040.お姫様の道の先
さて次は、どうしようかな。
そろそろ昼食にしてもいい頃合いだけど、そもそもどこに行くか決めてない。
というかどこを選べばいいのかが難しすぎる。
街でナンパした相手ならともかくお姫様だもんなあ。
そもそもナンパが成功しないだろって?
うるさいよ。
これはもうアレだな、本人に聞くしかないな。
デートプランを立ててエスコートすら側としてはあまり褒められた行為ではないかもしれないけど、背に腹は代えられない。
「アリスさん」
「なんでしょう、ユーリさん」
「昼食なんですが、比較的しっかりしたところと、庶民らしい雰囲気のところと、庶民がそのままなところの三つならどこがいいですか?」
「そうですね……」
言葉を区切って悩むアストラエア様。
判断材料が少なすぎてそもそもどれを選ぶべきなのか分からないんだろう。
「ユーリさんは、どれが良いと思いますか?」
「個人的には庶民そのままなところですかね。せっかくの機会ですし」
「なるほど」
「実際に注文をする前に様子を見ることも出来ますし、一度行ってみますか?」
「では、お願いしてもいいですか?」
「もちろん、喜んで」
承諾して彼女を案内しつつ道を進むと、段々と道行く人が増えていく。
ぬいぐるみを置いていた商店の前は人通りがさほど多くない道だったので、今いるこの場所はあそこより何倍も交通量が多い。
そしてその道の先、特に太い大通りに出ると、そこには道の両側に屋台が並んでいた。
「凄い人ですね。王城の催しでも人が集まることはありますがここはそれよりも多いかもしれません」
王城だとわざわざ人を過度に密集させるようなことが無いだろうしね。
歩いてたら他人と道がぶつかりそうになるような環境は早々ないんじゃないかな。
雑踏でがやがやしてるなんて、まさに庶民の暮らしらしいだろう。
個人的にはこういう空気の方が落ち着くけど。
「それでですね、アリスさん。あちらがよくある庶民の食事です」
俺が視線を向けたのは、当然道に並ぶ屋台たち。
そこでは買ったものをそのまま口に咥える光景が広がっている。
「あれが……」
そんな庶民には当たり前の様子が、彼女にはカルチャーショックを受けるような光景に見えるだろう。
実際に歩いたまま食事をしたことなんて無いだろうし。
「立ったまま、食べるのですね 」
「そうですね、もちろん座って食べることもありますけど、あれも庶民の日常です」
貴族からしたらマナー違反どころか親類縁者にめちゃくちゃ怒られそうな行為だけど、ここではみんなやっている。
まあ普通に落としたり人にぶつかったりするからやらないならやらない方が合理的なんだけど、それでもみんなやってるし気にもしないのだ。
文字通り、アストラエア様とは生きる世界が違う。
「どうしますか? もう少し落ち着いた場所という選択肢もありますけど」
「いえ……、食べてみましょう」
「わかりました」
今日のお姫様はチャレンジデーらしい。
一応断られたら普通に座って食べられる店って候補もあったけど、ここでいいならそうしよう。
とりあえず何を選ぼうかな。
普通に肉を焼いたもの、粉もの、揚げ物色々あるけど、今日はシンプルに行こうか。
「あれ、いくらだと思いますか?」
俺が指でさしたのは鹿肉を焼いて串に刺して売っている屋台。
そこで使ってる鹿は森の中の湖の上を歩く様子がよく見られるというちょっと変わった鹿だ。
「どうでしょう。1万ルミナほどでしょうか」
おそらく彼女は今まで見てきた色んな情報を照らし合わせて、その数字を推察したんだろう。
とはいえ、前提になる条件に勘違いが含まれていればやはり正確な金額を当てるのは難しいようだけど。
「それじゃあ答え合わせですね」
屋台の前に立って串を二本注文する。
「おばちゃん、鹿串二本ね」
「あいよ! 二本で500ルミナだよ!」
「はい」
先に準備していた代金を渡す。
「随分お安いんですね……」
「なんだい、お嬢ちゃん。どっか良いトコの子かい? うちの鹿焼きは絶品だから楽しみにしてていいよ! がはは!」
まあ凄く良いトコの娘さんですね、具体的に言うとこの国で一番。
知らないって恐ろしい。
「どうぞ、アリスさん」
串を両手に受け取って片方を渡すと彼女はそれに躊躇いがちに口をつける。
開く口は小さく小鳥のようにほんの少しだけ先をついばむ。
うーん、こういう所から品の良さが溢れてくるんだなあ。
「味はどうですか?」
「想像していたよりも、美味しいです」
「ならよかった」
絶品ってわけじゃないけど及第点は越えたって感じかな。
まあ山ほど並ぶ屋台の中でもここは一番味がちゃんとしてる部類のところだからそのおかげもあるだろうけど。
酷い屋台だと何も考えずに火を通しただけどころかちゃんと焼けてなくて腹壊すようなところもあるし。
あむっと俺も一口。
うん、美味しい。
満足したのでそのまま二人で完食して再び並んで歩き出す。
「次はどこに行きましょうか」
「ユーリさんにお任せしますよ」
「わかりました」
ぶっちゃけどこに行きたいか指定してもらったほうが楽なんだけど、エスコートするのも仕事のうちなのでちゃんと考えてある。
あああと、蛙の串焼きは流石にカルチャーショックを通り越してショッキングな映像過ぎるだろうからやめておいたよ。
それから魔道具屋で見ると笑いが止まらなくなる仮面なんてアイテムを試着したら大変なことになったり、素朴なアップルパイを食べに行ったらこれが予想以上に好評だったり、俺が路上で楽器を演奏したり、色んな所を見て回ると太陽がすっかり傾いていた。
「それにしても、本当に活気がありますね」
街を行き交う人を見ながら、彼女がそう呟く。
「そうですね。そこがアリスさんの住む世界とは一番違う所かもしれません」
騒がしくも自由に、裏表なく単純に生きていけるのは庶民の特権かもしれない。
まあそうじゃない庶民もいるにはいるけど。
そんな光景が彼女の目にはどう見えるのか、今の俺にはわからなかった。
「アリスさん」
「なんでしょう、ユーリさん」
「一つ、質問をしてもいいですか?」
「どうぞ、私に答えられることでしたら」
「感謝します。それでは、本日の遊覧の目的をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
エスコートしていた先程までよりも少しだけかしこまった言葉で、彼女に聞く。
彼女はそんな俺の意図を読んで、正直に答えてくれた。
「私は城の中と貴族社会での狭い世界しか知りません。ですから市井の暮らしを一度見ておきたかったのです」
大体予想していたけれど、やっぱりそういう答えか。
だから俺も今日は"庶民の暮らし"を強調するような場所を案内してみたんだけど。
そういう視点で見れば、今日のエスコートは目的に適っていたかもしれない。
ただこれがデートじゃなくて学びの機会なら、これだけじゃ片手落ちではある。
うん。
「でしたら最後にもう一か所、付き合ってもらってもいいですか?」
「わかりました」
アストラエア様と並んで立つのは地面よりも遥か高く、王都の全域を見下ろせる場所。
ここはコネで入った鐘塔の上、城壁よりも高いそこは人によっては立っているだけで恐怖を感じるかもしれない。
まあこの高さから飛び降りる馬鹿も居るけど、それはともかく。
「夕日が綺麗ですね」
彼女の言葉につられて日の沈む方角に視線を向ける。
「そうですね、でも落ちないように気をつけてくださいね」
「はい」
「落ちても絶対にお助けしますけど、そのあと絶対に怒られますから」
「ユーリさんと一緒ならそういう体験も悪くないかもしれませんが」
「私も怒られないならお誘いしたいくらいですけどね」
実際にやったら、それはそれで爽快な気分かもしれない。
なんて言いながら二人で、その怒ってくる人を想像して笑う。
まあすぐ背後の壁の裏に見えないように隠れているんだけどさ。
「ですが今日は、ここから飛び降りるのと同じくらい驚きに満ちた体験でした」
「楽しんでいただけたならよかったのですが」
「ユーリさんはちゃんとエスコートしてくださいましたよ」
ならよかった。
とはいえ、それでは終われないからここまで来た訳で。
ここからが、本題。
「あそこにぬいぐるみを買った商店がありますね」
遠目に、一応建物としては確認できるレベルでその店は見える。
屋根の色とかを認識してないと見えてても見つけるのは難しいだろうけど、それでも大体の位置は把握できるだろう。
「あっちは鹿肉を焼いていた屋台の並んでいる通り。あちらには珍しい花が売っていた花屋。あちらは魔道具屋で、あちらが食堂です」
どれも今日一日で歩いた記憶にある場所。
それらを順番に辿っていくと、今日歩いた道が線になって見えてくる。
「そしてそれよりずっと先の城壁の近くにあるのがスラム街です」
指を上げて、途中まで引いた線の延長線上を示す。
「あそこには屋根のある場所で寝ることが出来ない者、明日の食事に困る者、冬を越せずに命を落とすものもいます」
その全てが不条理に苦しめられているもの、というわけではないが。
中には自業自得の者もいる。
とはいえそうじゃない人間も多くいるのだ。
「さらにその城壁の向こうには、もっと貧しく危険な暮らしをしているような集落もあります。それこそ一時の凶作、一匹の魔物で滅びるような場所です」
「今日、アストラエア様が御自身の目で見た光景も、いま私が語った言葉も、どちらも事実です」
今日見て、きっとアストラエア様が驚きつつも楽しんでいた光景だって庶民の日常ではある。
人それぞれに別の人生があるという、ただそれだけの事実。
「ですが、市井の暮らしを識るならばその両方があるということは覚えていておいてほしいのです」
きっとそれを識らないと、いつか間違えてしまうだろうから。
彼女の顔を真っ直ぐと見る。
夕日に照らされてそこにあるのはただの少女ではなく、人の上に立つ者の顔だった。
それを見て、やっと俺の言葉は余計なお節介ではなかったと思えて安堵しつつ、言葉を付け加える。
「いつの日か、全ての人が明日の心配をせずに暮らせるようになるといいですね」
「はい」
それは理想論で夢物語。
そもそも、能力にも環境にも恵まれている側の俺が言ってもうわべだけの言葉だ。
だけど彼女の暮らしは確かにそういった者たちを含めた平民の上に建っている。
その事実を、俺は良いとも悪いとも言うつもりはない。
ただ願わくば、彼女のこれから往くべき道の一つの標になるようにと、彼女の顔を見てそう思ったのだった。
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