EP-7/minus seven: angelic memory.

 天使は目を閉じ、かがやかしい記憶を再生する。


 エンドロールよりずっと前の、はじまりの記憶。何百年、何千年の時がたとうとも、その輝きが失われることはないだろう。



   *****



 まるで、学園ドラマの告白シーンのようだった。


 夕焼ゆうやけにまる放課後の教室で、二人の生徒が向かい合っている。一人はセーラー服の女子で、もう一人は学ランの男子だ。今日の日付は、二〇一九年、四月十八日。二人はこの学校に入学したばかりの高校一年生だった。


園見そのみ芙蓉ふようくん」


 真剣しんけんな顔をしたセーラー服女子が、向かいに立つ学ラン男子の名を呼んだ。


 その女子生徒は特異とくいな外見をしていた。


 まず、髪は銀色で、やわらかそうなくせ毛が腰までびている。金色のひとみは宝石のようにきらきらと輝き、顔つきは彫像ちょうぞうのように整って、それでいて愛らしい。夕日に照らされきらめく少女は、人間にしては美しすぎた。


「……ううん、芙蓉ふよう。よく聞いて」


 彼女がもう一度呼びかける。


 いきなり名前を呼び捨てにされた男子生徒は、しかし表情を変えることなく銀髪の少女を見返していた。やや童顔どうがんで、平均的な身長の男子だ。彼の黒髪は短めのマッシュヘアに整えられていて、黒い瞳は眠たげに半開はんびらきになっていた。


 女子生徒が言葉を続ける。


「実は、わたし――白羽しらはね七彩ななせは天使なの」


 白羽七彩は天使である。


 それがどういうことなのか、なぜそうなのか、七彩自身にもピンときていない。彼女とて、朝起きて、朝ご飯を食べ、制服に着替きがえ、登校し、授業を終えてここにいる。普通の高校生と違うのは、この特徴的な容姿ようしと、とあるなやみを抱えていることだけ。


「……天使? どういうこと?」


 芙蓉はほとんど表情を変えずに、その声に少しばかりの怪訝けげんさを含ませて聞き返してきた。けれど、その疑問に答えるより先に、彼に言わなければならないことがある。


「いったん聞いて。実は、あなたにお願いがあって――」


 美しい銀色の髪が、オレンジ色の夕焼けを反射はんしゃしてきらきらと輝く。


 ゆっくりと、彼女はこうげた。


「わたし以外の天使を、殺してほしいの」



   *****



「わたしが言うのもなんだけど、本当に来てくれるとは思わなかった」


 銀髪の女子生徒――七彩ななせが言った。


 七彩と芙蓉ふようは、制服を着たまま並んで外を歩いている。それは学校の裏側から続く、人気ひとけのない道だった。右手側は田畑たはたが広がり、左手側は林。地面は舗装ほそうされていない砂利道じゃりみちで、歩くたびにざりざりと音がしていた。


 すでに日は落ちかけ、空は紫とオレンジの美しいグラデーションになっている。


「どうしてついてきてくれたの?」


 七彩が聞くと、芙蓉は無表情むひょうじょうで見返してきた。そして彼は地面をながめ、空を眺め、水平線の向こうにしずみゆく太陽を眺めた後、ようやく回答を見つけ出したのかこう返事をした。


「可愛いからついてきた」


「え」


 思わず声を上げた七彩を置いて、芙蓉が続ける。


「むしろことわる理由がなくない? 白羽さんは学校中でうわさの『お姫さま』だし、仲良くなれたら普通にうれしい。なんなら好きです。最初に見かけたときから好きでした。なんでもするので付き合ってください」


「おことわりします」


 七彩が即答そくとうして、こう聞いた。


「適当に言ってるでしょ?」


「ばれたか」


 あっけからんと答えた芙蓉を、七彩がじっとりとした目でにらんだ。すると芙蓉は、


「仲良くなれたら嬉しい、ってところは本当だけど」


 と言ってきた。


 みんなが言うには、七彩はとんでもない美少女らしい。芙蓉が言うように、一部では『お姫さま』なんてあだ名で呼ばれてもいる。だから、七彩が声をかければ芙蓉でなくともついてきてくれたかもしれない。


 ただ、そう言う割に芙蓉の表情はほとんど動いていない。なんとなく気になって、七彩はこう聞いてみた。


「さっきの、告白されると思った?」


「うん」


「どきどきした?」


「かなりした」


 芙蓉は素直にそう答えた。少し目を細めた彼は、どうやられているらしい。


 七彩にそんなつもりはなかったけれど、はからずも告白シーンみたいになってしまったのは確かだし、きっと芙蓉をがっかりさせてしまったに違いない。七彩は少しだけもうわけなく思いながらも、話題を変えることにした。


「さっきの話、信じてくれた?」


「天使がどうとかって話?」


「そう」


 七彩が答えると、芙蓉は数秒だまったあとこう答えた。


「どうかな。本当に天使だとしたらすごいなとは思う」


「なにその小学生みたいな感想。もっと真面目まじめに考えてよ」


 芙蓉にジト目を向けた七彩は、軽く両手を広げてこう言った。


「ほら見て。わたし変でしょ、全然みんなと違うでしょ」


 七彩の見た目は、現代日本の一般的な女子高生としてはかなり異常いじょうである。顔はともかく、目立ちまくりの銀髪は校則的にNGが出てもおかしくない。容姿ようしについて問われるたびに、七彩は「海外出身なので」とごまかしている。


 芙蓉はそんな七彩を観察するようにじっと見てきた。そんなにまじまじ見つめられると、見られているこっちはかなり居心地いごこちが悪い。


「……あんま見ないでよ」


「そっちが見ろと言ったのでは?」


「うるさい」


 七彩が言うと、視線を正面に戻した芙蓉がつぶやいた。


「別に変じゃないと思うけど。すごくきれいだと思うよ、髪の色も、目の色も」


 その言葉を聞いた七彩は、顔を赤くして「そういうことじゃないからっ」と否定した。芙蓉は良くも悪くも『馬鹿ばか正直しょうじき』だった。普通なら、もっとずかしがったり格好かっこうつけたりするものじゃないだろうか。


「それで、今ってどこに向かってる?」


 芙蓉があいかわらずの無表情で聞いてきた。


 軽く頭をった七彩は、


「もうこのへんでいいかも。止まって」


 と言った。


 芙蓉が言われた通りに足を止める。左手側の林と右手側の田畑たはたは、見渡みわたかぎりずっと続いていた。人気ひとけはなく、夕暮ゆうぐれの世界はとても静かだ。


「これから『天使』が来る」


 七彩が言う。


「わたしは今から。ちょっと危ないけど、よく見ててね」


 ぽかんとする芙蓉を置いて、七彩が前にす。目の前の砂利道じゃりみちはせまかったものの、『よろい』を呼び出すのにはギリギリ足りるだろう。


 七彩は右手を前に出すと、その名を呼んだ。


「来て、“ロゴス”」


 大気が陽炎かげろうのようにらぐ。次の瞬間しゅんかん、そこには巨大な物体が置かれていた。


 〈制圧躯体せいあつくたいロゴス〉。


 七彩はこの『鎧』にそう名付けている。ここからでは白い塊に見えるその『鎧』は、よく見ればクラウチングスタートの姿勢しせいで背を向けた巨大な騎士きしだった。


 全高は約三メートル。アスリートのようなまったボディに、左肩が突出とっしゅつしたアシンメトリーな装甲をまとっている。マスクは鋭利えいりととのっていて、頭部には紫色に発光する天使のが取り付けられていた。


「え、なにそれ」


 かえると、目を丸くした芙蓉がこちらを見ていた。さすがの彼もこれにはおどろきをかくせないらしい。その反応に満足した七彩は、少しだけ得意げにその躯体くたいを紹介した。


「これは『ロゴス』。本当は少し違うんだけど、天使の鎧みたいなものだと思っておいて」


「すご……」


 純白じゅんぱくの鎧は、夕日にらされてオレンジ色に染まっている。七彩が向き直ると、〈ロゴス〉の後頭部から腰鎧こしよろいにかけてが、ばらばらと音を立てて割れていった。七彩はこれから、その中にある真っ暗な空間に入っていくのだ。


 七彩が真っ白な装甲に手をついて、右足を上げた時、


白羽しらはねさん」


 と芙蓉が後ろから声をかけてきた。


「なに?」


「今は見てないほうがいい?」


 一瞬いっしゅん、七彩は彼が何を言っているのか理解できなかった。それを理解したとき、自分の耳がかあっと熱くなっていくような気がした。おそらく、かがんでスカートがずり上がったせいでパンツが見えそうだったんだろう。それかもう見えたのかも。


「……別に、いい」


 七彩は天使のはずなのに、下着を見られるのはずかしい気がした。真っ赤になっている顔を見られたくなかったので、振り返らず、しかし左手でスカートをきゅっとおさえて〈ロゴス〉の中に入っていく。


 その隙間すきまに身体がすっぽりとおさまると、白い騎士の背中がさざ波をたてて閉じていく。それが完全に閉まると同時に、七彩は顔をあげた。


 ――敵の気配けはいを感じる。


 すぐ後ろには興味深きょうみぶかそうにこちらを見つめた芙蓉がいる。戦闘の様子を見せたいとはいえ、生身の彼をむわけにはいかない。


 前方十五メートル、左手側の林がかすかにれた。


「そろそろかな……」


 白い騎士の中で、七彩はお腹に力を入れる。小さく息をいて――


「――!」


 地面をった。


 純白じゅんぱくの騎士が、クラウチングスタートの姿勢しせいから駆け出した。十メートルほど走ったとき、林の中から巨大な影が飛び出してきた。それが勢いのまま〈ロゴス〉にとびかかり、がつん、と大きな衝突音しょうとつおん一帯いったいひびわたった。


 七彩が短く悲鳴ひめいをあげる。


 〈ロゴス〉が砂利道じゃりみちからはじき出され、すぐ横の畑にさった。白い騎士はもがくように上体を起こしたが、そこに飛び乗ってきた『何か』がその躯体くたいを再び地面にしずめた。


 それが『敵』だった。


 人型をしたその『敵』は、巨大な石像のような姿をしている。


 身長は〈ロゴス〉と同程度。なめらかな灰色の鎧をまとったボディに、顔のないつるりとした頭部が特徴的とくちょうてきだった。そして頭部には光輪こうりんが付いている――つまり、この石像の騎士は『天使』なのだ。


 輝く剣と大きな盾を持った石像の天使は、〈ロゴス〉をみつけにしていた。七彩にとどめをすため、その『敵』が右手の剣を振り上げる。


 七彩は目をつむりそうになったが、それを我慢がまんして敵のあしつかんだ。地面はたがやされていてやわらかく、んばるのが難しい。力いっぱい腕を振ると、石像の天使は簡単にバランスをくずして〈ロゴス〉の横にたおんだ。


 この敵の名を〈虚像天使〉という。


 見た目は〈ロゴス〉と似ているものの、〈虚像天使〉の場合は『よろい』だけが動いている状態だった。行動目的はたったひとつ――白羽七彩をすること。


「“抜剣アンシース”っ!」


 七彩がそう命じると、どろだらけな〈ロゴス〉の左肩鎧ひだりかたよろいがばくりと割れた。中からせりだしたグリップをつかんで引き抜く――すると、紫色の光が出力され、光のやいば形成けいせいした。


 〈光剣ケオ・クシーフォス〉。


 えるようにかがやく、刃渡はわたり二メートルの長剣だ。


 その剣を右手に持った〈ロゴス〉は、起き上がろうとする〈虚像きょぞう天使てんし〉に馬乗うまのりになる。その状態で光剣こうけん逆手さかてに持ち、敵の胴体めがけて振り下ろした。


 〈ロゴス〉の下で〈虚像天使〉がもがく。


 そのせいでねらいがずれて、光剣は敵の胴体ではなく右腕へとさった。


「おとなしくして……っ!」


 言いながら、光剣をいて持ち上げる。だが、遅すぎた。〈虚像天使〉が大盾をりまわし、のろのろとねらいをさだめていた〈ロゴス〉をぶんなぐる。


 ばがん、と大きな音がした。


 七彩の悲鳴と共に、大盾に殴られた〈ロゴス〉が盛大せいだいに吹っ飛んでいく。ちゅうった白い騎士は、ごしゃりと音を立てて砂利道じゃりみちに叩きつけられた。


 頭がくらくらして、身体が重くなったように感じた。もうやめたい――弱気よわきな感情を押さえつけ、出来るだけ早く立ち上がる。


 右腕をなくした〈虚像天使〉がゆらりと立ち上がった。武器をかまえようとした七彩は、〈ロゴス〉の手から光剣がなくなっていることに気が付いた。どうやら、さっきの攻撃でどこかに落としてしまったらしい。


 それに気をとられている間に、〈虚像天使〉が目の前まで接近せっきんしていた。石像の天使が大盾をふりかざしてなぐりかかってくる。にぶい音と衝撃しょうげきが、七彩の全身をつらぬいた。倒れないようにるものの、〈虚像天使〉は何度も何度もくりかえし殴りつけてくる。


 殴られるたび、七彩の口からなさけない悲鳴がれた。視界がちかちかして何も考えられなくなり、四回目くらいでえきれずに吹き飛ばされる。〈ロゴス〉は背中から畑にたたきつけられ、盛大せいだいどろをかぶった。けれど、


「……あった!」


 さっき落とした〈光剣ケオ・クシーフォス〉が見えた。近い、左手側三メートル。七彩は躯体くたいを飛び起こして、前転ぜんてんしながら光剣をひろい上げた。


 すぐさま立ち上がった〈ロゴス〉が、〈虚像天使〉の方を向く。


 大盾を構えた石像の天使は、畑へと降り立ちこちらの方に走ってくる。好都合こうつごうだ。あとは覚悟かくごを決めるだけ――


「う……ああぁぁ――っ!」


 さけびながら、七彩は敵に向かって全速力で突進とっしんする。


 〈虚像天使〉が盾をかまえ、飛んできた〈ロゴス〉のタックルを受け止める。しかしやわらかい地面ではりがきかず、石像の天使は勢いのままに吹っ飛ばされた。


 二体の巨人がごろごろと田畑を転がっていく。


 もがくように起き上がった〈ロゴス〉が〈虚像天使〉に飛びかり、大盾を右手でおさむ。そして、左手にえた光剣を振り上げた。


 薄暗うすぐら夕闇ゆうやみに、光の刃がぎらりと輝く。


 がきん、とひときわ大きな音を立てて、光剣が〈虚像天使〉に突き刺さった。


「はあ、はあ――っ!」


 たった一、二分の戦闘で、七彩の息は上がっていた。


〈ロゴス〉は石像の天使に光剣を突き刺したまま停止している。そして、〈虚像天使〉もその動作の一切を止めていた。


「はぁ……、はぁ……っ」


 ――やっぱりわたしには向いてない。


 七彩が〈虚像天使〉と戦うのは、これで三回目だった。いつだって彼女に余裕はなく、今日まで生き残れたのはたまたまだ。次こそはもうダメかもしれない。


 鎧のあちこちをゆがませた〈ロゴス〉が、ゆっくりと上体を起こす。ちょうど日が落ちて、空はあざやかな濃紺のうこんまっていた。暗闇くらやみの中、紫色の光輪こうりんだけが強く光を放っている。


 七彩が首をめぐらせて芙蓉を探す。


 彼は十メートルほどはなれた位置にへたりこんでいた。唖然あぜんとした表情で、どろだらけの〈ロゴス〉を見つめている。たった今目の前ではげしい戦闘がひろげられていたのだから、無理もないだろう。その様子に、七彩は少し罪悪感ざいあくかんおぼえてしまった。


「……ご飯食べに行かない?」


 そう声をかけると、芙蓉が我に返ったようにまたたきをした。


「そこでちゃんと説明するから」



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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・白羽七彩

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093089921642798


・ロゴス(白)

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093089921507035

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