060.お菓子食べたい
「こんにちは」
「よく来てくださいました、ユーリさん」
天気の良いお昼過ぎ、知り合いの男性がやっている喫茶店に来ていた。
ちなみに、その男性の後ろにはもう一人真剣な面持ちの男性がいる。
「クラマスー! 食べていいですかー!?」
「まだだめー」
「えー」
今日はクランメンバーの女性陣が数人一緒に来ている。
ルナとソフィーもいるよ。
リリアーナさんは諸般の事情でいないけど。
ちなみに来ているメンバーはクランでテキトーに声をかけて集めた人員だ。
別に俺のハーレムとかそういうのではない。
むしろハーレムならよかったのにね。
彼女たちは大きな一つのテーブルを囲んでいて、その上にはケーキやタルトがたくさん並んでいる。
その状態で待たせていると無限にヘイトが溜まっていきそうなので、話は手短に済ませよう。
「じゃあみんな紙とペンは持った?」
「持ちましたー!」
「始める前にもう一度言っておくけど、食べたら点数をつけて感想を書くこと。人数を考えて各種一人一切れまでにすること。無理はしなくていいけどなるべくいろんな種類を食べること。オーケー?」
「わかりました! 全種類食べるので大丈夫です!」
俺の確認に元気な返事が返ってくる。
むしろ早く食わせろという若干の圧まで感じるが。
「じゃあ試食開始」
「わーい」
ということで女性陣が全員思い思いにケーキを皿に取り食べ始めた。
ソフィーは勢いよく、ルナは落ち着きつつもちゃんと食べて感想を書いている。
他の女性陣も美味しそうに食べてるけど、これでみんなうちに所属する高ランク冒険者たちだけあって結構良いものを食ってたりするのだ。
その女性陣に好評であれば、ひとまず今日の目的には安心できるかなといったところなので、そういう意味でも反応を見られるのは大切だ。
とはいめずっと見ててもしょうがないので、俺も一緒に食べるかな。
「ルナー、ちょっと来てー」
それからしばらくして、一通りの試食を終えた俺は別のテーブルに移動していた。
これからこっちはちょっと込み入った話が始まるからね。
「なんですか、兄さん」
「感想書き終わった?」
「はい、見ますか?」
「うん、あと他の書き終わってるメンバーの紙も集めて、メモ用に次の紙を渡してきて」
「その指示は呼ぶ前で良かったのでは?」
「ルナは細かいなー」
まあ本当のことだけど。
あとそんな風に文句を言いつつ頼んだことはやってくれるのがルナだけど。
そんな流れで向こうのテーブルではケーキとタルトを食べ終わったメンバーたちがお茶をしながら雑談に花を咲かせている一方、こっちではもうちょっと堅いお話が始まる。
「ルナ、ペンあげる」
「はい」
ちなみにルナは俺の代わりに隣でメモ係だ。
そして四人掛けのテーブルの向かいには男性が二人。
これが女性だったら嬉しかったんだけど、まあしょうがない。
みんなで楽しくケーキを食べていたが、俺がここに来たのは半分金儲けだ。
その金儲けとは出資の話。
なお私事でありクランマスターとしてのお仕事ではない。
ちなみに向かいに座っている男性の一人、この喫茶店の店主がローレンスさん。
その隣に座っている彼の知り合いで、ケーキ屋を出店希望なのがイジーさん。
ローレンスさん自身も俺が出資した相手の一人で、イジーさんはその彼の紹介だ。
当然緊張した面持ちのイジーさんの前で俺は集めた紙に視線を落とす。
「タルトの方は概ね好評ですね。ケーキの方もタルトより僅かに落ちますが問題ないかと」
ちなみに各メニューの点数はルナが集計したうえで平均点を出してくれている。
さっきも話したけどクランメンバーたちの舌はなんなら俺より確かだから信用できる。
あと偉そうなのは出資者だから許して。
「これだけで味の部分では店をやっていくのに問題はないかと思われます」
「はい! ありがとうございます!」
「とはいえ、それだけで店の成功が約束されたわけではありませんが」
「はい……」
ちなみに感想の紙にはかなり個性が出ている。
相対的に点数が厳しめの者、逆にゆるゆるな者、文章が子供のような者、逆に味やら素材やらを細かく記し改善点なんかも書いている者。
こうやって見るとみんな違って楽しくなってくるね。
ちなみにルナは個人的な好みなんかの主観を抜いて努めて客観的に評価しようとしている。
ソフィーは……、うん。
まあともあれ、みんな同じような感想よりも色んな種類があった方がありがたいのでどれも有用な意見だ。
「兄さんの感想は女性受けが良いかという点に偏りすぎですけどね」
「大事だよ、女性受けは」
特にケーキ屋とかはね。
客のメインが女性だから。
「女性受けを測りたいならメンバーの意見だけで十分だと思いますが」
「……、次の話行こうか」
だから俺のモテたさが滲み出てるとか言わないで。
「それでは、出店資金として600万ルミナ。これは借金ではなく出資となりますので返済の義務はありません」
「はい」
「しかし出資の配当として利益の2割を毎月いただきます。これはかなり大きい数字ですが、よろしいですか?」
「はい」
ちなみに純粋に出店資金を貸す金貸しや商品の仕入れに投資を募る方法は一般的だが、こうして個人の店の開店に出資するというのは珍しい。
シンプルに言ってしまうと本当に店を出すために金を使うのかという判断が難しく、更に利益を把握して出資分だけ取り立てるというのもまた難しいからだ。
この形式だと店を出すのに失敗しましたって言われれば原則出資した金を取り立てることはできないからね。
だからこそ、配当2割なんてデカい利益が許されるんだけど。
逆に担保なし返済義務なしで600万ルミナなんて大金を出してくれる人間なんてほぼいないから、相手としてもこの条件で受け入れるメリットはあるといえる。
とはいえ、俺にはそもそも根本の問題を解決する手段があるんだよね。
「では、私の出資する資金を用いて店を開く。この計画通りでよろしいですね?」
「はい」
「重ねて確認しますが、今の言葉に【偽りはありませんね?】 」
「はい」
呪言にはこんな使い方もできるのだ。
ちなみに嘘を吐こうとすると返事ができなくなる。
十二ある奥の手の五つ目なのであまり広くは認知されてはいないけどね。
使い道が無限大すぎると、それはそれでまた別の問題があったりするのだ。
それからいくつかの質問を重ねて、俺が呪言で確認したルールの外に逃げ道を作っていないかを確認する。
この方法で出資相手に逃げられたり詐欺られたりしたことはないので信用度はかなりのもの。
だからといって出資が毎回成功するわけではないんだけど。
結局確認できるのは本人がちゃんとお店を経営する気があるかまでだからね。
とはいえ、これは出資なので別に失敗してもそれを咎めることはない。
ちなみにこういう店への出資に伴う調査と計算は何度かやってきていて、その過去の数字は全てまとめてあるので実際に店主になる予定の彼よりも開店に携わる経験は豊富だったりする。
ここにリリアーナさんがいてくれたらもはや完璧なんだけど、そうするともう俺の私事で済まなくなるので残念ながら手伝ってもらうことはできない。
リリアーナさん優秀すぎるし専門家みたいなものだから、手伝ってもらうともう俺と彼女の共同作業になっちゃうんだよね。
共同作業って響きはすごく惹かれるものがあるけれど、そしたら流石にタダでやってもらうわけにはいかない。
あとシンプルに忙しいし、リリアーナさん。
ちなみに今日誘ったメンバーの報酬は今食べてもらったケーキだ。
お仕事がそのままイコールで報酬になるとこっちとしてはお得で嬉しい限り。
なお出資してるのは半分が個人的な趣味の対象に限定されている。
基本は甘いもの、他には美味しいもの、あとぬいぐるみとかとか。
出資先も俺がモテるための努力に繋がっているのだ。
そもそもこの事業始めたの、美味しいお菓子を作る料理人が専門のお店を出すのにお金を出したのが始まりだったりする。
そのお店には、今では毎月一般家庭が家族全員を余裕で養えるくらいの利益を出資の配当として貰っていたりするのは余談である。
「それではこちらの契約書にサインしていただきます。細かいことが書いてあって不安になるかもしれませんが、契約自体はローレンスさんと同じものですので安心していただいて構いませんよ」
こういう時に、実際に成功してる先例があると分かりやすくていいね。
あと一応、俺の社会的な立場っていう信用もあるし。
このあとは、毎月の利益をちゃんと計算するために店主のイジーさんには帳簿をつけてもらったり、それも含めて出店に向けた諸々をサポートしてもらうためにリリアーナさんの実家の商会に商談を持っていったりするけれど、ひとまず俺が本格的に働くのはこれで完了かな。
「それでは、良い店になることを期待していますよ」
「はい、任せてください」
契約終了のサインを済ませ、立ち上がって互いに握手をする。
これで今日のお仕事はおしまいだ。
「それじゃあみんな帰るよー」
「はーい、ケーキご馳走様でしたー!」
「ソフィー、美味しかった?」
「はい! どれも凄く美味しかったです!」
「ならよかった。ルナもありがとな」
「構いませんよ、兄さんに任せると不安ですから」
「ルナが居てくれて頼もしい限りだよ」
みんなで雑談しながら店を出る。
これからしばらくの間は特になにもせずに見守ることになるだろう。
それからいくらかの時間が経ち、開店後にルナが店の状況を教えてくれた。
「客入りは順調なようですよ、兄さん」
順調、かぁ。
☆次回につづく
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