EP3: sanctum.

3-1

 七月十七日、金曜日。


 『聖域せいいき地区ちく七彩ななせがいるかもしれない』という期待を胸に、芙蓉ふようは真面目に学校に行った。終業式しゅうぎょうしき間近まぢかなこともあり、ここ一週間はずっと午前授業である。お昼のチャイムが鳴ると、芙蓉はすぐに教室を出て理亜りあのいる高三のフロアへと向かった。


「そんなに私に会いたかったの? もー、芙蓉くんったら――」


「全然違います」


「せめて最後まで言わせてよお~」


 そうして理亜と合流した後、近くのファミレスで昼食をとってから、約束通りに『聖域地区』へと向かった。


「今日も暑いねー」


 理亜は昨日と同じく半袖はんそでの夏服セーラーを着て、芙蓉の横で青い棒アイスを食べている。


「好きなんですか、それ」


「うん、好き。でも全然当たんないんだよね」


 言いながら、おさげの女子高生がアイスをかじる。これから戦場におもむくとは思えない呑気のんきさだった。


 芙蓉と理亜は、昨日と同じように黒塗くろぬりのトレーラーで市内を移動していた。


 コンテナの奥には、理亜の乗機じょうきである〈XM17アーヴィン〉が両膝りょうひざをついた姿勢しせいで固定されている。しかし、その二脚にきゃく兵装へいそうは昨日よりもさらに重武装じゅうぶそうされていた。


 ラックに収められた武器は、右手用に三十ミリ対装甲ライフル砲。左手用にはBAW-66グレネードランチャー――六十六ミリの多目的榴弾HEDPを連射する強力な武器だ――が用意されていた。


 機体の両腕には長い円柱が二本ずつ装備されている。BSR-5九十五ミリロケットランチャーだ。両肩にはM807アサルトライフル砲が固定されており、背中の左右にはたい二脚にきゃく誘導ゆうどうミサイルの発射管はっしゃかんが計六発装備されている。上半身を武装類でおおわれたその姿は、まるで要塞ようさいのようだった。


「すごいですね、今日のアーヴィン」


 芙蓉が言うと、理亜は得意げな顔をした。


「だろー。米海軍特殊部隊ネイビーシールズでも、こんな重装備の二脚にきゃくを運用したことはないと思うぜ? なにせ、重すぎて動けないからね」


「じゃあなんでこんなにしちゃったんですか? かっこいいから?」


「ちがいますー。私のは余分なパーツをとっぱらって軽量化してるし、ガスタービン仕様でハイパワーだからギリギリなんとかなるの!……あっ、外れた! これほんとに当たり入ってるの?」


 今回もハズレだったらしく、理亜がアイスの棒に文句をつける。このゆるい雰囲気ふんいきの女子高生がいかつい軍事兵器を自分の手足のようにあやつれるとは、芙蓉には今になっても信じられない思いだった。


 しばらくすると、トレーラーが減速げんそくしていくのがわかった。目的地に近づいてきたらしい。


「……うん……うん、りょうかい!」


 耳に引っけたインカムしに運転手と話していた理亜が、顔を上げて芙蓉の方を向いた。


「ここで降りて、あとは機体の足で移動するよ。いけるよね?」


「大丈夫です」


「おっけー……ストラーニさん、止めてー……えっ、平気だよ……うん……大丈夫ですって。この辺で待ってて……はーい、じゃ、交信終わり」


 セーラー服に引っ掛けた無線機むせんきのスイッチを押し、運転手との通信を終えると、理亜は「んーっ」と伸びをしながら立ち上がった。


 トレーラーが停止し、モーター音とともにコンテナのリアウイングが開いていく。そこに広がっていたのは、一年以上放置ほうちされた田畑たはただった。空はくもりだったものの、気温は高く空気はじめじめとしている。


「芙蓉くん、これつけといてね」


 昨日と同じイヤホンを芙蓉に渡した理亜は、要塞ようさいのように武装化された〈XM17アーヴィン〉の方へと歩いて行った。


 芙蓉は一足先にコンテナから出て、道路に降り立った。周囲は林と田畑に囲まれており、見渡みわたす限り人通りも車通りもない。ここなら問題なく制圧躯体せいあつくたいを呼べるだろう。


「来い、“ロゴス”」


 そう命じると、アスファルトの地面が陽炎かげろうのようにらいだ。一瞬、景色がぶれたように見え――気付いた時には、そこに巨大な漆黒しっこくの騎士がひざまずいていた。


 〈制圧躯体せいあつくたいロゴス〉。


 アスリートのような引きまったボディ、左肩が突出とっしゅつしたアシンメトリーなよろい、天使の輪がぎらりと輝く鋭利えいりなマスク。SFマシンのような黒い巨人は、『乗れ』と言わんばかりに芙蓉に背を向けてかがんでいる。


「おぉ~」


 そんな声が聞こえて、芙蓉が振り返った。そこには、黒いスーツを着こなした長身の男性が立っていた。ブラウンのクセ毛を後ろに流したりの深い顔立ち――間違いなく外国人だ。


「えー、アイキャントスピークイングリッシュ」


 芙蓉がそう言うと、その男はタバコをいながら大げさに肩をすくめる。彼はけむりき出し、にや、と口端こうたんを上げると日本語でしゃべり出した。


「それがサプレッシブ・フレームってやつか? すごいな、本物は初めて見たぜ」


「誰ですか?」


「オスカル・ストラーニ。リアと同じ、XEDAゼダのエージェントだよ。さっきまで運転してたのが俺。よろしくな、フヨウくん」


「それはそれは、どうもお世話になりました」


 そんな会話をしていると、甲高かんだかいガスタービンエンジンの駆動音くどうおんが聞こえてきた。理亜が〈アーヴィン〉を起動させたらしい。


「悪い、邪魔じゃましたな。俺にかまわずそいつに乗ってくれ」


 ストラーニと名乗った人物が〈ロゴス〉を指してそう言った。うなずいた芙蓉が向き直ると、〈ロゴス〉の後頭部から腰鎧こしよろいまでに亀裂きれつが走り、ジッパーのようにばらばらと開いていった。


「まるで着ぐるみだな……」


 昨日聞いたのと同じような感想を耳にしながら、芙蓉は〈ロゴス〉の背に空いた空間に自分の身体を差し込んだ。すぐに全身がい込まれ、巨人の内部に収納しゅうのうされる。そして、割れていた躯体くたいの背中がさざ波をたてて閉じ、世界が暗転あんてんした。


 感覚が同期どうきされていく。


 漆黒しっこくよろいに包まれた巨大な腕と脚が芙蓉のものとなる。視界が開けて、目の前に田畑たはたくもり空の景色が戻ってきた。


 ――同期完了。


〈ロゴス〉が立ち上がる。そこに、ストラーニが声をかけた。


『おい』


 黒い騎士が振り向くと、長身の男がにやと笑って口を開く。


『お前、結構けっこうやるらしいな』


「いやあ、それほどでも」


『いいか。俺たちはお前のガールフレンド探しに手を貸すワケじゃあない。クソ梯子はしごをブチこわすために、その能力を見込んで“取り引き”をしているんだ。武器や弾薬はタダじゃないんだぜ。それを忘れずマジメにはたらいてくれよ、高校生くん』


「バイト代はいくら出ますか」


『おいおい、お前の高校はバイト禁止だろ? だったら金は出せ……いや』


 携帯けいたい灰皿はいざらにタバコを捨てたストラーニがすっと目を細めた。


『俺個人としては、お前のガールフレンドが気になる。すっげえカワイイんだろ? もし見つけたら俺にも紹介して――』


「結構です」


 芙蓉が反射的はんしゃてきことわった。ひゅう、と口笛を吹いた黒スーツの男は、『まあ、おさなすぎて俺の好みじゃないだろうけどな』と言い残してトレーラーの運転席へと戻っていった。


 その入れ替わりで、〈アーヴィン〉が地面へと降り立った。要塞ようさいのような重武装をした二脚兵装が、どずん、と重苦おもくるしい音をたてて〈ロゴス〉の横に並ぶ。


『お待たせ―。じゃあ、いこっか!』


「お願いします」


 モスグリーンの二脚兵装が地響じひびきのような足音を立てて走り出すと、〈ロゴス〉が小走りでその後を追った。くもり空の下、車通りのない一本道を二体の巨人が駆けていく。


『芙蓉くん、さっきストラーニさんとなんか話してた?』


 思い出したように、理亜が芙蓉に問いかけた。


「七彩を紹介して欲しいって言われたから断った」


『……一体どんな話してたの?』

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