006.契約交渉とモテ交渉
「こんにちは、ドラングさん」
「よう、ユーリ」
ギルドの奥の一番豪華な部屋に通されて待っているのはとてもガタイのオッサン。
俺も座ってるドラングさんとテーブルを挟んでその向かいに座る。
歳は50過ぎくらいかな。
元冒険者だけあって今でも筋肉はモリモリだ。
っていうか殴りあったら普通に負ける自信があるね俺。
「ドラングさん、元ランク8だっけ」
「9だ、ランク9。一応これでも昔は冒険者として一目を置かれてたんだぞ。お前んところの四人には負けるがな」
「どっちにしても俺から見たら雲の上だけどね」
「それについてだが、お前、ランク7は目指さんのか」
「んー、今の俺じゃ実力も実績も足りないでしょ」
ランクを上げるには相応の魔物を倒せる実力と実際に達成した実績が必要になる。
例えばランク10だと竜の上位種を討伐できる実力と、国を救うレベルの実績が必要。
ランク7だとそれよりもハードルは低いけど、それでも今の俺じゃどっちも足りてない。
「だとしても、クランを使えば達成できないほどじゃねえだろ」
実績はパーティー毎に見られるから介護してもらえばそれなりに査定に下駄を履かせることもできる。
まあそれでも盛れるのは半ランクが限界かなって感じだけど。
「それに実力に見合わないランクになっても良いことないしね。ランク7の依頼とか受けたら普通に死にそうだし」
「そこまで酷いことにはならないと思うがな」
「まあそんなことはどうでもいいよ。それで本題は?」
「お前が話を振ってきたんだろうが」
「それはごめんなさい」
「ったく。まあいい」
気を取り直したドラングさんは、顔をキリッとさせてお仕事モードに戻る。
「最近王都の近くに発生したダンジョンがあるだろ? そこの調査を≪星の導き≫に頼みてえ」
「あそこって雑魚しか居ないって聞いたけど」
一月ほど前に発生したダンジョンは敵も弱く、相応に素材や宝物も貴重な品は発見されていないと聞いている。
「もしそうじゃなかったら最優先で潰されてるからな。高ランクの魔物がもしダンジョンから溢れてきたら大事件だ」
基本的にダンジョンの魔物はわざわざ外に出てくることはないが、それでも例外はある。
とはいえ今のところ確認されている魔物の強さなら外に出てきても問題なく対処できるというのがギルドの見解のようだ。
「じゃあなんでうち?」
自分で言うのもなんだけどうちのクランは高ランクの冒険者ばっかりで雑魚狩りをわざわざ受けるような面子じゃない。
「思ったよりダンジョンの奥が深いようでな、今のところ大した脅威は無いが底を知っときてえってとこだ」
ダンジョンは広さも深さもまちまちで浅ければ3層程度、深ければ20層を越えるようなものまである。
成り立ちも昔から存在する場所から、魔術や世界の歪みによって新たに突如発生するものまで様々だ。
魔物の素材や魔道具、宝物によって特需が生まれるが、そこから魔物が溢れだしてくれば周辺には危険が及ぶこともあるので扱いが難しい。
王都の近くに発生したのであれば、脅威の最大値を見極めて管理していきたいというのが本音だろう。
「んで、報酬は?」
「これだ」
渡された紙を見て、テーブルに置く。
「流石に安くない?」
「どこまで強い魔物がいるかまだわからんからな。あまり大金は出せん」
提示された相場はランク4冒険者の報酬程度。
確認されている魔物はゴブリンなど小型の魔獣なので難易度と報酬は見合っているけど、うちの冒険者は最低ランク5からなのでこれじゃ受けられない。
「わざわざうちに持ってきたってことは急ぎで調査するようにどっかからせっつかれてるんでしょ? なら最低でもランク7の相場は出してくれないと」
「そりゃちょっと取りすぎだろ。ランク5とか6でも行けるだろ?」
「脅威がわからない最前線に行かせるんだからそれくらいは出してもらわないと。出せないなら普通にランク4の冒険者に依頼して手に負えなくなったらうちに回せば良いんじゃない?」
というかそっちの方が適材適所だしそれはギルドもわかってるはず。
それでもうちに持ってきたってことはとっとと深さを調べ終えたいって事情があるんだろう。
まあ王都の近くにダンジョンが発生したんだから気持ちはわかる。
とはいえそういう事情があるなら相応にお金は出してもらわないとね。
「ね、もう一声」
調子よく俺が指をパチンと鳴らすとドラングさんが嫌そうな顔をする。
俺の超クールでカッコいい仕草はお気に召さないみたいだ。
「それやめろそれ」
「じゃあもう一声」
「わかった、それでいい」
結局こっちの条件を飲むドラングさん。
ぶっちゃけ無理にうちに頼まなくても良いと思うんだけど、ここで即決する辺り依頼の出所はやっぱり国の上の方なのかな。
「了解。それじゃあ契約書と今まで出てる情報はまとめてクランに送っておいて。うちも誰が行くか選んでおくから」
「ああ。今日中には渡せるはずだ」
「ちなみにマップはある?」
「完全じゃないが出来上がってる所まではこっちで用意しておく。早く進んでほしいのはこっちだからな」
「助かる~」
ドラングさんとがっちり握手をして商談は成立。
「それで話は変わるんですけど」
「どうした、ユーリ」
「ギルドに俺と付き合ってくれそうな娘とかいないの、ドラングさん」
「いねえよ」
「即答!?」
「むしろこっちとしてはお前がギルド職員と付き合ってくれりゃ連絡しやすくなって楽まであるんだがな。なんでお前そんなにモテねえんだよ。国内有数のクランのマスターってだけでモテない方が不思議なんだが」
「その話を突き詰めてくと俺に魅力がないからって結論に帰結して悲しくなるからやめてくれます?」
「お前が言い出した話なんだがな。とりあえずランク上げるか?」
「それはやだ」
「なんでだよ!」
「だって今のランクが実力相応だもん。クランのマスターだからって下駄履かされても誰も得しないでしょ」
「いいだろ、ランク7になったらモテるぞ」
「7でモテるなら6でもモテてるんだよなぁ」
実際そこには低くない壁があるし別物なんだけど、普通の人から見たらどっちも雲の上には変わりない。
「そんなことより俺がモテる方法考えてよ、ドラングさん」
「お前の立場ならナンパでもすりゃ女くらいすぐ引っ掛かるだろ」
「それが、ぜんっっっぜんモテないんですよ! おかしくないですか!?」
「おかしいなぁ、俺がお前の歳の頃はモテてモテてしょうがなかったがな」
「それはドラングさんが強かったからでしょ」
「今でもそこらの冒険者にゃ負けんがな!」
「はいはい」
「まあそんな話は置いとくとして、ギルドでお前に気がある職員が居ないか軽く調べといてやるよ」
「ほんと? ありがとー、ドラングさん好き」
「まっ、見つかるかはわからんけどな」
「流石にその時は素直に諦めるよ」
その気がない人を無理やり紹介してほしいほどはまだ決まってないからね。まだ。
そんな雑談を済ませて俺は冒険者ギルドのロビーに戻る。
そこにはまだバーバラが残っていた。
「おかえりー、ユーリ」
「おう、ダンジョンの探索依頼貰ってきたぞ」
「ほんと? 丁度良いじゃん」
何を隠そうバーバラは世界を旅してダンジョンを攻略する冒険者で、元よりダンジョン攻略をする前提で動いていたので依頼の報酬分だけ丸儲けということになる。
「しかも報酬たかっ!」
「うちのクランへの依頼だからなー、こんなもんだろ」
とはいえバーバラ以外にダンジョン行きたいメンバーがいるかもしれないから、そこはクランに戻って確認してみてだな。
とりあえず1パーティーは余裕で動かせる報酬があるから、そこは手の空いてるメンバーから希望を募ろう。
「それじゃ早速帰りましょ」
「はいよ、なんか買ってくか?」
「じゃあ昼飯食べてきましょ。久しぶりに行きたい店もあるし」
「ジョニーのオッサンの店なら潰れたぞ」
「えっ、嘘でしょ!?」
「マジ。五年も経てばそんなこともある」
「えー、じゃあユーリにはお詫びに何か奢ってもらわないと」
「なんで俺が奢るんだよ!?」
「閉店のお詫び?」
「あー、うん。もういいや。場所は俺が選ぶぞ」
「あーい。そいやユーリ、午後の予定は?」
「ちょっと出掛ける用事がある」
「ナンパ?」
「部分的にそう」
「のわりにはテンションが低いけど?」
「そうかもな」
ちょっと、面倒な用事なのだ。
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