017.ソフィーと訓練
「それじゃあ訓練を始めようか」
「はい、お願いします!」
ということで今日はソフィーと訓練場に来ている。
その訓練場の中には何人かクランメンバーがいるけれど、弓用のスペースは貸し切り状態だ。
まあ弓を使うメンバー自体がそこまで多くないから、よくある光景ではあるけど。
「ところでソフィー、仕事の方はどう?」
「はい、あっちのクランの人にも良くしてもらってます」
「それはよかった」
ランク2のソフィーはうちのクランメンバーとランク差があるから今は他のクランにお世話になってる状態。
といっても仕事は順調みたいだし、このままランク3に昇格できる日も近いかもしれない。
ランク4まで行けばランク5のルナたちと一緒に依頼を受けることもできなくないのでそのあたりまでは応援したい所。
「ちょっとここで待っててね」
ソフィーを待たせて俺は弓の的の前まで移動する。
「んじゃ、そこから矢を射てみて」
「えっ、それだとユーリさんに当たっちゃいますよ」
「大丈夫、これがあるから」
身を守るように構えたのは前腕と同じくらいの幅の円盾。
身体全体を覆えるほどの大きさはないけど、矢を防ぐくらいならこれで十分だ。
「怪我してもヒールですぐに治せるから気にしなくていいよ。むしろ当てられたら何か美味しいもの奢ってあげる」
「いいんですか?」
「どんと来い!」
「わかりました!」
ということでソフィーが訓練用の弓を構える。
矢も先端は丸くなってて人に刺さらないようになっているので、そういう点では安心の代物だ。
互いの距離は50歩ほど。
冒険者ギルドで試験を受けた時と同じくらいで、彼女の腕前なら当てるのは難しくない。
とはいえ、
「ほい」
自分の胴体ど真ん中に放たれた矢を二本、そのまま円盾で斜めに弾いて受け流す。
「残念」
今度は俺の右側寄り、左手の盾では弾きづらい位置に来るがこれは半身に引いてそのまま避ける。
「足下は簡単に避けられるよ」
最後に右足を狙われた矢は膝を曲げてそのまま避けた。
うん、どれも正確で、かつ防がれたあとの次の手をちゃんと考えている。
だからこそ、読みやすいんだけど。
それから何発狙われてもソフィーの矢は当たらない。
弾き、避け、五十を越える矢は全て身体を捉えることなく床へと落ちていた。
「それじゃあ一旦休憩」
俺が告げるとソフィーはふーっと息を吐いた。
その表情は明るくはない。
既に狙いは正確、射る速度も十分という現状で、当てることができるのだろうかという悩ましい顔をしている。
まあ今使っているのは訓練用の物で、弓を使う以上矢の速度と破壊力はその道具に左右されるのだから当然の悩みでもある。
もっと性能の良い物を使えば、俺の構える盾なんてぶち抜いてそのまま直撃させられるが、今回はそういう訓練ではないのだ。
とはいえどうしようかな、なんて考えていると訓練場に新しい人物が現れた。
「あれ、クラマスとソフィーじゃん。こんなとこでなにしてんの?」
訓練場に現れたのはクランのメンバーで髪の短い女性。
「コルセアじゃん。今ソフィーに撃たれてた」
「なんか悪いことでもしたの?」
「ただの訓練だよっ」
流石にまだそんなことはしていない。
「そうだコルセア、ちょっとソフィーに手本見せてあげて」
「なんの手本?」
「盾を持った相手に当てる手本」
「あー」
それだけでコレセアは納得したようにソフィーを見てからまたこちらを見た。
丁度いいことに、コルセアは弓使いで腕前も十分、ソフィーの見本には申し分ない人材だ。
「んじゃたまには後輩に良いところ見せてあげますか」
「お願いします!」
「ふはは、くるしゅうない」
ということでソフィーから訓練用の弓を受け取ったコルセアは真っ直ぐに構えてこちらを見る。
「いくよー」
「いつでも」
その眼光を見て俺も盾を構えると、コルセアの指先がスッと離れた。
まずは胸に二発、ここまではソフィーと変わらない。
次に頭に一発、これも問題なく弾けるが、一瞬盾で視界が遮られる。
そして次は左足。左手で盾を構えると、自然と軸足になる方の足だ。
その軸足を避けるために浮かせてしまうと、もうあとは重心を移動させることができない。
そして右足を狙った一射は避けることも防ぐこともできずに俺に当たった。
「ぶえっ」
そのままバランスを崩してバサリと倒れ込み、のそのそと立ち上がる。
「お見事」
「ま、それほどでもある」
俺が二人のところまで移動して褒めると、コルセアは弓を構えやすそうな胸を張ってそう答える。
胸というか胸当てだけど。
「ソフィー、自分とコルセアのなにが違うかわかった?」
今の一連の流れであれば、ソフィーの実力なら訓練用の道具を使っても十分に再現できる範囲。
つまり、差があるのはそれ以外の部分。
「違いは……、相手がどう動くかを予想すること、ですか?」
「正解。もっと言えば、相手を詰ませるまでの手順を想像すること、かな」
「なるほど」
ちなみにこれが有効なのは、頭を使って攻撃を避ける、特に一定以上の思考能力を持つ相手。
なのでソフィーにとって実際に役に立つのはまだ先の話かもしれないけど。
「あと重要なのは、味方がいるならこれを全部一人でやる必要はないってことかな」
「……、なるほど!」
自分一人でその手順を組み立てる必要はない。
ただし、弓は間合いが広い分、前衛の組み立てを汲んで一手差し込むことを求められる場面も多いのだが。
ソフィーの腕前を見れば、王都に来る前から弓で狩りをしていたことはわかる。
だからこれは、その次のステップ。
「それじゃ実際にやってみようか」
再び距離を開けて訓練を再開する。
「ぶえっ」
「ぐあっ」
「ぶひー」
その結果、ソフィーの弓が俺の身体を捉え、そのたびに転がされ続ける。
「ソフィー、すごいすごい」
そんな彼女の成長に、コルセアが頭を撫でて褒めていた。
「あっ、ズルいぞ」
俺は的になってるから褒められないのに、隣にいて頭を撫でるとか不公平だ。
なんて声を漏らすと、ソフィーがこちらを見て、コルセアを見て、もう一度こちらを見てトテトテと走ってきた。
そのまま、俺の前で顎を引く。
自然と頭の天辺が俺に向き、つむじと犬耳がよく見える。
前髪に隠れつつも覗くのは期待するような視線。
あと、尻尾がぶんぶんと振られている。
実はセクハラで訴えられたくないのでルナ以外にこういうことはしないんだけど、ここまでされたらしない方が不自然だろう。
女心がわかるとは言い難い身ではあれど、さすがにそれくらいのことはわかる。
ということで、俺はそのまま手を伸ばした。
「よしよし」
「えへへ……」
ソフィーもご満悦な様子。
こんなことで喜ばれるなら安いものである。
「んじゃせっかくだし、三人で訓練するか」
「あたしとソフィー対クラマス?」
「うむ、まあそれだと俺がキツイから右手に短剣を持つ」
これで矢を弾けば、盾のみの場合よりずっと融通が利く。
単純に防ぐ手が二倍だしね。
「あと前に出る」
「あーそれは、結構大変そう」
「訓練には丁度いいだろ?」
今まではその場で受けていたけれど、俺が前に出て距離を詰めれば制限時間が生まれ、素早い判断が求められるようになる。
「ならあたしたちも動いていいんでしょ?」
「もちろん」
つまりこれは立ち回りと連携含めたもう一つ上のレベルの訓練だ。
それでも、ソフィーならモノにできるだろう。
「がんばります!」
「がんばれ、ソフィー」
「はい!」
「コルセアもよろしく」
「はいはーい」
ということで次の訓練が始まった。
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