020.離れられなくても困らないのが一番困ったことなのかもしれない

「いいお湯ねー」

「そうだなー」


広い男湯で二人きり、俺とバーバラが並んで湯船に浸かっている。

今日は特にいろいろあったので、お湯の温かさが身にしみるぜ。

隣にいるバーバラは一糸纏わぬ姿で、胸が湯船に浮いている。

ある意味眼福だなぁ。


「相変わらず、胸がデカいな」

「ユーリは昔からあたしの胸が好きね」

「バカ言うなよ、俺は胸なら大きさ関係なく好きだぞ」

「最低の発言だわ……」


そうかなー?


バーバラの肢体はとても扇情的な姿ではあるが、初めて見るわけではないのでことさらに騒いだりはしない。

魅力的ではあるんだけどね。

それに今さら手を出せるわけでもないし。


ちなみに今は貸切で、風呂の入り口には立ち入り禁止の札が立ててある。

風紀的にも、流石に他の人間と混浴はまずい。

一応他のクランメンバーに配慮して時間はかなり遅くしたので、迷惑にはなってないと思うけど。


時刻はもうすぐ日付が変わって一つ目の鐘が響く頃。

等間隔に一日八回鳴らされる鐘の一回目は丁度一日の終わりと始まりのタイミング、良い子も悪い子も寝る時間だ。


明日も仕事があるクランメンバーはもう寝てるだろうしそこは安心のはず。

だからまあここに人が来る心配はなく、だからこそ少しだけ緊張するんだけど。


「んー、眠くなってきたかも」


なんてバーバラの自由な発言。


「寝るなら部屋に戻ってからにしろよ」

「だめぇ?」

「だーめ。明日の朝大変なことになるからな」

「んんー、じゃあ諦めるしかないか」

「そうしてくれ」

「んじゃ、寝る前に髪洗っちゃいますか」

「はいよう」


互いの距離的に、バーバラが髪を洗うというなら俺も湯船から出ないといけない。

それにどうせ、手伝えって言われるしな。


「髪半分洗ってくれる?」

「はいはい」


シャワーの前に腰を下ろしたバーバラの後ろに立ってシャンプーを泡立てる為に手を重ねる。

まずバーバラの左手にシャンプーを出して、そこに俺が右手を合わせる。

泡立つように指を絡めて手のひらを擦り合わせると、なんだかとてもいやらしいことをしているような気になるんだが気の所為だろうか。

どろっとしたシャンプーをくちゃくちゃと音を立てて混ぜていると次第に泡が立って手が白く染まっていく。


「なんか変なこと考えてるでしょ」

「んなことないぞ」

「どーだか」

「それより早く髪洗おうぜ」

「はいはい」


俺が促すと、重ねていた手が離れて、それぞれ担当する髪の範囲をわしゃわしゃと指で洗っていく。

バーバラが左半分で俺が右半分。

こんな不思議な共同作業をしているのは、世界広しといえど俺たちくらいだろう。

ま、嫌いじゃないけど。


「耳にはシャンプー入らないようにねー」

「はいはい」


リクエスト通りに耳は避けて、横髪は持ち上げてから耳の上に引っ掛ける。

そうすると普段耳の形がよく見えてちょっとだけ得した気分だ。

バーバラはまぶたを閉じてるから目に入らないように気にする必要もないし。


「髪短いから洗いやすくていいな」

「ユーリは女の人の髪褒めるときも、洗いやすくてよさそうとか言いそうよね」

「若干否定できねえ」


そんな風に言ったことがない自信はなかった。


「もうちょっと気が利いたこと言えないとモテないわよー」

「実際モテてねえからなー」

「あはは」

「笑い事じゃないんだわ」


むしろ死活問題なんだよ。


「次は背中」

「はいはい」


今度は石鹸を泡立てて首筋から順に指をおろしていく。

肩、肩甲骨、背筋、背骨、腰ときて最後は尾てい骨。

バーバラの背中は外で肉体労働してるとは思えないくらい綺麗で、思わずつーっと指を滑らせたくなる。


「んっ……」

「くすぐったかったか?」

「ユーリが変な触り方するから」

「俺は普通に洗ってるだけなんだよなぁ」


どうせ普通に洗ってもくすぐったいだろうから、それならちょっとくらい変な触り方をしても誤差の範疇だろうなんて思ってたりもするけど。


「んんっ……、やっぱりユーリわざとやってるでしょ」

「気の所為だろ」

「ホントに?」

「ホントホント」

「ならいいけど……」


別にバーバラの珍しい反応が面白いなんて思ってないからな。


「じゃあ次は胸ね」

「はいは……、えっ!? いいの!!?」

「冗談に決まってるでしょ」

「チクショーめ!」

「ばーか」


楽しそうにけらけら笑ってるバーバラにいつか目にもの見せてやると心に誓う俺であった。

いつかね。


「んじゃ、交代」

「あいよー、よろしくな」


当然俺も自分は洗いづらいので、立ち位置を交代してバーバラに洗ってもらう。

まあ髪は女性ほど丁寧に手入れしてないし、さっと済ませて問題ないんだけど。


「こうやって目つぶってるの見ると思ったよりも無防備ねー」

「変なことすんなよ」

「変なことってー?」


言いながら、後ろで膝を折ったバーバラが俺の背中に体重をかける。

当然、背中には柔らかくてずっしりとしたものが当てられる。

数年前からデカかったけど、改めて確認すると別次元にデカくなってるなこいつ。


「胸を当てるな胸を」

流石にそろそろ、押し倒されても文句言えないラインを遥かに越えてるぞ。

こういうのは付き合ってる同士でやることだろうと。


「別にー、嫌いだから別れた訳じゃないしー」

「知ってるよ」


だからこそ、どうにもならないんだし。


「迷惑ならやめるけどー?」


なんて言いつつ、やめる気配は毛頭ない。

まあうん。

付き合ってもないのにこういうことをすると、周りの評判に若干の悪影響があるだろうけど、だからといってこの役得を拒否するほどのデメリットではないのが一番の問題だ。


もし俺に、本当にお付き合いしたい相手がいるのならバーバラもそもそもここまでやってこないだろうし、そういう点でも厄介な奴である。


「ならもういっそ、おっぱい揉ませろ」

「それはだーめ」


ここで、駄目とは言っても嫌とは言わないのがこいつのズルいところである。




「ふーっ」


身体を洗い終えて、再び湯船に身体を浸す。

今度は互いに背中を合わせているので、互いの顔は見ることができない。


「やっぱり良いお湯ねー」

「背骨が痛い」

「そういう感想はいらないから」


んなこと言われても、背骨に筋肉はつかないから肌を合わせれば互いの背骨でごりごりするのは物理的にしょうがないし。

背筋のあたりはしなやかな柔らかさがあるし、肩甲骨のあたりも俺よりは骨が出てないけれど、それでも背骨はゴリゴリだった。


ふー……。

そのまま少しだけ流れる沈黙、そのあとにバーバラから出てきたのは世間話。


「クラン、順調そうね」

「まあぼちぼちな」

「ユーリには向いてるしね」

「そうか?」

「少なくとも、喜んで冒険者するタイプじゃないでしょ」

「それはそうだな」


元よりモテたくて、あと他にもちょっとした事情で冒険者を選んだ昔の俺だが、好き好んで命をかけるような性格ではない。


「まあ、あの頃も楽しかったけどな」

「そうね……」


俺がいて、バーバラがいて、ユリウスとアーサーとフレイヤとマリアがいて、大変だけど充実していたのも本当。

今は失われてしまった物のいくつかが、あの頃にはあった。

まあどれもが良い思い出って訳でもないんだけど。


「バーバラは目的のモノ、見つかりそうか?」

「んー、まだわかんない」

「そうか」

「うん」


世界中を旅するバーバラのそれは雲をつかむような話なので、当たり前の答えではあるけど。


「なあ、バーバラ」

「なあに、ユーリ」

「…………、やっぱなんでもない」

「なによ、気になるじゃない」


そんな風に問い詰められても、言ってもしょうがないことは言わないに限るからな。

なら今を楽しんだ方がよっぽど有意義だ。


「ユーリ、今笑ってるでしょ」

「今日イチ真面目な顔してるが?」

「嘘だぁ」

「うわっ」


せっかく背中をくっつけて雰囲気を出してたのに、バーバラが振り向いて背中側から俺の顔を覗き込んでくる。

当然互いに密着して、後ろから抱きしめられているのと変わらない。

なのでやっぱり、柔らかいものが俺の背中に押し付けられて。


胸の大きさに貴賤はない。

逆に言えばどれも等しく、素晴らしいのだ。




風呂を上がって着替えを済ませ、もう今日はやることもないのでバーバラと並んでベッドに横になる。

部屋の明かりも消しているので、あとは寝るだけだ。


「寝てるあいだに布団取るなよ」

「いつも取ってたのはあんたの方でしょ」

「覚えてねえなぁ、いでっ」


蹴られた。

そもそもかなりの回数寝ている間に布団を取られた記憶が実際にあるので、理不尽な暴力である。

お返しに胸でも揉んでやろうかと思ったが、この真っ暗な空間だと夜目が利くバーバラの方が圧倒的に有利なのでやめておいた。


まあ夏前だし、最悪掛け布団を奪われても風邪は引かないだろう。

なんて思いながらも寝返りを打つと、ちょうどこっちを向いていた様子のバーバラと額がコンと触れる。

なんとなく、そのまま額をごりごりとするとゴツンと押し返された。

いたい。


「明日、どうしましょうねこれ」

「そうだなー」


聞かれて引かれるのはもう随分馴染んできた金属棒で繋がった手。

この状態でも思ったよりも困らなかったのは事実だけど、それでもいつまでもこのままというわけにもいかない。

バーバラの目的のためにも、俺の目的のためにもね。


ちなみに俺の目的というのは女性にモテることである。


「ひとつ、仮説がある」

「何?」

「これが伸びるのは俺たちの魔力を使うからだろ?」

「そうね」

「ならこれが手に貼り付いてるのも俺たちの魔力が原因かもしれない」

「つまり?」

「魔力を使い果たせば自然に離せる可能性がある」

「なるほど」


暗闇の中でなにも見えない状況でも、吐息が感じられるくらいすぐ目の前で、バーバラが笑ったのがわかった。


「それじゃ、みんなに手伝ってもらいましょうか」

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