002.妹(妹ではない)

「兄さん、いますか」


そんな呼び掛けののちに執務室に入ってきたのは銀色の長い髪を持つ少女。

表情が薄く冷たい印象はあるけれど、とても整った顔立ちのその少女は俺の妹とは到底思えない。

実際、妹じゃないんだけどさ。


「失礼します、リリアーナさん」


入ってきた彼女は挨拶して、リリアーナさんもこれに応える。


「おはようございます、ルナさん」


彼女の名前はルナ。

俺が数年前に保護した少女だ。

正確にはクランを立ち上げたあとパーティーの任務で見つけた女の子で、クランで預かることにしたんだけど、それからなぜか他のパーティーメンバーではなく俺によくなついていた。


「どうした、ルナ?」

「今日は買い物に行く約束をしていたはずですが、もしかして忘れていたんですか?」


ルナの咎めるような視線はとても冷たい。

なついていても柔らかくないのがこの妹の特徴なのだ。

そもそも本当になつかれているのか疑問に思ったりもするが、「兄さん」と呼ぶのも俺相手にだけ。


おそらく当時から既に圧倒的な才能を見せていた他のパーティーメンバーより凡人の俺の方が子供ながらに親しみやすかったのだと思われる。

あと既にパーティーで俺だけ実力が劣っているのがハッキリとしていて、クランハウスで留守番してることが多かったのも要因かな。


ちなみにルナの歳は14歳、雰囲気は大人びて見えるがやはりまだ子供だ。

俺より六つも年下だし。

更に保護した時は当時まだ10歳だったので絶賛恋人募集中だった俺でも流石に守備範囲外だった。

そして当時から今までずっと恋人募集中な俺、悲しいね。


それからずっと一緒にいるのですっかりルナは妹のような存在という認識が出来上がっていた。

本当は妹じゃないんだけどね。

どう見ても血が繋がってないのに兄さん呼びするのはいろんな所で誤解を生むからやめようって何度も言ったのに頑なに改めないから結局俺が諦めたんだよなあ。


「もちろん、約束は覚えてたぞ」


嘘だけど。


「嘘ですね」


よくわかってらっしゃる。さすが妹、妹じゃないけど。


えーっと、

「今日は装備を見に行くんだろ。今から行くか?」

「はい、大丈夫ですか?」

「問題ないぞ」


残りの仕事はリリアーナさんが全部やってくれるし。


「それじゃあ行くか。リリアーナさんあとはお願いします」

「はい、お任せください」

「失礼します」




ということでクランハウスを出た俺とルナはそのまま商店の並ぶ通りに向かう。


「今日は探索装備なんだな」

「私服で来る理由がありませんから」


今日のルナはそのまま探索に行けるような装備を身に付けている。

手脚とは保護しつつ、胴は物に引っ掛からないように身体にフィットするデザイン。

装備を追加、交換するなら実際に使う格好で握ってみるのが一番なのは道理ではあるか。


その姿は若いなりに着なれていて、初心者らしさは微塵もない。

実際ランク5の冒険者だから中堅くらいの実力はあるしね。

つーかそろそろ俺のランク追い付かれちゃうよ。


別に誰もルナに冒険者になれなんて言ったことはなかったのに、若いうちから自発的にここまで強くなってるんだから才能は本物だ。

それはそれで喜ばしくもあり、少し不安でもあるんだけど。


「それで今日はどうするんだ?」

「まずは武器を、そのあとは消耗品です」


ルナの腰には左右に短剣が一本ずつ。

防具も身体にフィットして軽量で動きやすい物を身に付けている。

一目でわかる速度重視の軽剣士だ。


「店は決めてるのか?」

「ええ」


なら俺いらなくね?

まあ実際に選ぶ際のアドバイスくらいはできなくもないけど。


「まずはここですね」


ルナと共に到着したのは、鍛冶屋。

自分達で剣を打っているところだな。

他には遺跡なんかから発掘された装備をまとめて扱う武器屋なんかもあったりするけど、どっちも質は上から下までなのでどちらの方が上ということはない。


んでここはハイクラス寄りの店。

ランク5の依頼で安物使ってたらすぐ折れてダメになるから自然とそうなる。


店に入るとルナはまっすぐ短剣が飾ってあるスペースへ。

幅広のしっかりした物から針のように細いものまで選り取りみどりだ。

まあ細すぎるのは刺突用で、ルナみたいに斬るスタイルの戦い方で使うようなものでもないけど。


あとあんまり重いと速度が失われるので、そういう点では選択肢は自然と限られる。

魔石によって属性を付与されている物もあるし、二本握れる双剣使いはそういうのと相性がよかったりもするかな。


「それで、どれにするんだ?」

「そうですね……」


ルナが壁に手を伸ばして選んだのは銀色の短剣。

属性はついてないけど切れ味は良さそうだ。

それを軽く握ったルナがくるりと回して俺に差し出す。


受け取って握ってみると重心が近く振りやすい。

少し俺には握り手が細い気もするがルナの手の大きさには丁度良いだろう。

ちょっと握って満足したのでそれはルナに返しておく。


「どうですか?」

「似合ってるぞ、銀と黒で見た目も良いし」


右の銀剣はルナの銀髪に良く似合うし、左の黒剣もルナの静かな雰囲気に良く似合う。


「武具としての質を聞いているんですが」


なんて呆れた顔で見られたが、それはこの店に来た時点で大前提として特に言うことはない。


「性能に関しちゃどれも問題ないだろ」


信用のある店だし。


「というかどれ選んでも今使ってるのより性能良いだろ」


ルナが買い換えようとしているのは昔俺があげたお下がりのやつなので性能はお察しだ。

ランク5の冒険者にとってはそろそろメインで運用するには無理があるでしょって性能なので、切れ味であっても耐久性であってもこの店にある武器の方が総じて質は高い。

逆にルナは一応貰い物を持ち替えるから気を使って今日俺を誘ったのかもしれないけど。


どっちにしろ俺の渡したもので死なれたら困るから交換には賛成だ。

とはいえ安い買い物じゃないんだけど。


「いくらか出そうか?」

「必要ありません。自分の装備は自分で揃えますので」

「ルナは偉いな、よしよし」


俺がルナの頭を撫でると、それに不満そうに睨まれる。


「手首切り落としますよ」

「こわっ……」


思わず手を引っ込めてしまった。

子供扱いされたのが不満なんだろうけど、これくらいの年の子はよくわからん。

六年前の俺はもっとずっと丸かった気がするけど。


「まあいいや。買うのはこれだけでいいんだよな」

「はい。この店では」


ならということで会計を済ませる。

ちなみにここはリリアーナさんの実家の商会の系列店でうちのクランのメンバーなら割引が効く。

逆にうちのメンバーも贔屓にしているし、素材の融通なんかもしてるからクランと商会で持ちつ持たれつだけど。


こっちは割引してもらってお得、あっちは売上が伸びて結果的に総利益も上がる。

理想的なwin-winの関係だ。


「ありがとうございましたー」


そんな流れで訪れたのは、またまた系列店の防具屋。

鎧の他に手甲や胸当てなんかも並んでて、今日のお目当てはそれ。


「これなんてどうだ」


コバルトブルーに塗装された金属の胸当てを棚から取ってルナに渡してみる。

実際にそれを胸に当てたルナは微かに眉を歪めた。


「少し、胸が苦しいです」

「ルナにも潰れる胸なんてあったんだな」


ちょっと前まで完全に平坦だったのにこれが成長期か。

とはいえ普段の格好でも俺の目にはルナの女性的な膨らみは確認できないんだけど。


「そういうことを言うから女性に相手にされないんですよ、兄さん」


流石に俺だって異性、というかルナ以外にこんなことは言わんがな。

ちなみに俺は女性の胸はどれも等しく素晴らしいと思っているので、その大きさで区別したりはしないぞ。


「それに事実だろ?」

「なら兄さんに恋人がいないのも事実ですね」


たしかにそうではあるがぁ!


「まあ私としては兄さんには恋人を作るよりも、もう少し真面目に仕事をしてほしい所ですけど」

「それは無理な相談だ」


なんて答えると、ルナが不満そうな視線をこちらに向けた。




それから店を出て通りをぶらぶらと歩く。

結局ルナは胸当ては新調しなかったけど、かわりに手甲を買ったので機嫌は悪くない。

長年一緒にいる俺がギリギリわかるくらいの機嫌の良さだけど。


ここの通りには屋台が並んでいて、食欲を誘う匂いが鼻をくすぐる。


「あれ、食べてくか」

「あれですか……?」


俺が視線を向けたのはカエル肉の串焼き屋。

ルナは微妙そうな顔をしているけど、俺は気にせず注文する。


「おっちゃん、串焼き二本ね」

「あいよっ」


注文して受け取ったうちの一本をルナに渡す。

カエルの原型が残ったまま丸焼きにされてる見た目はちょっとアレなようで、ルナは躊躇いながらも口をつけた。


「おいしいか?」

「そうですね……、悪くないです」


これは内心では美味しいと思ってる反応だ。

俺も口をつけるけど、うん、美味しい。

さっぱりとしてて鳥肉みたいな味わいで、タレの味がよく効いてる。


こういう町の賑わいの中で食べるのも悪くないな。

そのまま無言でむしゃむしゃとしていると、ルナに聞かれる。


「どこを見ているんですか、兄さん?」

「あそこの綺麗なお姉さんを」


「確かに綺麗な人ですね。兄さんには釣り合いませんよ」

「いいか、ルナ。重要なのは釣り合うかどうかじゃないんだ。互いに愛があるかどうかなんだよ」

「良い言葉ですね。女性と愛し合ったことのない兄さんが言っているという事実に目を瞑れば」

「俺だって両思いになったことくらいあるわい!」


「……、魔物とですか?」

「せめて対象は人間であってほしかったなあ……」

「てっきり嘘は言っていない文法かと」


まあ実際にルナのいる前でモテたことなんて一度もないしな。

ルナが居ない時は? 聞くな。




それからもう少し街中をぶらぶらして、満足したルナと買い物を終える。


「今日買った物の試しをしたいです」

「新しい装備は試したくなるよな」


うんうん、わかるぞ。

俺は実際に戦闘することはそんなにないけど気持ちはわかる。


「兄さん、ダンジョンに行きましょう」

「嫌だよ、疲れるし」

「そんなことだといざという時に困りますよ」

「いざという時が無いようにするのが俺の仕事だからいーの」


「じゃあ訓練に付き合ってください」

「疲れるからやだ」

「駄目です」

「駄目!?」

「ほら、行きますよ」


宣言したルナに手を引かれてそのまま連行される。


「いやだから行かないって、力強いなこいつ、いつの間にそんなに力強くなったんだよ、やめっ、離せっ」

「これくらいも振りほどけないなんてやっぱり兄さんは運動不足ですね」


なんて勝手に納得するルナに引きずられて、結局俺はクランの訓練場まで行くことになった。

誰かタスケテ……。

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2024年10月22日 19:05
2024年10月23日 07:05

【悲報】モテたくてクランを作ったのになぜか俺だけ彼女ができない件~周りに美少女が沢山いるのにこんなの絶対おかしい!~ あまかみ唯 @amakamiyui

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