056.幕間:水着!
お昼時、丁度真上に登った太陽を執務室の窓から眺めて目を細める。
夏の日差しは焼くように皮膚を刺し、外を歩く人たちは皆薄着で目に優しいけどそれはそれとして暑そうだ。
まあ執務室の中は温度調整が効いてて快適なんだけど。
「リリアーナさん」
「なんでしょう、ユーリさん」
「最近新しい水着が流行ってるらしいですね」
「そうみたいですね。商会でも新しいデザインの水着を売りに出してましたよ」
そもそもわざわざ水着に着替えて水遊びするというのが金持ちの道楽感がある訳だけど、それでもそこそこ買う人間はいるらしい。
プールを作るにしても、王都の外を出て川や池に行くにしても、相応の労力が伴うので結構大変なはずだけどみんな逞しいね。
「リリアーナさん」
「なんですか、ユーリさん」
「水着が見たいです」
「誰のですか?」
「もちろん、リリアーナさんの水着姿ですよ」
そして夏を感じたい。
「私じゃなくてもいいのでは?」
「なに言ってるんですか、リリアーナさんの水着が見たいんですよ。普段の仕事姿やドレス姿も素敵ですけど、水着姿も絶対に素敵です。むしろリリアーナさんの水着が見たいです。俺はリリアーナさんの水着を見るために生まれてきたと言っても過言じゃないですね」
「そうですか」
反応が塩い。
「まあいいですよ」
「えっ、いいんですか?」
「ユーリさんが今日一日真面目に仕事をしてくれるなら、明日の午後に付き合ってもいいです」
「わかりました、普段の三倍速で働きますよ」
「いや、三倍はいいですけど」
「明日一日暇になるくらいの勢いで働くので」
早速、指をぱちんと鳴らす。
「 【浮遊】 」
唱えると、手元の書類が全て宙に舞い空中に並ぶ。
「 【集中】 、 【視覚強化】 、 【思考強化】 、────」
そのまま書類仕事に必要な強化を施していく。
その日、俺は限界を超えた。
「明日と明後日も暇になるくらい仕事が片付きましたね」
「本気を出したので」
「出来るならいつもこれくらいやってほしいんですが」
「毎日これやったら脳が焼き切れて死にますよ」
「確かにそうですね……。それじゃあ死んだらマリアさんにお願いしましょうか」
「そこは流石に死なない方向で調整してほしいんですけど!?」
「ふふっ、流石に冗談ですよ」
リリアーナさんの冗談はたまに本気か冗談か分からなくなるから困るね。
まあリリアーナさんが楽しそうだからいいか。
「ともあれお疲れ様です。肩でも揉みましょうか?」
「え、いいんですか?」
「もちろん、後ろ失礼しますね」
椅子に座ったままの俺の後ろに立ったリリアーナさんがそのまま肩を揉んでくれる。
その手は柔らかくて優しくて、ドキドキしそう。
「どうですか?」
「凄く気持ちいいですよ」
「ならよかったです」
「まあリリアーナさんのマッサージならどんな感じでも嬉しいですけどね」
「なにを言ってるんですか」
「そういえば、肘でやるマッサージもあるらしいですよ」
「そうなんですか? 痛くないんでしょうか」
「どうでしょう。手が疲れないのは良さそうですけど」
「なるほど、たしかにそうですね」
わりと肩揉んでると指が疲れるんだよね。
「ちょっとやってみてもいいですか?」
「もちろん」
俺が快諾すると、リリアーナさんが腰をかがめて俺の肩に肘を当てる。
その肘を押し込むように力を込めると耳の近くで彼女の吐息が響く。
「んっ……、痛くないですか?」
「全然大丈夫ですよ」
そんなことよりも、時折後頭部に当たる柔らかいものが気になって仕方なかった。
俺が誘導したみたいになるからそれは言わなかったけど。
そして翌日。
「それでは行きましょうかユーリさん」
「はい、リリアーナさん」
午前中に必須の仕事を済ませてから、出かける準備を済ませるて合流する。
「ところで後ろのふたりは?」
そんなリリアーナさんの後ろには、ルナとソフィーの姿があった。
「さっきそこで会いまして。ふたりとも一緒にという話になったんですがいいですか?」
「もちろん、大丈夫ですよ」
水着を着てくれる女性なんて何人居てもいいですからね。
「今日はよろしくおねがいします! ユーリさん!」
「よろしくね、ソフィー」
「兄さんが変なことをしないか監視しにきました」
水着を見ることが変なことに入らないなら他には何もしないから大丈夫だよ。
「ルナも水着買うのか?」
「兄さんの奢りらしいので、買いますよ」
「俺の財布にダメージ与えることが主目的になってない?」
まあいいか。
どうせ買うならみんな一緒の方がいいだろう。
「それじゃあ行きましょうか」
「はい」
「すごい数ですー!」
店内に入ると、ソフィーが感心したような声を上げる。
たしかに、水着がすごい数並んでいる。
一応男の水着も片隅にちょっと並んでるけど、まあそんなことはどうでもいい。
そして嬉しそうに店内に入っていくソフィーとそれに続くルナを見て、隣のリリアーナさんにふと思ったことを聞いた。
「リリアーナさん」
「なんですか、クラマス」
「これってセクハラじゃない?」
「今更ですか」
「今更だけど、嫌だったら買わなくてもいいですよ」
「まあいいですよ、奢りですし」
「えっ、いいの」
「流行りを把握するのも仕事ですしね」
「そっか」
ならよかったかな。
「それに見せて減るものでもありませんし」
「そっかあ」
「……それも相手によりますけどね」
「なにか言いました?」
「なんでもありません。私あっちも選びましょうか」
「そうですね」
ということで選び始めると、女性陣三人は盛り上がりながらも選んで、そのまま試着室に入っていく。
俺は着れればいいので、サッと目についたものの会計を済ませた。
「ユーリさん」
「どしたの、ソフィー」
更衣室の中から声が聞こえてくる。
「背中の紐、縛ってもらってもいいですか? うまく出来なくて……」
マジかよ。
「だ、駄目ですか……?」
「いや、駄目じゃないよ。ソフィーが嫌じゃなければ」
そんなやり取りのあとにちょっとだけ開けられたカーテンの隙間から、ソフィーの背中が見える。
眼福だ。
よく考えたら水着をちゃんと着たあとでも背中が丸見えなことには変わらないんだけど、このありがたみはなんなんだろうね。
「それじゃあ、紐結ぶよ」
「はい」
背中の紐を両方握ってそのまま背中でクロスさせる。
「こんなもんでいい?」
「んっ……、はい……、大丈夫です」
解けたりズレたりしないようにちょっとキツめに結んでいおたけど大丈夫だったかな。
なんて思ったけどアクシデントもなく、背中の紐を結ぶとそのままソフィーは更衣室から出てきた。
「ど、どうですか?」
「よく似合ってるよ」
ソフィーが選んだのは上下別になっているビキニタイプの水着。
前からわかってたけど、普段は胸当てで隠れてる部分には結構な大きさの物が隠れていた。
緑色なのが、特定の果物を連想させますね。
「変なところないですか……?」
「凄いかわいいよ。これは男が見たら放っておかないね」
そんな俺の褒め言葉を聞いても、ソフィーは不安そうに自分の格好を確認している。
なるほど、確かに更衣室の中に鏡はないもんね。
「 【水鏡】 」
唱えて指をぱちんと鳴らすと、空中に薄い水の壁が生まれて、それがソフィーの姿を映し出す。
「あっ、ありがとうございます。やっぱり、なんだか恥ずかしいですね」
自分の格好を改めて確認して、恥ずかしそうに体を隠すソフィーもこれはこれで。
「でも水着ってそういうものだから」
「そうですよね……」
「騙されちゃだめですよ、ソフィー」
「ルナちゃん」
次に更衣室から出てきたルナが着ているのは白いワンピースタイプの水着。
まあこういうのもあるよね。
「なにか意味深な視線を感じますが」
「気の所為だぞ」
こういう上下一体型の水着は、胸が小さいとよく似合うな、なんて思ってないよ。
「よく似合ってるぞ」
「そうですか」
「ルナちゃん、かわいい!」
「ありがとうございます、ソフィーも似合ってますよ」
「えへへ……」
なんか対応に温度差がないかな?
「ルナも鏡見るか?」
「そうですね。やっぱりこれが一番泳ぎやすそうですね」
「まあそうだな」
上下一体型の方がズレたり脱げたしする心配はないだろうから、泳ぐのに適した格好といえるかもしれない。
「あっ、あたしもそっちの方がいいですか?」
「いや、別に全力で泳ぐわけじゃないなら気にしなくていいと思うよ」
どうせやるとしてもガチ水泳じゃなくて水遊びだろうし。
「そんなこといって、兄さんは肌が見えた方がうれしいだけでしょう」
「そんなことないぞ、似合ってるならどっちも好きだぞ俺は」
「そうですか」
ルナはそう言いつつも疑ってる視線だ。
「なんなら別の水着も試してみたらどうだ?」
「そうですね。そうしましょうかソフィー」
「うん、ルナちゃん」
そして更衣室に戻っていく二人を見送ると、今度はもう一つのカーテンが開いた。
現れたリリアーナさんは黒いビキニを身に着けていて、腰にはパレオを巻いている。
眼鏡はそのままなのも含めて、泳ぐよりもパラソルの下で優雅に休んでいる大人の女性って感じの魅力に溢れている。
「よくお似合いですよ、リリアーナさん」
「ありがとうございます、ユーリさん」
うん、もうこれで元は取れたな。
「それにしますか? リリアーナさん」
「どうしましょう、もう少し選んでみてもいいですか?」
「もちろん、好きなだけ選んでください。鏡もありますよ」
「これは便利ですね」
鏡の表面に立って自身の格好を確認するリリアーナさんを横から眺める。
うーん、やっぱりリリアーナさんは胸もいいけどお尻も魅力的なんだなあ。
「ユーリさん、これは?」
「せっかく水着を買ったなら実際に泳がないともったいないと思って用意しておきました」
目の前にはクランハウスの中庭。
そこに地面を掘るように水を溜めたプールが出来上がっていた。
まあやったのはフレイヤだけど。
「あと使い終わったあとは元に戻せるようにしてあるから大丈夫ですよ」
「それならいいんですが……。フレイヤさんは大丈夫ですか?」
「頼んだときは文句言ってましたけど、今は恋人といちゃついてるから大丈夫です」
視線を向けると、いち早く水着に着替えてプールに入っているフレイヤの姿が見える。
まあ満面の笑みを浮かべるような人間ではないけれど、長い付き合いで満更でもなく思っているのはわかる程度には機嫌がよさそうだ。
「というわけで、俺たちも楽しみましょう」
「はい」
ということで先に着替えに行っていたルナのソフィーと同じく更衣室の方へと向かうリリアーナさん。
俺も手早く着替えて、三人が戻ってくるよりも先にプールに帰ってきた。
「クラマスー、これなんですかー!?」
見るとクランのメンバーが数人、興味深そうにプールサイドに立っている。
まあ中庭だからクランハウスからも寮からも見えるしね。
「今日限定のプールだ。水着に着替えたら入っていいぞ」
「水着持ってないんですけど!?」
「安心しろ、ほら」
俺が視線を向けると、そこには商会の人が出張して水着を販売してくれている。
「料金は給料から天引きしとくから、好きなの選んでいいぞ」
「わーい!」
なんてメンバーを見送ると、どんどん人数が増えてきてプールは盛況になっていた。
「クラマス、良い光景ですね」
「だろ?」
男メンバーは自分も水着に着替えつつ、女性メンバーの水着をありがたく拝んでいる。
うちのメンバーはみんな顔が良いからなおありがたいね。
とはいえ、こんなところで男だけで固まって見ている水着姿をありがたがってるのがバレバレなので他のメンバーはプールに促す。
「ほら、一緒に泳いでこい」
「クラマスは行かないんですか?」
「俺は一応責任者だからな。問題はないか見てるから遊んできていいぞ」
「はーい」
なんて返事も置き去りにしてプールに飛び込む男たち。
それから気付けばプールは飛び込みで高い水柱が上がったり、魔術師組が水を飛ばして遊んだり、フレイヤがプールの上にもう一つ巨大な水球を作ってそっちをメンバーが泳いでいたりとカオスな光景になっていた。
問題しかない光景だが、まあいいか。
そもそもあんまり積極的に泳ぎたいわけでもなかったのでひとりで見学していると、魔術師メンバーが原因でどんどんおかしな光景が広がっていくけどまあ気にしない。
あとあっちの方ではルナとソフィーが真面目に泳ぎの練習なんかをしていてそれもまた面白かった。
「ユーリさん」
「リリアーナさん?」
視線を落とすと、プールの中から髪を濡らしたリリアーナさんがこちらを見上げている。
ちなみに眼鏡は外していて裸眼だ。
これはこれで。
「ユーリさん、上がるの手伝ってもらえますか?」
「もちろん」
プールの中から手を伸ばすリリアーナさんに手を差し出す。
その手がしっかりと握られて、そのまま引っ張られた。
「えいっ」
「えっ」
バランスを崩してどぼーんと大きな音を立て俺はプールに落ちた。
まあ元から水着着てるからいいんだけどさ。
「一人だけ見てるだけなんてだめですよ」
「なら、リリアーナさんが付き合ってくれるんですよね?」
「えっ? きゃっ」
一緒に遊んでくれるというリリアーナさんに飛びつくと、今度は二人で水に沈んだ。
「遊びましたねえ」
「そうですね」
遊び疲れてプールサイドに上がった俺とリリアーナさんと同じように、そろそろ疲れたクランメンバーもぼちぼち休んでいたりする。
まあまだ元気に遊んでる組もいるけど、ソフィーとルナとか。
「そういえば話は戻るんですけど」
「はい」
「相手によるっていうのは俺なら見せても問題ないってことですか?」
水着を買うために店に入った時の話題である。
「クラマスに見られてもどうでもいいってことですよ」
「そっかあ」
ちょっと悲しい。
「嘘ですよ。ユーリさんなら見せてもいいってことです」
「えっ、それって俺のことを好きってことですかね?」
「なにバカなこと言ってるんですか。人として信用してるってことですよ」
「そっかあ……」
まあそれはそれで嬉しいけど。
ともあれ今日は水着奢った分の元は取ったかな。
「水着姿、素敵ですよ。リリアーナさん」
「ありがとうございます、ユーリさん」
まあ一つだけ悩ましいことがあるとすれば、
「明日は筋肉痛かなぁ」
「そうですねぇ」
二人とも日頃の運動不足がたたりそうってことかな。
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