【悲報】モテたくてクランを作ったのになぜか俺だけ彼女ができない件~周りに美少女が沢山いるのにこんなの絶対おかしい!~

あまかみ唯

001.美人秘書と書類仕事

自分の部屋で目を覚ますと同じベッドに胸のデカい女が寝ていた。

というか寝てる間に、その女の胸を揉んでいた。


むにっ。


「んっ……」


右手に力を込めるとそれはずっしりしていて、だけど柔らかい。

やっぱり夢じゃないようだ。


コンコン。


「兄さん、起きてますか?」


部屋の外からノックと共に呼び掛ける声。

俺の隣には半裸の女。

…………。


ここは俺の自室だしおそらく合意の上でのことだと思われるのだが、酒のせいか寝る前の記憶が曖昧だ。


コンコン。


コンコンコンコン。


段々と加速していくノックの音。


コンコンコンコンコンコンコンコン。


なにやら命の危険を感じるが、ひとまず昨日何があったのか急いで思い出してみよう。(現実逃避)




ここはクラン≪星の導き≫のクランハウス、その最上階。

一際大きな執務室の中には人影が二つ。

一つは俺、名前はユーリ。このギルドのマスターを務めるランク6冒険者だ。


もう一つは秘書兼事務兼経理のリリアーナさん。

あと法務と人事も担当。

黒髪を後ろで括り、ピッシリとした制服に身を包んでいる彼女は今も忙しそうに仕事をしながらトレードマークの眼鏡を光らせている。


「ねえ、リリアーナさん」

「なんでしょう、クラマス」


自分でデスクに向き合ったまま、同じく自分のデスクで仕事をしている彼女に声をかける。

彼女は顔をあげず声も事務的なものだかこれはいつものことなので気にしない。


「新人募集しようよ」

「ダメです」

「そんなっ!?」


俺の言葉にやっぱり顔をあげないまま答えたリリアーナさんが言葉を続ける。


「そもそも募集してどうするんですか」

「採用する?」

「現状、わざわざ新規で人を募集する必要性を感じません」

「それはそうだね」


うちのクランは所属冒険者50名ちょいの中規模クラン。

所属人数ではそこまで多くないが、最高ランクが10、最低ランクでも5と精鋭揃いのクランだ。


ちなみにランク10というのは『極めて大規模な問題に対し多大な貢献を果たした者』が認定されるランクであり、具体的に言うと国から騎士の称号と貴族の地位を貰えるくらいの偉業を達成して冒険者ギルドから認定される。


要するに超すごい冒険者。

だからといって、うちのメンバーは実際に貴族になってるわけじゃないんだけど。


ともあれそれくらい優秀な人材が多いので、採用募集の基準は自然と高くなる。

あと人手も今は足りてるしね。

じゃあなんで俺は募集したいのかと言えば、かわいい女の子と出会いたいから。


「そもそも、クランに出会いを求めるのが間違っているのではないかと」


でもこのクラン自体が、俺が彼女欲しくて作ったクランだからなあ……。

とはいえ今は規模も大きくなってあんまり俺の私的な目的の為に濫用できる訳じゃないんだけど。


「それに……」

「それに?」

「それにもう少しマスターの周りの人に目を向けてみた方がいいかもしれませんよ」


「身近な人って、リリアーナさんとか?」

「私ではありませんね」

「ですよね」


知ってた。


「そこまですぐに納得しなくてもいいと思いますけど……」

「なにか言いました?」

「なんでもありません」


答えたリリアーナさんはまた机に視線を落としてしまう。

いやまあ、なんて言ってたかは聞こえてたんだけどさ。

でも一回彼女には告白してお断りされてるからなあ。


一度そうしておいて全く気のない素振りをするのも失礼かもしれないけど、あんまりしつこく口説いて嫌がられたらそれはそれで困る訳で。

俺より少し歳上だけど顔は美人で器量も良いからとても魅力的な女性ではあるんだけど、あんまり有能すぎて今の仕事辞められたら困るというかクランが崩壊するんだよね。


俺なんかクランマスターと言いつつ別に居なくなってもみんな困らないけど、リリアーナさんが辞めたら数日でクランが立ち行かなくなるからパワハラにもセクハラにも敏感にならざるを得ない。

なのであんまりしつこく口説くのも躊躇われるというか。

でも折角だからちょっとくらいお誘いしてみようかな。


「リリアーナさん」

「なんでしょう、クラマス」

「よければ今夜、仕事終わりに食事でもいかがですか?」


「すみません、本日は夜に予定がありますので」

「あっ、はい」


そうですよね。

フラれたけど泣いてなんかない。


なんて馬鹿なこと言ってないで仕事するか。

目の前の机に積まれた書類の束を見る。

用紙は決裁書、収支表、要望書などなど。

これを処理するのが俺の今の仕事だ。


冒険者としての資格とランクは持っているけれど、実際に都市の外にお仕事をしに行くよりもこうやってクランの処理をしている方がずっと多い。

どうせ外行っても大して役に立たないしね。

だからといってクランマスターとして優秀な訳でもないんだけどさ。基本リリアーナさん頼りだし。


「リリアーナさん、素材の買取り相場ちょっと上がった?」

「はい、毛皮素材の一部の売却先を変更しましたので」


はぁ、有能。


「ちなみに、先日お渡しした書類で認証の印を貰っていますよ」

「そういえばそんなのもあったっけ。基本的にリリアーナさんの仕事を信用してるからすっかり忘れてたよ」

「しっかりしてくださいね」

「ごめんなさい」


素直に謝りながら、こうやって怒られるのも悪くないと思ってしまうのは秘密。


ちなみに採集した素材の売却はクランの大きな仕事の一つだ。

それ自体が毎回の手間な上に、より高く素材を売ろうとするならそれに対応した場所に売る必要がある。

薬草なら薬師、肉なら肉屋、毛皮なら被服店か防具店、鉱石なら鍛冶屋、宝石なら宝飾店とかね。


冒険者ギルドからの依頼された採集品ならギルドにそのまま納品すればいいんだけど、モンスター素材なんかはそうもいかない。

ということでその手間を一括で任せられるのがクランに加入するメリットの一つ。


特にうちはリリアーナさんが大商会の娘さんなので、個人の店に買取りで持っていくよりも高く査定をしてくれる。

なのでそういう意味でもリリアーナさんが居なくなると、うちのクランは立ち行かなくなるレベルだ。

そんなことを考えてリリアーナさんに心の中で礼拝しながら、次の用紙に視線を落とす。


「寮の食堂のメニューに甘い物を増やしてほしいって」

「あまり多くは難しいですがいくつかなら可能かと。メニューはアンケートで集めてみましょうか」


「訓練場に弓専用のスペースを作ってほしいって」

「冒険者の身体能力でしたら分けなくても危険はないのでは?」

「んー、うちのメンバーなら訓練の矢に当たって怪我する人はいないと思うけど、弓組としては分けてあった方が集中できるんじゃないかな」

「でしたらひとまず簡易の仕切りを立ててみましょうか」


リリアーナさんは冒険者じゃないので実際の戦闘や訓練に関しては実際にやる側の感覚を持たないけど、俺が補足すると的確に方針を立ててくれる。


「これは女性寮のお風呂を広くしてほしいって要望? 女性寮のお風呂って狭いの?」

「面積自体は男性寮よりも広いです。それでも女性側からだけ意見が上がってきているのは入浴時間の差かと」

「なるほど」


男は風呂も早いもんな。


「ですが拡張するのは難しいですね」

「大工事になるしね。いっそ敷地内に露天風呂でも作ろっか」


そして混浴にしよう、そうしよう。


「無理ですよ。というか無計画に拡張すればあとで困ります」


うちのクランハウスは寮や訓練場も合わせて結構な敷地面積があるけど、それでも無計画に拡張できるほどじゃないっていうのはそう。


「あとは手紙の類か、絶対に見なきゃいけないのはある?」

「必須、強く推奨、推奨、自由、不要で分けてありますので確認してください。必須は二通ですね」

「んじゃとりあえず必須だけ」


封筒を左右の手に持って裏返すと、片方は見たことがある刻印、もう一つは見たことのない刻印。

封筒を閉じるのに蝋で固めた刻印は家名を示すので、それを見れば誰が送ってきたかは一目でわかる。

わざわざそんな洒落たシステムを使っていない封筒もあるけれど、そもそも手紙を送ってくるのはそこそこ以上の家または組織の人間が多いので使ってる方が多数派だ。


「うーん」


とりあえず知ってる刻印の方かな。

ペーパーナイフで封筒を開き、文面を確認して思わず顔をしかめ、そのまま戻して見なかったことにした。


「あとは冒険者ギルドからの要請もいくつかありますので確認してください」

「うん」


冒険者は基本的に自分でギルドに脚を運んで依頼を探しに行くけど、ランクが上がると逆にギルド側から指名されることもある。

これにも強く要請されるものから軽いお願いまであるので、条件を調べたりして適切なメンバーに伝えるのもクランの仕事だ。


内容は貴族からの護衛依頼とか魔物の討伐の要請とか色々。

基本的にはランクが高いメンバーほど対象にした依頼が多いかな。

とはいえ手紙に比べたら総数は多くないのが救いだ。

こっちはクランメンバーの稼ぎに直結するからちゃんとやらなきゃって気分にもなるしね。




ということで順番に確認してひとまず目の前のお仕事は終了。

ちなみにリリアーナさんはまだまだ書類と向き合っている。

なにか手伝うことあるかな?なんて思って声をかけようとした時、部屋の扉がコンコンとノックをされた。


ここは四階立てクランハウスの最上階にあるので、クランのメンバー以外が直接訪れることはない。

というかノックの音で誰かわかった。


「兄さん、いますか」


その声の主はやはりクランのメンバーで、そういえば今日約束をしていたなと思い出す。


「いるぞー。丁度今仕事終わったとこ」


返事をするとドアが開き、綺麗な銀髪の少女が姿を見せる。

ちなみに、俺を兄さんと呼ぶその声の持ち主は俺の妹ではない。

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