019.手が離せない(物理)
「ただいまー」
「おかえり」
俺がクランハウスのロビーを通りかかると、バーバラを含むダンジョン攻略の一行が丁度帰ってくるところだった。
「ただいまです、クラマス」
「みんな無事だった?」
「もちろんです」
「ならよかった」
メンバーの実力であれば余裕のある探索ではあるけれど、それでも確認せずにはいられない。
俺は待ってるだけの身ではあるけれど、みんなの安全と無事を願っているのだ。
「報告書書いた?」
「まだです」
「んじゃ書いちゃおっか」
ということでメンバーを近くのテーブルに座らせると、俺も用紙とペンを取ってそこに加わる。
そしてリーダーに質問をしながらサラサラとペンを走らせた。
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報告書
日付:五の月 十三の日
時刻:四の鐘(朝)〜七の鐘(夕刻)
メンバー:ソーナン(リーダー)/ミルクレール/エリザ/バーバラ
依頼内容:ダンジョン攻略
依頼者:冒険者ギルド
業務内容:ダンジョンの攻略
進捗:12階層途中まで
討伐魔獣:ツインテールスコーピオン等
達成状況:未達成
失敗・反省・問題点:特になし(あまり階層が深いと期間が必要になり依頼料に見合わなくなる可能性あり(ユーリ))
次回予定:翌日(五の月 十四の日)再攻略
収穫物・収集素材:有(詳細は別紙)
印・サイン(報告書確認者・収集物確認者・パーティーリーダー):ユーリ・(空欄)・(空欄)
装備修理依頼:無し
消耗品申請:無し
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ということでロビーでササッと報告書を書き上げてしまう。
半分は定型、もう半分も直接聞けばすぐに書ける範囲の内容。
とはいえこれがあるとそのあとの処理と管理の手間が段違いなので、うちのクランでは仕事したメンバーは全員必須だ。
ちなみに最初はメンバー本人に書かせていたのだが、めんどくさいということでクラン職員が口答で聞き取りして書くこととなっている。
実際自分で書いてもすぐ終わるんだけどね、それでもわざわざ書くのがめんどくさいって気持ちはわかる。
自分で書く手間と口頭で答える手間はイコールじゃないし。
ちなみに作成する資格を持っているのは専用の職員さんの他に俺とリリアーナさんもだ。
これのおかげであとが楽になるので俺もめんどくさいとか言わずに積極的に対応している。
ほんとに、これ書くようにする前は今よりもメンバーの人数少なかったにもかかわらずメタクソに大変だったからね……。
もはや思い出したくない。
「んじゃいつも通り素材の確認は担当職員の人にしてもらって、そのあとリーダーがサイン書いてね」
「はーい」
収集してきた素材の確認は流石に手間がかかるので別室で、専用の職員さんがやってくれる。
ここは当人たちの稼ぎに直結するところなのでメンバーたちも比較的真面目だ。
あと武器修理はクランで一つにまとめて専門の鍛冶屋に頼んでいて、翌日以降に自動でクランに返却されてくるシステム。
今回は魔獣のランクが低いからそもそも破損とかしなかったみたいだけど。
書類を挟んだバインダーをそのまま渡すと、みんな揃って次の手順に向かっていく。
俺も仕事するかな。
なんて思いつつ、やっぱり食堂に入ってケーキを頼んだ。
「リリアーナさん、よければ仕事のあと外で食事でもどうですか?」
「今日でしたら大丈夫ですよ」
よ、っっっしゃーーー!!!
夕方の執務室。
さりげなくリリアーナさんを食事に誘った俺はオーケーをもらって心の中で叫んでいた。
リリアーナさんが外の食事に付き合ってくれるのはとてもとても久しぶりである。
テンション上がってきた。
早く仕事終わんねえかなあ。
もう夕方だからさほど待つわけではないけれどそれでも仕事終わりが待ち遠しい。
「ユーリー」
「んー?」
執務室の扉がノックされ中に入ってきたバーバラに視線を向ける。
「これ、他のみんなにユーリなら分かるかもって言われて持ってきたんだけど」
言われて差し出されたのは金属の棒。
長さは前腕くらい。銀色に輝いていて、細かい装飾が施されている。
おそらくダンジョンで手に入れたものだろう。
発生から成り立ちから全部が謎なダンジョンは、不思議な物の産地でもある。
魔道具の類か、儀式などに使うものか、もしくはただの棒か。
見ただけではその判別がつかないものも多く、判定には専門の鑑定家に頼んだりする。
とはいえ当然金と時間がかかるので、分かる人間がいればそっちの方が安いし早い。
「まあ俺もわかるとは限らんけど」
むしろわからないことの方が多い。
それでも分かれば儲けものだし、俺自身が便利な魔道具は好きだからこうやって渡されたりする。
「んじゃほい」
バーバラが俺の机の上に置いたものを手に取る。
バーバラが手を離す前に。
「んっ?」
疑問の声を上げたのはバーバラ。
金属棒を受け取ろうとした俺は、いつまで経ってもその手を離さないバーバラに視線を向ける。
「どうした?」
「手が、離れない」
「んなアホな」
よくあるバーバラの冗談か、と思って自分で手を離そうとしてみてもそれはピッタリとくっついたように金属棒から離れない。
「どうしたんですか?」
「なにか、手が離せなくなったみたいです」
こっちの様子に疑問を投げてきたリリアーナさんに答える。
「ここまで来るあいだは離せたんですか?」
「うん、荷袋に入れて持ち帰ってきたし」
「なら原因は、二人同時に握ったことでしょうか?」
「あー、確かにここまで持ってくるあいだは直接渡したりしてなかったかも」
「それにしたって、なんなんだよこれは」
魔道具に理屈を求めるのはナンセンスだと思いつつも、なんでこんなもん作ったんだよと言いたくなる。
「たしかに、装飾が無い部分は双方の持ち手に丁度良い気もしますが……」
「とりあえず、全力で剥がせないか確かめるぞ、バーバラ」
「わかった」
二人で視線を合わせて頷いて、視線を落とす。
「同時にいくぞ、せーの」
言って、俺が手を剥がす、フリをする。
バーバラも同じように手を剥がす、フリをした。
「ってやれやー!」
「あんたもやってないじゃない!」
ほーんとまじ、こういうところは似た者同士だわ。
「二人とも、真面目にやってください」
「はい……」
「ごめんなさい」
俺は無理矢理離そうとして手が痛くなったら嫌だったし、バーバラが離せれば全て解決するという合理的な判断だったのだが、唯一の問題は互いに同じことを考えると成り立たないという部分であった。
まあリリアーナさんに怒られちゃったし、真面目にやるか。
「んぎぎ」
「んぐぐ」
今度はフリじゃなく、全力で離そうとしてみるが、どっちもピクリとも離せる気配がない。
俺はともかく、バーバラの現役冒険者ゴリラパワーでも離せないんだからこれはもう力の問題じゃないんだろう。
「なんか失礼なこと考えたでしょ」
「気の所為だぞ」
「とはいえ、これは困りましたね」
「ええ、リリアーナさん。すみませんが今日の食事はまた今度ということに」
「それはまあいいんですが」
俺としてはよくないんだけど、どうしようもないんだからしょうがないか。
軽く流されてちょっとだけ心が傷ついたのは秘密。
「あとは他に外す方法がないかだな」
「ユーリ、なんか思いつかないの」
「んー」
合理的に考えればなにか条件を達成すれば外せるようになるとかなんだろうけど、そんな条件なんてさっぱり思いつかんわけで。
とりあえず試しに魔装の能力を使う要領で魔力を注ぎ込むと、その棒がすっと伸びた。
「おおう?」
元は前腕くらいの長さだった金属棒が、気づけばその三倍くらいまで伸びている。
なんで?
「何したの今」
「魔力を入れただけだが?」
「ふーん、えいっ」
今度はバーバラが魔力を込めると、伸びた棒が元の長さに戻る。
そこから色々試した結果、どうやらこの金属棒は最大で俺の身長よりちょっと長いくらいまで伸ばせるようだ。
ちなみに持ち手の内側を伸ばすか外側を伸ばすかも選べるようで、ぐにょんぐにょんと伸ばしたり戻したりしているとちょっと楽しい。
「それで?」
「……」
「……」
俺とバーバラでひとしきり遊んだところで、リリアーナさんの声が響く。
結局なんにも解決していないので視線が痛い。
「バーバラ、ほれ」
「はいはいー」
結局俺が近くの荷袋から一番頑丈な片手剣を取り出してそれをトスする。
受け取ったバーバラは、ふっと一瞬息を整えてから金属棒の丁度中央にそれを振り下ろした。
キンッッッ、と響く金属音。
「っ……」
手に走る痺れるような衝撃。通常の金属であれば余裕で両断されている一撃で、しかしそれは傷一つ付いていない。
なんならバーバラの腕前なら高位の魔物ですら斬れる鋭さがあったのだから、これを切断するのは素直に諦めた。
「これもうどうにもなんねえな」
わりと諦め一歩手前である。
「んー、いっそ腕を切るとか」
「お前が?」
「当然あんたでしょ」
「んー……」
治療はできるし鎮痛もできるから本当にそれで解決するなら無くはない選択肢なんだが、それでも最終手段にしておきたいところがある。
なんといってもこれ切っても外れる保証がないっていうのが一番の問題だ。あと絵面が最悪だし。
(マリアが居たら切り落とした手をそのまま生やしてもらえるんだけど……)
丁度いま、ランク10冒険者で治癒を得意とする我がクランの筆頭メンバーのひとり、マリアを含むパーティーは依頼で王都の外に出ているので頼めない。
まあ無理やり切ったりとかそういう変なことすると事態が悪化する可能性も無きにしも非ずなので、そういう意味でも最後の手段にしておきたいところではある。
魔装は呪いに近い効果を持つ物もあり、そういったものは単純に物理的な解決を許してくれない場合もあるのだ。
その場合、どんな風に悪化するかは不明だからリスクが高いし。
「とりあえず……」
「そうね……」
「飯でも食うか」「飯でも食いましょうか」
そういう事になった。
「ユーリ、肉」
「ん」
「あむっ」
言われて目の前の肉をフォークで刺して差し出すと、バーバラはそれに噛みつく。
「っていうかお前も左で食えよ」
「あたしの左手は酒とツマミに忙しいから」
食堂で並んで二人、金属棒で繋がっている関係で俺が右のバーバラが左だ。
んで食事も互いのフリーになっている手でって話だったんだけど、結局俺の右手ばかり働かされている気がする。
「バーバラ、酒」
「ん」
こくこくこく、ぷはー。
ワインうめー。
たまにはバーバラ(の左手)も働かせないとな。
「パンも美味しいわねー」
「ちゃんと焼き立てだからな」
街のパン屋では朝にパンを焼いてそれを数日かけて売るのが一般的だが、うちでは望めばいつでも焼きたてのパンが食べられる。
その分燃料費がかかるんだけど、クランの稼ぎからしたら些細な出費だ。
「クラマス、なにしてるんですか?」
俺とバーバラがそんな風にふたりで飯を食っていると、クランメンバーの女子が数名話しかけてきた。
他のクランメンバーもこっちを見たり見なかったりしてる。
いや、別にあんまり見られてねえな。
冒険者はあんまり細かいことを気にしない人間が多いのだ。
「やっぱり二人って付き合ってるんですかー?」
「付き合ってないんだなぁこれが」
「じゃあなんでそんなにくっついてるんですか?」
「それはこれのせい」
俺は金属棒で繋がった手を挙げて、かくかくしかじかと説明する。
「じゃあ二人はずっと一緒ってことですか!?」
「お風呂もベッドも一緒ってこと!?」
「きゃー!」
女が三人集まれば、なんて言う通り目の前の女子たちもとても騒々しい。
それに一緒にいる男女を見ればすぐに恋愛に結びつけたがるのも若い娘の困ったところ。
まあ実害はないんどけど。
「残念ながら風呂は一日くらい入らなくても困らんし、これはすぐに外す予定だぞ。仕事に困るからな」
「えー、そうなんですかー」
「お風呂は毎日入った方がいいと思いますよー」
「それはそうね」
「俺だって入れるなら毎日入りたいんだわ」
女性陣の言葉に同意したバーバラのセリフに俺も追従するが、とはいえ素直にイエスとは言えないこともある。
「というかクラマスって普段どんな仕事してるんですか?」
「んー、リリアーナさんが困らないように雑用したりとか。あとは暇したりとか」
「クラマスとは」
「俺が暇なことがクランが上手く回ってる証拠なんだよ」
これぞ完璧な不労所得である。まあ実際そこまで完璧には回らないんだけど。
逆に俺が忙しい時はクランに余裕がないときと言えるかもしれない。言えないかもしれない。
「クラマスがサボりたいだけじゃ?」
「部分的にそう」
俺は困った時の秘密兵器でありスーパーサブでありたいと思っているんだけどなかなか難しい。
「リリアーナさんに迷惑かけちゃだめですよー」
「それは常に心に置いてるよ」
たまに心の棚の上に上げたりするだけで。
「ユーリー、肉」
「ん。酒」
「ん」
「やっぱり二人は息ぴったりなんですよねー」
「いやー、そんなことないでしょ」
「むしろ息合ったことなんて一度もないよな」
「そうそう。水と油みたいなもんだし」
「ストームラクーンとエレキフォックスくらい息が合わないからな」
「漫才の回し方ももう熟年の雰囲気があるんですよ」
「息が合わないと言ってる息がピッタリ」
まあ実際、思ったよりも困らなくはあるんだけど。
「そいや、今日どっちで寝る?」
「んー、ユーリの部屋でいいんじゃない」
「りょーかい」
「やっぱり一緒に寝るんですか!?」
「きゃー!」
姦しいなー。嫌いじゃないけど。
「まあそれ以外に選択肢無いしな」
「別にユーリが床で寝てもいいんだけど?」
「そもそも俺の部屋なんだが?」
「じゃああたしの部屋ならあんたが床で寝んの?」
「そもそも俺のクランなんだが?」
「じゃあ殴り合って勝った方がベッドで寝るってことで」
「やめろやめろ! 俺に勝ち目がねーじゃねーか!」
なんて交渉の末、結局同じベッドで我慢することに決まった。
「それじゃあクラマス、バーバラさん、失礼しまーす」
「しまーす」
「またねー」
「沢山食べて大きくなれよー」
「もう夕飯は食べたあとですー」
しらなかったそんなの。
なんて話は置いておいて、俺とバーバラもそのまま夕食を済ませ二人で俺の部屋に戻った。
「んじゃ風呂行くか」
「はーい」
俺の言葉にバーバラが頷く。
風呂は入らないと言ったな。あれは嘘だ。
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