025.うさぎとうま
「ごきげんよう、ユーリ様」
「こんにちは、アストラエア様。本日はお招きいただき感謝いたします」
ここは豪華な馬車の中。
対面にはこの国の第三王女、アストラエア様が座っている。
「私のことはお気になさらずに」
あとその隣には女性の騎士様が座ってる。
気にするなって言ってるわりに威圧感が凄いんだけど。
明らかに腕前も俺より上だし。
この人が本気になったら一瞬で首が落とされる自信があるね。
顔は美人なのになあ。
表情が怖い。
まあ今日のお相手はお姫様だから気にしないけど。
そう、今日ここにいるのはプライベートではなく、王都の外に出る彼女の護衛だからなのだ。
冒険者ギルドを通したれっきとした依頼であり、俺の冒険者として久し振りのお仕事でもある。
実際には戦力じゃなくて話し相手としての招待なんだけど。
王女殿下の護衛なんて俺のランクに来る仕事じゃないしね。
万全を求めるならそれこそユリウスたちランク10の出番だし。
なので俺は気楽なものだ。
外にも騎士様たちが付いてきてるし何にも起きないでしょ。
ちなみに今日の目的は王都の外へ景色を見に行くこと。
気楽な話に見えるかもしれないけど、王女様の普段の苦労を想像すれば数少ない娯楽、なのかもしれない。
もしくは気分転換か。
というわけでコトコトと馬車に揺られながら、歓談を始める前に思い出したことがあった。
そうそう、今日は彼女に渡そうと思った物があるのだ。
ということで荷袋からゆっくりと箱を取り出す。
大きさはよく育ったスイカくらい。
「こちらを、よければお受け取りください」
「なんでしょう」
「端的に言えば贈り物ですね」
「……そうですか」
アストラエア様の顔が、ほんの少し陰ったのが見えた。
まあ理由は分かってるから問題ない。
「ぜひ開けてみてください」
「では……」
手渡しはそれは片手でも余裕で持てるくらいに軽く、彼女はそれを膝の上に置いて蓋を開けた。
「これは……、うさぎでしょうか」
「ええ、巷で流行っているぬいぐるみというモノだそうです。金額も、庶民でも買える程度の物ですけど。可愛らしいでしょう?」
「そうですね」
デフォルメされたうさぎのぬいぐるみは、耳が長く、つぶらな瞳で、表情は柔らかい。
あともふもふで手触りがいい。
貴族や王族に献上するようなものでは決してないが、若い女性には喜ばれそうなチョイスだ。
「よければお側に置いてやってください」
「はい」
応じるアストラエア様の表情は明るくて、プレゼントのチョイスは正解だったみたいだ。
「あと、名前をつけてあげるのが流行りだそうですよ」
「そうなのですね」
頷いたお姫様は真剣な顔で、少し考えこんで口を開いた。
「では、アリスと」
「良い名前ですね」
そしてもう一度、確かめるように『アリス』と呟いた彼女はどこか納得したようにそのぬいぐるみを撫でた。
まあ気に入ってもらえたのならなにより。
名前を付けるのが流行り、なんていう俺の嘘がバレたら首が寒いことになりそうだけど、まあ大丈夫でしょ、たぶん。
「ということで俺が月を両断すると、皆が驚いた表情を浮かべそれを見たんです」
「なるほど……!」
なんて話をしていると馬車が止まり、到着したのは王都からしばらく離れた場所。
これだけずっと座っててもお尻が痛くならないのは流石王家の馬車だと感心する俺は、外から開けられた扉をくぐって外へ出る。
「どうぞ、アストラエア様」
「ええ」
馬車の下から手を差し出して、王女様をエスコートする。
トントンと馬車を降りた彼女と共に前を向く。
そこには一面の花畑が広がっていた。
見渡す限り一面の白い絨毯は美しく、壮観な景色で思わず心が動かされる。
「ここは王家の直轄地なのです。この美しい光景を独占するのは心苦しいのですが、咲いている花が貴重な物なので保護の為にも立ち入りは禁止されています」
「そうなのですね」
確かに三枚の花弁を持つその花は他では見たことがない形をしている。
一本持って帰れないかな、とは流石に言えないけど。
「香りも良いですね」
「ええ、私のお気に入りです」
これはこれで香料にしたら需要ありそう、なんて感想は隠しておくとして。
「ユーリ様は冒険者として様々な土地に赴いた事があるとお聞きしました」
「そうですね」
「それらと比べて、この場所は如何ですか?」
「どちらも美しい光景ですよ」
そんな玉虫色の感想は、彼女の不評を買う可能性もあったけれど、引くことなく言葉を続ける。
「それに、アストラエア様と見たこの景色は他の誰と見たどんな景色とも比較するべきではないかと」
「お上手ですね」
「心からの本心ですよ。どちらが素晴らしいかと比べるよりも、どちらも素晴らしいと胸に感じられる方が人生は豊かになると思いますから」
「…………。たしかに、そうかもしれませんね」
ほんの少し、苦味を覚えたように彼女の顔が歪んだ。
「礼を失したことを聞きました。許してください」
「このような美しい光景を見せていただいたのですから、感謝こそすれ謝られるようなことはなにもありませんよ」
アストラエア様がこの場所を大切に思っている気持ちは十分に伝わってきたし。
「アストラエア様、紅茶の準備が整いました」
会話が一段落すると、後ろから女騎士様に声をかけられる。
振り返るとそこにはテーブルと椅子が設置してあった。
「ユーリ様もどうぞ」
アストラエア様に向かいの席を促される。
「よろしいのですか?」
「ええ、この場所の記憶を良いものとしていただきたいですから」
「それでは、失礼をして」
椅子に腰を下ろして力を抜くと、香りとともに気持ちいい風が頬を撫でる。
「良い景色ですね」
「夜になると月に照らされてそれもまた美しい光景を見ることが出来ますよ。ぜひ一度、ユーリ様にも見ていただきたいです」
なんて彼女の言葉に、騎士の人が腰を折って囁く。
「アストラエア様、本日は日が落ちる前に城に戻らないとなりません」
「どうにかなりませんか」
「申し訳ありません」
「そうですか……」
「でしたらまた、夜にこちらに赴く時にお誘いください。それまで、楽しみにしていますから」
「わかりました、ユーリ様」
なんて話は丸く?収まって、騎士様が入れてくれるおかわりの紅茶を飲みながら、俺とアストラエア様はしばらく歓談を楽しんだ。
「ふう……」
帰りの馬車の中、ふと息をついたアストラエア様の顔がどこか疲れている、ように見えた。
「お疲れですか?」
「そう見えましたか?」
「ええ、間違いでしたらご容赦ください」
「構いませんよ。少し気が緩んだのかもしれません。こちらこそ招待した身でありながら申し訳ないです」
「それこそお気になさらずに。アストラエア様の安寧が何よりも優先されるべきですから」
疲れてるならゆっくり休んでいただきたいのは本心。
わざわざ疲れてるのに相手をされるよりも、このままゆっくりしてもらってお仕事終わった方がすっきりするっていうのもあるけど。
まあとはいえ、疲れが漏れる程度には気苦労も多いんだろう。
せっかくなのでゆっくりしてもらおうかな。
「アストラエア様」
「なんでしょう?」
「よく休めるおまじないを知っているのでよければ試してみてもよろしいでしょうか?」
「まじない、ですか?」
「ええ、アストラエア様がよろしければ、ですが」
「そうですね……」
そこで言葉を切った彼女は少しだけ考えてから、隣の女騎士様を見て、もう一度こちらを見て、頷いた。
「それではお願いしてもよろしいですか」
「ええ、もちろん」
まあ大したことするわけでもないけど。
まず荷袋に手を入れて中から香料を取り出して、それを指パッチンの要領で擦り合わせるとリラックスできる香りが流れる。
「では目をつむって、力を抜いてください。あなたは今馬車の中ではなく、どこまでも続く草原で横になっています。風が心地よく、日差しは柔らかいので眠るにはピッタリです。少しずつ身体が深く沈んで、それと一緒に頭の中もスッキリしてきます。もう少しですよ、はい、おやすみなさい」
言ってスイッチを切り替えるように指を小さくてパチンと鳴らす。
お付きの人はすごーく胡散臭い目で見ているけれど、アストラエア様からは少しして寝息が聞こえてきた。
「これでお城に帰る頃には気分は軽くなってると思いますよ」
「まるで詐欺師のような手口ですね」
「知り合いにも、よく詐欺師が天職だろって言われます。まあそれでも、アストラエア様のお役に立てたなら十分かと」
「今のところはそうしておきましょう」
「感謝いたします」
ふひひ、下手したら打ち首だったから、内心ヒヤヒヤしたぜ。
「それでは、いつまでも淑女の寝姿を見ているのも品がありませんし私は外に出ていますね」
「わかりました」
「なにかあったら戸を叩きますので」
とだけ伝えて馬車を降りる。
「こんにちは」
「こんにちは。どうかなさいましたか、冒険者殿」
外に出て、馬車の近くにいた騎士の人に声をかける。
ちなみにあっちにベイオウルフもいたけどそれは華麗にスルー。
「特に用事というほどではないのですが、手が空きまして。いくつか質問しても?」
「私に答えられる範囲でしたら」
「なるほど、ではアストラエア様の城での立場などはどのようになっているのでしょう?」
「なぜそんなことを?」
「今日は護衛の任務ですから、襲撃される可能性はどれくらいあるのかと気になりまして」
今更だけどね。
「なるほど。アストラエア様は王位の継承権からは遠い立場ですから、この場で政争に巻き込まれる可能性は低いかと。もちろん、警護には油断なく当たっていますが」
「素晴らしいことですね。ちなみに刺客ではなく間諜などの可能性は?」
「なくはない、でしょうね」
「いたら捕まえてしまっても?」
「出来るのならば」
「なるほど。情報感謝します」
親切な騎士様にお礼を言ってその場を離れる。
「よう騎士サマ、ちょっとその馬貸してくれよ」
「相変わらず品がないね、キミは」
そして今度は挨拶代わりにベイオウルフに戯言を飛ばす。
前回からキャラがブレているのはそういうものである。
というかブレしかないしな。
「よいしょ」
「んで、どうしたの」
俺が彼の馬の上、ベイオウルフの真後ろに立って肩に手を置くと、周りの人間に聞こえない範囲でそう聞かれる。
「せっかくだし、もう一仕事しておこうかと思って」
「お、珍しくやる気だ」
「俺はいつでもやる気だぞ、特に綺麗な女性に良いところ見せる時はな」
「ご本人様は寝てるけどね」
「うっせ」
まあ彼女の心労が一つ減るなら、ちょっと骨を折るくらいはしてもいいだろう。
そしてなにも起きないと言ったな、あれは嘘だ。
なにも起きないなら、俺が起こすぜ。
ちなみに、時はほんの少しだけ遡って。
コンコン。
「なんでしょうか」
「少し音を出しますので、アストラエア様の御耳を塞いでいていただけますか。せっかくおやすみのところを起こしてしまうのも忍びないので」
「わかりました」
と準備は完了しているので問題ない。
「せーの、わっっっ!!!」
俺が大きく声を上げると、視界の端で微かに草むらが揺れるのが見えた。
ちなみに馬車は騒音も含めてこういうのはある程度防ぐように加工されているのでその点では安心だ。
「見つけた、あとはよろしく」
「まったく、人使いが荒いなあ」
「俺はアストラエア様の護衛だもん」
護衛だからこの場を離れない。
はい、証明完了。
「ま、道理ではあるけど」
俺がベイオウルフの背からひょいと飛び降りると、奴はそのまま馬を走らせて目標に向かう。
あっ、不審者が逃げ出した。
まあ徒歩で馬から逃げるのは難しいだろうけど。
騎士様の馬なら特にね。
ということで俺のお仕事は終了、ではなくむしろベイオウルフが減った分周囲を警戒しないといけない。
ちっ、使えねーなー、貴族様なら分身くらい使えねえのかよ。なんて酷いことは流石に言わないけど。
まあ王女様の為だしもうしばらく真面目に働きますかね。
なんて思いつつ、結局アストラエア様は王都に戻るまで目を覚まさなかったので、俺はずっと暇だった。
あとベイオウルフには文句を言っておいた。
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