんですか、兄さん」
「ルナか。どっちがチップを増やせるか勝負してソフィーが勝ったから褒めてるところ」
「また馬鹿なことをやっていますね」
「ルナちゃんまで撫でてくる!?」
人のことを呆れた目で見ながら、なぜかルナもソフィーの頭を撫で始めた。
「ちなみにルナは?」
「私は1000万プラスくらいです」
「ルナが一番じゃん」
「ルナちゃん凄い!」
「私は元の額が違いますし、勝負もしていないので褒めなくていいですよ。特に兄さんは」
「なんでさ」
ちょっと頭を撫でようとしただけなのに。
「しかし勝ったな。あんまりズルしちゃだめだぞ」
「大丈夫ですよ、ルール違反として咎められるようなことはしていませんから。それにポーカーなら店の金じゃなくて客の金ですし」
「ううん……」
いまいち納得しがたい理屈だけど、ポーカーに限っては相手を読むのもルールの内だからうるさく言うのはやめておくか……。
「それじゃあ帰ろっか」
「はい!」
「はい、兄さん」
そのまま三人並んで、夜遅くの道を歩いて帰る。
「ソフィー今日は楽しかった?」
「楽しかったです!」
「ならよかった」
無理矢理誘ってきたようなものなので、楽しんでもらえたならなによりである。
「また来たい?」
「そうですね、一人だとまだちょっと怖いので、ユーリさんと一緒ならまた来たいです」
「ならまた一緒に来ようね」
「はい!」
嬉しそうに返事をする彼女を見て、これならソフィーがギャンブルで身持ちを崩す心配は無さそうだなと安心するのだった。
「その時は私も来ますからね、兄さん」
こっちはちょっと不安だけど……。
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