008.伯爵様の刃
「おいっすー」
中にいた伯爵、ベイオウルフに声をかけるとその当人が振り返る。
「いらっしゃい、ユーリ」
迎えるのはイケメンスマイル。
同性相手にもイケメンを配れるのは流石(顔面が)富める者は違うぜ。
「ちょっと待たせたか?」
「大丈夫、僕もやっと抜けてこられたとこだよ」
本日のパーティーの主催、ベイオウルフ伯爵。
普段は気軽に話しかけることもできないくらい身分が違う相手だが、プライデートでは趣味で意気投合した友人同士である。
ちなみに友人でありながら表でちくちく言葉の応酬をしてるのは、そうしたときの周りの反応が面白いからっていう遊び心で深い意味はない。
「はいこれ、新作」
言って俺が懐から取り出したのは紙の束。
「じゃあこちらも、はい」
交換するようにベイオウルフに渡されたのは一冊の本。
これが俺たちの共通の趣味。
俺の紙束には≪星の導き≫のクランメンバーがこなした依頼のエピソードが書かれている。
高ランク冒険者のお仕事はそれだけでエンタメに満ちているので、別の業界の人間には需要があるらしい。
ちなみに守秘義務に関わるようなところは誤魔化してるので安心してくれ。
逆にベイオウルフから渡されたのは貴族の生活と権謀術数の日々が書かれた物語。
ちなみに俺もベイオウルフも物語を読むのが好きなのであって、自分で書くのはその対価の為の副産物だ。
特にベイオウルフは家の関係で叶わなかったが、子供の頃は冒険者になりたかったということで、今でもこういうネタは大好物だって前に言っていた。
まあ流石に時間がかかるから、この場で読み始めたりはしないけど。
「それで、これが新しい魔装か?」
ベイオウルフが握っているのは片刃の剣。
会場で挨拶した時に話してたやつね。
一応それは片手でも振れるくらいの長さと重量。
装飾も凝っていて、特殊な魔術が施されているというのにも納得の見た目だ。
「そうそう、なんでも停滞の魔術がかかっていて斬ったものの断面の時間を止めるんだって」
「へー、凄いな。使い道はなんにも思い付かないけど」
「とりあえず試してみよう」
言ったベイオウルフにオレンジを一つ渡される。
それを真上に放るとベイオウルフの腕が振り抜かれ、オレンジが空中で真っ二つにされた。
そのまま両手で一つずつキャッチする俺。
しかしその断面からは果汁が垂れたりはしない。
「おー、本当に止まってる。っていうか切れ味も凄いな」
「これで実用性がないのが残念だけどね。おかげで安く買えたんだけど」
「いくら?」
「1億ルミナくらい」
「そんなに」
ルミナというのはこの国の通過単位で、1億ルミナというのは一般的な市民が生涯に稼ぐ金額より多いくらい。
トップクランのマスターをしている俺の稼ぎでも到底安いとは言えない金額だ。
確かに切れ味は良いけれど、流石に壊れた時の損失を考えるとそれを目当てに実用する気にはとてもならないような価格。
というか同じくらい優秀な武器でももっと安く買えるわ。
「相変わらず金持ってるな」
「そりゃ伯爵家の当主だからね」
その言葉に、ちょっとだけ含みがあることに気付いたけれど気にしない。
俺はよく、かなり稼いでるんだからモテないわけないだろなんて言われたりするけれど、本物の金持ちを見ると自分がどれだけ大したことないか実感できる。
だから俺がモテなくても俺は悪くない。
「それで、なにか使い道思い付かない?」
「んー、そうだな」
一発芸ならいくつか思い付くし、食材の鮮度を保ったりも出来そうだけど、こんな高級品を使ってるやることじゃない。
一応ちょっとした活用法は思い付いたけど、あまり大きな声で言えるようなことでもないので耳打ちをする。
ごにょごにょ。
「あはは、ちょっとそれは危なすぎるでしょ」
なんて言葉とは裏腹に楽しそうに笑っているその姿はイタズラの計画を聞いた子供みたいだ。
こいつはこういうとこある。
まあ魔装・魔道具好きとしては、変な効果の活用法方考えるのも楽しみの一つではあるから気持ちはわかるけど。
「ユーリは最近なにか買った?」
「買ってはないが、クランメンバーが手に入れてきたのいくつか引き取ったな」
「やっぱ冒険者はズルいよなあ、自分で回収できるんだもん」
俺はベイオウルフほど金持ちじゃないが、クランメンバーがダンジョンなどから入手してきた魔装を直接買うことができるので趣味と実益を兼ねて手に入れたりしている。
通常でも買取りされた魔装が売りに出されるときは数割増から数倍の値がつけられることがあるし、オークションに出品されるような品は仕入値の十倍以上の金額に膨れ上がるようなことも間々ある。
それを考えれば、今の立場はかなりの役得だ。
まあうちのクランの中では戦利品は一旦売る前に欲しいメンバーが居ないか確認して、手をあげた人がいればそのまま交渉できるシステムがあるから俺だけの特権って訳じゃないけど。
「とりあえず最近で一番面白かったのは壁を透視できる眼鏡かな」
「なんか普通に便利そうなんだけど」
「ダンジョンで使ったら神アイテムだろうなあ」
問題は俺がダンジョンに行くことはないってことだけど。
ちなみに役得について長々と説明したけれど、この魔道具は他所から買ってきたものになる。
というか実際やったらクラン内の評判がひどいことになるわ。
流石にみんなの前で堂々とこんな魔道具を買う勇気は俺にはない。
「じゃあ何に使うの」
「そりゃあお前、あれだよ」
あんまり大きな声じゃ言えないことだよ。
俺の名誉のために言っておくと、一応犯罪ではない。
そんな話から小説の話題に戻り、ついでに雑談に世間話が混ざる。
「やっぱり古い家の貴族からは評判はよくないね、ユーリは」
「まあそこはうちのクランにじゃなくて俺個人への敵愾心だから別にいいかな」
ぽっと出の成り上がり者が嫌われるのは世の常だ。
それに目立つようなことしなきゃ嫌われる以上のことはないだろうし。
「ユリウス殿たちはこの国の英雄で王都の最高戦力だからね。王族とは別方向で触れるな危険だよ」
実際にうちのクランメンバー筆頭のユリウスたちはこの国の危機を一度救ってるので下手に触ると貴族でも危ないって評判らしい。
「あと競合してる商会からも目をつけられてるかなー」
「そっちはリリアーナさんの実家がどうにかするでしょ」
王都一のクランからもたらされる利益は大きく、当然同業からは睨まれてもおかしくない。
まあ直接的に何かされるわけでもないし、裏での腹芸は商会同士でやってもらってって話だ。
そもそも腹芸とか利権争いとかそういうの苦手なんだよね、俺。
「そっちはお姫様との関係を噂されてたぞ」
ベイオウルフとお姫様、美男美女で並べばとてもお似合いだ。
「ただのホストと招待客というだけで特別な関係はないけどね」
「本当かあ?」
もしベイオウルフが実際なあんな美人にモテているというなら、流石に俺はこいつを許せないかもしれない。
「ほんとほんと。そうだ、折角ならユーリに紹介しようか」
「それは遠慮しておく」
「そう? せっかく女性と出会えるチャンスなのに」
俺がモテを求めているのはベイオウルフも知っているのでそんな提案をされるわけだが、まあ無理だよね。
「流石に身分が違いすぎるだろ」
「それ言ったら僕とユーリも大概だと思うけど」
「友人と恋人は違うだろ?」
「それは確かに」
友人は何人いても許されるけど恋人は一人しか許されないからな。
その分相手に求められる格というのは非情で厳格だ。
「でもユーリのそうやってすぐ諦める積極性のなさがモテない原因なんじゃない?」
「おっ、戦争か?」
本当のことでも言っちゃいけないことはあるんだぞ?
「決闘でも僕は負けないけどね」
「なら俺は代役にユリウス呼んでくるわ」
「いやそれはズルいでしょ」
「アーサーでもいいぞ?」
「どっちにしろ無理だよ!」
なんて冗談を言えるのも仲が良い証拠ではある。
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