015.お座りルナ

コンコン、と執務室をノックされて視線を上げる。


「どうぞー」


机に向かったまま声をかけると、ガチャっとドアが開いてルナが顔を見せた。


「失礼します、リリアーナさん」

「おはようございます、ルナさん」


そのまま部屋にに入ってきたルナはリリアーナさんの前に立ち、一枚の書類を提出する。


「こちら署名した書類です」

「はい、確かに受け取りました」


ということでサクッと用事を済ませて退出しようとするルナを呼び止める。


「ルナ、ちょっといいかー」

「なんですか、兄さん」

「いま暇?」

「暇といわれると語弊がありますが、用事はないですね」

「じゃあちょっとこっち来て」


ちょいちょいっと手招きするとルナが訝しみながらこちらに来る。

ちなみにリリアーナさんはなにかを察したような顔をしている。


「ルナ」

「はい」

「ちょっとお仕事手伝ってくれない?」

「なんで私が兄さんの仕事を手伝わないといけないんですか」


「困ってる兄を助けると思って」

「困ってるんですか?」

「困ってる困ってる」

「…………、しようがないですね」

「流石ルナ」


ということで、ふうっと息を吐いたルナが俺の膝の間に腰を下ろす。


「それで、まずはどこからですか」

「右の書類から」

「まだ全然手を付けてないじゃないですか」


右手に山盛りで積まれているのがまだ見てない書類、左手に薄っすら重なっているのがもう見た書類だ。

ふむ、とルナがきれいな細い指で一番上の書類を捲って手に取る。


そのルナの腰に手を回して背中とお腹をくっつけると、目の前の頭は俺の鼻の高さくらいまでしかなくて、こう見ると14歳の年相応なんだなあと思ったり思わなかったり。

これでも保護した頃よりはずっと大きくなったんだけど。

年齢的にはもうちょっと身長は伸びるのかな。


胸は大きくなる気がしないけど、なんて思ったのは秘密。

腕なんかもまだ細いけど、これでもそろそろ冒険者としては俺を抜かしそうなんだから凄いね。

なんてことをしみじみと思いながらルナが書類をめくる音を聞きつつ、椅子の背もたれに体重をかけて力を抜くと逆にルナから体重をかけられる。


「ぐえっ」

「なにサボろうとしているんですか。私が手伝いなんですから兄さんもちゃんと仕事してください」

「わかったわかった」


渋々身体を起こして、再びルナの背中に密着する。

朝にも風呂に入ったのか、髪からは石鹸の良い香りがするのがちょっとくすぐったいけど。


「兄さん、この書類合ってますか?」

「んー、大丈夫。合ってる」

「合ってないですよ、適当なこと言わないでください」

「えー」


引っ掛け問題とかズルくない?

リリアーナさんもこっそり笑いをこらえてるし。


「これだと本当に、私がいない時にちゃんと仕事できてるのか不安になりますね」

「普段はちゃんとしてるぞ、今日はルナがいるから脳が省エネモードなだけだ」

「リリアーナさん、兄さんの言っていることは本当ですか?」

「ええ、ユーリさんはしっかりクランマスターの仕事をしてくれていますよ」


「ほら」

「なるほど。なら私は帰るので兄さんが働いてください」

「うそうそ、ちゃんと働くからルナも頑張って」

「まったく、しようがない兄さんですね」


なんて言いつつちゃんと手伝ってくれるルナはいい子だなー。

って本人に言うとまた怒らせそうだから言わないけど。


それからルナが書類を確認して、何か質問があれば俺に聞いてくるという流れで作業は進んでいく。

その作業速度は俺が一人でやっている時と同じくらいだけど、俺の脳の疲労はほとんど無いのでありがたい。

流石ルナだぜ。




「そういえばルナは恋人とかつくらないのか?」

「なんですか急に」


仕事をしながらのそんな雑談に、ルナは眉をひそめて声を返す。

まあ真後ろからは顔は見えないけど、それでも表情はだいたいわかるんだよね。


「14歳ならそろそろいい歳だろ?」

「まだ早いと思いますけど」

「少なくとも俺が14の頃にはもう恋人募集してたぞ」

「どうせ募集するだけでその頃実際にできたりはしなかったんでしょう?」

「それはそうでもあるが」


「初めてのデートは何歳でしたか、兄さん?」

「15歳の時だったかなあ?」

「なら私にはやっぱりまだ早いですね」

「そうかなあ」


早すぎるというほどでもないと思うけど。


「兄さんはどこでデートしてましたか?」

「んー、飯食いに行ってたりとかかなぁ」

「兄さんってデートでもお店の代金出したりしたそうですよね」

「それは時と場合による」


まあ、バーバラと付き合ってた頃は出さなかったけど、今なら出すよ。タブンネ。


「もし私に恋人ができたら……」

「ん?」

「兄さんはどうしますか?」

「そうだなー、相手次第だな。クソ野郎だったら殺す」


「兄さんより強いかもしれませんよ」

「そしたらユリウスとアーサー呼んできて殺してもらう」

「殺意が本気すぎませんか」

「もし二人で足りなければクランマスターの権限で全員動員する」

「それだけやったらこの国の騎士団でも倒せますよ……」


まあ騎士団全部相手だとキツいけど、騎士団一つずつなら多分倒せそう。


「ともあれルナが変な男を連れてこなければ問題ない」

「そうですね。今は恋人を作る気はありませんけど、冒険者のランクが兄さんより上になったら考えてみてもいいかもしれませんね」

「そんなこと言われると追いつかれたくなくなるんだが?」

「兄さんもランク上げてもいいんですよ?」

「んー、考えとく」


よく考えると別にルナに彼氏ができるのを阻止する必要もないんだけど、なんとなく追われると逃げたくなるのが心情であった。




「終わりました」

「お疲れー、ルナ」


書類の束を全て左側に重ね終えたルナが俺の目の前でくっと背伸びをする。

途中から暇になった俺が編んでいたルナの長い後ろ髪は手を離すと自然にはらはらと解けていく。

さらさらで引っかからずに流れていく金髪は、そのまま上の方に指を入れてそのまま下に流すと、櫛で手入れしたあとと変わらない状態になる。


「頑張ったご褒美に頭を撫でてやろう」

「それはいりません」

「じゃあ肩でも揉もうか」

「それよりも、今から食事に行くので兄さんお金出してください」

「食堂じゃないよな。外ならまあそんなに高くなければ」


「大丈夫です、100万ルミナもあれば足りますから」

「十分高えよ!?」

「兄さんの一日の仕事を肩代わりしたと考えれば、法外な報酬でもないと思いますが?」

「うーん……」


確かに俺の月の給料を日割りすれば、そこまでおかしい金額でもないかもしれないけど。


「まあ流石にそれは冗談ですが、お金は出してくれますよね?」

「わかったよ、好きなところでいいぞ」

「ならまず1000万ルミナを用意してください」

「さっきより上がってる!?」

「それじゃ兄さん、行きますよ」

「いやルナ、冗談だよね? 冗談だよねー!?」


俺の声をスルーして先に部屋を出るルナを追いかけて俺も部屋を出る。


「それもうただのデートなのでは?」


というリリアーナさんのツッコミが部屋にぼそりと流れた。

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