058.ぼろぼろ

互いに訓練用の武器を構えて向かい合う。

片方は両手剣。

もう片方は長い棒。


棒の長さは俺の背丈と同じほど。

反りはなく真っ直ぐと伸びているそれは、軽く握って親指と人差し指の輪っかにわずかに隙間ができる程度の太さ。

なんていうか、この時点で勝負は決まったなって感じはするよね。


鋼の刃を立てて棒を破壊される心配があるならともかく、両方同じ木製なら両手剣の攻撃を受けるのも容易だし。

あと対人でかつ訓練なら、求められるのは両手剣のような破壊力ではなく、槍のような素早さだし。


ぶっちゃけこの長い棒は先に刃がついていないだけで槍と同じように運用できるわけでまあうんって感じだ。

まあどっかのクランメンバーみたいにデカイ斧で槍を圧倒してくる変人もいるけど。


「それでは、始めっ!」


カーン、とゴングが鳴らされる。

俺が左前の半身になって棒を構えると、猪突猛進してこようとしていたターニャがピタッと止まった。

うん、相手の力量を見ることはできるみたいだ。

この時点で考えなしの馬鹿ではなく、ちゃんとランク4相当の実力のある冒険者だと勘定をする。


それから油断なくじりじりと間合いを測り、先に相手が動いた。


「はぁっ!」


上段から肩を通すように両手剣が斬り下ろされる。

それが俺に振り下ろされる直前に、俺の棒が最短距離で彼女を突き、その寸前でピタリと止まった。

静止するふたりとカーン、と響くゴング。


「勝負あり!」

「瞬殺だァー!」


勝負は一瞬、まだ砂時計もほとんど落ちてない。

互いに武器が相手に当たる寸前で止めているけれど、先に相手に当てられたのは俺の方。


あのまま止めていなければ十分に喉を破壊して致命傷を負わせていただろう。

なので十分に勝負ありだ。


「とりあえず、俺の勝ち。まだ続ける?」

「当たり前でしょっ!」


勢いよく叫んだターニャは距離を取り再び剣を構える。

俺に勝てたらって最初の話だったけど、一回勝負とは決めてないので、もう少し付き合ってあげよう。


「じゃあどうぞ」


先手を譲り、俺はまた棒を構えた。

そこからまた突進してくるターニャをいなす。

今度は剣が振り下ろされる前に、その手元へと棒の先端が当てられていた。


剣が止められていなければ、彼女は自身の勢いでそのまま手を強く打っていただろう。

もちろん、俺が止めなければそのまま手を砕いていた。


カーン!

「勝負あり!」

「まだまだ!」

「何度でもどうぞ」


次に棒が突きつけられたのは胸、その次は足。

踏み込みが浅ければ、一歩後ろに避けてから棒を突く。

切り込みに角度が悪ければ、それを受け流し棒で突く。

動きが遅ければ最短距離で棒を突き付ける。


棒に意識が行き過ぎてるなら、攻防のあいだにあえてそれを手放して生まれた隙に無手で相手を制圧する。

あえて力押しはせず、あくまで相手と同じ水準で、何度も何度も相手の心が折れるまでミスを突き続けた。


最初はこちらに噛みつくような顔をしていたターニャも今では苦汁を嘗めたような表情をしている。

自身の技術の不出来を突き付けられるのは、ある意味で力押しで負けるよりも屈辱だろう。




結局何度も何度もゴングが鳴らされ、結局俺は一度も負けることはなく勝ち続けた。

そして最終的にはターニャが体力を使い果たして床に伏せた所で終了のゴングが鳴る。

俺はまだ余裕があるのも、動きの差かな。

無駄な動きが多いほど疲れるとかそういう話的な意味で。


「結果発表ー!」


賭けをまとめていたメンバーが声を張る。

そういえば、賭けとかやってたね。


「試合時間は砂時計12個! 賭けに勝ったのはー、一番大きい数に賭けていて結果が一番近かったリリアーナさんー!」


わー、ぱちぱち。

ちなみに単純な勝利回数は百回くらいだったかな。

ちょっと疲れた。


「クラマスー、お疲れ様ー」

「試合長すぎー! 賭けに負けちゃったじゃないですかー!」


そんなこと言われても困る。


「お疲れ様です、クラマス」

「ありがとうございます、リリアーナさん」


彼女が差し出してくれたタオルを受け取ってそれで汗を拭う。


「賭け、よく当てられましたね」


ある意味一人だけ専門外のリリアーナさんが的中させていたのは見事である。


「そうですね。あのまま歳下でランクも下の女性を圧倒しても格好がつかないと、クラマスなら考えそうですから。どうすれば見栄え良く収まるか逆算してみました」


完全に思考がバレてたわ。

確かに女の子を手加減無しでボコったらどうやっても俺が悪者みたいになるからどうしようかなって考えたんだけどさ。

この場で唯一戦闘に関しては素人な彼女だけど、だからこそ互いの実力差ではなく俺の心を読んで賭けたのが勝因だった様子。


「あと皆さん最後の方は若干飽きてましたしね」

「そうですね」


最初は周りで煽ってたメンバーたちも最終的には普通にみんな眺めてたし。

そういう点でもこの騒動はあとを引かずに済むだろう。


「そういえば、もし負けたらどうするつもりだったんですか?」

「その時は彼女をユリウスたちのパーティーに投げ込んで実力差わからせるだけだったので、別にどっちにしても困らなかったですよ」


俺にもし勝てるくらいの実力があったらユリウスたちについていっても即死はしないだろうし、それでも一緒に戦えば確実に足を引っ張って結局自分の不出来さを突きつけられるという寸法よ。

万が一、それで自覚しない奴だったとしても足手まといってことでクビにできるし、億が一でユリウスたちの戦闘に普通についてこれたならそれはもう新人として有望ってレベルじゃないから、結局どうやってもこっちの負けはなかったのだ。


「なるほど、よくわかりました。それでは、私は仕事に戻りますね」

「はい、俺も後片付けを済ませたらそっちに行きます」

「お待ちしてます」


まだ執務室での仕事が残っているので、ちゃんと忘れていないことを伝えてリリアーナさんを見送った。

さて、じゃあもう一仕事済ませちゃいますか。


「さて、賭けの内容だけど覚えてるよね?」


今だ地面にひれ伏すターニャに対して立ったまま声をかける。


「約束通り、なんでも言うこと聞いてもらうから、まずは明日の朝イチでクランハウスまで来るように」


なんて伝えて話はおしまい。

これで今夜は恐怖に震えることになるだろう。

まあ自分の行動には責任を持たないとね。


「んじゃ解散!」


俺は集まっていたメンバーを解散させて、自分も使った棒を棚に戻す。


「クラマス、優しいですね」

「どうしたの、ツィー」


訓練場から出ていくメンバーを見送りつつ、さて俺も仕事に戻るかなと思ったら、ランク8で斧使い、人(主に俺)をボコるのが好きなツィーが声をかけてくる。


「だってさっきの勝負、あれだけでお金が取れるレベルの稽古だったでしょ」


まあうん。

俺が様々な武器でユリウスの動きをトレースできるということは、逆に相手の動きの悪いところも見つけられるということで。

そこを突いてここが間違っていると打ち込めば、一定以上の腕前なら自分の悪かった所を理解できる。


そうしたら、修正、また指摘、修正でどんどん洗礼されていくのが道理だ。

こんなネタで金が取れるかは知らないけどね。


ついでにツィーみたいな格上相手だと隙をついても対応して転がされるだけなんだけど。

そもそも出力が違うんだよね、あれはズルだよズル。

ツィー曰く、ユリウス相手だと技量関係なく叩き伏せられるから、格下でかつわずかな隙を必死についてくる俺が丁度いいんだとか。

やっぱりイジメかな?


あとそもそもターニャとは実力差以上に、対人経験の有無がモロに響いていた。

ランクが低い冒険者は手練れの人間と戦闘する機会も少ないし、技術を使ってくる魔物もほとんどいないのが原因。

逆にそういうのに慣れれば、彼女もここまで簡単に俺に一本取られることもなくなるだろう。


「実際あの子、最初と最後じゃ動きが格段に良くなってたし」

「まあただの無礼なやつだったら俺もあそこまで優しくしなかったけど」


相手の実力を測れる、自分の刃を止めて負けを認められる。

この最低限のラインは守れてたから。

あと女の子だったし。


「あの子、クランに入れてあげるんですか?」

「今のところそのつもりはないかな」

「そのつもりはないのにあそこまでしてあげたんだ。やっぱりクラマスは優しいなー」

「まあそれほどでもあるけど、ちょうど明日はツィーの仕事にあの子を交ぜてもらおうと思ってたからよろしくね」


両手剣と大斧はどっちもパワータイプの武器だから学びもあるだろう。


「このうえ実地訓練もさせてあげるんです?」


ツィーの言葉には優しくし過ぎでは? というニュアンスが含まれていたので、それは訂正しておく。


「なに言ってんの、任務なんだから実力が足りなければ足手まといになるって現実をわからせてもらわなきゃ。かばうのは死なない範囲に最低限でいいよ」

「前言撤回、クラマスは鬼畜」


ランク8のパーティーにランク4を放り込んだらどうなるかは想像に難くない。

周りの手助けがなかったら普通に死ぬだろうね。


「いやいや、俺なりの優しさだよ。あと任務が終わったら、『半月後にまだクランに入りたければもう一度勝負してあげる』って言っといて」


まあ上の高さを知ることは経験になるし、その上でまだやる気があるならもう一度付き合ってあげてもいいかなとは思うけど。


「まあ明日が終わってまだやる気が残ってるかはわからないけどね」


とはいえ、うちのクランに入れろって言ってきたんだからそれくらいの根性は求めてもバチは当たらないはず。


「もちろん、迷惑かけるしツィーたちのパーティーには特別手当つけとくよ」

「クラマス優しい! 天使! お金持ち!」

「がはは、それほどでもあるな!」


まあ今は金持ちではないけれど、手当もクランの金庫からだし。

ともあれそういうことで、俺は後のことはメンバーに丸投げした。

もしかしたら、ターニャとはもう顔を合わせることもないかもしれない。


「ということで、あたしとも訓練しよ、クラマス」

「今日はこのあとリリアーナさんとお仕事だから無理。ツィーがリリアーナさん説得するなら付き合ってもいいけど」

「それはちょっと無理かなー」


まあうん、このクランで最強なのはある意味リリアーナさんだからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る