007.貴族の晩餐会と噂話と肉
ゴトゴトと馬車に揺られて貴族街の道を進む。
外はもう日が落ちていて、それでも一般区画より多くの明かりが道を照らしている。
座席の向かいにはきらびやかな深紅のドレスを身に纏ったリリアーナさん。
俺も彼女と見合うように、普段とは違ってきっちりとした服装をしている。
まあこのあとの予定を考えれば当然の格好なんだけど。
「今日は付き合ってもらってありがとうございます、リリアーナさん。ドレスとてもお綺麗ですよ」
「ありがとうございます、クラマスもよくお似合いですよ」
「俺はまだ違和感が凄いですけどね、この格好」
動きづらいのもあるけど、首元なんかも締め付けられる感じがして苦手だ。
「クラマスは≪星の導き≫のクランマスターなんですから、慣れてもらわないと困りますよ」
「いやあ、俺の本職は冒険者なので」
なんて言い訳もそろそろ自分でも無理があるなと思い始めてるのが困りものだけど。
そもそも無学なので堅苦しいのは苦手って言うのもある。
「そんなこと言っても逃げられませんよ」
「ですよね」
まあリリアーナさんのドレス姿を見られただけで元はとれてるから、あとは無難にこなして帰ろう。
「私も、クラマスの今の格好は好きですよ」
「そうですか? そこまで言われたらちゃんとしないといけませんね」
「はい、がんばってください」
ちょっとのせられた気もするけどまあいいか。
ということで服に見合うように背筋を伸ばして待っていると、馬車は停まり目的地に到着した。
「どうぞ、リリアーナさん」
「ありがとうございます」
馬車から降りるリリアーナさんに手を差し出してエスコートし、そのまま振り向くと、門の奥には広々とした敷地が広がっている。
「相変わらず、デカい屋敷だなあ」
「あんまり失礼なこと言わないでくださいね」
「わかってますよ、打ち首にはなりたくないので」
この先に居るのは屋敷に相応しい地位の人物で、庶民の首なんて好き放題落とせるような貴族様だ。
「伯爵はそんなことしないと思いますけどね」
「まあでも気を付けるに越したことはないでしょ」
いつまでも門の前に待っていても他の客の迷惑になるので、そのままリリアーナさんと中へ入る。
招待状はちゃんと送られてきたものなので問題なく、そのままホールに入ると既に高そうな服を身に纏った人々が優雅に談笑していた。
「んじゃとりあえず酒かな」
「まずは挨拶ですよ」
「そんな……」
高いお酒と上等な食事を目当てにここまで来たのに。
「行きますよ」
「はーい」
結局手を引かれて強制連行される。
でもそんなリリアーナさんも好き。
そんなこんなで出向いたのは本日のパーティーの主催、ベイオウルフ伯爵の所。
若くして家督を受け継いだ伯爵はまだ二十代で俺とさほど歳は変わらないが、女にモテる金髪イケメンなので俺の敵である。
挨拶はちゃんとするけどね。
「本日はお招きいたたぎ感謝いたします」
「ようこそお越しくださいました。本日はごゆるりとお楽しみください」
「ええ、そうさせていただきます」
ヨシ、ノルマ完了。
といってそのまま解放してくれないのが貴族の会話なんだけど。
「そういえば≪星の導き≫はダンジョン探索の仕事を任されたとか」
なんて伯爵から振られたジャブは無難にかわす。
「冒険者ギルドからの指名でしたので受けさせていただきました。ダンジョンにもしものことがあれば被害はこの王都にまで及びますから」
「≪星の導き≫に任せればそれも安心ということですね。依頼にはギルドと交渉し多額の報酬を受け取ったとか。羨ましい限りです」
「当クランには優秀な人員が多数在籍していますから当然の報酬ですよ。伯爵こそ、魔装の取引で大きな利益を上げていると聞きましたよ」
「私の魔装は趣味のようなものですよ。先日は素晴らしい切れ味の刀剣を手に入れましたので、機会があればその切れ味をご覧にいれましょう」
「それは素晴らしい。ぜひ見てみたいものです」
「試し切りは何にしましょうか」
「そうですね、いっそ魔獣などは如何でしょう」
「なるほど、首輪の付けられていない獣はどんな時でも危険ですからね」
「一見飼い慣らされてるように見える獣の方がよほど危険かと」
「ははは」
「あはは」
他愛ない雑談になぜか他の招待客は距離を取っていて、リリアーナさんは呆れたような顔でこちらを見ていた。
「それでは、失礼させていただく」
ということで挨拶は無事終わったので俺は退散して端っこでお酒でも飲んでますかね。
伯爵は招待客に挨拶されるのに忙しいし、リリアーナさんも実家の商会の繋がりで貴族や有力者に挨拶する相手には事欠かない。
それに比べて庶民の俺は場違いこの上ないのでゆっくりとお酒を飲みながら周りの噂話なんかに聞き耳を立てる暇まである。
基本はお世辞と陰口にたまに時事ネタが混ざるくらいであんまり面白い話は聞こえてこないけど。
なんて思っていると入り口の方からざわっと人の動く気配がして自然とそちらに視線を向けた。
そこにいたのは上品な身分の人混みに囲まれてもなお際立って気品がある若い女性。
歳は今年で16だったかな。
貴族の顔にはあまり興味がない俺でも知っている。
名前はアストラエア様。
この国の第三王女様だ。
うちのルナも相当顔が良いと思っているけれど、あそこにいるお姫様も流石で微笑む姿はまるで一枚の絵画のよう。
金で刺繍された純白のドレスに、腰まで伸びた真っ直ぐな金髪は遠目で見ても別格の高貴な人物だとわかる。
まあ流石に身分が違いすぎて、どれだけ綺麗でも口説きにいこうとは思わないんだけど。
なんて思っていると本日のパーティーの主催のである伯爵がお姫様を歓待する。
うーん、美男美女。
そんな嫉妬で飯が不味くなるような光景を見ながら、俺は八つ当たり気味にテーブルの食事に手を伸ばした。
えっ、この肉うまっ。
夜も更けた頃、パーティーホールを抜けて人気のない廊下を一人で歩く。
伯爵様のお屋敷はその身分相応に広く、左右に並ぶ部屋はいくつあるのか数える気にもならないくらい。
階段なんかも俺の両腕よりも幅が広くて、折り返しの踊り場なんかは剣を握って切り合えそう。
そんで階段を上ってまた少し進んだ部屋に人の気配があった。
ノックをせずに部屋に入ると、そこには背中を向けた人影が一つ。
「おいっすー」
そこには伯爵様の姿があった。
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