EP6: angelic endroll.

6-1

 芙蓉ふよう理亜りあは、聖域せいいき地区ちくに向かうトレーラーのコンテナに乗っていた。


 コンテナの奥には、〈ロゴス〉との戦闘で破壊された一番機の代わりに、理亜のために用意されていた〈XM17アーヴィン〉予備機よびきが固定されている。予備機とはいえ、性能は一番機とほとんど同じである。


 今回の〈アーヴィン〉は比較的軽装だった。


 右手用にはM807二十ミリアサルトライフル砲。第五世代機である〈アーヴィン〉は機体にマガジン交換をさせることが可能だったが、今作戦ではその余裕すらないことが予想されたため、装弾数そうだんすうの多い特注とくちゅうマガジンを装備していた。


 左手用にはBAW-66グレネードランチャー。こちらも装弾数を倍増ばいぞうした六十四発の特注マガジンを装備している。六十六ミリの対戦車グレネードをばらまくこの武器は、〈ガナン・タイプ〉の防御をくずすのに必須ひっすだった。


 機体背部には対二脚たいにきゃく誘導ゆうどうミサイルが四発。そして、狙撃銃そげきじゅうのような三十ミリライフル砲が一丁装備されている。両脇りょうわきに固定された八十四ミリ無反動砲も、通常通り使用可能だった。


 そんな〈アーヴィン〉をながめながら、理亜が芙蓉に話しかけている。


「大体は計算通りかな。おたがいに本気を出し合って、最後の最後で私が勝つ。初めからそういうつもりだったよ」


「そうなんですか」


 理亜は身体のラインに沿った黒い特殊とくしゅ戦闘服せんとうふくを身に着けており、髪型は再びおさげになっていた。芙蓉は相変わらずYシャツにスラックスの制服姿だ。


「上手くいかない場面もあったけどね」


 そう言って、理亜が苦笑いを浮かべる。二人は昼間の戦闘――〈ロゴス〉と〈アーヴィン〉で戦ったときのことを話していた。


「でも、最後の一発だけは絶対上手うまくいくって思ってたぜ」


 理亜がにへらと笑う。


 最後の一発、とはボロボロの〈アーヴィン〉による右ストレートのことだろう。理亜は元からあの一発を最後に戦闘を終わらせる計画だったらしい。


「あんなのねらって当てられるものじゃない気がします」


「そうだね。事象じしょう視覚しかくの発動条件は『集中する』だけだし、芙蓉くんはちょっとやそっとじゃ動じない。普通に考えたら強すぎてズルだけど、実は裏技うらわざがあるんだ」


「裏技?」


「芙蓉くんはさ、本質的に素直で真面目まじめな子なんだよ。だから、予想と真逆の行動をされると集中力が乱れる。あの時、私の手元にあったのはアサルトライフルだけで、まさかそれを捨てるとは思わなかったでしょ?」


「それは……そうかも」


「だから事象視覚の発動が遅れた。その一瞬いっしゅんでもすきができれば、グーパン一発くらいかませるのよ、先輩は」


 ドヤ顔をした理亜が、えっへんと胸をる。


「ほんとは体育館で決着をつける予定だったんだけどね。芙蓉くんが見たことない武器出してくるから若干じゃっかん予定が狂っちゃった」


双剣そうけん形態けいたいですか」


「そう、それ! ……まあいいけど。それはともかく、シェキナー使って本気で狙撃そげきされたら勝てっこないわけで。先輩は三秒で即死、芙蓉くんは泣いちゃうわけじゃん。だから閉所へいしょさそい込んで接近戦に持ち込むのは絶対条件だったんだよ」


 それを聞いて芙蓉は納得した。巨大な無反動砲を持ち出したのは、〈ロゴス〉を吹き飛ばして体育館に誘導ゆうどうするためだったのだ。


「だとしたら、理亜さんは最初から体育館に行けばよかったんじゃないですか」


「いや、それやってたら壁越かべごしに狙撃されて終わってたと思うよ。その前に、一回はシェキナーの射撃をけておく必要があったの」


「そんな簡単に――」


「簡単じゃないよお~」


 力なく天井をあおいだ理亜が、芙蓉の言葉をさえぎった。


「どんな戦術をとるにしても、確実に一回はシェキナーをけなきゃいけなかった。当たらないかもって思わせなきゃ、接近戦に乗ってもらえないからね。でもこの『シェキナー回避かいひ』が一番のけでさ。結局当たっちゃったし。ほんと、死ぬかと思った~……」


 あはは、とかわいた笑いを浮かべるおさげの先輩せんぱい。その様子を見るに、あの九十センチの回避は理亜にとっても困難こんなんなことだったのだろう。


 彼女はそれに命をけた。多分、芙蓉のためだ。


「……実は、ロゴスにはふだがあるんです」


 芙蓉が言った。


『理亜の信頼を裏切るな』


 彼は数十分前のマカールの言葉を思い出したのだ。


「ロゴスには奇蹟きせきの使用上限があります。現状、それが膨大ぼうだいな奇蹟を使用できるミュトスとの一番の性能差です」


「ロゴスは抜け道からこっそり奇蹟きせきを使ってるんだっけ」


 理亜がそう返すと、芙蓉がうなずいた。


「そうです。そして、使いすぎると抜け道がバレてしまうことが、使用上限が決められてる理由です。でも、一回だけなら、上限を超えて膨大ぼうだい奇蹟きせきを行使出来る。それも六十六秒間だけですが」


「六十六秒たつとどうなっちゃうの?」


躯体くたい崩壊ほうかいして、修復不能になります」


 たった六十六秒のオーバードライヴ。そして、その先に待つのは破滅はめつである。


 〈ロゴス〉は七彩ななせからもらった大切なものだ。それが壊れて動かなくなるなど、芙蓉には到底とうていえられない。この機能を使うことは、今まで一度も考えたことがなかった。


 けれど、全て終わったことだ。


 もう七彩は帰ってこない、その事実がようやく受け入れられた気がする。だから、たとえ〈ロゴス〉を失ったとしても、いることはないはずなのだ。


「もしもの時は、これを使ってどうにか――」


「大丈夫だよ」


 芙蓉の台詞せりふさえぎって、理亜が言った。


「そんなの使わなくたってうまくいく。先輩に任せとけって。でも、教えてくれてありがとね。頭の片隅かたすみには入れておくよ」


「……はい」


「芙蓉くんのこともたよりにしてるから。背中は任せたぜ!」


「もちろんです」


 芙蓉がうなずくと、おさげの先輩はいつも通り、にへらと笑った。

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