018.休日ぶらりナンパ

日が高く気温がうっすらと汗をかく程度に暑い午後の街中を一人で歩く。

夏に差し掛かったこの季節は、待ち行く女性のガード力(肌面積的な意味で)が下がるので目に優しい季節だ。

クランメンバーを含む冒険者たちは大抵いつも同じ装備だし、リリアーナさんも仕事中はいつも同じ仕事着なのでこれはクランの中では味わえない幸福である。


とはいえ別に俺は人間観察をするために街中をぶらついている訳ではない。

今日の目的はズバリ、ナンパだ。

夏は心も体も開放的になる季節、これで出会いがなければ世界の方が間違ってると言わざるを得ない。


さて、どこかに綺麗な女性でもいないかな。

いた。

広い路地の脇で立ち尽くす女性が一人。


ピンクブロンドの長い髪が風に揺れるその女性は、シンプルな白いワンピースを着ているがよく見ると良い仕立てのものだとわかる。

身長は俺より頭半分低いくらいで、女性としては少し高い程度。

歳は20過ぎといったところだろうか。


顔の印象も品が良く淑やかな雰囲気を纏っているが、少しだけ表情に陰りが見えた。


「どうかなさいましたか?」


そんな俺の問いかけに少しだけ驚いた表情を見せたあと、女性は視線を上げる。


「実は帽子が飛んでしまって」

「なるほど」


たしかに彼女に倣って視線を上げると、木の枝に白いつば広の帽子が引っかかっている。

彼女の今の格好と合わせればよく似合いそうだ。

これはぜひ、見せてもらうしかない。


「少々お待ちを」


言ってから木の幹に足をかける。

帽子の引っかかっている高さは俺の身長を二倍した位置より少し高いくらい。

ようするに、一般人のジャンプで取るのは難しいけれど、多少腕に覚えがある冒険者なら余裕の高さだ。


「よっと」


軽く踏み込み、トントントンと木の幹を上に駆け、そのまま軽く手を伸ばして帽子をキャッチして地面に着地する。

ちょろいもんだぜ。


「どうぞ」


そのまま帽子を彼女に被せると、想像の通りにとてもよく似合っていた。


「ありがとうございます」


感謝を込めて丁寧にお辞儀をしてくれる彼女。

やっぱり品の良さが端々から透けて見える。


「いえいえ、これくらい大したことじゃありませんよ。それより良ければこのあとお茶でも……」


なんて俺が言いかけたところで後ろから声が聞こえた。


「シーナ」

「ハドソン」


おおっと?

現れたのは目の前の女性の名をを親しげに呼ぶ男。


「こんなところでどうしたんだい?」

「こちらの方が飛んでしまった帽子を取ってくださったんです」

「そうだったんですか。私の恋人がお世話になりました」


はい。


「いえいえ、大したことじゃありませんよ」

「ぜひお礼をさせてください。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「名乗るほどの者じゃありませんので、それでは失礼!」

「ああっ、待ってください!」


彼氏持ちと知らん男に名乗るような名など俺にはないのだ。

ということで冒険者の俊足でその場を離脱して一人になってから悪態をつく。


クソッ、これじゃだたの良い人じゃねえか!


……、良いことじゃねーか!


困っている人を助ける、それは良いことなのだ。

ただ俺は善行に見返りを期待しないほど善人ではないだけで。


あー、綺麗な人だったなあ。

上品でお淑やかなタイプは身の回りにあまりいないのもあって新鮮でもあった。

せめて食事でも、なんて希望の打ち砕かれてしまったのだが。


「はぁー」


まあ愚痴っていてもしょうがない。

ナンパは数。

これはいつの時代でも変わらないのだ。




おっ。

今度は花壇のそばでその囲いに腰掛けている女性を見つけた。

若く、背も低い。


歳は17歳くらいだろうか、胸も慎ましいが顔はかわいい系。

茶色の髪はショートカットで整えられていて、くりっと耳が覗いている。

服装はゆったりとしたシャツとスラッとしたパンツで中性的な格好ではあるけれど、それも平た……華奢な体型に似合っていた。


その綺麗な顔が今は少し歪んでいるんだけど。

なのでこれを好機だと思うのは品がないが、それでも声をかけない理由はない。


「大丈夫ですか?」


聞くとその女性が顔を上げる。


「ええ、すみません」

「なにかお困りですか?」

「実は、新しい靴で靴擦れができてしまって」

「なるほど」


囲いに腰掛けて片方だけ靴を脱いでいたのはそういう理由だったか。


「失礼、少し見せていただけますか」


言って姿勢を落とし、彼女の裸足を手に取って少しだけ持ち上げると確かにかかとが赤くなっているのが見えた。


「ヒール」


その傷をさっと治療する。


「痛みはありませんか?」

「はい、ありがとうございます」

「ならよかったです」


これくらいは治癒の術を使える冒険者なら朝飯前なのだが、それでも一般の人には感謝されたりもする。


「お住まいはこの近くですか?」

「いえ、今日は少し遠出してまして」

「なるほど」


長距離歩いたからこそ靴擦れもできたのかもしれない。


「それではこの近くに私がよく行く店がありますので、そこで代わりの靴を買いましょう」


馬車を呼ぶって手段もあるけれど、こちらの方が対案としては安いし、それに今の靴の代わりを用意するのはこのあとも無駄にはならない、かもしれない。


「では、お願いしてもいいですか?」

「もちろん。喜んで」


笑顔で答えて、片手を差し出す。


「それでは、お手をどうぞ」


これで靴擦れを起こした側から支えれば、店までは治った傷がまた痛くならずにたどり着けるだろう。


「ありがとうございます」


少しだけ恥ずかしそうにした彼女だが、それでも差し出した俺の手を取ると花が咲いたように笑顔を浮かべて立ち上がった。




「ここですか?」

「ええ」


着いたのは、結構立派な店構えの靴屋さん。

もちろんリリアーナさんの商会の系列店である。


「いらっしゃいませ」


若い、けれど落ち着いた雰囲気の男性店員が丁寧な挨拶をする。

その顔見知りの彼は、俺と、俺の隣の女性を確認して状況を完璧に察してくれる。

そのままこっそりと俺がウィンクをすると、彼は連れの女性に見えないように親指を立てて応えてくれた。

やっぱり一流店の店員は違うぜ。


「彼女に代わりの靴を一足選んでほしいのですが、お願いできますか?」

「かしこまりました。それではこちらへどうぞ」


促されて高そうな椅子に腰掛けた彼女は、そのまま用意されたフットレストに靴を脱いで足を乗せる。


「少々、失礼します」


言って店員さんは、膝を落として彼女の足を素手で触る。

少しくすぐったそうだけれど、それは靴を選ぶのに必要な手順なのだろうと彼女も唇を閉じたまま受け入れる。


「ユーリ様」

「?」


パーフェクト店員さんが立ち上がり、密かに俺に視線を向けるが、その視線の意味が俺にはわからない。

なんだろ。

まあ俺がわからなくても彼が万事うまくやってくれるだろう。


「かしこまりました。それでは少々お待ちくださいませ」


立ち上がった彼はそのまま店内の一角に移動し、一足の靴を持って戻ってくる。


「こちらでいかがでしょうか」


それは彼女が元々履いていた靴に近しいデザイン、というか今の彼女の服装に合わせたコーディネートのへの解答だろうか。

実際にそれを履いた彼女は、元の靴よりも似合っている、気がする。


「サイズもピッタリです……!」

「柔軟性のある素材を使っていますので、靴擦れを起こす心配もありませんよ」


気配りの達人か。


「お代はこちらになります」

「や、安いですね……」


提示された金額は、ここの店の正規の金額よりもずっと安いもの。

具体的に言うと、彼女が元より履いていた靴と同じ程度の金額だろう。

差額は俺にツケておいてもらう。


とはいえこれは別に俺が靴を買う彼女に恩を売りたいわけではなく、俺が一番近くて信用できる店に連れてきただけなので余計な金銭的負担をさせない為の店員さんの気づかい。

選び終わったあとに、ここまで高いものを買うつもりは無かったって言われちゃったらここまでの流れが台無しだし。

それに俺にとっては大したことない金額だしね。


彼女は足が痛くならずに帰れる。俺はかわいい女性に優しくできる。店は売上に繋がる。

全員得してハッピーな結末のために、些細な真実は隠しておこう、そうしよう。


そして結局彼女は多少不思議そうにしながらも会計を済ませ、そのまま並んで店を出た。


「今日はありがとうございました」

「どういたしまして、お役に立てたのならよかったです」


そのまま彼女は歩き心地を確かめるように数歩進み、こちらへと振り返る。


「よくお似合いですよ」

「えへへ、ありがとうございます」


彼女はほんの少しだけ頬を染めて、嬉しそうにはにかむ。

おっと……、これは脈があるか……?




「僕、こんなふうに見た目を人に褒められたの初めてです」




ん?

ん〜〜〜〜?

今僕って言った?

ん〜〜〜〜〜〜〜〜?

思わず思い悩んで首を傾げる。


そのまま頭が水平になるくらいまで傾いて、下がった視線の先、彼女(仮)の首にうっすら喉仏が浮かんでいるのが見えた。

ううん……。


「どうかしましたか?」


不思議そうな顔を浮かべる(仮)。

いやでも、俺の見間違いかもしれないし、まだ漢だって確定したわけじゃない。

でもなぁ……。


流石に聞けない。

いくら出会い目的だとしても、ここで性別を確認するのは下心が丸見えすぎるしなによりもダサ過ぎる。

恥の多い人生を送っている俺にも、多少の羞恥心という物はあるのだ。


結論。

彼女は僕っ娘。はい決定。


そもそも事実を確定させるまでは、どちらの可能性も等しく存在しているのだから、俺の選びたい方の結果を選んでも本題ないはずだ。(問題しかありません)

うん、そうしよう。


「なんでもありません。それよりお宅はここから遠いと聞きましたが、よければお送りしますよ」

「いいんですか?」

「もちろん」


遠いと言っても履き慣れない靴で歩いてたどり着く範囲。

実際に送っていってもそこまで時間はかからないだろう。


そう判断してお店まで来たときと同じく、エスコートするように手を差し出す。

彼女は嬉しそうに、そこに自分の手を添えた。


逆に、こんなにかわいいのになんの問題があるんだろうか。

俺はそう思った。


「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「名乗るほどのものではありませんよ」


流石に名前は伝えなかったけど。



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