034.未来へのナンパ

今日は休日。

いつものように出会いを求めて街中を散策している。


ソフィーに付き合わないのかって?

予定が開けられる日と休日は別なのよ。

今日休日? なら同僚と依頼をこなしてね。ってそれただの平日じゃねーかってみんなも思うでしょ?


ソフィーのことは嫌いじゃないけどそれはそれ、これはこれ。

ということで今日も素敵な女性との出会いを求めて街中を歩いていたんだけど、広い路地の片隅に泣いている小さな女の子が一人。

いかにも迷子といった様子で泣いているその子を、周りの人間は声をかけようともしない。


なんて薄情な奴らなんだ。

まあ俺も自主的に人助けしようと思うたちでもないわけなんだが。

とはいえここでスルーしたのを目撃されたら女性にモテなそうだなあ……、なんて思いつつ膝を折る。


「こんにちは。そんなに泣いてどうしたの?」

「ええぇぇぇん!」


もう帰っても良いかな?

クソッ、こういうのはベイオウルフみたいなイケメンの仕事だろ! なんであいついねえんだよ!(八つ当たり)


「ふう……」


なんてこのまま見ててもしょうがないし、それに客観的に見て俺が悪いみたいに見えるからどうにかしよう。

こういうのは得意じゃないんだけど……。

指をパチンと鳴らして。


「 【水球】 」

唱えて、複数の水玉を出す。


「 【色づけ】 」

その水球が色とりどりに染まる。


「 【光れ】 」

それぞれ色づいたピカピカと光る。


「 【鳴れ】 」

ポンポンポン音程を変えて、それぞれの球が鳴る。


「 【回れ】 」

そのまま空中で光りながら鳴る水球がくるくると回る。


「あと、【香れ】 」

ふんわりと、甘い匂いが漂った。


赤や黄色や緑にピカピカと光りながら、ポンポンと鳴るそれはすぐに子どもの視線を引き寄せた。

やはり子どもにはこれが効く。

光って鳴るのが嫌いな子どもなんていませんからね。


ポンポンポンビーンチンチンジャーンジャーン。

そのまま気付けば泣き止んでいた女の子が指を伸ばすと、触れた水球がポポンと鳴ってその子は水球を楽しそうにつつき始める。

指が濡れるけど、まあいいか。


そして頃合いを見て、もう一度挨拶する。


「こんにちは」

「これお兄ちゃんがやったのー?」

「そうだよ。ほら」


俺が指をくるくると回すと、それに従うように水球も回る。


「わー」


まあそれはいいとして。


「お名前は?」

「ミミ!」

「ミミちゃん。お母さんは近くにいる?」


聞くと、その子の顔が曇った。


「おかあさん、どっか行っちゃったの……」

「なるほど。それじゃあお母さんの髪は何色?」

「ミミと同じ!」

「わかった、茶色ね」


簡単な質問から、目的の人物の容姿を聞き出してその姿をイメージする。


「それじゃあ、ちょっと待っててね」


言って腰を上げてから、魔力を込めた。


「 【浮遊】 」


唱えるとふわっと体が浮かぶ。

そのまま近くの建物の天井くらいの高さまで上がると、周りを見渡すことができた。

当然周囲の視線も集まるけど、まあ人探しをするなら顔がこっちを向いてた方がわかりやすくはある。

目立って恥ずかしいっていう気持ちを除けばね。


ともあれ。

んー、それらしい人影は見当たらないかな。

子どもを探してる母親らしき人間なら、周囲からアホほど浮いてる人間がいれば自分から近寄って来そうだし。


これは探し回らないとダメそうだ。

それからとん、と地面に着地すると、ミミちゃんがこちらを見上げて嬉しそうに言う。


「お兄ちゃん、あたしもそれやってー!」

「んー」


まあそれが手っ取り早いか。


「それじゃあお兄ちゃんの手を離しちゃだめだからね。約束できる?」

「うん!」


言いながら手を繋いで、(これここだけ見たら誘拐現場みたいだなあ)なんて思いながら素早く次の行動に移す。


「 【浮遊】 」

「わー!」


喜ぶミミちゃん。

流石に昼間に空を飛んでる誘拐犯もおらんだろ、という打算もあるけどまあよかった。

そのまま手を繋いだまま、ふわふわと路地を順番に巡回していく。


ちなみに都市内での魔術の使用は衛兵に見つかったら注意されたりするけれど、今回は人助けだしいいでしょ。

文句があるならあとは任せた論法も使えるし。

しかし見当たらんなー。


ここで【迷子のミミちゃんのお母さーん!】って叫んだら間違いなく解決するけれど、それは流石に恥ずかしいので最終手段にしておきたい気持ち。

まあミミちゃんも楽しそうだし。

なんて思っていると、ちょっと遠くでこちらを見上げる茶髪の女性が見えた。


「おかあさん!」

「ミミー!」


見つけてそのまま飛んでいこうとするミミちゃんの腕を引っ張って、そのまま走ってくるお母さんの眼の前に二人で降りた。


「本当にありがとうございました」


頭を下げるミミちゃんのお母さん。

思ったよりも若くて、身長は低めだけど美人さんである。

あと彼女の顔はどこかで見たことあるような……。


気の所為かな。

しかしこれで子持ちじゃなければナンパしてたのに……。


そもそも今日はナンパのために街をぶらついていたんだという本懐を思い出してしまった。

流石にここでワンチャンに賭けて実は未亡人ですかなんて聞いたりできないしなあ。

まあでも、丸く収まったんだしいいか。


「お兄ちゃん、またお空を飛ぶのやってくれるー?」


今はお母さんと手を繋いだミミちゃんがそう聞いてくるのでしゃがんで答える。


「そうだなー、君がもう少し大きくなってまた会うことがあったらやってあげる」

「大きくって、どれくらい?」

「背がママの肩くらいまで伸びたら、かな」

「わかった! 約束ね!」

「うんうん、約束ね」


彼女は今十歳くらいだろうか。

あと五年くらいしたら恋愛対象に入るかもしれない。


ママは美人さんだし本人の素材も良いから、あと数年したら素敵なレディになっているという未来に期待もできるかな。

なおその時は俺も同じだけ歳を取っているという事実は無視することにする。


「ばいばーい!」


手を振る少女に俺も手を振り返しながら、数年越しの再開を祈るのだった。


……。

…………。

………………。

よし、じゃあナンパ続けるか。

俺のモテたい心は多少の寄り道では曲がらないのだ。




「あっ」


顔を合わせて声を上げたのは、散策中に偶然会った女性。

彼女の名前は知らないけれどその顔には見覚えがあった。


「こんにちは」

「こんにちは。あの時はありがとうございました」


その女性は靴擦れを起こして休んでいたところを助けて差し上げた方。

一人称が僕なわりには所作は女性らしく言葉遣いも丁寧な彼女である。

まあ彼女(仮)なんだけど。


顔もかわいくて、今日は前回よりも女性らしいワンピース姿もよく似合っている。

まあ彼女(以下略)。


「今日も素敵な装いですね。靴もよくお似合いですよ」


丁度彼女の履いている靴は、前回一緒に買い求めたものであった。

気に入ってもらえたならなによりだ。

別に俺が金出したわけじゃないが。


「ありがとうございます」


少し恥ずかしそうにはにかむその笑顔は、思わずきゅんとしてしまいそうな素敵な表情。


「それでその、良ければこの前のお礼をさせていただけませんか?」


ためらい気味にそう言う彼女の仕草も、守ってあげたくなるような女性らしさがあった。

とはいえ少しだけ考える。

今日はナンパが目的だったから、彼女がもし彼なら普通に断る。


しかし俺は彼女を彼女だと決めていたのだった。

ならここで断るのは嘘つきになってしまう。

なら、行くしかなかろう。




「それじゃあユーリさんは冒険者をしているんですね」


近くのカフェでお茶をしながら彼女と歓談する。


「僕、冒険者の人とちゃんとお話しするのって初めてです」

「街の中で暮らしていたらそうかもしれませんね」


仕事を頼むにもギルドに依頼を持っていくだけで済むし、仕事で積極的に関わるという人間もそう多くはないだろう。

酒場、飯屋、宿屋に商店なんかもあるけれど、王都にはそれ以外の職で働いている人の方がずっと多いし。

それに冒険者には乱暴な人間も少なくないし、一般的にあまり積極的に関わりたい職業の人間でもない。


「でもユーリさんは優しそうな人であんまり冒険者に見えないです」


それは優しそうなんじゃなくて覇気がないんだと思うな。


「案外俺も悪い人間かもしれませんよ」

「ふふっ、どんな風にですか?」

「そうですね、騙して連れて帰ろうとしてるかも」

「僕はユーリさんに助けてもらったので、その分ちょっとなら騙されてもいいですよ」


そんな冗談を言いながらニコっと笑う姿はとてもかわいらしい。


「まあ俺は悪い人間じゃないので、騙したりはしませんけどね」

「そうなんですか?」

「そうなんです」


「そういえば、あの時靴を買ってもらったお店の前をまた通ることがあったんですけど」

「はい」

「あのお店、やっぱりもっと高くなかったですか?」

「そんなことありませんよ」

「本当ですか?」

「本当です」

「騙してませんか?」

「騙してませんよ」

「そうですか」


「ええ。もし信じられないようでしたらあのお店の靴を全部プレゼントしてもいいですよ」

「それは貰っても履ききれないので、信じることにしますね」

「ならよかったです」


互いにそんなゆったりとした会話を楽しんで、ふふふと笑い合う。


「それに、僕にはこの一足だけで十分ですから」


あの時買ったその靴に、嬉しそうにそんな言葉で言われると、ちょっとだけくすぐったい。




「僕が出すつもりだったのに……」


無念そうに彼女が言うのは、先ほどのお茶の代金である。

彼女の言い分では、今日はお礼なのだから僕が出すのが当たり前と。

俺の言い分では、デートで女性にお金を出させるのはあり得ないと。


どちらも道理である。

そして意見が対立した結果、俺がフィジカルの差でさっさと会計を済ませてしまったので勝敗は決した。

これほど冒険者をやっていて良かったと思ったことはないかもしれない。嘘だけど。


「楽しい時間を過ごさせてもらったお礼ですよ」

「なら僕も楽しかったです」


そんな風に言われると両想いみたいで嬉しくなっちゃうんだけど。

ともあれ楽しい時間はすぐに過ぎてしまうもので、まもなく彼女の家が目の前に見えてきた。

前回も送ったそのいえのまえには、見覚えのある女の子。


「お姉ちゃん!」


駆け寄ってきたのは、さっき迷子を助けた女の子だった。

なんて奇遇な、なんて思うよりもいまは大事なことがある。


いまお姉ちゃんって言った?

いまお姉ちゃんって言った!

本当に彼女だったんだ!


そういえば二人とも(あと母親も含めて三人とも)同じ茶色の髪だわ。


「お兄ちゃん!」

そのままミミちゃんは俺に抱きついてくる。


「さっきぶり、ミミちゃん」

「さっきぶりー!」


「二人とも知り合いだったんですか?」

「実はかくかくしかしがで――」

「そうだったんですね。妹共々お世話になりました」

「いえいえ」


そんなこんなでミミちゃんの頭を撫でながら、お姉さんに夕食をぜひというお誘いは丁重にお断りさせてもらって、そのまま帰る流れになる。

なら最後に、と彼女は丁寧にお辞儀をしてこちらを向いた。

その姿はとても可憐で。


「僕、モモって言います。またお会いできたら今度こそ、お礼をさせてくれますか?」

「ええ、喜んで」


あぁ、名前聞けばもっと早くわかったのか。

なんて本当に今更ながら気付いたのだった。




とはいえ。

これは、ナンパ大成功と言えるのではないだろうか。

ナンパ大成功しちまったなあ!

モテモテで困っちまうぜ!


なお、そのあとはそのまま帰った。

彼女とまた会える日を信じて……!

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