037.サンバカ

「おっちゃん、蛙串一つ」

「あいよ!」


露店でおやつを頼んで受け取って、それを一口噛みついて眉をひそめる。

どうやら火からあげて時間が経っていたようで、思ったよりも冷めていた。

まあ今は夏だし冷めていても食えるんだけど、それはそれとしてやっぱり熱い方が美味いのは間違いない。


「 【焼けろ】 」


周りの人に聞こえないようにこっそりと声を出すと、蛙が再加熱されてうっすら湯気が立つ。


「うん、美味い」


それに噛みついて肉を口に含むと、焼きたてのように味が口の中に広がった。

そうそうこれだよこれこれ、って感じだ。


「よう、ユーリ」

「ん?」


今は昼過ぎで、まともな人間なら働いているような時間だが……、なんて思いながら振り返ると、そこには見慣れた顔が二つ。

いつものモテないコンビである。


「ジョンとサムか。どうした、こんなところで」

「今日は仕事休んでぶらぶらしてた」

「お前こそ、クランの仕事はいいのか?」

「午前中は働いてたからな、午後は全部自由時間だ」


「サボりすぎだろ」

「秘書の人に怒られるぞ」

「見つからなきゃ大丈夫」

「大丈夫じゃないだろ」

「最低だなこいつ」

「うるさいよ」


ちゃんと絶対にやらなきゃいけない仕事は終わらせてるから問題ないぞ。

比較的やらなきゃいけない仕事?

それはあとでやるから……。


「そいやボブは?」

「隣の街まで馬車の護衛。泊まりだって」

「よくやる」


俺ならめんどくさくて絶対やらん仕事だ。

折り返しで最低一泊、野宿が必要なら更に最低二泊、クランのふかふかのベッドに慣れた身からしたら想像するだけで体が痛くなりそう。


「冒険者とは思えん発言だ」

「そいやユーリ、最近クランの新人の子と仕事してるらしいじゃん」

「まあたまにな」


「俺にも紹介しろよ」

「それは嫌だ」

「なんでだよ!」

「紹介しろよ!」

「ソフィーは田舎から出てきて男に慣れてないっぽいから、お前らみたいな出会い目的のやつには紹介できん」


「そうやって何も知らない新人の子を独り占めしてるんだろ」

「そうだが?」

「最低だなこいつ」

「許されないだろこいつ」


「正直に羨ましいって言ってもいいんだぞ?」

「羨ましいです!」「紹介してください!」

「それはやだ」

「くそあ!」


なんて世間話はともかく。

そもそも俺はソフィーを口説いてはないしな。

ジョンとサムが言った通り、俺の立場でソフィーを口説くのは前提条件が有利すぎて逆に卑怯すぎるし。

あれで本当に落とそうとしたら、俺だって最低だなってなるわ。


「じゃあ紹介してくださいお願いします」

「だからそれは嫌だと」


というか彼女が欲しいならもっと別の方向で努力すればいいじゃない。


「やっぱりナンパか」

「成功する可能性は低いが……」

「俺この前成功したぜ」


「なんだと?」

「どこまでいった?」

「一緒にお茶するまで」

「ならいいか」

「一線越えてたら許されなかったけどな」


一線越えたっていいじゃない、男だもの。

まあそれはいいんだけど。


「どうする? 全員で行くか?」

「流石に三人はキツくねーか?」

「うっ、前に失敗した時の心の傷が……」


そう、以前にも三人でナンパして惨敗した記憶があるんだよなあ。


「じゃあソロで行くか」

「まあそれなら俺は余裕だが」

「いや、ユーリが一番無理だろ」

「ユーリが成功したら逆立ちして城壁一周してやるよ」


こいつら自分のことは棚に上げて言いたい放題である。


「あ? そこまで言うなら俺の能力解禁するぞ?」

「それはやめろよ!」

「強すぎるし非人道的過ぎるんだよお前の能力はよ!」


まあうん、俺が指をパチンと鳴らせばナンパなんていくらでも成功するからね。

だからこそ、自重してるんだけど。


「じゃあ六つ目の鐘が鳴ったらまたここに集合な」


ということで、三人分かれて行動を開始する。

さて、どうしようかな。

何を隠そう、こういうのはあまり得意ではないのだ。




それから五回くらいナンパに失敗して、この世の苦しさに嘆いていると知った顔が現れた。


「あれ、クラマスじゃん」

「コルセアか。今日は休みか?」


俺に声をかけてきたのは同じクランのメンバー。

弓使いでたまにソフィーの訓練に付き合ってくれるコルセアだ。


「今日は実家に帰ってきたから、その帰り」

「なるほど」


うちのメンバーには寮住みが多いけど、王都に実家があるメンバーも少なくはない。

まあ冒険者は根無し草も多いけど、故郷で活動するっていうのも自然な流れではある。

ちなみになんで寮ぐらしをしているのかというと、そっちの方が手間がないし生活の質も高いからって理由が多いかな。


あと単純に実家側が生活費を一人分削れるっていうのもあるし。

うちのメンバーは一家数人養っても余りあるくらいの収入はあるけど、それを実家にどれくらい入れてるかは人によるしそこら辺は俺も細かく関知していないところでもある。


そんな話はともかく。


「コルセア、なんか甘いもん食いたくないか?」

「なに? 貢物? 物によってはやぶさかではないけど」

「まあそんなもん。奢りだしよかったらどうよ」

「ふはは、苦しゅうない」


そういうことになった。


「あー、口の中が幸せー」

「確かになー」


そのまま二人で来たのは近くのケーキ屋。

俺はチーズケーキ、コルセアはショートケーキとフルーツケーキとチョコケーキ。

食い過ぎでは、なんてことは言わない。

太りそう、なんてことはもっと言わない。


「コルセア、それ一口くれ」

「えー、どうしよっかなー」

「帰りに別のケーキ持ち帰りで頼んでいいから」

「そこまでいうならしょうがない、一口だけね」


そもそも俺の金だろ、とは言わない。

奢った時点で相手の物だし、それに甘い物で女子に理屈は通じないからな。


ちなみにここの店は上等な素材で丁寧に調理する店で、どれも出来は一級品な代物だ。

故に代金も相応にかさむが、俺の稼ぎからしたら大したものじゃないので問題ない。


コルセアの稼ぎでも大したものじゃないんだけど、それはまた別の話だろう。

奢りで飲む酒は俺も好きだから気持ちはわかる。


「クラマスってこういうお店詳しいの?」

「まあそれなりにな」


モテるための努力として、店の開拓には力を入れている。


「モテないのに」

「うるさいよ」


モテたいという気持ちが大事なんだと、俺は言いたい。

本当にモテるチャンスが来た時に無駄にしないために、俺は備えてるのだ。


「ふーん、まあいいけど」


興味なさそう。

実際ないんだろうけど。


「んで、今日はなんの用事なの?」


聞いてくるのはコルセア。


「別に大した用じゃないんだがな、今誰がナンパ成功するか勝負してるんだよ」

「なるほど、つまりあたしを連れていきたいと」

「まあそういうこと。いいだろ?」


こんだけケーキ食ったんだから、と言外に伝える。

それにあっちも理由なく奢られたとは最初から思ってなかっただろうし。


「まあ別にいいけど」


よっしゃ、勝ったな。

どうせジョンとサムは誰も連れてこないだろうし、これで勝ち確だ。


「でも、その相手もクラマスの知り合いなら、あたしの顔知ってるんじゃない?」

「…………」


たしかに、うちのメンバーは純粋に高位の冒険者として顔が売れてる。

ジョンとサムも冒険者なので知ってる確率は低くないかもしれない。


いや、いけるか……?

高位といっても全員が全員顔まで把握しているわけじゃない。

なら絶対に通らない賭けではないだろう。


しかし、

「ふー……」


バレたらめちゃくちゃ煽られるなと言う一点で、俺はこの手段を諦めた。


「んじゃ、あたしは帰るから、あとはよろしくねー」


用は済んだので一人で帰っていくコルセアを見送りながら、会計を済ませて俺も席を立つ。

しょうがねえな。

これだけはやりたくなかったんだが背に腹はかえられない。

俺は合流地点に向かいながら覚悟を決めた。




「よう、待たせたな」

「こんにちはー」


ちゃんと女性を連れて現れた俺にジョンとサムが目を見開く。


「なん……だと……」

「お前まさか……」


それに遅れて、俺も自分の目を疑った。

二人の隣にも、女性がいる……だと?


「こんにちはー」

「どうもー」


挨拶する二人の女性。

どうやら拉致監禁してきたわけではないらしい。

信じがたいが。


「まさか、お前たちも成功したのか?」

「ああ、もちろんだろ」

「まあ、俺にかかれば余裕だったぜ」


信じがたいことだが、三人とも成功していたらしい。

信じがたいことだが。

明日は隕石が降るかもしれない。


だがしかし、

「なら、この勝負は引き分けだな」

「ああ……」

「しょうがねえ……」


どこか苦々しく三者三様に頷く俺たちに、


「そういうことならこのあと用事あるからあたしはこれで。お金ありがとねー」

「あっ……!」

「あたしもリングありがとー」

「んじゃ」

「ああっ……!」


最後の女性にも、挙げた手には高そうな小物入れが握られている。

つまり、そういうことだったらしい。


「…………」

「勝負は……、引き分けだな」

「ああ、全員成功ししたからしょうがねえな」

「ナンパは成功したんだがな、そのあと用事があるならしょうがねえな」


これ以上言う必要はない。

言えば誰もが傷つくから。

そんな気持ちが、三人の中に流れる。

勝負には負けなかったのだが、三人ともどこか虚しい気持ちになっていた。


「んじゃ、帰るか…」

「ああ……」

「なんか、疲れちまったよ……」


それ以上、俺たちのあいだに言葉は必要なかった。


かなしい。




あとクランに帰ったらコルセアに奢った件でもう一悶着あったんだけど、それはまた別の話。

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