6-2

 林の中に、四体の巨人が並んで立っていた。


 一体はシェキナーを手にした〈ロゴス〉。他の三体は〈ロゴス〉よりも大柄おおがらなモスグリーンの陸戦兵器、XEDAゼダ保有ほゆうする二脚にきゃく兵装へいそうだ。


 理亜の〈XM17アーヴィン〉は、右手にアサルトライフル、左手にグレネードランチャーを持っている。一方マカールの〈M90A3フィンドレイ〉は、足止め用に大量の対二脚ミサイルを装備していた。


 最も目を引くのはジェフリーが乗った〈フィンドレイ〉だ。その両肩には、丸太のように太く長い空対艦くうたいかんミサイルが計二発載っている。これは本来、軍用ヘリなどに搭載とうさいして戦闘艦せんとうかんを破壊するための兵器だ。それを二脚兵装に装備させるなど、正規軍せいきぐんではありえない非常識ひじょうしきな運用だった。


 しかし、それだけの火力があれば十分に『大聖堂』を破壊できるはずだ。つまり、対艦たいかんミサイルをかついだ〈フィンドレイ〉を無傷で攻撃ポイントまで護衛ごえいするのが、芙蓉ふよう、理亜、マカールのミッションなのである。


『準備はいいか、少年』


 芙蓉がつけたインカムに、ジェフリーの声が届いた。


『君が飛び出してから三秒後に、我々も聖域せいいき地区ちくへと侵入しんにゅうする。その三秒で状況を整えろ』


「わかりました」


 三秒。


 状況把握じょうきょうはあくに二秒、戦闘準備に一秒。その後、XEDAゼダ二脚部隊の突入と同時に戦闘を開始する算段さんだんだった。


「来い、“ネビュラ・ブースター”」


 芙蓉が呼ぶと、〈ロゴス〉の背後の空間がゆらぎ、一対いっついの長い直方体をそなえたユニットが出現する。それは黒い天使の背中に接続されると、じゃきりと音をたてて翼のような形状に変形した。


 試作型対多目標射撃増幅翼ネビュラ・ブースター


 七彩ななせが設計し、ギメルが完成させた試作装備。これを使うことで〈ロゴス〉を大幅おおはばに強化できるが、その運用に膨大ぼうだい奇蹟きせきを使うため、戦闘可能時間が極端きょくたんに短くなってしまうピーキーな代物しろものだった。


 だが、しみの必要はない。今回は、ジェフリーの〈フィンドレイ〉をたったの四百メートル護衛ごえいすればいいだけだからだ。


 芙蓉は〈ロゴス〉を聖域地区の方に向ける。


 黒い天使が翼を広げた。ネビュラ・ブースターの先端部せんたんぶむらさき色に発光し、甲高かんだかい音と共にエネルギーを凝集ぎょうしゅうしていく。


「じゃあ、行ってきます」


 両脚に力を込め、地面をる。


 瞬間、ネビュラ・ブースターから莫大ばくだいな光がほとばしり、飛び上がった〈ロゴス〉を弾丸のようなスピードで空中へとはじき出した。またたききの間もなく林を抜け、黒い天使は聖域地区の上空へとおどり出る。


 眼下がんかに広がっているのは、整然せいぜんと並ぶ白い三角屋根と灰色の路地ろじ。芙蓉と理亜、そしてギメルがあばれまわって破壊されたはずの聖域地区は、すでに完璧かんぺきに修復されている。四百メートル先にそびえる『大聖堂』、そして天空へと伸びる螺旋らせん階段かいだんも、昨日と全く同じであった。


 違うのは、『大聖堂』の尖塔せんとう仁王立におうだちした白い制圧躯体くたい


 〈ミュトス〉だ。


『忠告はした』


 芙蓉と全く同じ声で、ダレットが言った。


『――来い、“ミシュマル”』


 赤い光輪こうりんをぎらりと光らせて、〈ミュトス〉が右腕を天にかかげる。すると、上空に大量のクロスボウが出現し、それぞれがランダムな軌跡きせきえがいて飛行し始めた。


 芙蓉が息をむ。


 全部で三十七のクロスボウ――〈光弓ミシュマル〉が聖域地区の上空を飛んでくる。それらは一つ一つがシェキナーと同等どうとうの火力を持っていた。つまり、敵は三十七基のシェキナーを同時に発射できるのだ。しかも、その全てが事象視覚アブソリュート・ビジョンによる百発百中の射撃なのである。


 ――そうきたか。


 一対三十七。〈ロゴス〉では絶対にかなわない、到底とうていくつがえせない戦力比だ。


「“形態変化フォームシフト――シェキナー・ネビュラ”!」


 芙蓉が命じると、シェキナーが拡散かくさん射撃しゃげき形態けいたいへと変形した。迎撃げいげきするだけならなんとかなるはず――いいや、なんとかするのだ。


 シェキナーを引き、ネビュラ・ブースターから光のを引いて〈ロゴス〉が空中を飛ぶ。そこへ、三十七基のクロスボウが赤い光をたたえながら殺到さっとうした。


『いくぞ』


 ジェフリーの声と共に、三機の二脚兵装が飛び出してきた。三角屋根からは虚像きょぞう天使たちがわらわらと出現。モスグリーンの陸戦兵器たちが石畳いしだたみ路地ろじを爆走する。そして、クロスボウがそれを包囲ほういするように飛んでいく――


 集中して、る。


 虚像天使は理亜にまかせておけばいい。問題は、光矢を放つ寸前すんぜんの三十七基のクロスボウだ。今この瞬間、ダレットも芙蓉と同時に戦場をている。これは読み合いだ。どのクロスボウがどう動いて何をねらうのか。シェキナーで迎撃げいげきすべきはどの光矢なのか。


 決断けつだんを下す。


 芙蓉はシェキナーを空中に向けて、光矢を放った。そして――


「“起動アクティベート”っ!」


 命じると、ネビュラ・ブースターが瞬間的に変形した。二つの翼が展開し、弩砲バリスタへと姿を変える。かず、二つのバリスタはにぶい発射音と共に大量の光矢を連射した。


 金色のレーザービームが空中でえがく。シェキナーの拡散かくさん射撃しゃげきと合わせ、合計二十四発の光矢が曲線きょくせん軌道きどうで地面へと落ちていく。しかし、同時に三十七基の〈光弓ミシュマル〉からも赤い光矢が次々と発射されていた。


 光が乱舞らんぶする。


 耳をつんざく爆音と共に、目をくかのようなはげしい光がまたたいた。


 クロスボウをねらった光矢が空中で迎撃げいげきされて爆発を起こす。シェキナーとバリスタから放たれた光矢がクロスボウの光矢をらし、地面へとめちゃくちゃにそそいで路地や建物を爆砕ばくさいする。〈ロゴス〉を狙って放たれた光矢が建物に着弾し、轟音ごうおんと共に粉々に吹き飛ばす。


 視る。


 射撃。


 視る。


 射撃。


 視る――


 両目が過熱かねつして、発火しているかのようだった。芙蓉は弓を放ちながら〈ロゴス〉を屋根から屋根へとうつらせる。背中に装備した二つのバリスタからも光矢を放ち続け、なんとか敵の攻撃をしのいでいく。


 赤と金の光がぜ、轟音がはじける中にあっても、XEDAゼダの二脚操縦兵は冷徹れいてつに自分たちの仕事を遂行すいこうしていた。すぐ近くの石畳いしだたみが爆砕されて、隣の三角屋根がばらばらにはじけ飛んでも、彼らはそれにおくすることなく突き進んでいく。


 マカールの〈フィンドレイ〉が脅威度きょういどの高い順に〈トルカン・タイプ〉をロックオンし、次々と対二脚ミサイルを放つ。それが敵を撃破することはないが、足止めをするには十分だった。


 一方、理亜の〈アーヴィン〉は驚くべきスピードで敵を撃破げきはしていた。〈ガナン・タイプ〉の大盾に六十六ミリ成形炸薬弾HEDP爆裂ばくれつさせ、ぐらついた盾の隙間すきまへとアサルトライフルの二十ミリ徹甲てっこう砲弾ほうだんをフルオートでたたむ。虚像天使の頭が粉砕される頃には、彼女のターゲットは次の敵へと移っている。


 そして、ジェフリーの〈フィンドレイ〉は迷いのないコース取りで石畳の路地を爆走していた。赤と金の光矢、対二脚ミサイル、対戦車榴弾たいせんしゃりゅうだん徹甲砲弾てっこうほうだんが無数にふりそそぐ戦場にあって、ジグザグに走行する〈フィンドレイ〉は片時かたときも足を止めることがない。


 ――いける。


 芙蓉はそう直感した。事象視覚じしょうしかくを連発した両目はえるようにあつく、脳みそが焼き切れるかのような感覚を味わっていたが、あと数秒でジェフリーの〈フィンドレイ〉が攻撃ポイントに到達とうたつする。それまで敵の攻撃をしのぎきれればいい。


 そう思ったとき、クロスボウの動きが変わった。


 『大聖堂』の尖塔せんとうに立っていた白い天使が、ひらりと地面にりた。広場のような開けた空間に着地した〈ミュトス〉の元に、二つのクロスボウが飛んでいく。それ以外の三十五基も、『大聖堂』を守るような位置へと集合していった。


『まあ、そう来るよね』


 虚像天使を破壊しながら、理亜が言った。


 ダレットもこちらの意図はとっくに把握はあくしている。敵からしてみれば、〈フィンドレイ〉がかついでいる二本の空対艦くうたいかんミサイルさえ防いでしまえばいいのだ。


 敵は芙蓉との射撃合戦がっせんをやめ、『大聖堂』の守りを固めることにしたらしい。三十七基で一斉いっせいに攻撃すれば、たった二本のミサイルなど迎撃することは容易たやすいだろう。だが――


「“最大開放フル・リリース”ッ!」


 シェキナーの極限きょくげん射撃しゃげきとバリスタの一斉いっせい射撃を使えば、その攻撃を防ぎきることができるはずだ。


 地面に降り立った〈ロゴス〉が、最大開放さいだいかいほう状態じょうたいに変形したシェキナーをかまえて路地をすべる。そのすぐ横を、〈アーヴィン〉と二機の〈フィンドレイ〉が駆け抜けた。


 芙蓉の集中力は限界に達しようとしていた。ここで失敗すれば全てが無駄むだになる。だからこそ、らしがないようにここで全力を出し切ることにした。この射撃を終えれば、〈ロゴス〉が使用可能な奇蹟きせき撤退てったいに必要な最低限しか残らない。


『いくぞ。三。二。一――』


 ジェフリーの声がカウントダウンをげる。


 〈ミュトス〉が両腕に構えたクロスボウを向けた。空中に浮いた三十五基のクロスボウも赤い光を灯す。その五十メートル手前で、ミサイルの発射準備を完了した〈フィンドレイ〉が停止する。


『ファイア』


「――“極限射撃メギストス:ネビュラ”!」


 固体燃料こたいねんりょうロケットが火をき、二本の空対艦くうたいかんミサイルが射出しゃしゅつされた。それを包み込むように、まばい赤と金の光が、耳をつんざく金切かなぎり音を立てながら瞬間的にふくれ上がった。


 視界が真っ白にまる。


 複雑な軌道きどうえがいた無数のレーザービームが、光の速度でおたがいにぶつかりあってスパークする。これまでと同様だ。芙蓉とダレットの読みは拮抗きっこうする。だから、どちらかの読みが勝つことも負けることもない。


『――とどいた』


 ジェフリーの声がした。


 光の中で、かろうじて撃墜げきついされずにいた二本の空対艦くうたいかんミサイルが『大聖堂』へと突きさった。ぐらりと空気がれ、内側からふくらんだ巨大な爆炎が石造りの建造物を粉々に吹き飛ばす。黒煙こくえんが吹きれ、遅れてやってきた爆発音が一帯いったいをびりびりとるがした。


無駄むだだと言っただろう』


 ダレットの声が聞こえる。


『ウソだろ……』


 マカールがつぶやいた。


 芙蓉は言葉を失っていた。『大聖堂』は破壊されたはずだ。壁面へきめんが粉々にくだけるのが確かに見えた。装甲化した戦艦せんかんを破壊できるミサイル攻撃に、あの建物がえられるはずがない。


 しかし、爆炎ばくえんれて現れたのは、姿だった。



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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・ロゴス(ネビュラ・ブースター装備)

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093089931809924


・ミュトス

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093089924414489

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