027.ドラゴンが来た!

「ダンジョンに、ドラゴンが現れました」


リリアーナさんの言葉に、まず事実を確認する。


「うちのメンバーに被害は?」

「それはありません。全員退避が完了したのを確認してあります」

「ならよかった」


じゃああとは、ユリウスたちが出ていってぱぱっとやって終わりだ。

特に心配するようなことはない。


「それに伴って、ドラゴンはダンジョンから出てこの王都へと進行。ユリウスさんたちと、クラマスに協力要請が来ています」

「えーぇ?」




ドラゴン。

それは最強の魔物。

脅威度のランクは幼体でも8。

成体ならランク9は下らないだろう。

中には高度な知性を持ち、人語を解する者もいるとか。


当然、それらを討伐するには、冒険者も相応のランクの人間を用意しなくてはいけない。

何物をも貫く牙、圧倒的な強度を誇る鱗、全てを焼き尽くすブレス。

文句無しの最強種である。


飛竜に地竜、火竜に氷竜に土竜なんて分類もあったりするけれど、総じて雲の上のお話。

当然、中途半端な実力の冒険者がその場にいても、邪魔にしかならないのだが……。




「ぐえっ」


激しい上下移動に思わず潰れたカエルのような声が漏れる。

俺は今ユリウスに担がれて、王都を出たところの畑を爆走していた。

走ってるのは俺じゃないけど。


その場にいるのは当クランが誇るランク10、ユリウス・アーサー・フレイヤ・マリアの四人と俺。

風を切る速さは速度に優れる四足の魔獣よりもさらに速く、超人たちの世界を体感させてくれる。

俺だけ常人だから運ばれてる負荷だけで吐きそうなんだけどねえ。


一人だけ場違い感がすごい。

そんな状況は王都の城壁が随分遠くに見えるところまで続き、突然に停止する。


「ぐえっ」


肩から地面に降ろされた俺は尻餅をついて再びうめき声をあげた。


「着いたぞ、ユーリ」

「降ろすならもっと優しく降ろしてよ」

「この程度で着地できないお前が悪い」


まあそりゃ真っ当な冒険者ならこれくらい普通に足で着地するんだろうけど。

この辺は心構えの問題かな。

まあ昔の無茶したあれこれに比べれば、ポイ捨てされて尻餅をつくくらい穏当な展開だけどさ。


それはともあれ。


「ほんとに魔物が沢山だねえ」


うちのクランメンバーに被害が出てなくて良かったよ、ほんとに。

正面奥、かなり先にはひと際大きな飛竜、ドラゴンが空で羽ばたいている。

そしてその下には小型のあんまり強くない魔物が盛りだくさん。


どちらもダンジョンから出てきたものだろう。

まああの小型の魔物たちが、人間を侵攻するために進んでいるのか、それともドラゴンから逃げるように進んでいるのかはわからないんだけどさ。

どっちにしても、このままならさほど時間もかかることなく俺たちの目の前に到着し、そのまま王都の城壁に殺到するだろう。


「というわけで、ユーリの出番だ」

「はいはい」


言いながらよいしょと立ち上がって前を見る。

上のドラゴンはともかく、下の雑魚はこのまま王都に殺到しても大した問題はない。

街の冒険者が対処すれば問題なく殲滅できるだろう。


とはいえ、なるべくなら前で止めたい、さらに言うなら周辺の農耕地になるべく戦場を広げないでほしいというのが今回のオーダーだ。

まあこの辺の農作物が全部ダメになったら大変だからね。


ご飯は大事だよ。

既に魔物が踏み荒らしている範囲はダメだろうけど、それでも被害を広げないために仕事をしますか。

雑魚ばっかりだから丁度いい、というか雑魚ばっかりだから俺が選ばれたんだけど。


むしろなんであんな中にドラゴンが混ざってんだよ、なんて疑問の答えはたぶん現状では誰にもわからないので後回し。

やる気を出して、腹筋に力を入れる。

魔力を練って、指をパチンと鳴らし、言葉を紡ぐ。


「【死ね】」


そのシンプルな言葉で魔物たちの動きが止まる。

そして各々自分で命を絶ち始めた。


これが俺の能力。


言葉に力を乗せて、それを相手に従わせる。

格下には無類の力を誇る『呪言』だ。


ちなみに今回は対象が山盛りなので広範囲で無差別に言葉を放ったけど、ランク10のユリウスたちには微塵も効かないので問題ない。

当然格上のドラゴンにも効かない。


この力で俺はランク6まで高速で上がり、そしてそれ以上のランクを目指すのを諦めた。

まあそんな器用貧乏な能力でも、こんな場面ではとても便利なんだけど。


とはいえ、もちろん上空を飛ぶドラゴンには全く効果がなく、反応した様子もなく順当にこちらへ距離を詰めている。

ちなみにアレとの戦闘に巻き込まれたら俺は余波だけで余裕で死ねる。マジ無理。

ということで俺が死なないためにも、みんなには頑張ってもらおう。


「下の方は見た限り、全部片付いて問題なさそうかな」

「ならあとは俺たちの仕事か」

「じゃああとはよろしくね」

「おう」


臨戦態勢に入る四人。

もうあとは瞬きする間もなく戦闘領域に突入する。

だから最後に一言だけ。


「【がんばれ】」


「おう!」「任せてください」「行ってきますね」「アンタ、死にたくなかったらそこから動くんじゃないわよ」


近くの地面が爆ぜ、四人の駆けた余波が俺の髪を激しく乱す。

もう俺にできることはない。

それでもあの四人を心配することはない。

結果は見えてるから。


むしろ俺の仕事は終わったんだから退避したいなあ、なんて思いつつ、ついいまさっきも言われたように逆にこの場所から離れるとユリウスたちの戦闘の余波が飛んできたときに普通に死ぬなあと思ってそれを諦める。

最強種vs超人たちのバトルはすぐさま最高潮に達し、余波だけで腹の底にびりびりと振動が響く。


きっと、ここに一人残って立ちつくている俺の姿は、客観的に見ればとても間抜けに見えるだろう。

正直三角座りでもしてたい気分だけど、見ている人間もいるんだから流石にそうはできない。

……、しょうがないからせめて格好をつけて仁王立ちでもしておこうかな。


遠く城壁をさりげなく振り返ると、その上には魔物に備える冒険者たちの姿が見えた。


(ここで手でも振ったら人気者になれたりしないかなあ)






「こちらが今回の仕事の報告書です」

「お疲れ様、リリアーナさん」


ドラゴンを倒した(俺が倒したわけじゃないけど)その翌日、リリアーナさんがまとめてくれた報告書を受け取ってそれに目を通す。


「ああそうだ、これお土産」

「なんですか?」

「ドラゴンの牙」

「……、横領ですか?」

「やだなあ。ちゃんとみんなには確認取ったよ」


小さい欠片だし。具体的に言うと人間の指の爪くらい。


「それで、なぜこれを私に?」

「かわいいかなと思って、小さいし」

「かわいい要素は見当たりませんね。まあ受け取っておきますが」


今回のプレゼントはイマイチ不評の様子。

まあ逆転の策はあるから大丈夫だ。


さて、昨日のお仕事は、と書類を確認。

人的被害はゼロ。報酬は冒険者ギルドからの依頼料と、討伐した魔物の素材の売却額である。

まあ査定自体はまだ仮だけど、ドラゴンの素材は流石の金額。


牙から鱗から翼から、捨てるところがないくらいに全てが金になるまさに宝石箱だ。

しかも今回は、王都の目の前で死んでくれたおかげで素材を運ぶのがとても楽なのも素晴らしい。

ギルドからの報酬は緊急性があったのも含めて高めに出してくれていて、その額なんと20億ルミナ。


ユリウスたちと5人で等分して、一人きっかり4億ルミナだ。

お前はなにもしてないだろって?

でもドラングさんが俺を指名してくれたおかげで、明確に依頼の人員に名前が入ってるんだからしょうがないよなあ!


ドラングさんマジ感謝。

まあ流石にドラゴンの素材の分け前は貰わないけど。

あと依頼の報酬と素材の売却益はその一部がクランの金庫に入るんだけど、そのクランの利益から一部が俺の給料になるから合計すると俺個人の儲けが一番多かったりする。


やっぱり何もしなくても儲かる仕組みを作ったやつが一番強いんだなって、偉い人が言ってたけどその通りだわ。


「あと今回の功績に対して、王城で祝典が行われるので参列してください」

「ま、四人はそういう場も慣れてるから大丈夫でしょ」


流石ランク10だけあって、ユリウスたちは表彰されるのには慣れているので問題ない。

なんならもっとヤバい事態を解決したこともあったしね。


「クラマスも出るんですよ?」

「えっ、嫌だけど……」

「クランの代表で今回の討伐の参加者なんですから当たり前でしょう」

「だって俺雑魚狩りしただけだし」

「そういうことは招待してきた王城の人に言ってください。……、本当に言わないでくださいよ、問題になりますよ?」

「えー」


不参加の手紙でも書こうかと思ったのにだめらしい。


「リリアーナさんも付いてきてくれる?」

「ふう、しょうがないですね。一緒に行くだけですよ」

「なら頑張るかあ」


リリアーナさんのドレス姿が見られるなら、諦めて行こう。

王城行きの本気の本気のドレス、今から楽しみだ。

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