036.カーンカーン

「あ、ルナ。丁度いいところにいた。ってなんでそんな嫌そうな顔をするんだよ」

「別に、嫌そうな顔なんてしていませんが」


俺がクランハウスを出るタイミングでルナを見つけて声を掛けると、なぜかすごく嫌そうな顔をされる。


「本心は?」

「ちょうどいいところにっていう始まりって大抵面倒ごとですよね」


それはそう。


「ちょっとゴードンさんのとこ行くから付き合ってよ」

「ああ……、なるほど。わかりました。こっちの袋持てばいいですか?」

「うん、よろしく」


ということで四つあった荷袋のうち二つはルナが持ってくれて、一緒にクランハウスを出る。

そこからしばらく歩いてたどり着いたのは一軒の鍛冶屋。

店の前に立つと、カーンカーンと金属を叩く音が響いてきた。


「おじゃましまーす」


声をかけてルナと中に入る。

すると作業場には、髭を貯えたいかついおじさんがハンマーを持って立っていた。


「おう、よく来たな。お嬢も」

「こんにちは、ゴードンさん」


背は高く筋肉隆々で、声も渋く目の前に立つと威圧感があるが本人は真面目な仕事人だ。


「今日もお仕事お願いします」

「量が多くねえか?」


俺がゴードンさんの前に荷物を置くと、その袋の数に目を細める。


「なんか今日は希望者が多かったみたいで」


この袋にはクランメンバーから提出された修理やメンテナンス希望の装備か詰まっていて、それを直してくれるのがゴードンさんだ。

希望者は装備を指定の場所に提出して、それを定時になったらここに持ってくる。

翌朝職員が修理を終わった装備を回収しにここまで来て、クランメンバーに渡すという仕組み。


修理なら他所で頼んでもいいし、リリアーナさん実家の商会の系列店なら割引も効くようにしているけど、それでもゴードンさんの腕は優秀なので頼みたがるメンバーは多い。

あと単純にクランハウスから出なくても頼めるし回収に行く手間もないのが楽だし。

ちなみにゴードンさんはリリアーナさんが見つけてきてくれた職人さんでうちのクランと優先契約してるから仕事は最優先でやってくれるぞ。


そもそもうちのメンバーの装備はランク相応に高性能かつ取り扱いが難しい物も多く、それを問題なくメンテナンスできる人材というだけで貴重だったりするのだ。

探してくれたリリアーナさんマジ有能。


「一日でできる仕事にも限度があんだぞ」

「それはわかってます、全部終わらなくてもできる範囲でやってもらえればいいので。あと……」


そこで言葉を切って、俺は荷袋に手を突っ込む。


「はいこれ、お土産です。バナナのお酒らしいですよ」

「ああっ!? なんだそりゃ!? どんな味か気になるじゃねえか!」


俺が出した酒を受け取ったゴードンさんは一気にテンションが上って、そのまま棚の高い位置に安置する。

彼は酒を飲むのが趣味で、仕事の後に一杯やるために働いているようなもんなんだとか。

ちなみにバナナというのはここからずっと南で採れる果物で、王都まで運ばれてくることは珍しい品。


それの酒なんて王都じゃまず見かけないのだが、これはリリアーナさんの商会の伝手で仕入れてもらったものである。

まあそんなに珍しいからこそ、ゴードンさんもテンション上がってるんだけど。

やっぱり大変な仕事を頼む時はこれに限るぜ。


「しょうがねえ、それじゃあ気合い入れて仕事するか」

「いつもありがとうございます」

「ありがとうございます、ゴードンさん」

「おう」


俺のルナが礼を言うと、短く返事をしながらゴードンさんは作業台の前の椅子に腰を下ろした。


「せっかくだ、お嬢も得物出しな」

「私の短剣は見てもらうほど損耗してませんよ」

「バカ野郎、刃物ってのは一度でも使えばメンテナンスが必要なんだよ。俺が見てやるってんだから早く出しやがれ」


「それでは、お願いします」

「ルナは野郎じゃないですけどね」

「お前は頭のメンテナンスが必要みてえだな」

「頭は金槌じゃ直りませんよ」


言いながらルナを盾にして後ろに隠れる。

まあそんな冗談はともかく。


「ほらよ」


ルナが差し出した二振りの短剣は、両方さっと研がれて持ち主に返却される。

試し斬りをするわけにはいかないけど、心なしか刀身の輝きが増したような?

いや、気の所為かな。

まあこの人の仕事だから、ちゃんと意味はあるんだろう。


「ありがとうございます、ゴードンさん」


その仕事にルナが頭を下げてお礼を言う。


「おう、またなんかあったら持ってこい」

「はい」

「んで、おめえは?」

「俺はあんまり外で仕事もしてないですし、大して使ってないですよ」


言って取り出したのは短剣が二本、長剣が一本、槍が一本。

あと大盾が一つ。


「十分だろ……」

「半分は仕事じゃなくて遊びで使ったやつですけどね」

「働け」

「そうですよ、兄さん。働いてください」

「なんかアウェー感があるんだが!?」


そんなに本当のことを言わなくてもいいじゃないか!

なんて俺の抗議を無視して作業に入るゴードンさんと、無視してこっちを見るルナ。


「そもそも兄さんは、武器を持ち過ぎでは? 他にあといくつ持ってるんですか?」

「それは秘密」

「なんでですか」


「冒険者は常に手の内を全部は見せないものなんだぜ」

「他のクランの人たちは何本も武器を持ってたりはしませんけど」

「確かにそれはそうなんだけど」


基本的に一本の武器を極めてれば複数武器を持つ必要性はない。

折れた時の予備くらいはあってもいいけど、その分金がかかるしね。


「アーサーさんとかいつも持ってるのは一本限りですし」

「あれはまあ……、武器が特殊だから……」


うちのランク10のアーサーが握る剣は、魔装というかもはや神装といった感じなので予備は必要ないと言うかあれの予備になるようなもんは存在しないと言うかそんな世界の武器である。

なんならメンテナンスすら必要ねえからなあれ。


まあそういうのは例外としても、器用貧乏な自分には手札が沢山ある方が便利ってだけの話なんだけどさ。

あと気分で持ち替えるのを楽しんでる部分もあるけど。


「金持ちの道楽ですね」

「全部実用してるんだから道楽ではないよぅ」

「そんなに持ってるならこのあと外に依頼をしに行きましょうか、兄さん」

「それはやだ」


俺がサクッと断ると、不満そうなルナが無言で足を踏んでくる。

これも彼女なりの愛情表現だろうか。

犬が甘噛してくる的なね?


「ほらよ」


そんなこととは無関係にゴードンさんの仕事は進み、俺が取り出した最後の一本の短剣がピカピカになって手渡された。

うん、やっぱりきれいに研がれてる、気がする。

まあ俺にはそんな見事にメンテナンスされても必要な機会は殆どないんだけど。


「ルナ、これ使う?」


なんとなく俺がその短剣を渡すと、ルナは握りを確かめながら聞いてくる。


「これ貴重品なのでは?」


まあうん、見た目からして高級品って気配が漂ってるしね。

装飾は細かいし、金属も普通の光かたとは違って特殊な素材を用いられているのが分かる。

魔力も感じるから、魔装でもあることもわかるし。


「一億ルミナくらい」

「いちっ……!」


ルナがマジ驚きの表情。

かなりレアである。

愕然、といったほどに表情が動いてはいないけれど、いつもの氷のような顔と比べたらかなり驚いている。

いつもの表情もあれはあれで好きだけど。


「まあ嘘だけどね」


同時にしゅっと振るわれた短剣をぎりぎりで避けた。


「うおっ、あぶなっ」


避けなきゃ頭と胴がサヨウナラしてたぞ。


「これが本当に1億ルミナの切れ味か、兄さんで試させてください」

「いやだよ、せめて治癒師は呼んできてからにしろ!」

「兄さんが自分で治せばいいじゃないですか」

「首が飛んで自分で治せるかい!」

「じゃあ腕か脚でいいですよ」

「そういう問題じゃねえ!」


宣言通りに腕を狙ってくるルナから避ける俺。

そんな二人は仲良くゴードンさんに怒られた。




「それじゃああとはお願いします。また明日の朝うちの職員の人が取りに来るので」

「ああ、任せとけ。多分飲んで寝てるから勝手に持ってていいぞ」

「伝えときます」


挨拶をして店を出る。


「ルナ、このあとの予定は?」

「兄さんとお仕事ですかね」

「行かないよ?」


っていうかもう夕方だよ。

なんなら冬なら余裕で日没してる時間である。


「外で一泊野営して帰ってくればいいじゃないですか」

「そこまで仕事する必要もないでしょ」


やろうと思えばできるし、むしろ依頼の難易度が上がるほど外でお泊りする頻度も上がるんだけど、それはそれとして今の俺には必要ない仕事だ。


「ソフィーさんとは外で仕事していたようですが」

「あれは本人の実力を見るためだし、獲物も雑魚だったからな」

「私も兄さんが苦しむのが見られれば獲物は何でもいいですが」

「だから苦労をしたくないって言ってるでしょうが」


なんて俺の正論にルナは不満そうな表情を見せる。


「……、ふう。今日は無理だからまた今度な」

「いいんですか?」

「ルナがどうしてもって頼むからな」

「言ってませんけど」

「心の声が聞こえたんだよ」

「気の所為ですね」


俺の返事に、ルナはそっけない返事をしつつ、満更じゃない顔をする。

ちょっとめんどくさいけど、そんなルナにお願いされたらつい応えたくなる俺なのだった。


「じゃあ仕事は何泊にしましょうか」

「日帰りだよ!?」


流石にそこまで余裕はない。


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