059.ごめんなさい

さて今日は、ベイオウルフの晩餐会に招待され、いつものように屋敷へと向かっていた。

まあいつもとはちょっとだけ事情が違うんだけど。

それはともあれ。


「今日も素敵ですよ、リリアーナさん」

「ありがとうございます、ユーリさん」


今日は純白のドレスを身に纏っているリリアーナさん。

彼女の黒い髪との対比でその白さは更に際立っている。

脚の片側に深いスリットが入っていて、見える太ももがとても魅力的だ。


このまま晩餐会なんて行かずにどこか二人きりで食事にでもお誘いしたい気持ちになるがぐっと堪える。

あの格好で外を歩いたら、すぐに埃か何かでドレスが汚れてしまうだろうから。

純白のドレスには、完璧に掃除が行き届いた空間しか許されないだろう。


「リリアーナさんのドレスって、今まで着たものも保存してるんですか?」

「そうですね。着れなくなったものやダメになったもの以外は全部実家の方に置いてありますよ」

「なるほど」


着れなくなったの部分が多少気になるけど、突っ込んでもロクな結末にならないのはわかりきっているので聞かなかったことにする。


「つまりリリアーナさんの実家に行けば今までのドレス姿を自由に見ることができるということですね」

「見せませんよ?」

「えっ、どうして?」

「見せる理由がないからですかね」

「俺が頼んでも?」

「ユーリさんが頼んでもですね」

「そんな……」


じゃあリリアーナさんのあんな姿やこんな姿をもう拝むことはできないのか。


「私が卑猥な格好をしていたみたいな物言いはやめてもらっていいですか?」

「あ、はい。ごめんなさい」


リリアーナさんはいつだってどんな格好だって俺を魅了するのだけれど、そう本人に伝えても嫌な顔をされそうなので黙っておく。


「今日のリリアーナさんの格好を一生忘れないように目に焼き付けておきます」

「そこまでしなくてもいいと思いますが」

「そして俺の命日にはその格好の全てを順番に思い出します」

「やめてくださいね」


このまま一生馬車が止まらずに、ドレス姿のリリアーナさんと一緒にいられればいいのに。

なんて思いながら雑談をしていると馬車が止まる。

ついに目的地に到着してしまったので、俺は現実逃避するのを諦めた。




「これは冒険者殿。ようこそお越しくださいました」


いつものように形だけの歓迎を見せてくれるベイオウルフに俺は腰を折って答える。


「これは伯爵様。本日は私のような者をお招きいただき心より感謝いたします」


そんな俺の姿勢の低い態度に、普段の様子を知っている周りは怪訝な顔を浮かべた。


「冒険者殿は外での依頼の最中に、スケルトンを相手に大怪我を負ったとか。ご無事でなによりです」


普段ならここでスケルトンでなくランク8相当の魔物だったと遠回しに訂正する所なんだけど、今日の俺は一味違う。


「ええ、ええはい。それもこれも全て伯爵様のおかげでして。感謝してもしたりないほどです。ですが申し訳ないのですが、例の件はもう少しお待ちいただければと……」

「ええ、構いませんよ。その件に関しては後でゆっくり話し合いましょう」

「はい、こちらとしても、そうしていただけるとありがたい限りです、へへっ……」

「それでは、また後ほど」


離れていくベイオウルフを見送りながら、周囲が少しだけ騒がしくなっていた。




「それで、さっきのあれはなんなのさ?」


ベイオウルフの私室で、ソファーに体を沈めてくつろいでいると部屋の主からそんなことを聞かれた。


「え? 俺の精一杯の謝罪の気持ちだけど?」

「まあいつも悪ふざけしてる身だからあんまり文句言えないけど、あの挨拶で今頃会場にいた賓客たちは大忙しだと思うよ。うちと≪星の導き≫のパワーバランスが崩れるのはそれだけ大事なんだから」

「また大げさな」


そもそもクランじゃなくて俺個人の話だし。

「情報を集めろ! 今すぐだ!!!」とかやってるのを想像したらちょっと楽しそうではあるけど。


「もしそうだとしても、俺もうちのクランも別に困らないし」


貴族や富豪の間で変な噂が流れても、別に俺とクランには実害がない。

基本的に冒険者ギルドを通して普通にお仕事をしているだけだからね、うちのクランは。

もし万が一なにかあったらその時は考えるけど、そんな時は来ないだろうしあったとしても問題なく解決できるだろう。


「まあそうだけどね。でも振り回される周りの人間にはちょっと同情するよ」


振り回されるっていっても拾った情報で勝手に権力闘争か金稼ぎかをしている人間だろうし、俺の気にする相手じゃない。


「それを言ったら最初からおふざけで遊んでるベイオウルフも共犯だろ?」

「それはうん」


今までずっと他の来賓の前で遊んでたのはベイオウルフも一緒だから今更である。


「まあそんなことはどうでもいいんだけど」

「どうでもいいかな……、どうでもいいかも……」


イマイチ納得していないベイオウルフは無視して、俺は体を起こして姿勢を正す。

そして真っ直ぐに、頭を下げた。


「槍壊してすまなかった」


それは、スケルトンとの対決で壊してしまった白槍についての謝罪。

今日は小説の新作もまだだし、この為だけにここまで来たのだ。


「そこまで畏まって謝らなくてもいいけどね」

「そういうわけにもいかん」


親しき中にも礼儀ありっていうしな。

特に俺は自分に都合がいいように相手に期待する酷い性格をしているのでなおさらだ。

相手の好意でも一度筋を通さないで済ませると、もう一度許してくれたんだからまたいいんじゃないかって、つい思っちゃうんだよね。


あとそもそも、あの槍がなかったら俺死んでたし。

ある意味命の恩人でもあるのだ。


「というわけで、お詫びの品に、この中から好きなのを選んでくれ」

「これはまた」


差し出したのは厚い目録。

中のページには俺が所有権を持っている魔装・魔道具が全て詳細を記して納められている。


「これ売れば槍の代金の相殺とか余裕じゃない?」

「まあそうだけど。売ってその代金を渡すより、実物渡した方が効率がいいだろ?」


別に受け取った魔装をベイオウルフが売ってもいいんだし、その手順はこっちでやるよりもあっちでやって貰ったほうが自由度が高いわけで。

一度売る手順を挟むと、手数料も取られるし。

逆に売る行為自体は伯爵の地位があれば手間でもないだろうしな。


「それでも、いいの?」


相手に選択権を委ねて条件を決めてもらうなんて、交渉としては下の下である。

俺もこれが商談なら、決してこんなことはしない。

でも、今回は話が別。


「ああ。詫びだからな」


借りた物を壊した時点で、俺にあれは嫌だこれは嫌だなんて選ぶ権利はない。

まあ相手との関係をぶっ壊してもいいならいくらでもゴネることは可能だけど、数億ルミナ程度の為にそこまでするような安い関係でもない。


「じゃあこれとこれ」

「うぐうううううううううう!!!!!!」


とはいえ、苦しいものは苦しいんだが。


ベイオウルフが指で指して指定したページを確認して、思わず自分の胸を押さえて苦しみだす俺。

こいつ、よりにもよって俺が手放したくない品を選びやがるっ。

もちろんこのカタログに並んでるやつは大なり小なり手放したくないものではあるんだけど、ピンポイントに選ばれたのはその中でも特に譲りたくない物品だった。


ちなみに片方が短時間姿を消せる魔道具で、もう片方が一度だけ致命傷を癒やしてくれる魔道具である。

前者は普段遣いするようなものじゃないし後者は使い捨てでもったいないからいつも持ってはないけど、どちらも貴重でかつ有用な代物だ。

まあフレイヤとマリアがいたら魔道具を使わなくても同じ効果を再現できるんだけどさ。


「良いチョイスでしょ?」


良いは良いけど良すぎるんだわ。


「とはいえ僕も鬼じゃないからね。もし5億ルミナ用意できたらこれも返してあげる」


5億かぁ。

白槍の代金と考えれば妥当な金額だ。

それに結局実物か現金かの二択で選ばせてくれるのはありがたさしかない。


「わかった。それじゃあちょっと金策してくるわ」


ちなみに今の貯蓄にそんな資金はない。

だって現金で持ってるより物に変えたり投資したりした方が儲かるんだもん。

一応非常時には金を用意する手立てはあるけどね。

それはまあ、あんまり使いたくない手なのだ。


「ちなみになんかいい儲け話とかない?」

「無くはないけど、ちょっとめんどくさいよ? それでも聞く?」

「うーん……、一応聞くだけ聞こうかな」

なんて話を聞きながらも思案を巡らせる。


5億、5億かぁ。


まあ上手くいけば、なんとかなるかな。

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