016.バーバラ飯
「おっ、ユーリじゃん」
俺が昼食をとっていると遅れて食堂へ現れたメンバーに声を掛けられる。
「バーバラか」
そこにいたのは先日うちのクランに加入したバーバラ。
食堂はクランハウスの中にあり、メンバーなら自由に利用可能だ。
まあバーバラは"一時加入"なんだけど。
そのまま料理を注文したバーバラがテーブルの向かいに座る。
うちのクランのメンバーは五十余名。
相応の広さを確保して、内装は一般の食事処として開放しても違和感ないカジュアル寄りのデザイン。
テーブルは八人掛けまで対応したものが複数並んでいるが、今現在はそのほとんどが空席だ。
それはうちのクランの人数が減った、なんてことではなく昼はみんな外で働いているから。
朝はみんな出かける前に、夜は帰ってきた後に食事をするために賑わう食堂だが、昼にいるのはクランハウスを仕事場にしている俺の他には数名ってことが大半だ。
食事は無料だし味は上等メニューは豊富なので素晴らしい場所なので俺は毎日のように利用しているけど、そもそもうちのメンバーは多くが平均的な冒険者よりずっと稼いでいるのでわざわざ外から食費を惜しんで戻ってくるようなことはしない。
「それにしてもここの料理は美味しいわね」
「そりゃそうだ。俺がクラン作るときに一番拘った部分だからな」
これから毎日食べることになるということで、クランを本格的に稼働させる時にまず考えたのが食堂の料理である。
料理人には一流のシェフを雇用して、食材も高級なものを使っている。
とはいえコース料理が出てくるわけではなく、メニュー的には大衆食堂で食えるようなものが多いけど。
それでも味は折り紙付きだ。
まあ料理人をスカウトしてきたのはリリアーナさんだし、食材の仕入れ、食堂のレイアウト、メニューの決定も大半はリリアーナさんの仕事なんだけど。
給料は当然メンバーの稼ぎから出てるものだし。
じゃあ俺は何をしたのかといえば、まず食堂の料理を美味いものにすると決めたのが俺なので実質俺の仕事と言っても過言ではない。(過言です)
「ダンジョン攻略の調子はどうだ?」
「んー、今のところ順調」
「どこまで進んだんだっけ?」
「八階層」
「結構進んだな」
ギルドから攻略依頼を受けて数日。
ダンジョンの発生から三十日ほどで五階層まで攻略されていたらしいからペースとしてはかなりの加速具合だ。
まあ元々潜っていたであろう冒険者たちとバーバラたちのランク差を考えれば自然な流れではあるけど。
「敵の強さは?」
「んー、ぼちぼちランク5くらいのが出てきたかな」
「ならまだ余裕そうだな」
「つっても罠もあるから油断はできないけどね」
今回のダンジョンは単純にそれぞれの階層が広いうえに罠も豊富ということで猪突猛進で進むことはできない模様。
死んだらそれきりだしな。
「ユーリが来てくれたら楽なんだけど?」
「俺はクランの仕事が忙しいから無理だろ。あとそもそも他のメンバーと比べて実力が足りないし」
「ユーリならそれでも仕事はできるでしょ」
「それはまあ」
俺の能力は一言でいうと器用貧乏って感じなのでダンジョンに持っていくと一家に一台便利な存在って感じではあるけれど、周りの魔物が強いと普通に危ないので普通に行きたくない。
例えば討伐ランク7相当の魔物なんかでも戦闘要員として仕事はできるけど、それはそれとして一発食らったら普通に死ねるからなあ。
あとダンジョン攻略頑張ってもモテないし。
「クランの仕事しててもモテないでしょ」
「本当のこと言うのやめろ! それでも街の中にいりゃモテる機会があるかもしれないだろ!」
「だったらダンジョンの中でもいいでしょ」
「だってうちのクランでパーティー組んでダンジョン入ったら俺より優秀な前衛と俺より優秀な後衛と組むから俺がモテるような流れが皆無じゃん」
もしパーティーで女の子と助けて「きゃー!素敵ー!」ってなってもその対象は間違いなく俺じゃないっていう。
「というわけで諦めろ」
「やだ。一緒に来なさいよ」
「無理だっつうの。そもそももうパーティー組んでるだろ」
うちにダンジョン攻略の依頼が来た翌日、クランのメンバーにその告知をして立候補者三人とバーバラは一緒にパーティーを組んでいる。
そこから更に人を増やすと、依頼金の分前がめんどくさくなるし。
「そっちは問題ないか?」
「まあ、あたしは慣れてるしね」
バーバラはダンジョンを求めて世界中を旅して、その先でパーティーを組んで攻略しているのでうちのクランメンバーみたいに実力と人間性が保証されている相手なら連携するのも楽な仕事だろう。
「お土産期待してるぞ」
「ちゃんとダンジョンは攻略してくるから安心しなさいよ」
クランメンバーの稼ぎが俺の稼ぎになるから頑張ってもらうのは大切。
あとダンジョンは魔装なんかも出てくるからそういう意味でも期待している。
「おまたせしました」
キッチンからバーバラの頼んだ料理が運ばれてくる。
出てきたのは厚く切られたステーキ。
鉄板の上でジュウジュウと焼けているそれは匂いだけで絶対に美味いのがわかるぜ。
「ユーリ、塩取って」
「ん」
バーバラに言われて塩とついでに胡椒も渡す。
そのまま塩だけ軽く振ってステーキを一欠片口に運んだバーバラは、追加で胡椒もパラパラと振った。
「美味いか?」
「んんんん」
「そりゃよかった」
そんなバーバラの様子を見ながら、昔こいつと一緒にいた時はもっとランクの低い食生活をしていたなあなんて思い出す。
まああの頃もあれはあれで楽しかったけど。
依頼を終えて金が入った日は豪遊して他のパーティーメンバーに怒られたり、逆に金欠になって野菜の根っこかじったりとか。
それに……。
「なに、人の顔見て」
「べーつにー」
「もしかして、あたしの顔が美人すぎて見惚れちゃった?」
「ああ、そうかもな」
「なに言ってんのこいつ」
ひどくねえ!?
同意しただけなのに冷めた目で見られて理不尽感が酷い。
そんなバーバラはまたぱくぱくとステーキを食べ始める。
「そいや、女子寮の風呂はどうだ?」
「なによ急に」
「女子寮の風呂を広くしてほしいって要望が来てたんだよ」
「あー、確かに人が多いとシャワーの順番が詰まるかも。それでも施設としては十分だと思うけど」
「まあよそと比べたらな」
風呂の設備は王都でも最高峰だと勝手に思ってる。
まあ施設として別にケチっても大して困らないからわざわざ拘る所が少ないって話もあるけど。
「そういえば、お風呂に入ってるとよくユーリのこと聞かれるわ」
「いや、なんで?」
「気になるんじゃない? 昔のこととか」
「ああー」
まあ女性陣はそういう話好きそう。
特にバーバラがいた頃を知らないような若いメンバーはなあ。
「変なこと言うなよ?」
「この前同じベッドで寝たこととか?」
「あれはお前が悪い」
「でも事実でしょ?」
まあそうではあるが。
でも事実でも言わない方がいいこととかってあると思うんだ。
主に俺の名誉のために。
「まあでもみんなに慕われてるようで良かったじゃない」
「一応クラマスだからな」
言っちゃなんだがクランメンバーには快適な生活と経費以上の利益を渡すシステムを作ったと自負しているので、これで嫌われてたら悲しすぎる。
まあ枠組みを作っただけで、実際に動かしているのはだいたいリリアーナさんなんだけど。
「そういう話でもないと思うけど」
「でも結局モテないぞ」
俺はこんなにモテたいのに結局誰も付き合ってくれないのである。
「まあそこは頑張りなさい」
「投げやりィ!」
「だって他人事だもの」
なんてことで、今日もモテる気配は見えないのであった。
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