061.お金欲しい

イジーさんのケーキ屋さんにお金を出してからしばらくして。


「客入りは順調なようですよ、兄さん」


なんてルナが開店後の状況を教えてくれる。


「ヤバいくらい混んでた?」

「そこまでではなかったです」

「そっかぁ」


開店直後は店に寄るのを躊躇うくらい混んでるのが理想なんだけど、まあいいか。


「じゃあそろそろ手伝おうかな」


といっても大したことをするわけでもないので、取り出した大きめの用紙にサラサラとペンを走らせていく。

そして出来上がるのはあのケーキ屋を紹介する新聞だ。


名前は満月通信。

俺が匿名で作って出版している新聞だ。

まあ新聞といっても大きめの紙一枚だし、不定期に出しているのでその実は専門紙みたいなものだけど。


ベイオウルフと交換してる小説で鍛えた文章力がこんなところでも発揮されたりするのだ。

まあ記事の内容自体はメンバーから集めたアンケートの紙のパクリなんだけどね。

レイアウトも今まで作った類型から流用してるだけだし、実質俺の技術の介入してるところなんてほとんどない。


そんな文章よりも目玉になるのがカラーの商品イラスト。

ちなみに描いているのはルナ。

その絵は実物さながらで、鮮やかな赤色のイチゴのタルトからは美味しい匂いが漂ってきそうなくらいだ。


これを1枚1000ルミナで売る。

控えめにいって紙一枚にこの値段は安くはないが、これは宣伝ではなく情報を売っているというていなのでこうなっている。

なおこれもちゃんと毎回良い店を紹介しているので、そこそこ売れてるし信頼もされている模様。


まあ1000ルミナで買った物をそのまま他人に500ルミナで売ったりもできるしね。

主婦の井戸端会議でこれをみんなで見てたりもするらしいよ、しらんけど。

どっちにしろこっちの売上は微々たるものなので、個人的には宣伝になっているならそれで良しだ。


ちなみにこの値段でも普通はこのクオリティーの物を売ることは出来ない。

というかできるならみんなやっている。

特にカラーイラストがね、大量にするにはクソほど面倒だからね。


それでも可能とするのはうちの優秀な魔術師たちだ。

普通に雇えば一日数十万数百万かかるメンバーたちを、ケーキ奢っただけで手伝ってもらえるこの立場最強か?


なんて流れで新聞は完成。

あとはこれをいつも頼んでる販売人に任せればオッケーね。




ということでさらに数日後。

今回の案件で特に手伝ってもらったルナと一緒に、二人で繁盛している店に来ていた。


「結構繁盛していますね」

「そうだなー」


この様子だと初月から黒字で利益は出せそう。

本当は俺が来たときだけスッと入れてサッと注文したのが出てくるくらいの混み具合が理想なんだけど、流石に贅沢は言わない。

スタートダッシュが大切だからね、こういうお店は特に。


150万くらい利益出してくれれば、30万配当で貰えるから出資金を回収するまで単純計算で20ヶ月。

遠いように思えるけどその後はずっと何もしなくても利益を生み出し続けてくれるからかなりお得な計算だ。

まあそんなに上手くいくかはまだわからないけど。


「んじゃ、ルナも好きなの頼んでいいよ」


ルナには細々と手伝ってもらったのでそのささやかなお礼である。

ささやかすぎるって?

こういうのは人生経験が貴重な体験だから……、ね?


なんて俺のセコい考えを見透かしたのかは分からないが、ルナがメニューを広げて言う。


「では、クランの皆にお土産で買っていきましょうか」

「いくらかかるんだよ」

「だめですか?」

「まあいいけど、厨房に迷惑はかけないようにしような」


クラメンが50人超だから8等分してもホール7個分。

金額としては大したものじゃないし別にそれくらいなら奢ってもいいけど、この盛況具合で厨房にその単位の注文を送ったら殺意を持たれてもおかしくない。

実際に頼んだらそれでもやってくれるだろうから、逆に心苦しいってのもあるけど。


「ならやめておきましょう。私は木苺のタルトを一つ」

「じゃあ俺はチーズタルトを一つ」


注文を決めて店員さんに頼む。


「お待たせいたしましたー」


そして出されたチーズケーキにフォークを刺して一口運ぶ。

ぱくりと食べると、口の中に濃厚なチーズの甘さが広がった。


「うまっ」

「前より味が上がってる気がしますね」

「ふっ、また腕を上げたな……」

「食べるの二回目じゃないですか。なに10年来の付き合いみたいな顔してるんですか」

「いいだろ? 出資者様だぜ?」


味の変化はアンケートのフィードバックで改良されたのかもしれないし、素材の仕入れルートが変わって質が上がったのかもしれない。

まあどっちにしろ、美味くなってるんだから良いことだ。


「ルナ、そっちも一口くれ」

「交換ならいいですよ」


ということで、交換して一口。

こっちも美味い。


「美味しいですね」

「そうだな」


ついでにこれが女性とのデートだったなら最高だったんだけど、まあ今はこれ以上言うまい。

そしてケーキを食べ終えて一息ゆっくりしながら、ルナが店内を眺めて言う。


「こういうのも、悪くないですね」

「そうだな」


人の夢をお手伝いするっていうのも、ある意味では悪くない。

まあ俺は10割打算だけど。


「ルナも自分でやってみたらどうだ?」

「そうですね……。まず、そこまで興味が惹かれる物を探すところからでしょうか」

「そうだな」


この手の取引に手を出すと、どうやっても手間が増える。

特に真面目に対応するなら開店前からしばらくは尚更だ。

不労所得は魅力だけど、それも金に困ってないなら増えた手間の煩わしさに見合うかと言われると微妙なところ。


「まあ、気が向いたらでいいさ」

「はい」


もしやるなら日頃の礼に手伝うくらいはしよう。


「ちなみに兄さんは、どんな店が良いと思いますか?」

「そうだな、いっそ洋服とかいいんじゃないか?」

「服、ですか。私には似合わない気もしますが」


なんていいつつも、今のルナの格好もちゃんとおしゃれで、本人の綺麗さと相まってもう少し成長したら沢山ナンパされそうな気配がしている。

まあルナなら端から返り討ちにしていきそうだけど。


ともあれ、

「そんなことないだろ。それに周りの人の意見を参考にしてもいいんだし」

「ですが、わざわざ服を売る店に投資する価値があるのか疑問です」


この投資の一番のキモは、既に技術がある人間にお金を出すところだ。

では服屋の店主がそれに当てはまるかと言われれば、そんな条件に適した人物を探すのは難しいように思えるかもしれない。


「だから普通に服を売る店じゃなくて、服を作る人探してその人のデザインを売る店を作るんだよ」


貴族は様々な伝統に則ったデザインで着飾っていたりするけれど、庶民を見ればそうでもない。

まず着れるサイズに布を繋ぎ合わせただけなんて服も珍しくないし、色や形に個性があってもデザイン重視で売っているような所は珍しい。


まあ技術のある人間は貴族の服を仕立てる仕事に行くから自然な流れではあるけど。

でも逆に、お洒落をしたい市民に広く受けるデザインを流通させられるなら商機はあるかもしれない。


「そんなに上手くいきますか?」

「わからん」

「兄さん」


そんな俺の無責任な言葉にルナが冷たい視線を向けるが慣れたものなので俺は気にしない。


「そもそも確実に儲かるなら俺がやってるしな。むしろクランの女性陣に相談した方が参考になると思うぞ」


なんならうちのメンバーが欲しい服をそのまま作って卸すだけでも余裕で商売になるだろうし。

逆にそういう希望を汲み上げるのは俺には出来ない仕事である。


「まあ別に、全部俺の真似をする必要はないんだ。自分の金でやるなら自由にやってみたらいい」


商売に必要な金と知識と人脈は既にあるんだから、ルナがやる気になれば今の段階でもできないことはないだろう。

それで破産されたら困るけど、ルナに限ってそうなることもないだろうし。


「たしかに、そうですね」


そう答えて、木苺のタルトを口に運びながらルナが思案を巡らせ始める。




この時はまだ、俺の無責任な思いつきが凄いことになるとは想像していないのであった。

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