3-2

 〈ロゴス〉と〈アーヴィン〉が林の中を並走へいそうしている。


「そろそろですよね」


 声に少しだけ緊張きんちょうをにじませた芙蓉ふようが言う。


 数日前から急速きゅうそくに伸びだした『天の梯子はしご』。そして、昨日出会った金色の天使。これらが七彩ななせと無関係のはずがない。梯子はしごの建造を進めているのは誰なのか。金色の天使は何者なのか。七彩はそこにいるのか、いないのか。


 深呼吸しんこきゅうをする。


 今はそれを考えるべきじゃない。七彩のことで頭を悩ませていられるほど、楽な戦いではないはずだ。『聖域せいいき地区ちく』は他の忘却地区よりも規模きぼが大きく、虚像きょぞう天使てんしの数も圧倒的あっとうてきに多い。その上、金色の天使だっているかもしれないのだ。


『もう目と鼻の先のはずだよ』


 普段ふだんと変わらない調子で、理亜りあが言った。


 今回はあくまで偵察ていさつが目的だ。理亜は敵の戦力を確認かくにんし、情報収集を行う。芙蓉は七彩の痕跡こんせきがないか確認する。ある程度のことがわかったら引き返すのが前提ぜんていだった。


『……ここだ』


 そう言った理亜が、林を抜けた先で〈アーヴィン〉を停止させた。〈ロゴス〉がみ出して、そのとなりに並ぶ。


『うわ、気持ちわるう……』


 そこに広がった光景を見て、理亜がつぶやく。


 芙蓉も同感だった。なぜなら、そこには数えきれないほど無数の建造物が不気味ぶきみなくらいに整然せいぜんと並べられていたからだ。


 横幅よこはば八メートルほどの路地ろじが、グラフ用紙のように折り目正しく縦横じゅうおうに走り、土地を沢山の正方形に区切くぎっている。


 一ブロックに建物たてものが四つ。どれも全く同じ三角屋根で、高さは約七メートル。全ての建物が同じ方角を向いている。


 それらはあまりにも規則きそくただしく並んでいるため、大変気味きみの悪い光景であった。まるでコピー&ペーストしたかのような繰り返し構造だ。


 そして、『聖域地区』の中央には、ひときわ大きな建物がしている。


 高さは約三十メートル。三つの尖塔せんとうが立った、おごそかな建造物である。その姿は『大聖堂だいせいどう』と呼ぶにふさわしい。


 どの建物にも、意味不明な図像ずぞうのステンドグラスがはめまれている。縦横に走る石畳いしだたみ路地ろじと、真っ白な石造いしづくりの建築群けんちくぐん。それらが規則正しく並ぶ様子は、ある種の神聖しんせいさをたたえていた。


『芙蓉くん、あれ』


 〈アーヴィン〉が三十ミリライフル砲を持ち上げた。彼女が言いたいのは、『大聖堂』の屋根から灰色の空へと伸びるガラス細工ざいくのような螺旋らせん階段かいだん――『天の梯子』のことだろう。


 芙蓉は集中してそれをた。


 事象じしょうの構造が視える。あの梯子はしごを破壊するためには――


「梯子そのものに実体はありませんが、その起点となっているのがあの『大聖堂』みたいです。多分、あれをこわせば梯子も勝手に崩壊ほうかいするはず」


『なるほどね、思ってたより楽そう――』


 理亜が言いかけたとき、無数むすうに並んだ建物の大きなとびらから、次々に虚像きょぞう天使てんしが現れた。〈ガナン・タイプ〉と〈トルカン・タイプ〉。五体、十体、十五体――まだまだ増える。


『――じゃ、ないね! 知ってた!』


 ガスタービンエンジンの甲高かんだか駆動音くどうおんがひときわ大きくなった。〈アーヴィン〉の腰部ようぶ排気口はいきこうから黒いけむり排気はいきされる。


「“シェキナー・セヴディス”」


 芙蓉が呼ぶと、〈ロゴス〉の左手に巨大な黒い弓が発生した。


『ちなみに、その弓で“大聖堂”を狙撃そげきできる?』


「ここからだとガナンに防がれます。あと、通常モードは貫通力かんつうりょく特化とっかなので、一発じゃ『大聖堂』は崩壊ほうかいしないかも……百メートル以内に近づいて、高火力モードで直撃ちょくげきさせればいけそうです」


 ここから『大聖堂』までの距離きょりは約四百メートル。〈ロゴス〉が全力で走れば四秒とかからない距離きょりではあるが、こうも大量に敵がいてはそれもむずかしい。


『おっけー。じゃ、行ってみよっか』


 しかし、ここで退選択肢せんたくしはない。元からこうなることは予想していた。その上で威力いりょく偵察ていさつを行うのが今回の目的だ。


「僕がトルカンをやって、理亜さんがガナンをやるのがいいかなって思うんですけど」


『まあ、そうだよね。接近戦せっきんせんはあんまり得意じゃないけど、先輩せんぱいがいいとこ見せちゃるぜ』


 屋根やねに飛び乗った複数体ふくすうたいの〈トルカン・タイプ〉が弓を引いた。


『作戦開始だね』


 ガスタービンエンジンがうなる。


 それを合図あいずに、〈ロゴス〉と〈アーヴィン〉が林から一斉いっせいに飛び出した。


「“形態変化フォーム・シフト――シェキナー・ネビュラ”」


 〈ロゴス〉の左腕ににぎられた大弓が変形した。バレルが開き、弓全体がコンパクトにれ曲がる。拡散かくさん射撃しゃげき形態けいたい、〈シェキナー・ネビュラ〉だ。


 数体の虚像天使が、次々に光矢を発射する。


 芙蓉はジグザグに走って敵の射撃しゃげきけた。地面をって飛び上がり、空高くをった〈ロゴス〉が弓を引く。


 ――えた。


 芙蓉は地面に向かってシェキナーをった。ぶん、という音と共にき出された光の矢は、直後に八つの光へと分裂ぶんれつあざやかな曲線きょくせんえがいてかっとんだ光が、〈トルカン・タイプ〉の頭部を次々と吹き飛ばした。


 地上を〈アーヴィン〉で走行していた理亜からは、それは流星りゅうせいのようにも見えた。そそいだ星々ほしぼし一瞬いっしゅんにして複数の天使を殲滅せんめつする。こわれた玩具おもちゃのように、天使の残骸ざんがいが地面にぶちあたって転げまわった。


『あはは、すっごいねーそれ……』


 言いながら、理亜の〈アーヴィン〉が建物群へと侵入しんにゅうした。


 がちゃがちゃと騒々そうぞうしい足音をひびかせた〈アーヴィン〉が、ずらりと並ぶ三角屋根の建物の間をけていく。宇宙服ヘルメットのようなバイザーが、果てしなく連続れんぞくする三角屋根の景色けしきうつし出した。


 そこへ、二体の〈ガナン・タイプ〉が大盾おおたてかまえて走りせまる。背後からさらに二体の〈ガナン・タイプ〉が現れた。


『よし、やるかー!』


 〈アーヴィン〉が左腕の武器をかかげる。BAW-66グレネードランチャー――六十六ミリの多目的榴弾HEDP連射れんしゃできる、強力なショートレンジウェポンだ。


 正面から〈ガナン・タイプ〉がせまる。


 理亜がグレネードランチャーをった。ばばば、とにぶ射撃音しゃげきおんが鳴り、三発のグレネードがき出される。それは虚像天使の大盾へと直撃ちょくげきし――


 炎がぜる。


 もちろん、大盾を破壊することはない。しかし、盾の上辺じょうへんはじけた爆発の衝撃しょうげきは、一瞬だけ〈ガナン・タイプ〉のバランスをくずした。


 その一瞬のすきを見逃す理亜ではない。


 走りながらするどくターンした〈アーヴィン〉は、大盾から一瞬だけ見えた虚像天使の頭部に向かって、左肩のM807二脚用アサルトライフル砲を連射した。


 だだだん、という発砲音がひびくころには、かっとんだ三発の二十ミリ徹甲弾APが天使の頭を吹き飛ばしていた。


 〈アーヴィン〉がいきおいのまま地面をすべり、石畳いしだたみの地面に火花が散る。そこにもう一体の〈ガナン・タイプ〉が飛びかり、剣を振り下ろした。


『~~っ!』


 寸前すんぜん退すさった〈アーヴィン〉の胴体を、虚像天使の光剣がでていく。


 理亜は光剣を空振からぶりした〈ガナン・タイプ〉へとねらいを定めた。両肩のアサルトライフルと左腕のグレネードランチャーが同時に火をき、天使の上半身がばらばらにはじけ飛ぶ。


『やっぱ接近戦ニガテ~……』


 ぼやきながらも次々と敵を撃破げきはする理亜の頭上ずじょうを、〈ロゴス〉が飛んでぎていく。黒い騎士きしは屋根から屋根へとうつり、弓を引いては複数の〈トルカン・タイプ〉を吹き飛ばしていた。


 〈ロゴス〉と〈アーヴィン〉は、着々ちゃくちゃくと虚像天使をほうむって『大聖堂』に近づきつつある。残り百メートルをきれば、シェキナーを高火力射撃形態に変形させ、あの建物を狙撃そげきできる――芙蓉がそう思ったとき、それは現れた。


 金色の躯体くたい


 『大聖堂』の中央の尖塔せんとうに、金色の騎士が立っていた。昨日見たのと同じ、金色の天使である。それは大きな翼を背負い、両腕にガントレット状の盾を装備していた。


 芙蓉の視界に小さく文字が浮かび上がる。最初はヘブライ文字で記述きじゅつされ、次にそれが英語に書き換わった。


《Suppressive Frame GIMEL》


制圧躯体せいあつくたい『ギメル』……」


 今まで見たことのない名前だった。やはり、初めて見る天使のようだ。


 金色の躯体くたい尖塔せんとうから身を投げると、そのまま自由落下していく。かと思えば、大きな翼を展開して、もうスピードで芙蓉に向かって飛んできた。


 とんでもない速度だ。あっという間に目の前に迫った〈ギメル〉は、両腕のガントレットからさかる光剣を出力する。


「”抜剣アンシース”っ!」


 芙蓉は咄嗟とっさに光剣を引き抜き、衝突しょうとつのような〈ギメル〉の斬撃ざんげき間一髪かんいっぱつで防いだ。


 めまいのするような衝撃しょうげき


 一撃で吹っ飛ばされた〈ロゴス〉は、なんとか空中で姿勢しせいととのえて石畳に着地した。しかし勢いは全く殺しきれず、その両脚は石畳をめくりあげながらガリガリと後退こうたいしている。


 そんな中でも、芙蓉は〈ギメル〉をていた。〈ガナン・タイプ〉とも〈トルカン・タイプ〉とも本質的ほんしつてきに異なる立ち回り。自由意思を感じさせる、複雑でらぎのある行動パターン。


 間違いなく、こいつは本物の天使だ。


「ふう……」


 小さく息をき、顔を上げる。この天使こそ、七彩へとつながる最大のヒントだ。絶対に倒す――そして、七彩を探し出してみせる。



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〈近況ノートにて機体やキャラの設定イラストを公開中です〉


・制圧躯体ギメル

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/16818093087793427248

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