4-5
――冷たい。
ゆらゆらと水面が
制服のまま、芙蓉は
――冷たい。
ぼんやりとした光が差し込んで、揺れる水面が
どこまでも沈む。
この水は底なしだった。力を失った芙蓉の身体が、暗い水中へと落ちていく。
――冷たい。
加熱していた頭はすっかり冷めてしまった。
遠くにぼやけた水面を
『わたしね、ヒトが好きなの』
そう言って笑った、
――だからだ。
『わたし以外の天使を殺してほしいの』
天使が増えれば、彼女が大好きな人間の世界が終わってしまう。
彼女は天使のいる世界を望まなかった。
――だからだ。
天使ベートの作った天使を発生させるシステムも、天使ギメルが進める天の
そして、その原因は芙蓉と一緒にいたことだった。二人がお
『芙蓉』か、『世界』か。
「ああ――」
それは確かに、相談しにくい。どのくらい悩んで、どんな想いで別れを切り出したのか。今となってはもうわからない。
――冷たい。
ギメルを手伝って天の
すでに状況は
――七彩はもう、帰ってこない。
*****
誰かに腕を
身体が水面へと押し出され、ざばり、と音を立ててプールサイドへと転がされた。
芙蓉は
雨はいつの間にか止んでいた。
まだ灰色ではあるものの、午後の空は心なしか明るくなっている。
「……っだぁー!」
上体を起こして息を
「あぁ~~っ、疲れたぁー!」
ごろんと
彼女はウェットスーツのような
おさげにしていただろうこげ茶色の髪は、
「えへ……私の勝ち~」
言いながらにへらと笑った彼女は、黒いグローブに包まれた右手を出してVサインを作った。しばらく
モスグリーンの機体は、プールに
それは
壊れていない場所を探す方が難しかった。
もはやそれは、スクラップ
芙蓉は自分のしでかしたことに気付いて顔を青くする。一歩間違えば確実に理亜を殺していた。
「ごめんなさい……」
芙蓉は地面に手をついて、一も二もなく深々と頭を下げた。
「芙蓉くん、顔上げて」
「でも」
「いいから」
ばつの悪そうな顔で上体を起こした芙蓉の
「いたっ」
「
彼女はそう言って、
「私、これでもプロの二脚操縦兵なんだぜ。死ぬ覚悟くらいいつでもできてるっちゅーの。子犬に
胸の下で腕を組んだ彼女が、ボロボロの〈アーヴィン〉に目を向ける。
「それに、
苦笑した理亜が灰色の空を
「怒らないんですか?」
「なにを?」
「自分勝手に行動したこと……的な」
本来なら、ギメルのところに行く前に理亜にも相談するべきだった。しかし、ギメルの登場があまりにも
しかし、芙蓉がそう言うと理亜はおかしそうに笑い出した。
「……?」
「ごめんごめん。なんかやけに
不思議そうにする芙蓉に、理亜が言う。
「芙蓉くんには、芙蓉くんの生き方がある。自分の人生なんだし、好きなようにやっていいんだよ。それに私が口出しするのはお
言いながら、理亜が優しげな微笑みを向ける。
「私は、私がそうしたくてここに来た。なんか
「僕は子犬ですか」
「そ。しかも、
にやりと笑った理亜が、親指で〈アーヴィン〉を指し示す。
「とりあえずぶん
「バトル脳だ」
「いーだろ別にー」
ジト目で口を
「どうだったの?」
「どのことですか」
「七彩ちゃんのこと」
理亜が聞くと、芙蓉は目を
――全知全能の神様みたいに、指先一つで世界を変えられたらいいのに。
けれど、理亜に
七彩に再会できるかもしれない。
終わった青春を取り戻せるかもしれない。
エンドロールを巻き戻して、
「……だめでした」
芙蓉が言った。
「七彩がいなくなった理由がわかった。それは、僕の力ではどうしようもないことでした」
そんなつもりはなかったのに、芙蓉の目から涙がこぼれだした。それは当然の結果で、どうしようもないことだとわかっているのに、どういうわけか涙が止まらない。
「……ちょっと……待って、ください……すみません、これはただの汗で――」
言い終わるのを待たずに、理亜が芙蓉をぎゅっと抱きしめた。
「なにしてるんですか」
「よしよし。芙蓉くんがガチ泣きするなんて、よっぽど
理亜が言った。彼女の体温が
「そうです。悔しかったんです。やっぱり意味がなかった。なにをしても無駄だった。どんなに頑張ったって七彩には届かない。僕には世界を変える力がない。そんなのわかってるのに……そんなの当たり前なのに……なにもできないのがすごく悔しいし、嫌だ」
まるで子供が
腕の中でぐずぐずと泣き続ける芙蓉に、理亜が「でもさ」と声をかけた。
「そういうもんだよ。どうしようもないことなんて、世の中いっぱいあるって」
「イヤなものはイヤです」
「
理亜が苦笑した。芙蓉は「そんなの知りません」などと言いながらも、しばらくは彼女の好意に甘えてしまったのだった。
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