4-4

「来い、“シェキナー”!」


 芙蓉ふようさけび、〈ロゴス〉が跳躍ちょうやくする。その左手に大弓が出現し、ひらりとった黒い天使は校舎の屋上に着地した。


 〈アーヴィン〉が中庭を走りながらガトリングを連射れんしゃする。


 〈ロゴス〉は全力で屋上をけ、かっとんでくる赤い火線かせんをかわしながら大弓を引いた。


 それと同時に、二脚にきゃく兵装へいそうの背中から高速の物体が投射とうしゃされる。たい二脚にきゃく誘導ゆうどうミサイルだ。それは空中へ舞い上がると、驚くべき精度せいどで〈ロゴス〉へと迫った。芙蓉はシェキナーを二連射して、空中でそれを迎撃げいげきする。にぶい音と共に、二つの火球が灰色の空にふくれ上がった。


 ――えた。


 時間差で放たれていたもう一発のミサイルが〈ロゴス〉の足元に落ちてくる――着弾。それは屋上と四階の一部をこっぱみじんに吹き飛ばし、校舎は派手はでにがらがらとくずれ落ちた。


 その時には、黒い天使は跳躍ちょうやくしている。


 空中を舞った〈ロゴス〉は、曲芸きょくげいのように身をひねり、上下逆さまの姿勢しせいで地上をあおぎ見た。その視線の先には、中庭を脱出だっしゅつしようと走る〈アーヴィン〉の姿がある。あまりにも遅い。遅すぎる。


 ――えていた。


 天地を反転させたままシェキナーを引く。敵に防御ぼうぎょ手段はない。これで終わりだ。


 発射。


 ぶん、と音をたてて、金色の光軸こうじくが地上へとはしった。


「……え!?」


 芙蓉が驚きの声を上げる。なぜなら、〈アーヴィン〉がからである。


 〈アーヴィン〉は発射の直前に微妙びみょうに機体のバランスを崩していた。胴体をつらぬくはずだった光矢は、胸部きょうぶの追加装甲を吹き飛ばし、左ひざの装甲を焼き払うと、コンクリートの地面を爆砕ばくさいした。


 轟音ごうおんひびき、瓦礫がれきが四方八方にはじけ飛ぶ。衝撃波しょうげきはに吹っ飛ばされた〈アーヴィン〉は、しかし地面を転がって受身うけみをとると、そのまま立ち上がって特別棟とくべつとう校舎の裏側へと走っていった。


 ――異常だ。ありえない。


 〈事象じしょう視覚しかく〉は絶対だ。一時停止のように全ての事象を把握はあくして、確実な回避と確実な攻撃を用意できる特殊チート能力。いかに新型の第五世代二脚兵装とはいえ、一般兵器でしかない〈アーヴィン〉がその攻撃を回避かいひするなど不可能だ。


 しかし、敵はそれをやった。着弾時の〈アーヴィン〉の位置は想定から約九十センチずれており、操縦室そうじゅうしつのある胴体を破壊はかいできなかった。


 たったの九十センチ。


 それはあり得ない九十センチでもある。


 シンプルに言ってしまえば、〈事象視覚〉とは先読さきよみ能力だ。能力を発動した瞬間しゅんかんの戦場の状態をて、どんな攻撃を用意するか先に決めておくものである。


 もし、芙蓉がいつ〈事象視覚〉を発動するのか、そのタイミングすら計算できるのなら。その直後に全く別の回避かいひ行動こうどうを起こせば、理屈的りくつてきには芙蓉の先読みを外すことができる。


 しかし、ことはそう簡単ではない。


 〈事象視覚〉は、事象じしょう軌道きどう――因果律いんがりつや運命性のような、根源的こんげんてきな世界法則をているからだ。複雑に並べられたドミノはいのうち、どこを倒せば目的の出来事にたどり着けるかを調べるようなものである。そして、一度倒し始めたドミノは、目標地点まで止まることはない。それを容易たやすくつがえすことなど、できはしないのだ。


 だから、九十センチ。


 敵がどんなに高精度こうせいどな計算をしても、きっとその九十センチが限界だ。


 ――次こそは当てる。


 放物線をえがいてちゅうっていた〈ロゴス〉が、特別棟校舎の屋上に着地する。顔を上げた芙蓉の目の前に、対二脚誘導ゆうどうミサイルが飛んできた。横に転がって回避。ミサイルが着弾して屋上の床面ゆかめん爆砕ばくさいされ、破片をらしてがらがらとくずちる。


 それに構わずシェキナーを引く。


 〈アーヴィン〉は部室棟ぶしつとうの裏に回り込んでいた。その位置を直接見ることはできないが、えてはいる。シェキナーを発射。光の線が灰色の世界をき、部室棟のロッカーや用具入れを粉砕ふんさいしながら直進する。


 だが、また外した。


 光矢こうやは〈アーヴィン〉が背負せおった空のミサイル発射管はっしゃかんを吹き飛ばしただけだった。それどころか、部室棟の裏からは残り二発のミサイルが発射され、追撃ついげき阻止そしされてしまった。


 今のは敵の回避能力ではなく、芙蓉の集中力の低下によるミスだ。


 せまる二発のミサイルを迎撃げいげきしているうちに、〈アーヴィン〉は対戦車ロケットで体育館の壁を吹き飛ばして屋内へと侵入しんにゅうした。


 敵が中に入った古びた体育館を見つめる。


 いっそ、最大火力射撃で体育館ごと吹き飛ばそうか――そんなことを考えたが、かろうじて思いとどまった。敵は計算高い。大雑把おおざっぱな攻撃で倒せるほど甘い相手ではないはずだ。


「だったら――」


 〈ロゴス〉が駆けだして、特別棟校舎の屋上から跳躍ちょうやくした。


 空中でシェキナーを引く。放物線ほうぶつせんえがいて飛んだ黒い天使は、落下の勢いのままボロい体育館の屋根を突きやぶり、フローリングの床に着地した。


 床が断裂だんれつする、びしりという音が響く。


 体育館の中は暗かった。〈ロゴス〉が破壊した天井から、スポットライトのように灰色の光が差し込んでいる。暗がりで光輪こうりんと光矢をぎらぎらと発光させた黒い天使は、中にいるはずの敵の姿を探した。


「……!」


 ――後ろだ。


 敵は、当然のように最も気付かれにくい死角を取っていた。


 〈ロゴス〉が振り向きざまにシェキナーを放つが、急速きゅうそくに接近した〈アーヴィン〉はぎりぎりでそれを押しのけた。ぶん、と重低音じゅうていおんが鳴りひびいて、ねらいのれた光矢がステージを爆砕する。壇上だんじょうにあった演台えんだいが破片と共に吹き飛び、フローリングの床に衝突しょうとつして粉々になった。


 〈アーヴィン〉がみ込む。三十ミリライフル砲が〈ロゴス〉の胴体に突き付けられ、ゼロ距離で発射された。芙蓉はあやういところでそれをける。すぐにシェキナーを構えようとするものの、敵の体当たりがそれを妨害ぼうがいしてきた。


「この……っ!」


 素早すばやくバックステップして距離きょりをとると、〈アーヴィン〉は胴体横の無反動砲むはんどうほうを発射した。八十四ミリの成形せいけい炸薬弾さくやくだんが超近接きんせつ距離でかっとんでくるのをながめながら、芙蓉はさとる。


 徹底的てっていてきなシェキナー対策たいさくだ。


 まともにシェキナーをたせてしまえば、〈アーヴィン〉では勝負にならない。九十センチの回避はそう何度も成功しないと敵もわかっている。だから、撃たせない。徹底的に妨害ぼうがいして、そのチャンスを与えない。敵はそういう武装構成をしているのだ。


 芙蓉は自分の無力むりょくさがくやしかった。今すぐなにもかも放り出して、大声でわめきだしたい気分だった。頭に血が上って、まともに思考することができない。


「“抜剣アンシース“!」


 芙蓉がさけぶ。


 〈ロゴス〉がシェキナーを投げ捨て、光剣こうけん抜刀ばっとうざまにロケット弾を切りせた。そのままするどんで、〈アーヴィン〉を袈裟斬けさぎりにする――いや、できなかった。振り下ろした光剣は、飛びすさった二脚兵装の胸部きょうぶ装甲そうこうを浅くけずっただけ。


 〈アーヴィン〉が冷徹れいてつみ込む。


 フローリングがめきめきと悲鳴を上げた。M197機関砲きかんほう――三連装ガトリングがえて、〈ロゴス〉の背後はいごにあったバスケットゴールに着弾。二十ミリ徹甲焼夷弾APIが発火し、赤い光をまきちらしながらゴールを粉々に爆砕ばくさいした。


 暗闇の体育館に、白い硝煙しょうえん充満じゅうまんする。


 〈ロゴス〉が光剣をやみくもに振り下ろした。それを無駄むだのないステップで回避した〈アーヴィン〉が、ふたたび左腕のガトリングを回転させる。


 ゼロ距離きょり射撃しゃげき


 ついに、ガトリングの砲弾が黒い天使にし、耳をつんざく不協和音ふきょうわおんが響きわたった。よろめいた〈ロゴス〉の胴体に赤い光がはじける。白い煙がふくれあがる。大量の二十ミリAPIが、赤々とした火花をまきちらす。


 〈ロゴス〉があわてて剣を振ると、〈アーヴィン〉はびすさってそれを回避した。黒い天使の胴体よろいはべこべこにゆがんでいるが、ギリギリで貫通かんつうはされていなかった。


「“二刀抜剣エンフォース”っ!」


『!』


 芙蓉が命じる。〈ロゴス〉のスライド展開し、小型グリップがせり出す。それを左手でつかんで引き抜くと、光刃こうじんが出力されて短剣となった。ギメルが完成させた試作装備のひとつ、双剣そうけん形態けいたい


 その行動により、敵の計算がくるった。


 〈ロゴス〉がくるりと回転する。〈アーヴィン〉が持ち上げた三十ミリライフル砲が、発砲前にまっぷたつに切断せつだんされた。


 〈アーヴィン〉は右手のライフル砲を投棄パージしながら、左腕のガトリングをかかげる。しかしそれよりも早く、〈ロゴス〉の全力のまわりが二脚の胴体にたたきつけられた。


『――!?』


 〈アーヴィン〉がいきおいよく吹き飛ぶ。モスグリーンの機体は一瞬いっしゅんでステージ側へとはじき飛ばされたが、空中で無反動砲を発射して体育館の壁を爆砕ばくさい。壁に空いた穴を突きやぶって、そのまま屋外おくがいへと放り出された。


 水しぶきが見える。


 敵は体育館のとなりにあるプールへと落下したようだった。


「はあ、はあ――っ……」


 あら呼吸音こきゅうおんが聞こえている。


 〈ロゴス〉が走って体育館を横切よこぎる。飛んできた対戦車ロケットをはらい、ガトリング砲の火線をひらりとかわす。


 黒い天使が跳躍ちょうやくする。


 壁に空いた大穴をくぐり、ひざまで水につかった〈アーヴィン〉の姿を補足ほそく。水しぶきをあげ、〈ロゴス〉がプールの中、敵機の正面に着地した。


 〈アーヴィン〉の胴体はいびつにつぶれ、ガスタービンエンジンも耳障みみざわりな異音いおんを発している。背負った操縦室も大きくひしゃげており、まだ動いているのが不思議なくらいだ。


 ――勝てる、そう確信した。


 芙蓉が双剣そうけんり出す。〈アーヴィン〉がかろうじて回避。敵のガトリング砲が火をく前に、〈ロゴス〉が二刀目でそれを両断りょうだん。敵機がよろめきながら後退こうたいし、最後の対戦車ロケットを発射。黒い天使はそれを易々やすやすと斬り払う。


 敵に残された武器は、背部ラックにある予備よびのアサルトライフル砲だけ。


 ――終わらせる。


 〈ロゴス〉が双剣を振りかぶる。そこに〈アーヴィン〉がするどく踏み込んだ。


 一瞬いっしゅん、芙蓉には何が起きたのかわからなかった。いつの間にか、〈ロゴス〉は水中へとしずんでいたのである。


 投げ技をかけられた――そう理解した時には、〈アーヴィン〉は後退してアサルトライフルを引き抜いている。はげしく水しぶきを上げて〈ロゴス〉が身体を起こす。光剣を一本取り落としていたが、それに構わず起き上がって〈アーヴィン〉を蹴飛けとばした。


 にぶ衝突音しょうとつおんが一帯に響く。


 モスグリーンの機体がを描いて宙をい、こわれた人形のようにどしゃりとプールサイドに落ちた。それでも勢いが止まらず機体は転がり、ばらばらとパーツを落としながらシャワー室へと激突げきとつする。うすい壁がぼろくずのように崩壊ほうかいし、〈アーヴィン〉はそこで停止した。


「はぁ……、はぁ……っ」


 〈ロゴス〉がプールの中で立ち上がり、一本になった剣を構える。


 その正面のプールサイドで、〈アーヴィン〉がのろのろと立ち上がった。


 頭部のガラスシールドはれ、左腕を完全に失い、各部の装甲をひしゃげさせたボロボロの二脚兵装。千切ちぎれた油圧ケーブルから作動油さどうゆがだらだらとこぼれ、ガスタービンエンジンはぎゃりぎゃりと異音をかなでている。


 そんな状態でも、アサルトライフルだけはしっかりと〈ロゴス〉をねらっていた。


 二脚兵装が踏み出す。


 地面をたて、武器を構えた鋼鉄こうてつの巨人が走り出す。黒い天使がそれをにらみつけ、右手の光剣を振りかぶる。しかし、


「えっ」


 予想外の出来事が起き、芙蓉が間の抜けた声を上げた。


 〈アーヴィン〉が唯一ゆいいつの武器であるアサルトライフルを投げ捨てたのだ。〈事象視覚〉を発動しようとしていた集中力が霧散むさんする。芙蓉は混乱した。理解が追い付かない。なぜそんなことを――


 ひしゃげた装甲の隙間すきまから、直接届く。


「私のお……っ」


 モスグリーンの機体がプールサイドをってジャンプするのを、〈ロゴス〉は呆然ぼうぜんと見上げていた。


「勝ちっ!! だぁ――っ!!!!」


 理亜の大声とともに、〈アーヴィン〉がいきおいよく右のこぶしを突き出す。


 芙蓉は鉄拳てっけん左頬ひだりほほなぐられ、ばしゃり、と水中に倒れ込んだ。

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