049.恋バナ(一方通行)
「ようこそお越しくださいました」
「本日はお招きいただき感謝いたします」
いつものようにパーティー会場で、ベイオウルフに挨拶をする。
今日もリリアーナさんが同伴で、前回のお誘いから期間が短かった気もしたけれどなにか理由があるんだろう。
眼の前にはいつものように、イケメンのベイオウルフ。
イケメンって笑ってるだけでイラッとするよね。
まあ僻みなんだけど。
「ドラゴンの件はお見事でした。優秀なお仲間がいて羨ましい限りです」
イケメンスマイルで語ってくるベイオウルフにこちらもフツメンスマイルで答える。
「ええ、慕ってくれている仲間のおかげで無事に王都の危機にも対処することができました。騎士団の方々は出番がなくて手隙だったかもしれませんが」
「そんな事ありませんよ、王都の平和が守られることが何よりですから」
「ふふふ」
「ふふふ」
俺とベイオウルフが迂遠な言いまわしで皮肉の応酬をしていると、周囲の招待客は触らぬ神にといった様子で巻き込まれないようにさりげなく距離を取っている。
まあ表での挨拶はこれでおしまいだからあとは気楽なもんだけど。
そのまま端役の俺は壁際にさっさと避難して、リリアーナさんと並んでグラスを手に取る。
「あのやり取り、毎回やらないといけないんですか?」
「やらないとだめですよ、楽しいので」
「よくわからないです」
理解不能という表情のリリアーナさん。
まあうん、あんまり一種の悪ふざけみたいなもんだしね。
バーバラあたりなら理解しそうな気もするけど、逆にルナとかは心底しょうもないものを見る目で見てきそう。
まあそんなことはどうでもいいんだけど。
「今日も素敵なドレスですよ、リリアーナさん」
「ありがとうございます、ユーリさん」
今日の彼女は深い青のドレスを着ていて、散りばめられた宝飾が夜空に輝く星のよう。
あと身体のラインがでているので、お尻がとてもセクシーだ。
俺は紳士だからじっくり見たりはしないけどね。
こういう時は、冒険者稼業で鍛えた視野の広さが役に立つぜ。
俺の生きていた道はなに一つ無駄じゃなかったんだ、なんて実感する。
「ここにはリリアーナさんのドレスを見るために来ているようなものですからね」
「伯爵とお話をしに来てるんじゃないんですか?」
「そっちはオマケですよ。九対一くらいでリリアーナさんです」
「さっきまでの流れがなければ素直に受け取れたんですけどね」
まあうん、これは話の流れが悪かったかな。
「でも本当に素敵ですよ。毎日見ていたいくらいです。まあいつもの仕事姿のリリアーナさんも素敵なんですけど」
「ありがとうございます。ユーリさんも素敵ですよ」
こう言ってもらえるだけで、今日来た価値があったかなあと思ったりするのだった。
「それでは私は挨拶にいってきますね」
「はーい」
調子よく返事をしてリリアーナさんを見送る。
やっぱり良いお尻だなー。
「おいっすー」
「おいっすー」
またいつものように晩餐会の会場を抜けて、ベイオウルフの私室にやってくる。
もはや自室くらいに気安い場所である。
「今日も飯旨かったぜ」
「そう言ってもらえると料理人たちも喜ぶよ」
「個人的には追加でもっと酒が飲めれば最高だけど」
「でもユーリ、酒弱いからすぐ酔うじゃん」
「弱くないですけどっ!?」
「ははは」
実際あの場で酔ったらろくなことにならないのが見えてるから酒は最低限以外飲まないのは安牌ではあるんだけどね。
なんて世間話はそこそこに、部屋の中を眺めるとなんか前より魔装の種類が増えている気がする。
「最近なんか良い魔装手に入れた?」
「あーうん、これこれ」
ベイオウルフが壁から取ったのは一振りの槍。
白く、神聖さを感じるそれは、強い魔力を感じる。
「すご、絶対高いでしょこれ」
「まあうん、結構ね」
こいつが"結構"っていうことは俺の基準だとかなりとか相当って感じの金額だろう。
「当然切れ味も凄いんだけど、切っ先から光波を出せるよ」
「威力は?」
「当然凄いよ、特に突きで範囲を絞った時は」
「なるほどなあ」
ぜひ見てみたい。
「試していい?」
「屋敷が吹き飛ぶから駄目」
そういう威力かぁ。
「じゃあちょっと貸してよ」
「え、嫌だけど?」
「いいじゃん、どうせ自分じゃ使えないんだろ?」
「まあそれはそうだけど……」
こいつは騎士団の中でも結構な地位があり、気分で使っている武器を持ち替えるなんてことは許されないような立場だったりする。
じゃあそのへんで試し切りしてくるかって気軽にお外に出かけることもできないしね。
まあ人の上に立って規範を示さなきゃいけないような立場の人間ならしょうがない。
偉い人は大変だなぁ。
「その点俺は最近よく外に遊びに行くから、実際に使って試せるぜ」
「むしろ羨ましくて余計に貸したくないんだけど?」
「じゃあ代わりにこれ貸すから」
取り出したのは金属棒。
「なにそれ」
「こっちの持ち手とそっちの持ち手を別々の人間が握ると、魔力を使い果たすまで離せなくなる棒」
「何に使うのさそれ……」
「くっつけたいカップル未満の二人に握らせたり?」
「いや、いらないかな……」
うん、俺もこれの活用法は思い浮かばなかったしな。
悪用法ならいくつか考えられるんだけど、実践する機会がないし。
でもカップル作成アイテムとしてはいいと思う。
問題は、一般人はそもそも魔力を使い果たすって工程に経験が全く無くてできないことだろうけど。
「まあこれはいらなくてもそれは貸してくれよ。ちゃんと使ったら感想も報告書にしてまとめてくるから」
「そこまで言うなら……。ちゃんと返してね」
「ああ!」
「返事だけはいいんだよなぁ……」
ということで貰った槍は荷袋にしまう。(貰ってません)
「はいこれ、今回の小説」
話を変えてベイオウルフが棚から取り出した一冊の本を受け取る。
「リクエストに応えて、今回は学校生活編だよ」
そうそう、ちょっと前の出来事で興味が出たから学校生活編をリクエストしていたんだった。
ちなみにギスギスじゃなくてラブと友情多めでって頼んでおいた。
ある意味ちょっとだけ俺の立場からでも見える貴族社会よりもずっと異世界で楽しいんだよね、騎士学校編。
「じゃあこっちはほい。最強の魔女が気に入らない奴を片っ端から燃やし尽くす小説」
「大丈夫? モチーフの人から怒られない?」
「安心しろ。ちゃんと脚色してあるし、燃やされるのは悪人だから」
この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありません。
でもちゃんとメインキャラはちゃんと格好いい感じにしてあるから大丈夫だよ。
今の時代の倫理観でだけどね!
「そっか。ならいっか」
事実なら困るけど本の中なら許されるラインってあるよね。
とくにこういう作品はわかりやすい方が好まれるし。
そして俺から受け取った紙束を楽しみにしながら、こちらを見る。
「そういえばこの前のエルダーヴァンパイアに支配された街を舞台にしたラブロマンスもよかったよ」
「そっちのトロールと軍勢と騎士団が正面衝突する話もよかったぞ。劣勢に見せかけて誘い込んだところを別働隊の騎兵突撃で切り裂いたのとか」
貴族社会的な意味でも騎士の戦い方的な意味でも冒険者とは違う常識が見れるのは楽しい。
そう思ってるのはあっちも同じだろう。
「そういえば、最近ユーリの評判が上がってるみたいだよ」
小説の交換も終えてベイオウルフの部屋の魔装を物色……、もとい見学しているとそんなことを言われる。
「えっ、どこで?」
「社交界で。まあユーリ個人っていうか≪星の導き≫の評判がだけど」
「あー、畑の件?」
「そうそう」
畑の件、というのはドラゴン退治した報酬に戦場になった畑の復興を王様に頼んだアレだ。
社会福祉は評判がいいっていうのは特に上の方の社会では常識だからね。
教会や商会だって孤児院とか経営してたりするし。
まあ評判目的の福祉活動の中身はお察し……、っていうのも定番ではあるんだけど。
その点うちの復興は報酬の代わりに王様にお願いしたから投げっぱなしになることもないので売名行為としてもかなり真っ当な部類である。
誰も損してないしね。
時には直接的に金貨を貰うよりもこういった行為の方が利益に繋がるというのはある意味皮肉を感じなくもないけど。
「ちなみに、商売敵からは余計に目の敵にされてるみたいだけどね」
「まあ、そうなるわな」
誰かが得をすれば誰かが損をするのは人類普遍の仕組みである。
特に商売敵なんて存在するだけで不利益ですからね。
まあ商売に関してのアレコレは全部リリアーナさんの実家にポイしてるから俺は気にしないけど。
それはともかく、
「本当に評判が上がってるならなんで俺はモテないんですかね」
「だって陛下の紹介を断ってたじゃない」
「あれは紹介される前に別の提案しただけだよっ! っていうか本当に紹介する気があるなら先に言えよ!」
あんなのハメ技じゃねえかと言わざるを得ない。
「まあうん。でも本当に紹介する気はあったみたいだよ。一部では先に情報が洩れてそういう噂になってたみたいだし」
まあお見合い相手を探すならどうやったって候補を選定しなきゃいけないし、そっから話が漏れてもおかしくはないだろうけど。
人の口には戸が立てられないっていうしね。
「まあだからこそ、その話を断ったユーリにモーションかけようって貴族がいないんだろうけど」
聞いてない話を断ったことにされて敬遠されるのは本当にハメ技だろこれ……。
「はー、モテたい」
「アストラエア様は?」
「あの方はいくらなんでも身分が違いすぎるだろ」
いくら美女でもかわいい娘でもいける俺だとしてもあの人は流石に恐れ多い。
「でもそのわりには仕事受けてたじゃない」
「お前が直で持ってきたからだろうが」
本音を言えば偉い人からの依頼とか面倒事なのであんまり受けたくない。
それが超偉い人なら尚更である。
もしあの遊覧中になにかあったらワンチャン俺の首が飛んでたからね。
「僕は頼まれただけだもん」
「断れよ」
「無茶言わないでよ。相手は王女様だよ」
初対面がベイオウルフの主催したパーティーだったから、そこのツテを頼るのは間違いではないだろうけど。
そもそも俺がどこの誰でどんな人間かってまずベイオウルフに確認しただろうし。
やったのは御本人じゃなくてお付きの人だとおもうけどね。
「まあ、可能なら力になりたいとは思ってるけどさ」
彼女の人物的にも立場的にも、助けになれるならそうしたいと思ってはいるけど。
「やっぱり好きなんだ」
「だから違うといっとろーが」
顔は文句無しだし性格も好ましいとは思ってるけどさ。
「アストラエア様、ユーリとお出かけしてから前より熱心に学んでいるみたいだよ」
「それは良いことだと思うけど」
それなら俺がリスクを負ってまで王都の紹介をした価値もあったよ。
「でも結婚してから役に立つのかね」
「政略結婚だったらほとんど役に立たないかもねえ」
結婚相手にもよるだろうけど、嫁いだら社交の役割以外を求められないってことも十分に有り得るだろう。
貴族の結婚ってそういうものである。
まあ俺もそこまで詳しいわけじゃないけどさ。
「だからやっぱりユーリがお嫁さんにしてあげないと」
「なんでさっきからアストラエア様推しなんだよ」
「だって相手が知ってる人の方が見てて楽しいし」
「地獄に落ちろ」
「いいじゃないか! 打算と策謀渦巻かない恋バナなんて貴重なんだから!」
「よくねえよ!」
そういうのは自分でやれよ!
「ほら、僕は自由に恋愛できる立場じゃないし」
「それはアストラエア様も一緒だろ」
「だからこそじゃないか」
それはまあ、気持ちはわからなくもないけど。
自分じゃできないからこそ他の人には自由にしてほしいみたいなところはあるよね。
「そっちの方が楽しいし」
「やっぱりそれが本音だろ」
駄目だなこいつ、早くなんとかしないと。
「そもそも何の話だっけ?」
「ユーリがモテないって話」
「ああ思い出したわ。ぶん殴るぞ」
自分で言うのはいいけど人には言われたくない事実っていうものもあるんだ。
それの相手がイケメンなら尚更である。
「でも大丈夫。そんなユーリにいいものがあるよ」
「猛烈に嫌な予感しかしないんだが」
「はいこれ」
机の引き出しから取り出して差し出されたのは一通の封筒。
「はい、お手紙」
「読みたくねー」
なんて言ってもしょうが無いので受け取って、裏の封蝋をチラッと見る。
ぐえっ。
ベイオウルフの笑顔がこんなにも恨めしくなるなるのは今日が初めてだった。
いや、よく考えたら結構頻繁にコイツ……ってなってるな。
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