039.お姫様がもふもふ
ぬいぐるみ屋に入ると少し薄暗く、棚にはぬいぐるみが並んでいる。
店内には人影がなく、本日は貸切状態。
嗜好品かつ一点物で数が豊富というわけでもないので、いつでもお客さんがいるような店でもないだろうけど。
もしかしたら今回は、先に手を回されているのかもしれない。
チラリと店の外で待つ護衛の人を見てみたけど、わからん。
まあいいか。
そんなことを思いつつ、店内に入ったアストラエア様に続く。
彼女は興味深そうに、今は白いリスのぬいぐるみを眺めている。
白いリスってウサギと差がよくわかんねえな?なんて思ったりもするけど、どうやら彼女の様子を見る限り前回渡したウサギのぬいぐるみも喜ばれていたみたいだ。
やっぱり女性はこういうのが好きなんですかね。
まあ俺の周りにはプレゼントしても大して喜ばなそうな女性陣も多いけど。
むしろ過半数は喜ばなそう。
「色んな種類がありますね」
「そうですね」
「大きいのも」
「持ち帰るのが大変そうですね」
一番大きいのはクマのぬいぐるみで、椅子に座った状態で俺の身長の半分くらいある。
多分持ち上げたらアストラエア様と同じくらいの全長になりそう。
彼女がそれを抱き上げてる様子を想像すると微笑ましいけど、まあ実際に見ることはなさそうだ。
「あと、思っていたよりも安いです」
そうかな。
この店の商品はひとつひとつ手作りされていて、相応に手間がかかっている。
あとそもそも生活必需品以外の贅沢品は購入者が基本裕福層に限られるので、需要が薄いぶん単価は高くなる。
手元にあるぬいぐるみの値段を見ると10万ルミナほど。
一般市民が普通に暮せば一ヶ月ほどは働かずに生活できるくらいの金額だ。
まあ王女殿下からしたら大した金じゃないだろうけど。
その価値観の相違は訂正した方が彼女の為になるような気がしたけれど、ここでぬいぐるみは結構高いんですよっていうとプレゼントした俺の自慢みたいになりそうでちょっと恥ずかしいな。
うん、見なかったことにしよう。
「試しに抱いてみますか?」
そう提案したのは、アストラエア様が店内の一番大きなぬいぐるみに視線を向けていたから。
そこまで露骨に熱い視線ではなかったけれど、彼女にしては珍しさを感じるくらいの視線ではあった。
「良いのですか?」
「ええ、構いませんよ」
店員さんを見ても止められる気配はないし。
手や身なりが汚れてれば止められただろうけど当然この人に限ってそんな事はありえない。
というか第三王女様が抱いたと知れたら付加価値がつくまである。
男女ともにね、怪しい意味ではなく。
「それなら……」
ということで、アストラエア様が後ろから抱きしめるような形で抱えると、正面からは身体がほとんど見えなくなるくらいに大きさがあった。
「もふもふです」
「よかったですね」
ぬいぐるみの柔らかさを全身で堪能されているようで、気に入ったなら何よりです。
正面から見ると頭と足先しか見えなくてちょっと面白い感じになっているのは黙っておこう。
クマの向きをあっちにしたら、どっちが抱いてるのかわからなくなりそう。
「それにしますか?」
「いえ、もう少し考えさせてください」
「もちろん、どうぞ」
予定が詰まっているわけでもないし、こちらとしてはいくらでも待つ所存。
あと予算も特に制限は設けてないし。
「よければどれか一つプレゼントしますよ」
「それは大丈夫ですよ。今日は自分で買えますので」
なるほど。
まああんまりいくつもプレゼントしたらそれだけ価値が薄まりそうだしそれでいいかな。
やっぱり特別な一つって素敵な響きだよね。
「本当は全て買って帰りたいくらいですけれど」
「流石にそれはお店の人も困ってしまうかもしれませんね」
そんな会話をして二人で笑い合う。
全部売れて嬉しい悲鳴と売り物がなくて困った悲鳴のどっちの方が大きくなるかは人というか店によるだろうけど。
この店は後者なんじゃないかな。
仕入れと言うか商品作るのにも手間がかかる代物だし。
「ですので今日は一つだけにしておきます」
「でしたら一番気に入るものを選ばないといけませんね」
「はい」
ということで、クマを見てウサギを見てリスを見てキツネを見てアライグマを見てウマを見て、そのまま店舗を一周して最終的にウサギに戻ってきた。
選んだのは俺が前回渡したのと同じくらいの大きさのもの。
色は俺が渡した白とは違ってあったかそうなオレンジ色だけど。
まあそういうところで差異をつけるのも良いかと思います。(偉そう)
「大きなクマのものではなくてよかったですか?」
「ええ、そちらはまた次回来たときに買おうかと思います」
「そうですか」
彼女がまたここに来る機会は少なくともずっと先までなさそうだけど、そんな指摘は無粋だろう。
「そういえば、その子の名前は決まりましたか?」
前回渡したぬいぐるみには前をつけてたし、というか俺が嘘ついてつけるように誘導したしと思い出す。
思い出したら首が寒くなってきた……。
「チャールズと」
「男の子なんですね」
「はい」
「それじゃあアリスと仲良くな、チャールズ」
言うと、アストラエア様が驚いた表情を見せる。
「……、すみません。少し驚いてしまいました」
「いえ、こちらこそ分かりづらかったですね」
まあその呼び方を決めたのは彼女なので、これ以上俺に言えることはないけど。
とはいえ本人も、それ以上は気にしていない様子でチャールズに視線を落とす。
そのままそれを撫でるアストラエア様は心なしか嬉しそう。
満足のいく買い物ができて良かったかな。
「それでは会計を済ませましょうか、アリスさん」
「はい、ユーリさん」
ということで店員さんの待つカウンター前に。
「こんにちは、ユーリさん」
「こんにちは」
挨拶をすると、隣からアストラエア様に聞かれる。
「お二人はお知り合いですか?」
アストラエア様が聞くと、店員さんがニコリと笑う。
「知り合いといえばそうですね。ユーリさんには当店で販売しているぬいぐるみの素材を仕入れてもらっているんですよ」
「そうなんですね」
「どちらかといえばこちらが儲け話に一枚噛ませてもらってるんですけどね」
実際素材の納品契約をしてからはそれだけで結構な取引額になっている。
あと素材取りに行ってるのは俺じゃなくてうちのクランメンバーだし。
それで足りない分の素材はリリアーナさんの実家の商会から納品だし。
あれ? 俺なんにもやってねえな?
まあいいか、契約っていうのは取ってきた人間が一番偉いのよ。(諸説あります)
というか、個人的には金銭的な話よりもこの店と取引してるって事実が一番大切だ。
だってぬいぐるみなんて絶対女の子が好きじゃん。モテるじゃん。
実際そのおかげでアストラエア様にも喜ばれた訳だしね。
それに今日もこうやって店に来れたし。
「当店の商品は一つ一つ素材にこだわって手作りしていますので、素材を用意するのも大変なんですよ。なのでユーリさんには助かってます」
「貴女がここにある品を作っているんですか?」
「いえいえ、それは別の者が作ってます。お店に出ていると製作する時間も取れませんから」
「そうなのですね、よければその方にお礼を言いたかったのですが」
「でしたら私が伝えておきますよ」
「わかりました、お願いします」
これ実際の身分で伝えたら王女殿下御用達ってなって結構な箔になりそうだ、なんて思いつつ言わない。
だって今日は御忍びだから。
「ご来店ありがとうございましたー」
と挨拶を背中に聞きながら店を出る。
会計を済ませてぬいぐるみを抱くアストラエア様は満足気だ。
ひとまずはここに連れてきてよかったかな。
まあ本人リクエストだけど。
「それでは次は昼食にしましょうか」
「わかりました」
さて、次はどこにエスコートしようか。
どうせなら、カエル串とかいってみようかな。
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