028.あっちから見ると
「こんにちは、マスター」
「いらっしゃいませ、ユーリさん。活躍は聞いていますよ」
「ありがとマスター」
挨拶をしてカウンターに座る。
今日は貰った4億で豪遊するために行きつけの酒場に来ていた。
4億あれば店の一番高い酒でも買えるぜ。
4億サイコー!なんて話は一旦置いておいて。
「そういえばプレゼント作戦はわりと有効な感じだったよ。結果は出なかったけど」
「左様ですか」
まあ結果が出なかったのもマスターは悪くないけど。
俺がモテないのが悪い。
「そう、聞いてよマスター」
「どうなさいました?」
「一応俺、王都を守ったってことになってるじゃん?」
「そうですね」
「なのに未だに全然モテる気配がないんだけど、ナンデ?」
「それは……」
護国の英雄なんてモテる要素しかないはずなんだが?という俺の疑問に、マスターはなにやら言いづらそうに言葉を濁す。
こんなマスターは珍しいと思っていると、これまた珍しく、俺の隣の席に女性が座った。
「こんにちはー! 隣いいですか?」
「ええ、どうぞ」
見ると若くてお洒落な女性。
歳は20歳よりちょっと上だろうか。
動きやすく、かつ急所を守る防具を供えた格好を見るに同業の冒険者だろうか。
「あっ、あなたもしかして……、≪星の導き≫のクランマスターですか……?」
「ええ、そうです」
ドヤァ。
同業者、かつ顔も売れてるとかもうモテる気配しかしねぇなぁ!
いやー、来ちまったな、モテ期。なんて思っていると、彼女は急に席を立つ。
「ひっ、失礼します!」
「えぇ……?」
ナンデ?
逃げるように、店を出ていく女性。
完全に予想外の悲しい事態に、マスターは言いづらそうに、その答えを教えてくれる。
「実はユーリさん。どうも今回の討伐の様子を見た冒険者の中から、ユーリさんと話すと呪われる、と一部で噂になっているようです」
「そんな」
部分的に事実だから否定しづれえ。
「あとドラゴン討伐に参加しなかったのに分前はしっかり受け取ったとか」
それは完全に事実だよチクショウ!
ということはあれか、冒険者の中で俺の評判は地の底ということなのか。
そんなことってある?
「はー、つら」
これで俺のモテへの道は確実に遠ざかってしまった。
まあいいか、4億あるし。
俺4億貰ったし、と思えばしばらくは自分を慰められるわ。
▲▼△▽
店を出て、私はたまらず裏路地に入り嗚咽を漏らす。
「オェッ……」
腰を折り、吐瀉物が路地にぶちまけられ、胃が痙攣する。
さっきの……。
酒場のカウンターで偶然隣り合った席の男、≪星の導き≫クランマスターの顔を思い出すと再び吐き気が込み上げてきて、もう一度地面を汚した。
気付けば目からは涙があふれている。
これはそう、恐怖心。
自分の生命の危機に対する、根源的な恐怖。
あの時……。
思い出したくない記憶だが、忘れられない記憶。
それを私は思い出していた。
時は遡り、飛竜が王都を襲来した頃。
私は王都の防衛に備えるために、他の冒険者たちと並んで城壁の上に立っていた。
「あれは……?」
畑を爆走する人間を見て、私が発した疑問に同じクランの先輩が教えてくれる。
「なんだお前、初めてか? あれは≪星の導き≫の”四柱”だ」
「あれが噂の」
この国の冒険者なら知らない者はいない人の到達点、ランク10の冒険者。
邪竜すら屠ったと言われるあのパーティーなら、確かに最前線に単独パーティーで投入されるのも納得がいく。
「でも、五人いるみたいですけど」
眼下の遥か遠く城門の先で、堂々と駆ける影は四つ。
もう一つは担がれてなにやら暴れているようにも見えた。
「五人目は、あそこのクラマスだな」
「≪星の導き≫の? 戦えるんですか?」
≪星の導き≫のクランマスターのランクは6だったか。
その数字は低くはなく、当然相応の戦闘能力もあるのだろうけれど、あの場に相応しい戦力なのかと考えると疑問が浮かぶ。
そんな私の様子を見た先輩は、納得したように、しかし言い聞かせるように答えた。
「むしろ、単独で突出したのはあいつが理由だ。気を抜かずに、よく見ておけ」
「あの人が……?」
ちょうど敵の鼻先に到着し、間もなく戦闘開始というところで見てもまだ信じがたい。
なんというか、強者の風格が全くないのだ。
例えば他の四柱の人たちはヒーラーもいる。
個人の戦闘力ではそれより下のランクの前衛より劣るかもしれない。
でも彼女には、絶対の立ち振舞いが見えた。
あれが英雄の器というものなのだろう。
ただ一人、その四人の後ろに立つクランマスターにはそれがない。
「来るぞ……」
「来るって、なにが……?」
疑問に思うと同時に、あのクランマスターが指を鳴らすような仕草が見えた。
パチン、と指の音が聞こえたのは気のせいだろう。
ただし、次の言葉は気のせいではない。
『 【死ね】 』
聞こえるはずのない距離で、だけれど微かに声が響き、確かに誰が言ったのかが伝わってくる。
同時に、胸の中をぐちゃぐちゃに掻き回されるような不快な感触。
自分が本当に地面に立っているのかも怪しくなって、上手く息が吸えない。
いつの間にか、目から涙が流れていた。
先輩がさっき言っていた言葉の意味を理解する。
彼らが突出したのは四柱が卓越した実力を持っているからではない。
あのクランマスターの力に他の冒険者たちを巻き込まないためだ。
戦闘では、こうはならない。
討伐でも、こうはならない。
殺戮でも、こうはならない。
狂気に満ちた、現実とは思えない、地獄がそのまま目の前に呼び出されたと言われた方がまだ信じられる。
とても人の手で起こされた事象とは思えない、思いたくない。
そんな狂宴が目の前にで繰り広げられていた。
ゴブリンは自身の首に剣を突き立てる。
オーガは隣のオーガと互いに頭を割り合った。
魔狼は互いの喉笛を喰い千切る。
鳥型の魔獣は全力で加速しながら地面へと頭を叩きつける。
血飛沫が舞い、肉塊の山が出来上がる。
周囲を見ると、私のように体調を崩している者だけでなく、四つん這いになって嘔吐している者までいる。
それでもランクの高い、実力のある冒険者たちは問題なくそれを眺めていたが。
経験の差か、魔力の差か。
腕の立つ人間ほど平気なら防衛戦力に対する影響は軽微だろう。
私だって、気分が悪くなったとはいえ戦闘になれば戦える。
だけど、それは本当に必要なんだろうか。
少しの時間が経ち、その疑問に答えを得る。
結果として、魔物のほぼ全てが自滅、味方の損害は皆無。
戦果としては最上で、戦況としては圧倒的有利。
味方としてはこれほど心強い戦力はない。
だけれどそれを素直に喜ぶことは出来なかった。
あの人はなにも悪くないと頭ではわかっている、はずなのだけど。
「どうしてあの人が、ランク6なんですか……?」
「ランクの認定には、同等のランク以上の魔物が討伐出来る実力が要求されるからな。あれは万能に見えて同格以上の相手には効かねえんだよ。あと単純にあれと同等の戦果を出すだけなら魔術師でも出来る。ただ方法と過程が異質なだけでな」
『だけ』と言われても納得はし難い。
しかし理屈はわかる。
だからこそ余計に、人外の領域に到達せずに人外のような現象を起こすあの人物が受け入れ難かった。
四柱が動き出し、正面上空に居座っていた竜との戦闘を始める。
たしかに、戦闘力という点では彼らの方がずっと強力なのだろう。
だけれど私は、残されたあのクランマスターから目を離すことが出来なかった。
時は戻り。
あの時のことを思い出して、再び吐き気を催す。
本人を前にして、やはり私はその本能的な恐怖を抑えることが出来なかった。
人相は悪くない。
きっと人柄も悪くはないのだろう。
それでも、悪意を持って避けるのではなく、畏怖を持って近近付けない。
私にとって彼はそんな存在になっていた。
あの時、あの光景を見た冒険者のいくらかも、きっと同じ思いを抱いている。
だから冒険者の、特に若手の中では、『«星の導き»のクランマスターと話すと呪われる』。
そんな噂がまことしやかに流れていた。
△▽▲▼
「よう、王都を守った英雄様じゃねえか」
俺がカウンターでやけ酒していると急に左右から挟み撃ちでうざ絡みされる。
その相手は予想通り、モテないブラザーズ(兄弟じゃありません)のジョンとサムだった。
「なんだ、ジョンとサムか」
「なんだとはひでえな、せっかくお祝いしてやろうと思ったのに」
「からかいに来たの間違いだろ?」
もう顔が笑ってるし。
「ボブは?」
「ゴブリン狩りに行ってる」
「よく働くなあ、あいつは」
王都が襲撃されかけた昨日の今日なのに勤勉なやつだ。
見習いたくはない。
「それに比べてユーリ様はドラゴン討伐の報酬でウハウハなんだろ?」
「なんでそれを知ってるんだよ」
「それは企業秘密」
「わりとみんな知ってるけどな」
噂になってるってマスターが言ってたけどマジなんかい。
「つーか俺は金よりもモテたいんだっつーの」
「あー聞いたぜ、ユーリと話すと呪われるって噂になってるんだって?」
「くくく、珍しく活躍したのに災難だったなあ」
「ちくしょう、もう二度と人前で仕事なんてしねえからな」
「まあそう言うなよ、お前のおかげでスムーズに解決できたんだからよ」
「そのお陰でお前はモテなくなったんだけどな! がはは!」
「うるせえ! お前らも呪うぞコラ!」
「おいバカそれはやめろ!」
「これが一生彼女が出来ない呪いじゃい!」
「やめろー!」
「皆様、お静かに」
「あ、はい。ごめんなさい」「すいませんでした」「許してください」
マスターに注意されて俺たちはみんな揃って頭を下げる。
昼間から騒いで本当にすみませんでした。
「つーかお前はバーバラがいるだろ? 一緒に風呂に入って寝た」
「あー、うん。いるね、今は」
もうすぐ居なくなるけど。
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